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岩長姫の棲む所  作者: 神光寺かをり


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7/7

欲の深い者

 たろうさまの頂上には、龍神を(まつ)った社の本殿がある。

 その日、昼過ぎ。社殿の中庭を、一人の娘が掃き清めていた。

 白の単衣に紫の袴、帯の後ろに玉串を差込み、下げ髪を稲穂のついた藁で切り結びにしている十三、四歳ばかりの娘だ。

 紙のように白い顔色をしており、墨のように黒々とした瞳がを輝かせている。

 一重の襟には墨痕(ぼっこん)淋漓(りんり)とした読めない文字が書き込まれ、首と手首には水晶の数珠がかかり、足下では白い大トカゲと朽ち木のような()()()()が落ち葉と戯れていた。


「父から、岩長姫様によくお礼を申し上げるようにと言付かって参りました」


 社殿の中で、武藤協丸は深々と頭を下げていた。

 真正面には老巫女の岩長(いわなが)が居て、協丸に背を向けていた。

 蝋燭(ろうそく)の炎が揺れ、周囲に甘い香りが漂う。神鏡がチラチラと光を弾いている。

 岩長は振り向きもしない。


(わらわ)は何もしておらぬ故、礼を申されても困る、とお伝え下され」


「承りました」


 協丸は両手を付き、額が床に付くほどに深く頭を垂れた。


「時に……」


 立ち上がろうとした協丸に、やはり振り向かぬまま岩長が訊いた。


()()()()は、どうしておりましょうや?」


「どうもしておりません。読書などして過ごしておるようですが」


 微笑とも付かぬ小さな微笑が、協丸の口元に浮かんで、すぐに消えた。


「左様でございますか」


 冷たく、寂しげにつぶやいた岩長の背に、今度は協丸が問いかける。


「弟は……弁丸は以前よりあの桜女(さくらめ)殿を()と思っておりましたのか?」


「まさか。アレは桜女も他の者達も、ここにおる者達はみな『人でないモノ』であると、よう知っておりましょう」


「ならば何故、桜女殿を嫁にするなどと臆面もなく申したのでしょうか?」


「アレは、バカであるから」


 大きくため息を吐いた後、岩長は振り向いた。振り向いたが、うつむいて、協丸の顔を見ようともしない。


「バカであるから、人とそうで無いモノを区別はできても差別ができぬ。どれとも、誰とも同じに接する。それでいて、それぞれ『違うもの』として扱う。桜女と同じ護符と桜女の想いの残った数珠から、桜女と同じ姿の式が生まれても……それを桜女とは思えぬ」


 ゆっくりと頭が持ち上げられる。


「あれは、本当にバカであるからのぉ」


 老巫女の顔には親馬鹿らしい誇らしげな色が広がっていた。


「では、姫さま。私は急ぎ戻ります。父がお館様より上州沼田の攻略を任されましたので」


「やれやれ、まだ元服まで日のあるそなた様までご参陣なさるのか?」


「はい。残念ながら」


 協丸は再度頭を下げてから立ち上がった。

 社殿から出ようとしたその時、岩長が彼の背に語りかけた。


「若様。もしお父上が、新しく城を作ることがあるなら、ここから石を切り出してゆくがよい、と伝えておくりゃ。さすればきっと城を守ってやると、この岩長が請け負った、と」


「承りました」


 振り向いた協丸の目に、龍神の本殿は映らなかった。

 森と岩と風と土の臭いの奥に、幽かに蝋燭の燃える臭いがした。


「そうか、欲の深い者は入れぬのであったな。争って敵を殺して勝ち残って生き続けたいという強欲な者には……」


 寂しげに笑い、協丸は山を降った。


「私には無理でも……弁丸なら受け入れてもらえるだろうか?」


 急な坂道に、弟の屈託ない笑顔が浮かんだ。

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