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313 狂った世界の氾濫②

「……ふぅ~~~」


 エマ様を連れ奥の部屋へと去る主様の姿が見えなくなると、思わず口から息が洩れる。己の呼吸が止まっていた事に気が付くと、ドッと疲れが全身に圧し掛かった。


 過去にも幾度か、エマ様があのお姿となられた事はあった。感情的になり、内なる“世界の狂気”に引きずられ染まった姿……【終わりの始まり】になりかけたお姿だ。


 今までは都度、主様が引き戻し事なきを得ていたが……今は、殆どの時間をそのお姿で過ごされておられる。それに輪をかけて放たれる気配は、今までの比ではない存在感を持つ。それこそ、今までが漏れ出した上澄みのごとし、濃く、深く……気配だけで心が悲鳴を上げ、影が見えただけで身がすくむ。


「あれを一身に受け平然と振舞うなど、我には到底出来ぬな」


 “名付け”により、我と主様との間には繋がりがある。その為か我等<幹部>は耐性が有るのか、“世界の狂気”に触れても耐えられる。だが、我等<幹部>と繋がりがある<配下>以下になると、この狂気を受けるのは不可能だ。感じ取るだけで発狂し、触れようものなら自ら己の命を終わらせる(生きる事を諦める)こととなるだろう。


 流石に襲撃の件を報告しない訳にもいかず、此度は時間を作って頂いたが……今は主様への報告を必要最低限にし、大半の情報を我の所で留め処理しているほどだ。今は誰も、この場には近づこうともせん。


「……どうだった?」

「アリスか。うむ、報告は済んだ、戻ろうか」


 主様が去った事を察知したのか、別室で控えていたアリスが様子を見に広場に顔を出した。

 多少の怯えが見えるのは、エマ様の気配の残渣を感じた為だろうか?


 アリスと共に、我の定位置となっていた広場から移動する。各施設へと繋がる通路はあれど、奥にはコア様と主様の部屋しかない。極力、今のエマ様に近づかぬようしている為、誰もがここを避ける。侵入者などいるべくもない。誰も居らずとも問題にはならない。


 耐性があるとはいえ、主様の様に無効にはできん。エマ様から放たれる狂気に触れ、我が正気を失う訳にはいかぬからな。我も今まで同様に、常時この場に居る訳にもいかん。


「……エマ様の訓練、順調そう?」


 道すがら、アリスが懸念を口にする。

 避難場所への襲撃は想定外ではあったが、我々への被害は無いに等しい。はっきり言って避難場所は、エマ様の憂さ晴らしの邪魔になる者をどけておく場所程度の認識しかない。我々が今、危惧している事はたった一つだ。


 エマ様の容態、それだけだ。


「うむ。一言だけであったが、エマ様の声色と口調は正気を感じられるモノだった。何よりも、感情を見聞きできる主様が常におそばにおられるのだ、万が一にも間違いなど起こるまい」


 エマ様は今、自らの意思で、身の内に巣食う“世界の狂気”を御する練習をしておられる。前々から、主様主導の元、少しづつ慣らす様に進めていたようだが……今回は本格的に進めておられる。


 “世界の狂気” は、この世界が放ったものであり、エマ様の感情では無いのだ。また、誰の支配下にも無くエマ様の中に存在するだけであり、引っ張られさえしなければ操作可能だと主様はお考えだ。事実、“世界の狂気”を依り代より放ちながらも、エマ様は正気を保っていらっしゃる。

 完全に掌握できている訳ではない為、先ほどの様に周囲に漏れ出して仕舞っているが……あの主様がそばに付き、管理しておられるのだ。誰かの支配下に置かれていない感情など、主様の前では裸同然。支配下に置かれる日もそう遠くないだろう。少なくとも予定日には間に合う。主様だからな。


「“世界の狂気”と言えど、所詮は瘴気だ」


 物質は瘴気の集合体だ。そして、瘴気は魔力の集合体だ。主様は、物質を分子(化合物)、瘴気を原子(元素)、魔力を核子(陽子と中性子)、意思を核力(結合エネルギー)、もしくはその力を伝播させる信号の様なものかとおっしゃっておられたな。


 一般的に魔法とは、生物が発する意思……魂からの信号と言った方が分かり易いか。それに、魔力が反応する事で成立する。

 物質を構成する瘴気の元である魔力に干渉することで、現実に存在する物質を間接的に操作する。意思に反応した魔力を、特定のパターンで繋げ固定することで疑似的な瘴気生み出し、物質を生みだし現象を引き起こす。魔法と言えば、これらの方法が一般的だろう。


