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315 帝国の使節団①

 エスタール帝国の交易都市エンバ―から、定期便と言う便利な天幕付きの車に揺られ東に進む事、数時間。ワシ(ジャック)は今、世界樹の迷宮の外周に作られた村……いや街に向っとる。


 周りには騎馬に馬車にと、大所帯が土煙を巻き上げながら必死に追従しておる。奴らは迷宮へ向けてアルサーンが派遣した、使節団やら研究員やらじゃ。周りの騎馬隊はその護衛じゃ。頑張って付いて来とるが、魔物が引くこの車に離されぬようにするのが精いっぱいで、陣形も崩れとる。

 そもそもの話、何故この定期便が単独で無人の荒野を行き来できとるかを考えれば、予想できた事態だと思うんじゃがのう……車を牽く魔物の強さもさることながら、最たるはその速さよ。襲おうにも追いつけんでは、人も魔物も誰も狙わん。それを既存の体制で強行し、付いて行こうとしようものなら、無理が出て然るべきじゃ。


これだから、面目や体面を優先する輩は扱いに困る。割を食うのはいつも下の者じゃと言うに……必死請いて走っとる騎獣たちが可哀想でならんわい。


「そう言わないで下さい【破壊者】様。道中が良くとも、目指すは迷宮です。お忍びでも無ければ、自衛手段を連れないほうが不自然と言うモノです。非戦闘要員とて多いのですから、現場の我々が良くとも他の者が納得いたしませんです」


 ワシに同行しとる若者が、苦笑いを浮かべとる。


ワシに同行しとる若者は、連絡要員……まぁアルベリオンが付けたお目付け役じゃな。こやつが言う通り、この辺りは誰の領地にもなっていない故、自己防衛の為の戦力を用意するのは仕方がない……が、少々物々しい団体となってしもうたのう。

まぁ、襲われた時の対応を考えるよりも、襲わせない様に対応するのが武力の本来の使い方故、致し方なしと理解はするがな。


 じゃがこの事態、都合が良いと言うのがワシの素直な気持ちじゃ。奴ら迷宮側の考えも、財力も、武力も……実物を見ん事には実感できんじゃろう。此度はそれを判断できるだけの専門家と、現場で即決できる決定権と発言力を持つ地位を持った者が多数おる。

正式な使者と言う事で、馬車らや武具やら旗やらと、至る所にエスタール帝国の国旗が描かれとる事からも、奴らには常にエスタール帝国からの使者としての責任が付きまとう。見聞きし体験したことを、正確に報告する義務もじゃ。


「しかし、わざわざ市民が利用する馬車など使わずとも、【破壊者】様専用の馬車の一台や二台、ご用意いたしましたです」

「堅苦しいのは好かん!」


 ……ワシにはそんな責任ありはせんがのう! 依頼内容はあくまで案内と、有事の際の護衛だけじゃ。故に、ワシが見栄を気にする必要はない。


エスタール帝国の国旗が刻印された馬車は、端から見れば随分な高級品じゃ。だが防衛機能が優先されているゆえに、乗り心地はそれ程でもない。整備された道ならばいざ知らず、荒れ地を走るには少々性能不足じゃ。あちらの方が、ワシが乗っとる定期便よりも乗り心地が悪いのは明白、見てくれは良いが乗るならば断然こちらじゃ。


「……乗り心地に付いては同意いたしますです。ですが、この強行軍を行う原因となったのは、この定期便の出発時間と……速さ、が原因なのです」


 そりゃ、ゆっくり走れば、振動の緩和は上手く行くじゃろう。だがのう……それを抜きにしても、あちらは密閉空間。こちらは開放感が違うわい。更には、面倒な奴らと同席なんぞごめん被るのじゃ! それを加味しても、散々ごねてこちらに乗り込んで正解じゃったわい。


 後は……この口煩いお目付け役がいなく成れば言う事無し何じゃがのう。


「いやなら、夜の街に乗り出さないで下さいです」

「いやいや、夜間まで自由時間が無いのは少々束縛が過ぎるのではないか?」

「契約内容には期限はしておりますが、時間指定はないです。護衛を兼任しているのですから、離れられては困るのです」

「ブラックじゃ~」


指名依頼なんぞ面倒なもんを寄こしよってからに……ワシ(Sランク冒険者)を指名するに足りる理由は用意したようじゃが、依頼、規制、体面と堅っ苦しくてかなわんわい!


