たのわれ
センター1週間前・夜
「大変申し上げ難いのですが、もって数ヶ月の命でしょう」
「そんな・・・」
そう医師に余命宣告されたときは実感がわかなかったのか、呆然としていたのか、はたまたあまりのショックに聞くことを自動的に拒否していたのか。狼狽する両親をよそに俺は淡白に平然と受け流し、
「そうですか。分かりました」
と答えていた。
動じない様子に医師は驚きながらも、あらかじめ考えて来ていたのだろう、残念ながら何をしても治すことは出来ない云々の説明を続けた。およそ10分くらいだろうか、ようやく話は終わりを告げ意味のあるかどうか分からない延命処置の一切を断り退院、帰宅した。
そもそも 特に大病を患ったこともなかった自分がこのような劇的展開を迎えていた理由、というよりきっかけは昨日過労で倒れたから。
そう、ついさっきのことである。さらに言えばセンター試験1週間前だ。人生を左右しかねない時に多かれ少なかれ無理をするのは当たり前だろう。もっとも、ちょっと勉強を頑張って寝不足で貧血になって倒れた、というようなものではなかったのが残念だが。
今回倒れた理由は文字通り過労だが、それは重要な試験前だからとかではなく、度重なるオーバーワークが原因だった(と自分では思っている)。
自分の印象アップと称して級友を中心に同学年の生徒相手に勉強会をほぼ毎日行い、休日や週末にはボランティア活動に勤しんでいた。はたからみれば文字通り聖人君子だ、と言われるような日常を高校入学から続けていた(結果的には手遅れの状態になるほど身体の中がぼろぼろになってしまったわけだが)。
善と偽善の明確な線引きや定義はあまり分からないが、自分の為になり、その上周りからは感謝や賞賛がもらえるというのは心地よいものだった。確かに聖人君子なんて冗談でも自分には不遜で過ぎたものだと思うがだからといっていきなり死の宣告受けるとは。
「神様の不興でも買ったかな」
思わずため息がでる。自己満足にしても、ここまで善行を積んで、勤勉に生きてきたのに答えがこれとは悲しいものである。
そんな事にぼんやりとふけっているともう家に着いていた。
お願い
「父さん、母さんお願いがあります」
「なんだ、言ってみなさい」
深刻な状況で沈黙の中唐突に切り出したのは前から考えていた事だった。
「一人暮らしをさせてください。受験の終わった後に」
家族に手間をかけず、自立してみたい。そんな願望からだったのだが、今となってはいつ死ぬかもしれない状況で言うとどのように受け取られるかわかったものではない。残りわずかとなった時間家族と過ごすのが当たり前だと反対されるかもしれないと身構えていたが、注目したのは別の方だったらしい。
「受験するのか」
「え、そのつもりだけど」
「好きな事をして構わないんだぞ?今まで立派にやってきたんだがら」
自分の子とは思えないほどクソ真面目だと苦笑いしながらそう応えてくれた。
「まあ、準備するだけしといて本番受けないのは心残りになるだろうから。それと一人暮らしの方は?」
「そんな事、もちろんオッケーだ。いいよな?」
と終始無言で俯いていた母に力強く声をかける。
「ええ、もちろん」
複雑な面持ちながらも無理矢理笑顔を作って快諾してくれた。
「あ、あと恵美には内緒にしておいてくれる?」
「わかった」
恵美というのは4人家族の最後の1人で妹だった。4つ下で幼少期はともかく中学頃からずっと不仲だった。今思えば会うことが気まずくてボランティアを口実に外出ばかりしていたのかもしれない。そんな妹と今更死際だから仲直りしようなんて言う気にはなれなかった。なんで嫌われてしまったのかは少し気になるが。
いざ!一人暮らし!
余命宣告を受けてから2カ月強が過ぎ、無事試験に合格した後、一人暮らし用の物件を探していたのだが。
「本当にこちらでよろしいのですか。弊社としては大変ありがたいのですが、この物件ばかりは・・・」
「構いません!お願いします!」
思わず言い淀む不動産屋に対して笑顔で頷く。少しボロいが格安でそこそこ広いアパート。強いて言えば日光が当たらないのが難点か。それでも好条件としか思えない破格の賃貸物件である。では何故言い渋るのかといえば、それはここが いわくつき だからである。入居者は多少時間の差があるにせよ不慮の死遂げていた。それが理由だった。普通ならそんな危険な物件お断りだろうが、今の自分には好都合だった。いつ終わってもおかしくない命なら変わらないだろうし、親にかける負担もすっと減らせる。
そんなこんなですぐに終わるであろう新生活の始まりを迎えた。
少女(?)との出会い!
