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174 ザワワ~ザワワ~

①水源……それは生物の宝庫

②ヌメヌメの連続攻撃! 

③攻撃力は貝任せ

「ど、どっちに進めば?」

「知らん! とにかく前へ、この音から少しでも遠くに!」


 チャリン…チャリン…


 始めは小さなものだった。

 森の騒めきの中に、鈴の音の様な音色が含まれていただけだった。

 他の雑多な音に紛れながらも、妙に耳に残る音……その程度のモノだった。それが無視できない物になったのは、何時頃だっただろうか。


 チャリン…チャリン…


 風の流れに乗って、鈴の音が聞こえてくる。


 チャリン…チャリン…


 心地よい音色が聞こえてくる。


 チャリン…チャリン…


 頭の奥が痺れる様なその音色は、まるで麻薬の様に彼等の頭に、深く濃く、染み付いて行く。


 危険を察した彼等は、その音色が遠のく方向に足を進める。

 更に森の奥へ進む事になろうとも、現状から逃げる事を最優先して……だが遅かった、何もかもが遅かったのだ。


 いつの間にか立ち込めた霧によって、自分が今どこに居るか分からなくなり、太陽も木々に隠れ、正確な方向も掴めない。

 焦りは正常な思考を阻害し、更なる焦りを募らせる。


「馬鹿野郎、勝手に動くな! 逸れるだろうが!」


 僅かに聞こえる音が、気になって仕方がない。


「違うそっちじゃない!」

「そっちは元来た道だ、こっちだ!」


 方向感覚が狂い、自分が向かっている方向が分からなくなる。


「おい待て、ここ見覚えがあるぞ。また戻って来ちまってる!?」


 引き返そうとしても、音が聞こえる方向に、無意識に視線が、足が向かって仕舞う。


 チャリン…チャリン…

 チャリン…チャリン…


「あぁぁぁ! 音が、音が耳から離れねぇんだよ!」


 染み付いた音を払いのけるために、苛立ちと共に頭を掻き毟り、喚き散らす。それも一時凌ぎにすらならず、寧ろ冷静さを奪うだけにしかならない。

 耳を塞ごうか、まるで耳の奥から聞こえてくるように、頭の中から鈴の音が聞こえてくる。防ぐことも、抗うことも叶わない。


「今はとにかく進むんだ、一刻も早く、ここから、この音が聞こえなくなるまで!」


 どれ程の時間が経っただろうか。


 意図して離れようと進むも、いつの間にか元の場所に戻ってきてしまう。無意識に、音のする方向へと、進んで仕舞う。幾ら集中し意志を強く持とうとも、意識の穴を突いて音色がしみ込んでくる。

 ついには思考すらその音色に掻き消され、代わりに何とも形容しがたい快楽が、体中を駆け巡る。


「だめ、だ…戻らねぇ…と」

「戻るとか、もう、どうでも、いい……」

「あぁ…ぁ…、……」


 大金を手に入れた時よりも

 美味いものをたらふく食った時よりも、

 いい女を抱いた時よりも


 今まで感じてきた快楽など木っ端に等しい、抗いがたい快楽が、彼等の体を支配していく。


 なぜ離れなければならないのか、なぜ帰らなければならないのか、なぜ逃げなければならないのか……抗う意味を見出せなくなった者から、一人、また一人と音のする方向へと歩みを進め、逸れていく。彼等の浸食は、もう戻れない域にまで達していた。


「う…あぁ…」


 そうして、まるで誘われる様に、夢遊病者の様に虚ろな視線を彷徨わせながら、捕らわれ虜になった者達全てが……辿り着く。


 ― チャリン…チャリン… -


 小高い丘を中心に、色とりどりの花が咲き乱れる花畑。

 中央にそびえる捻じれた大樹が、風も無い中ざわり、ざわりと揺れ、その度に枝葉に絡まり付いた【鈴生り草】が、鈴の音を奏でる。


「ぅ……ぁ……」


 そんな鈴の音に紛れ、生き物のうめき声が上がる。虚ろな瞳をした数多の生き物が、大樹を中心に囲うように、延々と並び歩いていた。

 彼等が足を進めるたびに、パリン、ジャリ…と、ガラスが割れる様な、砂を踏み締める様な音が絶え間なく響く。魔力の結晶を実らせる【結晶花】の実が、足の踏み場もない程に地面に敷き詰められ、砕けた結晶が差し込む光を反射し、まるで宝石箱の様に輝いていた。