……こうなれば、経費で飲み食いしまくって元を取るしかあるまい。到着したら最高級の店でも取ってやろうかのう。警備や格式の観点からも? 安宿に泊まる訳にもいかんしぃ? これは当然且つ仕方がない選択なのじゃよ。うむ!


口煩いお目付け役がいる手前口にはせんが、今後の予定に胸を膨らませる。あそこの飯と酒は旨いからのう……ジュルリ。おっと、思わず涎が。


「……」


感付いたのか、お目付け役から訝しがる視線を感じるが、努めて気にしない。誤魔化す訳ではないが、代わりにそろそろかと外の景色に視線をやる。

そこには予感違えず、地平線の先に防壁の頭が見えておった。優雅で爽快な旅も終わり、目的地に到着じゃわい。


「おうおうおうおう……ここは来る度に変わっとるのう」


 ワシらは定期便に乗ったまま街の門を潜り、街中の停留所で下車する。他は外で足止めじゃ。

先に人を出しておけば少しはスムーズに入国で来たであろうに、ワシに合わせて出発なんぞするからこんな目にあうんじゃ。ま! ワシにしてみれば、ピーチクパーチクと面倒な連中がいなくて楽なもんじゃわい。


周囲に目をやれば、その変りようにまた驚かされる。以前来た時は発展途上といった様相であったが、既に立派な街にまで発展しとる。


立ち並ぶはレンガ造りの頑丈な家屋に、整備された道。等間隔で設置された柱は夜になると明かりを灯し、夜も賑わいを失わぬ。


小柄な従魔が小さめの車を引き、カラカラと小気味よい音と共に通り過ぎる。街中の定期便であろうか、魔物の存在がこれ程まで馴染んだ街も珍しい。

支配下にあると言うても、魔物は魔物。危機感を抱く者が必ず出るものじゃ。じゃが、ここではその様な剣呑な気配は微塵も感じ取れん。他では見られぬ光景じゃ。


「【破壊者】様……本当にここが目的地なのですか? その、数か月前まで荒野だった場所だとは到底思えないのです」

 

エスタールの都市にも見劣りしない街並みに、初見である小僧も眼を白黒させておる。


言わんとする事は、ワシにも分かる。近くに制限ない資源があれば発展しない方がおかしなことじゃが、ちと早すぎるわい。更に領地を広げる算段か、今も外では防壁をもう一枚立てる拡張工事が進められておるからのう。それだけ人が集まっておるのと、経済的余裕と今後の展望が見えているのじゃろう。


このままいけばエスタールの王都、更にそれ以上の発展を遂げたとしても、ワシは何らおかしいとは思わんじゃろうて……何せ、この発展を裏で支えている存在を知っとるからのう。


「……何をやっているのです?」

「ほれ、お前さんも食え食え。ここの飯は旨いぞ」

「はぁ、ではお言葉に甘え……お酒はダメですよ?」

「っち、ケチ臭いのう」


露店で片手間に食えるものを買いながら、目当ての人物を探しつつ街の中を進む。適当に買った串焼きに齧り付けば、肉の旨味が口の中に広がる。ここに酒でも流し込めば……はぁ。まぁ、酒は夜にでも取っとくわい。