無事引っ越しを終え、軽食をコンビニで買って戻ってみると家の中で人が倒れていた。鍵はしっかりとかけていたのだが。
いやいやいや、そんなことを考えている場合ではない!
「大丈夫ですか!?」
「・・・」
返事はない。入居者が不慮の死を迎える等の話は聞いたが、よもや家に入った人間もなのだろうか。もしそうならあの不動産屋は例外になってしまうが。
念のために呼吸の確認をするが、息をしていなかった。
「まじかよ」
新生活初日からからこんな事になるとは。
119番にかけようとスマートフォンを取り出しそうとした時だった。
「あれ・・・」
視界の端で動いた気がして視線を上げてみると、心肺停止で倒れていたはずの人が目の前に立っていた。おおよそ10センチメートルもない距離に。心臓が驚きで体内から突き出るのではないかという勢いで脈打っているのに反して、脳は反応出来ずにただ思考停止し固まってただ見つめることしか出来なかった。
しかし、相手も微動だにしないためお互いに見つめ合い続けるという謎の状態だった。
ようやく落ち着いてきたところで念のため一歩距離をとって声をかけた。
「えーっとだ、大丈夫ですか?」
「へ?えっ!?」
声をかけられた事で一変して慌てふためいて部屋の片隅まで逃げるように引き下がる。
表情から恐怖というより驚きと混乱の感情がなんとなく伺えたが、それはこっちも同じである。
こういうときは対話を通して穏便に済ますのが一番である。というか他にどうしたらいいかわからない。素性はともわれ病院に連れて行くべきだろうし。
という事でもう一度声をかけてみる。
「大丈夫ですか?話せます?」
「・・・あなた、私が見えてるの?」
「はあ?みえてなければ、話しかけてませんけど」
「・・・」
こんな間の抜けたを言っておきながら信じられないという顔をする彼女は正気なのだろうか?
「とりあえずどこか痛いところとかありますか?つい先ほどまで息をしてなかったんですよ?動けるようなら近くの病院にすぐにでも連れて行きますから」
続けて声をかけると、表情が一切が消え口元だけが不敵な笑みを浮かべていた。
「そりゃあ、そうよ。死んでるんだから。息なんかしてない」
とはっきりと言った。
ん?自分の耳を疑がった。聞き間違いだろうか。それとも気づかないうちに寿命を迎えかけて身体機能が(今回の場合は聴力)衰えたか。
意味不明という表情を見て気を良くしたのか得意気に彼女は言った。
「わたし、幽霊だもの」
ああ、なるほど。疑うべきは自分の耳ではなかった。最初に危惧した彼女の正気の方だ。見た感じでは目立った外傷は無いがもしかしたら頭を打ったのかもしれない。
「そっか、そっか。ちゃんと案内するから早く病院に行きましょう」
「はあ?ちょっと何言ってんのよ!」
「いいから、いいから」
そう言って半ば強引に手を引っ張り、タクシーで病院に向かった。
幽霊との対話!
ほどなくして病院に着いた。
料金を支払いうと運転手は気遣うようにこう言った。
「お客さん、春先なんて気が滅入るし色々大変だとは思うがあんまり思い詰めんなよ」
「は、はあ。お気遣いどうも」
独り言が多かったぜと笑って行き去る。
「ん?俺独り言なんて言ってました?」
「・・・」
「はあ、行きましょう」
家を出てから、彼女は一言も口を開いてなかった。話しかけてもだんまりである。強引に連れ出したからだろうか。まあ、そのせいで独り言と勘違いされたのかとひとり納得して病院の受付に行く。
「今日はどうなさいましたか」
と普段からしているのだろう自然なスマイルを浮かべている美人の看護師の笑顔を消してしまうことになるのがまさか自分の発言になるとは夢にも思わなかった。
「彼女、こちらの方の精密検査をお願いしたいんですけど」
「えーと、すいません誰のことですか?」
「いや、だから今隣にいる・・・」
その時には気が付いた。眉をひそめ怪訝そうにする看護師の言っていることが。
見えていないのだ、もしかしたら見えているのが自分だけだとするならば、自分の方がおかしいのかもしれない。
「すいません、ちょっと自分疲れたみたいです。失礼しました!」
「は、はあ。大丈夫ですか?」
「ええ、変なことを言ってしまってすいませんでした。失礼します」
必死に気持ちを落ち着けて平静を装う。まずは事実確認をしなくては。
