たのわれ! 〜新キャラ登場です〜
大学生活、それは社会に出る前の猶予期間としてなのか、ただのんびりとしている日々(勝手な空想の可能性が大きい)に対する羨望なのか人生の夏休みと形容されることがある。
すでに記憶に新しくもない就職氷河期と言われるように就職難・景気不況が続く中景気好転を狙った物価高騰に対し多くの一般社員はボーナスが少し上がれば御の字、悪ければ逆にコストカットとして給料を少々減額という事態である。もとから財布を固く縛ることで何とか生活を回していたものからすればその少々というのは致命的なものであるわけだが。なればこそ、この厳しい社会に出る前の大学生活のことを人生の夏休みと比喩することも納得出来るのかもしれない。
しかし、伝統を重んじ有名難関大学の一角を担ってきた我らが大学はもちろん実績も重んじている。つまり実績維持のためには大学生たちも必然的にこなす量を増やされることになるのである。
よって、元からそれなりにハードだった学業は近年ではさらに大変になった。
そのことは大学のホームページにも載せられていて、曰く「質を高く、量を多く」と。そのおかげか入試は他大学の倍率が高い中、実質倍率は下がったものの、それなりに自信のある者たちが集まってきたわけである。
その中において一際異彩を放つ者がいた。首席などではないものの、極めて成績優秀で講義にも積極的。古い学校らしく教授陣も堅物が多い中どう取り入ったのかと思うほど気に入られている。
いかにも同学年のリーダー格になるだろう、と予想していたのだが予想は見事に外れてしまった。
講義等学生生活に関してはそつなく対応してのけるのは流石の一言に尽きるのだが、それ以外においては全くと言ってもいいほど誰とも関係を持とうしないのである。スポーツ云々はよく知らないが、その他多くの部活・サークルから勧誘されるもどこにも所属していないようである。
また、噂でしかないが頻繁に誰かと話しているように独り言をしているとも。
そこで、彼 田城誠一に興味を持った私は注視、もとい観察を始めた。
家が半壊という衝撃的な事件があったものの、後の生活は上々だった。
彩花は力を不用意に使ってしまったのもあいまって反省して比較的静かで、バイト中にちょっかいを出してくるなどという迷惑きわまりないこともなくなった。いつも能天気なやつが静かなのは少しばかり寂しいが。
大学の方も滞りなくやれていた。後ろめたいことだが、様々なボランティア活動やチャリティーイベントに参加してたことが幸いして名前と顔を知っている先生がいたようで受けが良かったのである。授業もある程度しっかりと準備していれば何とかなった。
しかし、ひと月くらいが経ってクラスにも慣れ、落ち着いてきた頃彩花も元気を取り戻し始めてくれていい滑り出しだと思っていたのだが、妙に視線を感じることがあり違和感を感じていた。
「なぁ、彩花最近俺のことつけてるやつとかいない?妙に視線を感じるんだけど」
「気のせいじゃないの?まあ、注目はされてると思うけど」
注目されているというのは、おそらく課題やレポートの手伝いを快く引き受けているからっていうだけのことである。
元からの大雑把な性格だからか、興味がないからかぶっきらぼうにそう答える。
「俺の生活資金を早々にパーにしてくれたの誰だったかなー?」
「うっ・・・わかったわよ!何して欲しいの?」
「定期的に近くの見回りしてもらえると助かる」
「うーめんどくさいけど、まあいいわ」
半径20メートル以上は離れてはいけないという契約だからこうして常に隣を歩いてくれなくても(正確には浮いている、だが)いいはずなのだが、久しく人と話すことができるのが嬉しいのか基本的にはいつも近くにいた。
それから程なくして視線の正体は明らかになる。
ある日の帰り道のこと、後方10メートルのカフェの看板の後ろに犯人はいた。さすがに相手も空中から監視されていることを知るすべはないのだろう。彩花を通して丸見えであった。
「それにしても、灯台下暗しというべきか」
「ん?どゆこと?」
「あぁ、クラスメイト、というか同じ学科の子だよ多分」
「ふーん」
早とちりの可能性を考えてさらに数日様子を見たのだが間違いないようだった。
名前は澤峰 逢 課題のこと以外のことばかり聞いてくる珍しい人物だったためはっきりと記憶していた。眼鏡がよく似合う、表情の読めない人だ。まさか、日常的に話している人が犯人とは思いもしなかった。
真意を確かめるために本人に確認する。
「あのー澤峰さん?」
「あら、田城くんの方から声をかけてくるなんて初めて?」
俺の傍らで「やーい、ストーカー、ストーカー!」とまくし立てている奴は無視して。
「率直に聞くけど、ここのところ尾行してるよね?なんでかな?」
「あちゃー、バレちゃってたかー」
知らぬ存ぜぬと言われるかと思っていたが、こうもあさっさりと認められてしまうと拍子抜けもいいところである。
「うん。で、理由を答えてもらえるかな?」
「うーん、田城くんのことが気になるからだね」
「具体的に聞いても?」
「基本的になんでもそつなくこなしていて、人と関わることも決して苦手ではないのに、プライベートで仲のいい人は今のところ誰もいない。なんでかなって」
なるほど。自分では彩花と話しいるから自覚がなかったが、周りからしてみれば学校はともかく他はずっと1人で行動しているように見えるのだろう。
理由はと言えば1年にも満たない付き合いを持つなど死んでしまう自分も嫌だし、友達になってくれた相手にも申し訳ない。というものなのだが。さすがにそれを言うわけにはいかないし・・・。1人が好きと言ったところで納得してくれそうにないし、どうしたものか。
「うーん、ちょっと金が入り用でバイトしててね」
「それ週四でしょ?他の日は?」
「へ?」
どこまで見張られていたんだ、と鳥肌が立つ。
「それ自白したようなもんだよ・・・?」
「いやーだからもうストーカーしてたこと認めてたじゃん!」
そんなことより!と続きを促す。
休憩時間とはいえ、教室には他の生徒もたくさんいるのだが、よくもまあそんなことを大声で言えるものだ。
「ちゃんと一緒にいる人はいるんだけど、多分気がつかなかっただけだよ」
そう語る田城に「そんなわけない!」と言い返そうと思っていた澤峰だが、妙に説得力のある彼の言葉に思わず納得してしまった。
それに、一瞬彼の影に誰かいた様な気がした。何か得体の知れないものをのぞきこんでしまったような寒気がする気分だった。
疲れているのかもしれない、とそこで追求をやめて一旦仕切り直そうと会話をおわらせた。