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蠅の渦

「斬ると言っても、お主……」


 不安げな協丸に、弁丸はニカっと笑い、


「この手の『()()()()』は、取り付いた(うつわ)を壊してしまえば力が弱まるものじゃ。なぁに、わしと桜女の霊力をあわせれば容易なこと。じゃが、万一邪気(じゃき)が飛び散って悪さをしては危ないから、協丸は下がって見ておれ」


 (しずめ)の霊剣をすらりと抜いた。

 協丸が数歩後ずさると桜女がよって来、(たもと)から幾枚か呪符を取り出して彼に渡した。


「若様は弁丸の兄君なれど、離れて暮らしておられたから、弁丸の技量をご存知ないでしょうが……」


「まあ、確かに。ただ、言っていることは()()()()信用できる男ではあるから、桜女殿と一緒なら『()()()()』を倒せるのであろうよ」


 ニコリと笑った協丸を、弁丸がにらみつけた。どうも「信用できる」に付いた「()()()()」という枕詞(まくらことば)が気に食わないようだ。

 それでも喰って掛らずにいるのは、すでに喰って掛っていられる状況ではなくなっているからだろう。

 朽木の枝が風に逆らってわさわさと揺らめき、濁酒(どぶろく)色の芋虫の羽化したモノ共が一斉に飛び立った。

 雀蜂(すずめばち)ほどの大きさの(はえ)だ。百や二百では利かない赤黒い複眼は、真っ直ぐに三人に向けられている。


「操られている!」


 桜女が言うのとほとんど同時に、蠅はつむじ風の勢いで突っ込んできた。

 弁丸と桜女が左右に分かれて跳んだ。

 と。


「いかん、協丸を忘れておった!」


 跳びながら弁丸が叫んだ。

 三人が居た真ん中に、だだ独り協丸が取り残されていた。

 蠅の渦が彼を取り込んだ。


「うわ!」


 思わず協丸は両手で頭を覆った。

 突如、掴んでいた紙の束が、ぶわりと膨らんだ。

 紙の呪符は、薬売りが配り歩く紙風船のように厚みを増し、やがて女の童の形になった。

 全部で四人。

 緋袴に白の単衣。紙そのものの白い肌に墨そのものの黒い瞳。

 幼く、髪を耳のすぐ下で切りそろえている以外は、桜女とそっくりな顔立ちと姿をしている。


「式神か!?」


 そう声をあげたのは協丸だけではない。

 あの「枯れた木」が唸っている。

 四人の紙の童はふわりと宙に浮いた。

 四つの小さな玉串がざわっと振られた。

 無数の蠅が協丸の足下に落ちた。


「ぼうっとするでない!」


 協丸は襟首を後ろから引かれ、倒れるように後ろに下がった。

 振り向くと弁丸の額に脂汗が滲んでいるのが見えた。


()()()()め、わしらが”たろうさま”詣でをしている間に、肥やしを吸って力を増しおった!」


()(こと)か!?」


 協丸の悲鳴のような問いかけに答える前に、弁丸は再び兄の襟首を引いて、そのまま跳んだ。

 空になった足下の地面にぼこりとした土塊ができた……と思った直後、そこから腐った土の臭いをまき散らす太い杭が突き出た。

 式神達が一斉にその杭……朽ちた木の根……に取り付いくと、一時、勢いが弱まった。

 ところが。


小賢(こざか)しい!』


 朽ち木の中から怒鳴る声がした途端、逆に式神達の動きの方が止まってしまった。


「いけない、戻りゃ!」


 桜女が式神達に呼びかけたときには、もう遅かった。

 別の腐った根が、次々と地面を突き破って出た。そしてそれらは水っぽい音を立てて式神達を打った。

 式神達の紙色の肌と紙色の単衣が茶色く染まった。

 女の童の姿がみるみるしぼんで行く。

 あっという間もなく、彼女たちは汚れた護符の形に戻っていた。


『紙に書いた絵空事など、消してしまえばいい』