程なくして無言で帰宅したわけだが。
「すまん!」
「はぁ?開口一番なに?」
「幽霊云々はともかく言うことを聞かずに動いたことに対する謝罪をしようと思って」
「薄々感じてたけど、あんた堅物でしょ?」
「え、」
「まあ、いいや。そんなことよりこっちも聞きたいことがあんのよ」
「何でしょうか」
「何者なの?修行僧とかそういう血筋なの?」
心底嫌そうに尋ねてきた。何のことだかさっぱりである。
「一般家庭で今年度からはれて大学生になった、ぐらいしかありませんが」
あと寿命がいつ尽きるかどうかも分かりません、という言葉は飲み込んだ。本当に幽霊ならお見通しかもしれないが、自分のプロフィールのように言いたくはない事項である。
その後は生まれつきかしら、などとぶつぶつ呟いている。会話をどう展開したら良いものだろうか、そもそも普通に家にまた上げてしまったがどうするべきだ?と考えているところに疑問が浮かぶ。
「あの、本当にあなたが幽霊ならなんで俺触れたんでしょう?」
「それはこっちが聞きたいわよ。まあ、初ケースだけどあなたも入居者ならやることは同じ・・・」
何をする気だ、と身構えるが話が続いただけだった。大きなため息とともに。
「・・・だと思ってたのにどうなってんのよ」
「へ?」
「本来ならここにきたやつ、つまり入居者はこの家にいる、または私に触れられることで人生のゴールまで高速で進むのよ」
「噂で聞いたことがあります、ってすんなり納得するか!それ悪霊か悪魔の類じゃん!?」
「そりゃあ、そうよ。」
悪霊も幽霊でしょ?、とさらっとはきすてる。
「なのに、あんたはここの邪気どころか私ごと滅する勢いよ!」
触れられて消し飛ぶかと思ったわ!とわめく。
初めて出会ったものだからなんとも言えないが、一周して恐怖よりも面白く感じてしまった。最初に見た時はそれこそ生気のない顔だったのに(部屋が浄化されて昇天しかかっていた)、今はこうも喜怒哀楽がはっきりしていていると普通の生きている元気な女性にしか見えない。
どうでもいいことかもしれないが、見た目の割に(20代半ば)随分と若い声に思えた。それこそ自分の妹と大して変わらないような。不釣り合いというか不自然に感じた。
「それで、どうしたら機嫌なおしてくれます?」
ひとまず、落ち着いてもらうために一歩譲るような調子で声をかけたのだが。
「何、子ども扱いしてんの?」
逆効果だった。
「え、いや、そんなことは・・・ほら手つかまれて召されかけたと言っていたので、お詫びが出来ればと」
よほどキツかったからずっと無言だったんでしょ?と気遣う意味で付け足す。
「べつに、それは・・・(男の子に手を握られたのなんて初めてで)」
幽霊が顔を真っ赤にして言葉を濁している姿はなんとも新鮮なものだ。
「え、何です?」
「うるさい!なんでもない!それより」
コホン、と咳払いをしてからビシッと指を突きつけてくる。
「お詫びしたいって言ったわよね?」
「はい」
「なんで」
「なんでってそりゃあ故意ではないにしてもあなたのこと消し飛ばしかけたんですから当然かと」
「んーもう!だからなんで・・・」
「はあ?何を言いたいのかちゃんと言ってもらえないと分からないんですが」
実際問題何が言いたいのかさっぱりである。
「私は何人も死においやってきたのに、なんで・・・普通追い払うなりするでしょ!?」
それこそ自分に害が及ぶ可能性があるのなら消そうとするのが当たり前だろう、と。逆に謝罪なんて意味が分からない、ど。絞り出されたか細い声は悲痛に満ちていた。
「これは、さ。あくまで個人的意見というか憶測だからなんとも言えないんだけど。今の今まで幽霊とか実在すら疑ってだけど本当に存在するなら何か心残りとかしたい事があったんじゃないの?」
「・・・だから?」
この間が正しいと信じて話を進める。
「死んでもしたかったことがあるくらい強い意志を、願いを果たせないまま終わってしまうのはあんまりでしょう?」
「はっ。それで?お詫びに私が心置きなく成仏できるように手伝ってやるってか?救ってやろうってか?」
これまでとは一変して何の感情も感じられない、ゾッとするような雰囲気に変わっていた。
背中に嫌な冷たさを感じ、思わず息を呑む。
しかし、ここで引いてしまったらダメな気がして賭けに出てみる。
契約と願い!
