298 逃走からの闘争③
レックスさん空輸で馬車ごと運ばれて来たのは、12才位の少女。
姫様……アルベリオン王国、第6王女、ローズマリー・クリア・サン・アルベリオン。王位継承権を持っていた18人の内の末子。先王が拵えた、最後の王位継承権所持者。
見た目はアルベリオン王国の特徴か長い金髪と、身分の高い人の特権か顔の造形は良かったと思います……たいして興味も無いので他は割愛。
連れられた時にはぐったりと脱力し、意識もなし。呼吸も弱々しく、はた目からも危険な状況であることがうかがえることから、迷宮内の医療施設へ直行。現在原因の究明と、治療に当たっています。まぁ、さして時間もかからずに終わるでしょう。
「さて……どうしましょうかね?」
いえ、言い換えましょう。どう使いましょうかね?
王族の血筋。扱いが面倒ですが、身柄を預かったからには有効利用したいところです。なにせ、希少ですからね。治してポイではどうも後味が悪い。
因みに他の王族は、軒並み死亡か行方不明。
たいした力のない子供が今まで生き残っていたのは~、あれですかね? アルベルク家が守っていたからですかね? 少なくとも、今まであの害虫共の近くで生きていたのですから、常に仲間が近くで守っていたでしょうし。
そうなると、う~む……アルベルク家辺りが、他の王族を匿っていたりもしていそうですが、まぁそれは置いておきましょう。どれぐらい機能しているかもわかりませんし、興味もないので。
「失礼する!」
「おや、いらっしゃいエミリーさん」
一息ついて茶を啜っていると、エミリーさんが慌ただしく入室してきた。姫様が回復するまで側に付いているかと思っていましたが、不安と焦りに駆られてどうしたんでしょうね?
「ダンマス殿、お話があります、ローズマーーー」
「使いますよ? 当然ではありませんか」
エミリーさんの言葉にかぶせる様に事実を告げれば、続けて放とうとした言葉を飲み込み、苦々しく口を結ぶ。
ははは、何を分かり切ったことを聞きに来ているのやら。いえ、確信があったからこそ確認しなければ気が済まなかったのですかね。
治療もタダでは無いのですよ。費用の分を補うくらいの働きはして貰わないとね。それとも、俺に借りを作りっぱなしにした状態で、余生を過ごさせるお積りで?
そう言ってやれば、エミリーさんは大きく溜息を吐き、心の中で割り切る。だいぶ柔軟な思考ができる様になった様で、俺は大変うれしく思います。
「ローズマリー様は助かるのか?」
覚悟を決めた表情から反転、不安そうに俺に向き直り姫様の安否を尋ねて来る。
ついさっき運び込んだばかりだと言うのに、ちょっと性急すぎるのではと思いましたが、既に分かっているものとばかり思っていたと、いけしゃあしゃあとぬかして見せる。
ほうほう、言ってくれますね。本人たちの前では言わない様にして下さいね? 大概の事は面白おかしく受け流せますが、自分の役目となるとガチになる子が多いので。
……まぁ、本当に結果は出ているんですがね。
エミリーさんがこっちに来ていると言う事で、ついさっき<倉庫>に届いた診断書を引っ張り出し、結果に目を通す。
「毒ねぇ」
少しだけなら全く問題ないが、排出に時間の掛かる毒を、<鑑定>の類には引っ掛からない程度の量で、長期間にわたって摂取させられていたと思われる……と。
毒見も途中で交代が入れば意味が無くなる、体調も急変しない為警戒もされない。せいぜい生まれつき体が弱いと思われる程度だったのでしょう。
悠長なやり方ですが……あぁ、成る程成る程、厳重に保護されている人物を殺すにはありかもしれませんね。多分俺は使わないでしょうが。
容体に関しては、毒さえ抜ければ大丈夫みたいですね。後は内臓機能が回復するまで養生し、衰えた身体能力を鍛え直せば、一般人レベルにまではすぐに回復する見込みとの事。
「あぁ、良かった……」
「えぇ、虚弱体質も毒の影響のようですし、コレなら国王を務めても問題ないですね」
「……は?」
良かったですね、後遺症もなく、死ぬこともない。心配の必要が消えましたね。そしてこっちも、使い道を決めました。