 ― チャリン…チャリン… -


 痛みも、恐怖も、疲労も、苦痛も、全て塗りつぶす、心地よい音色に引き寄せられるかの様に、大樹の周りを歩き続けていた者達の中から、新たにこの場にやって来た“人”が、大樹に向かって歩み出る。


 生垣の様に大樹を囲う、丘の上に群生した血の様に真っ赤な草の中を進む。

 剃刀の様な葉が皮膚を削ぎ落し、鉤爪の様な棘が肉を抉り取る。服も装備も削ぎ落とされても尚歩みを止めず、痛みを感じていないのか、致死量に成り得る量の血を流しながらも、捻じれた大樹の根元へと進んでいく。


「ギギ…」


 その大樹の根元には、枯れ木の様な人の上半身が生えていた。


 人で言えば瞳に当たる部分には、洞の様な真っ暗な穴が開いており、その腕には、ミイラの様に乾ききった、生き物だったものが引っ掛かっていた。


「ギギ…ギ」


 その残りかすに人型が目をやると、木が軋むような声を上げる。そうすると、ズルリと大樹に巻き付いていた蔦が動き出し、人型が抱えていた亡骸を無造作に投げ捨てる。

 綺麗になった腕に満足したのか、改めて洞の様な瞳で向き直り、新たにやって来た肥料()に対して、真っ赤な葉を携えた両腕を、迎え入れる様に広げる。


 まるで宝石の様に輝く真っ赤な葉は、縋る様に腕を伸ばしながら歩み寄る人の指を切り落とし、腕の肉を削ぎ、骨を削りながら、背と腰へと抱きかかえる様に腕を伸ばす。


「あ…あ…あ…」


 恍惚とした顔つきで二度三度痙攣し、全身から血を流す。その生き血を啜る大樹は、歪な笑みを浮かべていた。


 ―――


「ギギ…ギギギギギ」

(ねぇ、ちょっといい~?)


 不気味な音を立てながら、ゆさゆさと枝を揺らす捻じれた大樹。

 聞く者によっては、笑っているかのように聞こえるかもしれない、そんな不気味な大樹に向かって、<念話>を飛ばす影があった。


(君が捕まえた獲物を、譲って欲しいんだけど~)


 その影は、猛毒の<花粉>が舞う空間をものともせずに、プルプルと半透明な体を揺らしながら、ゆったり、ある意味優雅に大樹の前までやって来た。


 それに対して、明らかに不愉快な雰囲気を醸し出す大樹。それはそうだろう、何故自分が捕らえた獲物を渡さなければならないのか。しかもそれを言って来たのが、何の力も存在感も感じない、矮小な存在となれば尚の事だ。


(勿論、タダじゃないよ~)


 ゴロンと、何処から出したのか、その半透明の体以上の大きさの魔力結晶を、地面へと吐き出す。


(これと交換でどう?)

「ギ!?」


 人頭大の魔力結晶。

 大きさだけではない。その輝きを見れば、今までにない程の濃度である事は間違い。自分でも栽培しているのだから、見間違いようが無かった。

 吸収する者の格によっては、これ一つで進化まで至る程の逸品。吸収できる者からしたら、是が非でも欲しいものである。


(これをあげーーー)


 真っ赤な刃の葉が付いた枝が振るわれ、半透明の体を切り裂き、叩き潰す。

 その衝撃によって転がってきた魔力結晶の塊を、蔦を器用に動かすことで自分の元へと引き寄せる。


 欲に目が眩んだのは間違いない。

 何を欲していたのかは分からないが、わざわざくれてやる理由も無いし、雑魚の話を聞く必要も無い。たまたま手に入れたはいいが吸収できず、交換にでも使おうとでもしたのだろう。

 ツルツルな結晶の表面を、愛おしそうに撫でながら、そんな事を考えているとーーー


「……? …イギ!?」


 自身の領域、根の届く範囲の外周に並べられた、【幻惑樹】の林が消滅した。

 獲物を惑わす事で自身の領域から出さないようにする役割を持った【幻惑樹】、それが突如、一斉に消え去ったのだ。

 それだけではない、自身が選りすぐった植物が、地表に出ている“血肉とした植物だけ“が消えていくのを、得体の知れない何かが隙間なく迫って来るのを、根から感じ取っていた。