 木の中の声は忌々しげに言い放つと、太い根をうねらせて、泥と腐れた木の汁で汚れた四枚の護符を破り捨てた。

 小さなキラキラした物が、破れた護符からこぼれ落ちた。


「シロ、拾え!」


 桜女がいうより早く、シロは珠の姿からトカゲの姿に戻り、蠢く木の根の間を駆け回って、四つの光る物を拾い、くわえ、集めた。

 朽ち木の根は式神達を打ったときと同様にシロにも迫ったが、シロは風よりも早く桜女の懐へ舞い戻った。


『どいつもこいつもうるさくせわしなく邪魔な奴等だ!』


 朽ち木がめりめりと音を立てた。

 根本の地面が数多の骸骨を孕んだまま盛り上がった。


『うぬら、また我を暗闇に戻す気か? 何度も同じ手は喰わぬぞ。()()(ふく)(めつ)の呪文など聞く耳持たぬ。(ふう)()退(たい)()の札など破り捨ててくれるわ!』


 木が、立ち上がった。

 うねる根を脚として、ざわめく枝を腕として、ぎしぎしときしみながら動く。朽ちた樹皮がボロボロとこぼれ落ちた。


「やかましいわい、この独活(ウド)の大木が!」


 弁丸は兄を突き飛ばして、物陰へ追いやると、目にもとまらぬ速さで剣を振るった。

 腐った木の根が五・六本、あっという間に本体から切り落とされた。

 切り口から青白い炎が上がった。


『ぎゃ!』


 朽ち木は悲鳴を上げはしたものの、


餓鬼(ガキ)が、お前が何故『銀龍の牙』を持っておる?』


 とわめいて、いっそう太い根を弁丸めがけて振り下ろした。


「あやかしが、お前がなんでこの霊剣の真名(なまえ)を知っておる?」


 叫びつつ、弁丸はその太い根に刀を突き立てた。

 今度は刀そのものが火を噴いた。

 火は根に燃え移り、さかのぼって幹へ迫った。


「桜女、助勢しろ!」


「言われるまでもなく」


 桜女は素早く弁丸の傍らにより、


「風!」


 と唱えて玉串(たまぐし)を振った。

 ごうと唸って風が起きた。

 青い炎は火勢を増して、枯れ木全体を包んだ。

 しばらく朽ち木は火の中でのたうち回っていたが、やがて動かなくなった。

 桜女の呼んだ風の名残が(けむり)を雲散させる頃には、うねっていた根も、ざわめいていた枝も、すっかり炭になっていた。


莫迦(ばか)なあやかしじゃ。器にこだわらねば斬られることも燃やされることも無かったに」


 鼻で笑った弁丸は、炭になった根っ子から刀を引き抜こうとした。

 ところが。


「抜けぬ? 力任せに刺しすぎたか」


 つぶやきながら、弁丸は木の根に片足をかけ、それこそ力任せに引き抜こうとした。

 その時。

 ぶわん、と風を切り、根の形をした炭の固まりが宙に舞い上がった。

 それに体重をかけていた弁丸は、ひとたまりもなく吹き飛ばされ、地面に叩き付けられた。

 気を失いかけた彼の頭の上で、朽ち木のあやかし(・・・・)が、川から上がった子犬が総身を震って水をはじき飛ばすような仕草をして、炭化した表皮を払い飛ばしていた。


「弁丸!」


 協丸と桜女が同時に悲鳴を上げた。

 互いの声が、互いには届いていなかった。


莫迦(バカ)はおのれだ!』


 朽ち木が怒鳴った。持ち上げていた根を、霊剣を突き立てたまま弁丸の頭の上に落とした。


「しもうた!」


 悔しくも有あったが、諦観(あきらめ)もあった。両目をつぶった弁丸だったが、額に小さな欠片が当たった軽い感覚に驚いて目を開けた。

 根は、彼の身体の一尺ばかり上で止まっていた。

 そして、その五寸ばかり下に、桜女の身体があった。

 紙のように白い肌と紙のように白い単衣が茶色く染まっていた。

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