 ここで、主様のお力と研究部の尽力の元、ある仮説が立証された。

 “世界の狂気”とは、世界が放った意思によって指向性を持たされた、魔力を元とする瘴気の塊である……と。


 強固な繋がりを持つゆえに、エマ様でも無害な魔力へ分解はできぬが、主様曰くこの瘴気の性質は、至ってシンプルだ。


【終わりの始まり】への変異命令を下す事。


 “世界の狂気”と誇大表現しておるが、所詮は変異を促す信号を放つ、世界の意思の力で作られた疑似的な瘴気にすぎん。


「それでも、認識するだけで生き物は死ぬ」

「上澄みであれば……瘴気を形作る意思(狂気)の気配だけであればそうでもないのだがな。瘴気が放つ命令は抗えようがない」


 だが、はた迷惑な事に、変異できぬものがその信号(命令)を受け取ると、強烈な不快感に襲われる。それは当然だ。できぬことをやれと、一方的に強要され続けるのだ。それも、世界の許可なきものが変異しようと欠片でも挑もうものなら、可不可に関わらず世界に不正者として否定される。

 絶望の果てに出された、世界の命令。この世界を終わらせるための命令。そこに、無関係なモノへの配慮など組み込む意味などないのだろう。矛盾を強要され、その責任を押し付けられる……瘴気を形成する際の意思(世界の狂気)と合わさり、世界に生きる者が発狂するのは当然なのだろうな。変異を留まっている現状の方がおかしいのだ。


 だからこそ、付け入るスキがある。


 リセットボタンを押し安全確認すら終わった後に、誰かの干渉を想定する必要はない。故にこの“世界の狂気”には、放たれた後は誰の支配下にある訳でもなく、余所者からの干渉を防ぐプロテクトの類も無い。つまり……干渉を防ぐ術が備わっていないのだ。


「であれば、エマ様と主様であればやってのける」


  “世界の狂気”の正体が世界の意思によって作られた瘴気であるならば、天才的な魔力操作能力をお持ちであられるエマ様が、操作できぬ道理はなく、感情が見える主様であれば、エマ様の干渉に対し“世界の狂気”(瘴気)を形作る意思が、どの様に反応するかがわかる。


 お二人が本気で挑めば、世界そのものにすら対抗しるのだ。


「だが、主様も余裕がある訳ではない。故に、外の処理を全て我々に一任してくださったのだ。我等が信頼されている証……主様の期待を裏切る様な醜態をさらすわけにはゆかぬな」

「その為にも、準備は慎重に」

「当然だ。皆の心穏やかな未来の為にも、ここでしくじる訳にはいかん」


 エマ様の不安や懸念、【終わりの始まり】への切っ掛けとなったアルベリオンを蹴散らせば、変異を止める事はできるだろうとは推測されている。エマ様にその気と理由が無くなるからな、アルベリオンでエマ様自身の問題は片付く。


 だが、変異に至る条件は揃ってしまわれている。

 迷宮となり延命し、残る力で主様を召喚せざるを得ない死に体で在られたエマ様ならいざ知らず、全快なされた今のエマ様では……変異に至れる力をお持ちになられたエマ様では、新たな切っ掛け一つで再発しかねない。それこそ、止める事も遅延することも出来ず、完全に変異されて仕舞う可能性があるのだ。


 今後、世界が終わる懸念を抱えたまま過ごすと? その様な事態、世界の誰も、何よりも主様が望まぬわ。

 では“世界の狂気”をどうするか? エマ様の中から追い出して仕舞えばよい。エマ様の中から“世界の狂気”が無くなれば、変異の条件を満たさずに済む。


 だが、適当に破棄すればよいと言う訳ではない。我々とて、ギリギリなのだからな……世界に無秩序に放たれれば、【終わりの始まり】に成らずとも生物が狂い全て滅びかねん。


 ではどこへ破棄するか……丁度、何もなくなる予定の地があるではないか。


「……アルベリオンも、不遇」

「国としては巻き込まれ、利用されただけだからな。だが、我々に、まして世界には関係ないことだ」


 今後、発散する機会? そんなモノ、この機を逃せばいつ訪れるか分からない。ならば この期に全てを済ませて仕舞えばよい。

 有体に言えば、アルベリオンは世界の八つ当たりの的となった。痕跡やましては存続など、望むべくもない。主様が更地になる予定とおっしゃられるのも致し方ない事だ。


 故に、アルベリオンに在中する軍も、イラの手先も、同郷の異世界人すらも、全て消え去る種々雑多にすぎない。回収すべき存在の大半は既にアルベリオンから避難させているため、躊躇する理由は我々にはない。


 さぁ、場は整いつつある。最後まで気を緩めずに行こうか。


いつもイライラ、あなたの隣で怒れる狂気。【終わりの始まり】……です!

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 破壊者がダンジョンにいた時のDPってやばいのでは・・・・・・!? そういえばDPの回収率あげるために亜人の強化っしてたけど獣人達強くなったかな? [一言] ダンジョンバトル期待してます…
[良い点] ついに物語としての佳境に入ったのかな。 今後も展開が楽しみです
[気になる点] エマ様の訓練?
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