たのわれ!
笑顔の絶えない幸せであふれた3人家族。それが過去になってしまったのは中学2年生のときのこと。私の父親と母親は離婚した。会社の不正を上の代わりに矢面に立たされて、いわれのない罪を一身に浴び社会的地位を失った。さらに社宅に住んでたことが災いして周囲からは軽蔑の目が向けられた。いや、視線だけならまだ良かった。連日続く嫌がらせは酷いものだった。ポストの中は生ゴミが放り込まれることが当たり前なほどに。不正発覚にともなった賠償や損害は大きくて、リストラ又は大幅な給料カットが実施されたらしくその不満と怒りのはけ口も私たち家族に向けられたのである。つい昨日まで仲良くおしゃべりしていたお隣まで手を返したように変わってしまった。ドラマなんかでそんなシーンを見たこともあった気がするが、現実で起こるとここまで精神が蝕まれるのか。初めて人間不信の意味がわかったような気がした。学校から帰ってきたある日のこと。その日々に耐えられなくなったのだろう、母は縁を切ると一言書き置きを残していなくなっていた。急なことだった。捨てられてしまった。何故1人で行ってしまったのか理解が出来なかった。
「何かあっても家族で支えあえば乗り越えていけるから。頑張ろ?」
小さな頃によく励ましてくれた母の言葉が脳裏によぎる。それももはや、何も響いてはくれなかった。頭の中がぐちゃぐちゃになってしまう。中学2年生の少女には現実はあまりにも冷た過ぎた。
唯一の救いと言えば父親は変わらず父としてひとり娘のために尽力したことである。本来なら一番最初に錯乱してしまってもおかしくない被害者。外から、身内から、果ては家族から拒絶された人。
それでも愛娘のために最後まで親としての責務を全うしたことは言葉に尽くせないほど立派であろう。
社宅から早々に引っ越し、学校も転校した。念のために私は母方の姓を名乗り、父はフリーターとして働いた。
生き地獄のような空間から逃れ、2人の生活も関係も3人家族の頃には遠く及ばないまでも徐々に良くなっていた。
しかし、不幸は再び訪れる。
学校からの帰り。3年生に進級した日のことだった。
越してきた家は元々日がささない場所のため、電気をつけていないと足元がはっきり見えない。今日は進級のお祝いにごちそうを作るから早く帰ってくるように言われていたのだが、
「ただいまー。お父さんいるの?」
返事はない。出かけているのだろうかと思い電気をつけようと部屋に入っていくと何かを踏んだ。
「え、なに?何かこぼしたの?」
靴下ごしに水か何かが染みてくるのを感じて不快な気分になる。
「あぁ、もう最悪」
悪態をつきつつ、電気つけるとそこに変わり果てた父の姿があった。大きく目を見開いたまま、何かを言わんとしながらも息絶えてしまった、そんな顔で。踏んだのは血だった。
驚きと狂気に悲鳴上げるために開かれた口はしかし、背後から伸びてきた手によって妨害される。
「悪いけど、事実を知ってる人が生きてると怖くてね、」
「!?!?」
「君のお父さんだけのつもりだったけど、見られちゃったから。ごめんね」
偶然か惨劇が起きたのは彼が引っ越して来たのと同じ日でした。
後日それは強盗による2人家族の殺害事件と新聞に出ていた。
これは呪われた賃貸物件とここが呼ばれる以前の8年前に起きた篠崎彩花という少女に起きた事件。
お互いの名前
「え」
氷点下の冷たい視線が突き刺さる。蔑む目だ。
それが目的だったのか、と。
「いやいや、勘違いしないで下さい。だって力を手に入れたらすぐにでも殺しに行くつもりでしょ!?」
「な、なんのこと」
ギクリ、と効果音がつきそなリアクションをしておいて誤魔化せるわけもなく。
「願いの内容なんて、正確に分からなくても話の流れから多少は伺えますよ!」
「あ!だから行けなくしたってのか」
「そうです。半径20メートルくらいだったらお互いそこまで干渉し合うこともないでしょうし」