「ぅん!?」


お目付け役の小僧が、頬張った肉に鼻から声を漏らしとる。


辺境故、素材が良いのは当然じゃ。だがそれだけで、ここの露店は格式だけ高い高級店と肩を並べる美味さを出しとる。

下手な露店だと、魔力抜きされとらん食材をそのまま使う無知蒙昧な輩が居たりするもんじゃ。だがここでは、一般人が気兼ねなく食せる様にと、予め適切に処理されておる食材を市場に卸して使用しており安全面も問題ない。


……そこにプロの料理人の技術が合わされば、他が食えなくなるレベルで美味くなる。最高の食材と、それを調理できる職人の安全、これぞ発展した辺境の醍醐味じゃわい。


「んぐんぐ……【破壊者】様。何処へ向われているのです?」

「この辺りに、この街に詳しい奴が居るはずなんじゃ」


 飯の衝撃が一段落したのか、小僧が目的を訪ねて来よった。

ワシ一人であれば酒場巡りでもするのじゃが、今回はそうもいかんからのう。何せ客連れじゃ。依頼の体を取らされておる故、ほっぽり出すわけにもゆかん。かと言って、来るたびに成長しとるこの街の案内なんぞ出来るわけがなく……そんな時に便利な奴がおる。


「おぉ? おぉ! ジャックの旦那じゃぁねぇですかい、男連れとは珍しいですねぇ」

「おう案内屋。大口の仕事を持って来てやったぞい」


 案内屋……こやつらは、日々発展し続けるこの街に欠かせない存在じゃ。道案内から噂話まで、この街の事ならこ奴らに聞けば一発じゃ。見つかるか分からん場所を当てもなく探すよりも、あるかどうかわからん情報を探るよりも、こ奴らを頼るのがここでの正しい所作よ。


利用せんかったり、たかが案内にと支払いをゴネたりする愚かな奴も多いそうだが、銭を出すだけの価値がある。


「あ~、はいはい。お早いお着きで。旦那が一足先に来るもんだと思ってやしたが、一緒に来たんですねぇ」


分かる奴はすぐに理解できるじゃろうて……こ奴らは、この街専門の情報屋じゃ。然も組織立って行動しており、保有する情報量は他の追従を許さん。それこそ街の中枢と繋がりを持つ程じゃ。そんな奴らとの支払いをごねる様なやつは、その後息苦しい思いをしておるじゃろうのう。街のブラックリストに入った者の末路なんぞ、碌な物ではない。


だが逆に、内容次第ではあるが、こ奴らに便宜を図って貰えれば大概の要望は通る。この街の影の権力、それが情報屋じゃ。


「ご注文は当面の宿ですかい?」

「うむ、詳細はこの小僧に聞け、予算は気にせんで良いぞ」

「へぇへぇ、警備の事も考えて、エスタールの名に見合う格式ある店となると限られるな。予算は気にしなくて良いって事だし……手数料込々で少々高くつくが、この街一番の宿をご紹介するぜ。本来は一見様お断りの宿だがなぁに、俺等の口利きとジャックの旦那の名がありゃ、いけるいける」

「流石、分かっとるじゃぁないか」

「へっへっへ、旦那の紹介とあっちゃぁ、俺等の本気を出さないと沽券にかかわるからな……コースは一番高いのにしとくぜ」


情報屋が連れの小僧に目をやると、納得したかのようにニヤリと口角を上げる。


 当然こ奴らが扱う情報の中には、人や組織も含まれる。エスタール帝国の使者が来ることを知っとったのじゃろう。宿の注文を出せば、ワシの思惑を見透かしたかのように言い訳を並べ条件を詰め、最適(高額)な店を取り計らってくれよった。小僧に聞かれては面倒になる話は、聞こえない様に小声で話す気の利きようよ。


詳細は小僧に任せるが、まぁ建前じゃな。既に情報屋の中では、ワシに紹介する宿が決まっとり、後はその店まで誘導するだけじゃ。今晩の飯と宿の融通は終わったも同然じゃな。


案内屋は儲かる、ワシは良い宿で美味い酒飯を堪能できる。何も問題はないわい。

酒が飲める酒が飲める酒が飲めるゾ~♪

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