(パパを見習って~、一度目は許す事にしているんだけど…パパ程優しくも無いの~)


 訳が分からないと、混乱する大樹に対し、<念話>による声が届く。そこには自分が叩き潰したはずの、半透明な体をした魔物が、何事も無かったかの様に佇んでいた。


(交渉に応じるなら、穏便に済ませるつもりだったけど~)


 ぐちょり、ぬちゃりと、湿り気を帯びた音を響かせながら、玉虫色をした半透明な何かが四方八方の森から現れる。

 それは木を溶かし、花畑を飲み込み、今まで蓄えた結晶を根こそぎ掻っ攫うだけでは飽き足らず、自身の体躯よりも高くせり上がり、本体すらも覆い尽くす。

 枝葉に付けた刃も、棘も、蔦も全て飲み込まれ、進化したての頃の、枯れ木の様な姿になり果てた人型の大樹の耳元から…


(……二度目は無いよ?)


 その<念話>に従う以外の選択を、大樹は持ち合わせていなかった。


名称:捻じれ樹(キメラツリー)農家(ファーマー)

氏名:

分類:現体

種族:植物族

LV:1~25

HP:250 ~1000

SP:250 ~1000

MP:250 ~1000

筋力:90 ~580  D(職業特性:1ランクアップ)

耐久:110 ~500  D-

体力:110 ~600  D(職業特性:1ランクアップ)

俊敏:90 ~480  D-

器用:90 ~580  D(職業特性:1ランクアップ)

思考:90 ~480  D-

魔力:100 ~490  D-

適応率:90(Max100)

変異率:90(Max100)

スキル

・肉体:<過食><血肉化>

・技術:<魔力操作><魔力察知><気配感知><隠蔽>

・技能:<自己修復><捕食回復>


血肉

睡眠草(スイミンソウ)】:<毒(睡眠)><花粉>

幻惑草(ゲンワクソウ)】:<毒(幻覚)><花粉>

血刃草(ケツジンソウ)】:<毒(出血)><爪>

興奮草(コウフンソウ)】:<毒(興奮)><花粉>

帯魔草(タイマソウ)】:<帯魔>

蓄魔草(チクマソウ)】:<蓄魔>

鈴生草(スズナリソウ)】:<精神魔法>

幻惑樹(ゲンワクジュ)】:<幻覚魔法>

などなど……


低ステータス、低スキル、高才能(スキル所持可能容量(リソース)が多い)という、矛盾した進化条件をした魔物。超が付くほど進化条件が厳しく、滅多に生まれない。

進化直後は、歪んだ幹をした葉のない枯れ木の様な大樹の姿をしており、残っているリソースをほとんど使用し、上位スキル<血肉化>を取得する。


周囲に自生している薬草や毒草、植物族の魔物を自身の体の一部(血肉)とすることで、葉を茂らせ、擬態する。

薬効を持った草を好んで取り込み、多種多様な状態異常を駆使し獲物を捕食する。取り込める範囲は、枝や根が届く範囲に限られる為、周囲の植物が無くなる。その為、気を付ければ存在にはすぐ気が付けるだろう。


追記

植物を根こそぎ取り込むのではなく、育てる事を覚えた個体(農家(ファーマー)となった個体)は、一気に危険度が上がる。

有用な植物を育て、取り込む事を繰返し、急激に手段を増やしていく。


幻惑草(ゲンワクソウ)】や【興奮草(コウフンソウ)】などによる<精神魔法>により冷静さを失わせ、【鈴生り草】の<精神魔法>によって誘導することで、抵抗すらできず一方的に獲物を狩る。

それらに耐性を持って居たとしても、<毒>が付与された<花粉>が充満した空間で行動すれば、タダでは済まない。この魔物を狩る為には、相当なレベルの状態異常耐性を複数求められる。

食料となる部位も少なく、得られる経験値に対して労力が見合わない為、例え同格以上であろうとも近づくことは稀である。


地上外周に置いての、最上位危険地帯(過去形)である。

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