42 黒い濁流(領主)
①見張りは辛いよ
②平民の覚悟
③できる男
エスタール帝国:貿易都市エンバー 領主邸
エンバー領主:エドワード・ルイス・ガルズース
防壁に囲まれたこの都市は、所狭しに店や住宅が建てられている。
限られた敷地を活かす為、建築物の上に更に道や建物を増築し、混沌とした様相をなしていた。
そんな中、贅沢に敷地を使い、他の建造物より圧倒的に大きく、豪華な屋敷が存在していた。この都市の領主が住む屋敷である。
その一室に、下品にならない程度に豪華な服装をした細身の人間が、執事服を纏った初老の男性を傍らに待機させながら、帝国兵の正規武装をした男性から報告を受けていた。
「で? 翼を“独断”で偵察に向かわせたと?」
「ハ!」
「そして? 確認が取れる前に他の街や砦に、“魔伝”で連絡を入れさせた……と、間違いないか?」
「ハ! 間違いありません!」
「……その選択に間違いはないか? ジーン騎士団長殿」
「間違いありません!」
「……は~~~~~~……」
まったくこいつは、相変わらず無茶ばかりする。ガキの頃から全く変わっていない。
しかも、こいつが独断専行するときは、本当の緊急事態のみ……今まで一度も外したことが無いから、尚の事たちが悪い。それだけ危機的状態ってことだ。
「……ターナー君、各所へ伝達」
「はい、どの様な?」
「翼に、魔の森方面へ偵察に出る様に言え。各種ギルドにも人員の確保を。あと、この事を周辺領地にも報告、魔伝の使用を許可する」
「ふふ、承知いたしました」
「領主……様?」
「報告感謝する騎士団長殿、現場の指揮に戻ってくれたまえ」
「ッ、ハッ!」
足早に退室する後ろ姿と、子供の頃の姿が重なる。今も昔も変わらず、責任感の強い奴だ。
「ターナー君、対策室の設置をしてくれ、ランクAだ。翼からの報告が来たらすぐに届けてくれ」
「承知いたしました」
翼、正式名称【風翼隊】、高速で飛行する鳥型の魔物に乗り飛行する帝国部隊の一つ。偵察、伝達、索敵とその役割は多岐にわたるが、人を乗せる程度が限界、速度以外の能力も低い為、輸送や戦闘には使えない。
さらに問題なのが、維持コストが高いことと、所属が帝国の直轄であることだ。彼らは駐屯しているだけで、維持費は国が出しているのだ。出動させ、何も無かったでは済まない。
魔伝もそうだ、魔伝は他の魔伝へと距離の関係なく音声を伝えることができる。便利な反面、たった一度の通信で大量の、それも高品質の魔石を使用する。まれにだが、魔の森から産出されるが、希少品であることに変わりはない。
それでも、スタンピードが起きるよりは遥かに良い。しかも、村々を報告する間もなく潰す規模など、考えたくもない。スピードか、パワーか、数か、それとも奇襲するだけの知性があるのか……最後だけは勘弁願いたい。
執事であるターナー君は、主要な人物を集め、場を整えている。彼は、希少な<念話>のスキル所持者だ。それを使い、各所に連絡を入れている。
「ガンズール様、翼から連絡がありました。ご安心ください、スタンピード確定です。責任問題にならずに済みましたね」
くそ、こいつは……人畜無害そうな笑顔で言い放ちやがって。
頭を抱えたくなる衝動を抑え、先を促す。
「長距離<念話>での報告ですので、詳細は分かりませんが、一種型の大型スタンピードの様です」
「一種か、知性があるタイプでなくてよかった、そのタイプは多種型がほとんどだからな」
「それと追加情報です」
「追加情報?」
「どうやら新種の魔物の様です。魔境省が喜びそうですね」
「~~~~~……分かった、いつ頃到着する?」
「10分後です」
「……は?」
「10分後です」
笑顔でとんでもないことを言い放ってきた。い、胃が……。
「……ハンターギルドへ伝達、早急に頭数を揃えろ……この都市に居るハンターで、太刀打ちできるか分からんがな」
この都市は貿易の中心地、有りと有らゆるものが集まる。だが、唯一無いものがある。
それは、高ランクの戦力。
魔物を専門に相手にする、冒険者やハンター。ここでの彼等の仕事など、商人の護衛や、周辺地域の魔物の間引き程度。
駆け出しには、物資やレベルの面では最適な場所な為、数についてはそれなりに多いが、ランクはせいぜいCクラスが限界。それも高ランクの者ほど、実力や収入面の関係で他の地域へ移動する。
本来、実力のある者たちが国内に広がることで、国全体の強化につながる。帝国兵士も駐屯している為、問題ないと思っていたが、甘かったか。
「戦力については問題ないかと」
「何故だ?」
「現在、この都市に『破壊者』が滞在していますので」
「……『破壊者』?」
「はい」
「あの『破壊者』か?」
「どの事を仰ってるか分かり兼ねませんが、『破壊者』です」
「……Sハンターのか?」
「はい」
「……いつ来た」
「昨晩に御座います」
こいつはーーー!! そんな大事なことを今の今まで!!
こんな時にまで私をおちょくるか!? この腹黒執事は!?
「聞いていないぞ!? 何故報告しなかった!!」
「今致しましたので当然かと。到着当時、ガンズール様はとてもお疲れのご様子でしたので。誰がこの都市に訪れたかなど、早急に報告する必要も無いかと」
「あー!! もういい!! 緊急依頼を回せ! 他に上位クラスは居ないのだろうな!?」
「私の方では、他の上位クラスを確認しておりません……が、依頼の方は必要無いかと」
「何故だ!?」
「もう出撃されたそうですので」