「ぬぅぅぅ。1年くらい我慢してやるわ!」
「それと・・・」
「それと?」
「は、話し相手なってもらえたらなぁ、と。勉強とか必要事項以外で人と何を話せばいいのか分からなくて」
これも本心からではあったが、恥ずかしい。ただ、できれば彼女が他の形で救われて欲しいとそう思っていたから。それを模索する為の意味もあった。
「ま、まあ。気が向いたらね」
「はい。ありがとうございます」
「じゃあ、契約開始よ!」
「あ、以外に地味ですね・・・」
「こういうのはキッチリしないといけないからね」
出てきたのは紙とペン。パッと見藁半紙である。
内容は俺の寿命が1年後までになるということと、彼女は1年後のそときまで、半径20メートル以上離れてはいけないという旨の文章。
それと3つの空欄。願いの欄と名前の欄が2つ。
願いは時が来たら言うとして。
「名前ってそう言えば、お互い言ってませんでしたね」
「そう言えば、そうだったわね」
2人が名前をかく。
「篠崎彩花」 「田城誠一」
「これで終わりですか?特になにもないけど」
「いえ、お互いの名前を呼んで。握手したら契約成立よ」
「・・・」
「どうしたの?名前呼ぶのが恥ずかしいの?」
ウブだねーと言ってからかってくる。それもあるのだが、同様なくらいに恥ずかしく、問題なのが
「下の読み方なんですか?さい、か?」
「ブッブー!あやかよ。あ や か!これくらい読めないなんて」
「あぁ、はいはいすいません」
「じゃあ」
「はい」
同時に2人が名前を呼び、固く握手をすると目の前が真っ白になった。比喩的なものではなく、目が開けられないほど輝いていた。
数秒で光が収まり、チカチカする目を薄く開いてみると目の前にいたのは幼さが少し残るかわいい少女だった。
「あ、あのーどちら様?」
「は、何言って・・・」
そう言いかけて少女は自分の体を見下ろし絶句する。
だが俺自身も、少女の正体がさっきから会話をしていた者と同一人物であることは声で気が付いてしまった。
「死んだころの姿に戻ってる」
「え?というか姿かえたの!?てか年下!?」
契約前までは黒髪ロング、20代の綺麗なお姉さんという感じだったが、今は10半ばの学生って感じだ。しかも見た目と声と雰囲気がしっくりきてしまった。言動や声が外見に不調和だと思っていたのは間違えじゃなかったようだ。
「そうよ?なんか文句ある?」
いじらしくウインクしてみせる姿に唖然とした。
「なんで?年上かと思ってずっと丁寧語で話しちゃったじゃん!」
「そこかー!?お前も、だいぶズレてるね」
「言動と見た目がズレてた子に言われたくないね!」
「何をー?オバケといえば黒髪ロングの怖いやつでしょ?だから口調もそれっぽく変えてやってのにぃ!」
「怖がらせるためだったの・・・?」
いよいよズレてるのレベルが、わからなくなってくるところだ。オバケというよりもただの美人だっただろうし、それに。
「他の人に見えてないのに意味なくね?」
「そ、そんなことない!たまーに少し霊感がある入居者が一瞬見えたみたいなことあったもん!」
「けなげだなー」
よしよし、とあやすようになでる。
「てか、アンタ!敬語は?」
「敬語は敬う時に使うもんなんだよ?わかる?年上じゃなかったら篠崎には使わないね」
「・・・」
あれ、なんかまずいことを言っただろうか?
「ど、どうかしました?」
「篠崎って呼ばれたの久しぶりで」
「わ、わるい。嫌だった?」
「ううん。父との大切な名字だから嫌じゃない」
「そ、そう?」
よくわからないが、機嫌を損ねたわけではないようでよかった。
「でも、どうせなら下の名前でいーよ!堅苦しいからさ!」
「・・・じゃあ、俺の事も下の名前で呼んでくれや!」
なんとも気恥ずかしい限りだが、向こう、彩花の方はそんな素振りを全く感じさせないのでなんだか負けた気がする。
そんなこんなで2人の新たな生活が始まるのだった。