ここで彼女の願いをきくことのは地雷な気がするので、思っていることを伝えることにした。
「そうです!目の前で困ってるやつがいて、助ける。俺はそうやって生きてきました。救ってやる?とんでもない。ただ自己満足したいだけです。問題ありますか!?」
うん、言いたいことは言った!やらずに後悔よりやって後悔の精神である。
「なるほどね。その性格相性最悪だわ」
よくわかったというふうに怒るというより呆れた様子でそう言った。
それに対して答えられたのは
「へ?」
の一言。
いくつかの返答パターンを想定していたがまさかなじられるとは思ってもみなかった。
「あんた通せそのボランティア精神でたくさん善行を積んできたんでしょ?」
「えーと、それが何か」
「簡単に説明するとね、私は基本的に相手の年齢とそれまでの行いに応じてお陀仏させられるまでの期間が変わってくるの。それから・・・」
「はあ」
急に長々と彼女が相手を死に至らしめるまでのプロセスを聞かされたわけだが。要するにこうである。
・年が上なら上な人ほど、日頃の行いが悪ければ悪いほど(前科のある人などはジェットコースーターのごとく!)短い期間でその逆の人はその分時間がかかってしまうらしい。
・俺の場合は若い上に逆に滅してしまうほどの真人間だったというわけである。
と説明を聞いたところでふと疑問と案が思いつく。
「2つ質問いいですか?」
「どーぞ」
「俺の、いや人の寿命ってわかるんですか?」
「わからない。言った通り年齢とその人の行いの2つで決まっていくものだし、そもそもそれもフィーリングに近いところあるからね。ただし」
「ただし?」
「寿命の固定は出来る!」
「ん、んん?」
普通は一方的にこっちが決めつけるんだけど、という前置きをつけて。
「例えば半年くらいかなーって決めたら、ま、半年後には確実だけどそれまで生きられるってこと」
「・・・そうなんですか」
「何?」
「いや、ちょっと驚いただけです」
もしかして、これはほとんど残されていない時間を逆に伸ばすことができるのではないだろうか。と考えていると冗談めかしながら提案がきた。
「お詫びがしたいって言ってたけど、私と契約する?
「けいやく?」
「あなたの方から了承があれば私は今までの入居者のようにできる」
お詫びに命を差し出せと言っているようなものだ。
「代わりに、その代償として好きな要求を叶えるわ。なんでもできるわけでないけど」
呪いとか、お金が欲しいぐらいなら。
お金はともかく呪いなんて使いたくないものだ。
「悪霊というより悪魔みたいですね」
「まあ、こっちもなんでも好き勝手できるほど楽じゃないのよ」
充分過ぎるほど、好き勝手なパワーを振るっている気がするのはきのせいだろうか?
「構いませんよ。契約してもいくつか条件付きで」
「え?なになになに!」
冗談がはからずも大きな好機となって興奮気味に詰め寄ってくる。声だけでなく、言動も子供っぽい気がしてきた。
「でも、その前に・・・質問2つ目」
「答えるから早く!」
「そもそも何ですがここに来た人を死なせる理由は?」
「簡単よ。力の糧になるというか、願いを達成するための礎みたいなものね」
「え」
「ちなみに言うと、あんたほどのなら契約完了と同時に願いを果たしに行けそうよ!」
願いとやらが何なのか不安が倍増した。予想はなんとなく雰囲気でわかるが、教える気は無さそうだし、あえてきかないのが吉だろう。
それに対策は考えてある。
「ということは、見合う対価は相当ってことですよね?」
「ま、まあ。そうなるわね」
感情をあらわにしやすいタイプは思考が読み取りやすくて交渉の類に向かいないなと苦笑いする。
「先に期限を固定するならどれくらいでしょうか?」
「んー長くても1年ね!それ以上は設定的にできない!」
「設定って・・・」
「何十年とか私にはそんな力ないのでー。それとも怖気ついた?」
「いえ、1年で結構ですよ。男に二言はありませんから」
最悪明日にも終わりかねない命が1年に延長されるのだからむしろすがってお願いしたいくらいである。
相手を利用しているようで少し気持ち悪いが、契約とは両者の利益があっての合意のはずだからいいだろう。
「ほぉ、見どころあるわね。潔いのはいいと思うわよ?」
「お褒めにあずかり光栄ですよ」
「で、欲しいものは?」
「保留でもいいですか?まだ思いつかなくて」
「構わないけど、それじゃあは・・・」
「まった!」
「もう、なに?」
「先に条件をつけさせてもらいますよ」
「あーはいはい。どうぞー」
「契約終了まで俺のの半径20メートルと以上離れるの禁止で!」
「え」