本来の予定ではエミリーさんを旗印にして、アルベリオンの復興を丸投げする予定でしたが、折角の王族なのです、てかそれ以外の使い道も浮かばないですし、王族として育ったのであれば、その扱いが妥当でしょう。
「む、無理だ! ローズマリー様は確かに王位継承権を持ってはいた。だが。本人にその気はない。王族として最低限の振る舞いはできるだろうが、とてもではないが一国をまとめあげる事などできない! ましてや、混乱渦巻く今の、いや、その後のアルベリオン再興など、荷が過ぎる! そもそもローズマリー様は12になったばかりだぞ!? 経験が圧倒的に足りない」
捲し立てる様に難色を示すエミリーさんですが、それは全ての責任と処理を押し付けた場合でしょう? 流石の俺も、子供相手にそんな事はしませんよ。俺を何だと思っているんですか。
時間だってありますし、最低限トップとしての体面さえ保てれば、後は周りの人が対応すればよいのですよ。
「もしやないとは思うが……傀儡にするなど、ない、ですよね?」
エミリーさんの言葉に、考えを巡らせる。
ふむ、傀儡。操り人形。操作する……いちいちこっちが管理しなければならない? 面倒の極みですね、却下です却下。
寧ろエミリーさんが管理してください。ご意見番とか教育係とか何でも構いませんが、今の姫様では無理と言うのであれば、無理でなくなれば良いのです。幸いまだ幼い子ですし、今からでも十分に挽回できるでしょう。
それに仮令お飾りとなろうとも、カリスマ性と求心力さえあれば実務能力は他が補えるのです。血筋の問題は無いのですから、年齢的な問題は周りがサポートすれば万事解決です!
つまり、姫様ができない分は、エミリーさんが何とかすればよいのです!
「う、それは、そうかもしれないが……」
「それとも代わりに、エミリーさんが王になりますか?」
「わ、私がか!? そんな事無理に決まっているだろう!」
尚も難色を示すエミリーさんに代案を提示すれば、食い気味に却下される。
「何故です?」
「柄でない事もそうだが、私などよりも他に相応しい方が……あ」
自分で言っていて気付いた様ですね。そう、相応しい方が出て来ちゃったんですよね~、俺はどちらでも構わないんですがね~、国民はそう思わないでしょうね~……フフフ。
まぁ申し訳ありませんが、他に代役を任せられる人がいないので、あきらめて下さい。
こんな土壇場で、改めて信用できる人物を選別? 冗談ではありません。俺等は現アルベリオンを潰せればよいのであって、旧アルベリオンに交流もなければ義理も無い。寧ろ事が済めば土地は返すのですから、それ以上を望まれても対応しかねます。できなくは無いですが、面倒です。何のためにエミリーさんを矢面に立たせていると思っているんですか? 後の管理の為ですよ。不埒な考えをこちらに向けさせない為の処置です。
そこへ、ぽっと出の人物に一から説得し直せと? その手間を俺達に強いれと? 無理無理。そんな余裕、家にはありません。
エミリーさん程の力があれば分かるでしょう、この場所を見て来たなら分かるでしょう……ですが悲しいことに、他も理解できるとは限らないのですよ、理解しようとするとは限らないのですよ。
「ここにきて、もしエマさんの逆鱗に触れる者が来ようものなら……ね?」
「ッ!?」
貴方は俺達に敵対しない、俺達も貴女に敵対しない。それでいいではありませんか。その後、アルベリオンの土地をどう扱うかは、生き残った真っ当な優秀な方と協議でもして、決めればいいのですよ。俺等がそこへ自主的に口を挟む事は、おそらくありません。
何も最後まで上に立って、一人でやれって訳では無いのですから。腹をくくって下さい。どうせ、その場に直面したら、嫌でもやる事になるんですから。
「だってエミリーさん、逃げない……いえ、逃げられないでしょ? 助けた後、途方に暮れる国民をほっぽりだすのですか?」
「ぅ、それ、は…………はぁ、分かった。国……ローズマリー様と国民を守るためだ。何とかやってみよう」
諦めた様にがっくりと肩を落とす。まぁサポートはしますから、頑張ってください。




