たのわれ!
「できた!」
味噌汁、生野菜のサラダに目玉焼きとソーセージ。初めての自炊にしては上出来だろう!
あとはごはんをもるだけ、と炊飯器のの蓋をあけるも目を丸くする?米がないのだ。一粒もない。
「あー米ならよそっておいたよ?」
「気がきくね!ありがとう」
存外、気の回るいい子だと思いながらテーブルに作った物を運ぶが。
「・・・全部食うの?てか、言うの遅れたけど幽霊ってご飯食べましたっけ?」
机にはボール一杯の山盛りの米があった。つまり炊いた米全てだ。俺の分用にお茶碗1つ用意してくれてはいたが。ボールの存在感の前では無に等しい。
そして根本的におかしいのは目の前の少女、篠崎彩花は幽霊(自称悪霊)であり、食事を摂ろうとする態度も、箸を持って待ち構えている姿も想像していた幽霊に対する常識とはかけ離れていて唖然としてしまう。
「なんか契約してから急に食欲湧くようになっちゃってさ!そもそも物に触れるようになったのも初めてなんだけどね」
「なんだそら!?」
「まあまあ、久々のあったかいご飯を堪能させてくれたまえよ〜」
「・・・どうぞ」
「いただきまーす!」
気楽に言ってはいるが何年かは定かでなくともこの家が5年以上前からいわくつき物件と言われていることを考えれば、少なくともそれだけの年月を1人で過ごしていたことを意味する。それを思うと「久々」という言葉は重くのしかかってきた。
彼女は客観的に見れば幾人の人を死に至らしめた災いをもたらす存在なのかもしれないが、どんな経緯でそうなったのか知らないし自分にとっては無邪気な少女にしか見えなかった。
なにより美味しそうに頬張る姿は一般的なごくありふれた生きた人間にしか見えなかった。
「さっきから何をじろじろ見ているの?」
視線に気づいて怪訝そうにする。
「いや、よく食べるなーって」
事実半分嘘半分というのはなかなか看破されることはない。事実が混ざっているから。咄嗟に出た言葉にしては自然だろう。誤魔化すには上出来だと我ながら思う。
「レディにそういうことを言うのはどうかと思うけど?」
お年頃の女の子にナンセンスなことを言ってしまうのよくないという簡単なことを見落としていた。不覚である。
「その年でレディを語るのはどうかと思うけど、それ以前にその量はなかなか常軌を逸していると思うんだが?元からそんなに食べてたのか?」
「そ、そんなことない」
きっと食べるのが久々だから感覚が少しズレているというもっともらしい弁解がきた。
生きていた頃もどうやら少しばかり常人より食欲旺盛だったみたいだが。
「お腹いっぱいになるの?」
「うーん、なんというか。食べたら消えて無くなる感じ。だから味を楽しんでるよ!」
この調子で食べられると食費が跳ね上がるからそのままというわけにいかないのだが、仕送りのおかげでしばらくは黙認しておくとして。本当に食べたものが消滅してしまったら地球上の質量が減少していくことになるが、それは放置しておいて良いものだろうか?という問題は理解が及ばないというか責任のとりようがないので聞かなかったことにする。
「そっか、そっか。それは良かった」
その後仲良く食事を摂り、それも終わる頃ふとこんな質問がなげかけられた。
「私たちこんなに仲良かったっけ?」
「それは俺が聞きたい」
そう、ごたごたとしていたせいでスルーしてしまっていたが、2人が会ったのは昨日である。ともすれば昨日は一日中言い合いばかりをしていた。
食事中人間は温和になるという学説的なものを聞いたことがあるが、本当だとしても効き目ありすぎだ!
「まあ、だからってピリピリしても仕方ないし。1年間よろしく頼むよ」
「そうね。誰かさんのせいで拘束されちゃったから嫌でも近くにいないといけないしね!」
拘束なんて言葉を聞くと危ない人だと思われてしまうからやめてほしい限りだ。まあ、外では会話内容以前に側から見れば1人でぶつぶつ喋っている危ない人になってしまっているのだろうが。
その日は終わっていなかった荷物の整理で終わる、はずだった。
寝ようとして意識が朦朧と沈んでいく中、甲高い悲鳴で目が覚める。
「な、なんだ!どうした!?」
悲鳴は隣の部屋つまりは彩花のものだ。急いで何ごとかと見に行くと、こっちに来るなー!と悲鳴を上げながら部屋中の隅から隅へと逃げるように飛び回っていた。
やはり、幽霊なのだと再認識するがそんな場合ではない。幽霊に血色云々を言うのはおかしいだろうが、まさに顔面蒼白でただならぬことを示していた。
「お、落ち着いて!何があったの?」
俺の声に気がついてこちらに突進してくる。
そのまま頭が俺のみぞおちにクリーンヒットしたのは我慢して受け止める。
そしてもう一度なだめるように問いかける。
「何があった?」
「・・・ご、ご」
「ご、ってまさか腹減って発狂してたわけじゃないよな?」
今日だけで合計10人前以上の食事を軽々と平らげていた。よもや、まだ足りなかったのかと疑う。
「ちがう!」
怒気の勢いのまま殴られる。さすがに冗談を言うタイミングではなかったのは認めるが、暴力反対だ!痛い。
「じゃあ、なに?」
と殴られた頬をさすりながらきく。
質問と同時におそらくこの騒動の原因の主が聞き馴染みのある嫌な音ともに現れる、そうカサカサカサッという音ともに。
苦手な人が多い、黒光りするヤツである。
大抵は人を見れば臆病だからすぐにどこかへ逃げるのだが、今回は不幸にも強者のようでこちらに向かって飛んできた!
虫に幽霊が見えているのかどうかという疑問はともかくまっすぐに彩花に飛んでくる。
そして一際大きな悲鳴と共に視界が白く塗り潰された。
気付けば半壊した家と救急車に乗せられる事態だった。
つまり、ゴキブリのために彩花が持ち得る力を使って反撃した結果がこれである。
幸いとすれば軽く頭を打ったくらいで他に怪我はないことくらい。
家の修繕費のために、余裕があるとしていた通帳はほとんど空になってしまった。おまけに言えば彼女も消耗したせいでしばらくはただの浮幽霊らしい。
あんなことが日常的に起こされたらたまらない。もしかしたらこらが一番の不幸中の朗報かもしれない。
「ご、ごめんなさい」
「はぁ、過ぎたことは仕方ない」
人間一定以上のことになると驚くことも怒ることもなくただ対処できるのかもしれない。
そう、さしあたっては金を稼がねば!