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バカ息子

「また口の悪いことをいう。ババさまではなく岩長姫さまと敬ってお呼び」


「誰が『姫さま』じゃ。あんな白髪頭の、(シワ)くちゃの、がりがりの、よぼよぼは、誰が見たってババじゃないか」


 まくし立てる弁丸は、不意に袖を引かれて振り向いた。

 協丸が少々困惑した顔でこちらを見ている。


「弁丸、岩長姫さまはこの山の(しず)めの巫女だろう? それにお前の育ての親だ。あまり口悪しく言うものじゃない」


 言われて、弁丸は目を丸くした。


「協丸は実の弟のワシより、他人の桜女(さくらめ)の肩を持つのか?」


「いや、そうでなくて……」


「敬え敬えというが、ワシはちゃんと敬ってババ『さま』と呼んでおる」


「確かに、そうじゃが」


「協丸じゃとて、ババさまの顔を見たら『姫』などと呼ぶ気にはならんようになる。ババさまは、がなり屋で、強情者で、頑固者で、乱暴な、ただの年寄りじゃ」


 ケラケラと大口を開け、弁丸は笑った。

 直後。

 天地の開きだった弁丸の上顎と下顎か、ガチンと音を立ててくっついた。

 ぼさぼさ髪を茶筅に結い上げた頭の脳天に、筋張ったげんこつがずしりと乗っている。

 弁丸の背後、桜女の隣に、いつの間にか白の一重と緋色の袴を着た、白髪頭で皺の深い痩せた老婆が立っていた。


「だから私は『口悪しく言うな』と……」


 老女の拳の下の弁丸の頭の上には、大きなこぶができていた。


「痛てぇ!」


 頭を抱え込み、弁丸がしゃがみ込んだ。


「この寸詰(すんづ)まりの()()()()が!」


 老婆のがなり声に、


「寸詰まりというな!」


 弁丸は大声で口答えしながら立ち上がった。途端、自分の出したその大声が頭蓋に響いて瘤を揺らしたので、結局またしゃがみ込んだ。

 それでも、


「ワシの背丈が伸びなんだのは、ババがちゃんとした飯を喰わせてくれなかったからじゃ。それが証拠に協丸を見ろ。同じ日に同じ母から生まれたのに、屋敷でちゃんとした飯を喰って育ったから、ワシより三寸も背が高い」


 と、反論した……ただし、酷く小さな声で。

 老婆は協丸へ目を移すと、深々と頭を下げた。


「武藤の若様に恥ずかしい所を見せてしもうて……。(わらわ)が岩長にございます」


「武藤協丸にございます。この度は、岩長姫さまのお力をお借りいたしたく、参上いたしました」


「妾の力とは……」


「悪さをする()()()()を懲らしめていただきたいのです」


()()()()が、悪さを?」


 穏やかな笑みを浮かべたまま、岩長は足元でうずくまっていた弁丸の首根に手を伸ばした。そうして……枯れ木のように細い腕からは信じられないのだが……まるで子猫でも拾うかのように、弁丸を持ち上げた。


「これ()()()()。お前が武藤のお屋敷に戻るとき、邪悪を鎮める霊剣を守り刀にと持たせたハズじゃが?」


 つり上げられた弁丸は、きゅいっと口を尖らせた。


「おかげで屋敷にはあやかしが()い入って来ん。だからといって、領民全部を屋敷の中に詰め込むわけにはゆかんわい」


「それほどに強い()()()()かえ?」


「強い」


 弁丸は一言いうと口を一文字に引き結んだ。岩長が視線を協丸に移すと、彼も口を引き結んだ顔で、小さく頷いた。


「ふむ」


 岩長は弁丸を大地に下ろすと、懐から紙の束を三つ四つ出した。


「桜女や」


 呼ばれると、桜女は、


「あい、姫さま」


 風に吹き寄せられたようにすうっと岩長の足元まで移り、かしずいた。


「この護符と……それから適当に見繕った『(しき)』を連れて、武藤さまのところへ退魔(たいま)に行け」


「ババさま、桜女をウチへ連れ帰って良いのか!?」


 岩長の言葉に勇んだのは桜女ではなく、弁丸だった。


「バカを言うな。退魔が無事に済んだら、桜女は()()()に戻す」


 岩長は尖ったげんこつを弁丸の鼻面に突きつけて釘を刺し、桜女の顔を見た。


「あい、承知致しました」


 桜女が頭を垂れると、その胸に張り付いていたトカゲ頭のシロが、


「きゅうぅう」


 と、()いた。


「姫さま、シロは……?」


「行きたければ行くがいいさ」


 白トカゲがうれしげに「きゅ」と鼻を鳴らすのと、


「シロはいらん!」


 弁丸がぷいと()ねたのは、ほとんど同時だった。この男ノ子は、実によく、コロコロと顔つきが変わる。


「またそんなわがままを言う」


「わがままではないぞ桜女。さっきシロを見た協丸のあのザマ……。大の男が腰を抜かすバケモノを、あやかしに怯える屋敷の者達が見たら、腰どころか魂が抜けるわい」


「私の小心を引き合いに出すな」


 協丸が呆れ声を出すが、弁丸は丸で気にせずに、ちょいとシロの頭をこづいた。

 するとシロは小さく


「きぅぅぅ」


 と啼いた。啼きながら、身を縮め、くるりと丸まった。

 丸まって丸まって、縮まって縮まって……やがてシロは、桜女の掌にすっぽりと収まるほどの小さな白い珠となってしまった。


「なんと!」


 目を丸くする協丸に、弁丸は不満丸出しの顔でいう。


「これがシロの得意じゃ。もっともこれ以外には何もできんがの」


「でも、これなら人が見ても怖がらないでしょう」


 桜女がにこと笑う。弁丸はまだ不服そうに、


「シロはそうやって桜女の懐に収まるのが好きなのじゃ」


 下唇を突き出した。


「なるほど。つまり弁丸は、自分が桜女殿にしてもらえないことをシロ殿がたやすくしておるので、焼き餅を焼いておるのか」


 協丸が得心すると、弁丸の下唇はますます前へ出た。

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