124 接触
①上位スキルはまだ早い
②継続は力なり
③ガチ説教
【世界樹の迷宮】の端、森と荒野の境目に沿うように陣を張る、獣人の一団。非戦闘員を中心に、周囲を囲むように戦闘が可能な者たちが、警戒に当たっていた。
水に食料、不足していた、薬に使用できる植物。長旅で疲弊していた彼等にとって、この森は恰好の休憩場所となっていた。
今のところ、彼等の規模が大きい為か、森の魔物たちも警戒してか接近することも無く、体を休める事に努めていた一同は、探索は翌日とし夜を迎えていた。
そんな中、今日も各代表が集まり、報告会を開いていた。
「爺さん、間違いないんだろうな」
「森人である儂が見間違えるはずもない。あの大樹は世界樹じゃ」
世界樹、それは彼等にとっても、増しては森人にとって、世界樹の発見は、ただ事では無かった。彼等も世界樹が発見されたという噂は聞き及んでいたが、後に間違いであったと聞かされていた故に、その驚きもひと際であった。
「行きたいか?」
「当然、行きたいのは山々じゃが、儂一人ではたどり着けまい。皆を巻き込む訳にもいかんしのぅ。場所さえ分かっておれば、後に向かう事は叶う。動く事などないじゃろうしのぅ。今は皆の者の身が第一じゃ」
「爺さん……」
彼等の付き合いはとても長い、それこそ今いる獣人達が生まれた時から、森人の老人は彼等と共に居たのだ。亜人と獣人……種族が異なろうとも、その絆は家族に等しいものであった。
故に、勘の鋭い彼等獣人達は森人の嘘に、今すぐに向かいたい気持ちに気が付いていた。
「無いとは思うが……奥に進むのは?」
「無しだな。目的地の方角もそうだが、未開のダンジョンに挑む必要も危険もない」
話を逸らす意味も込め、念のための提案だったが、一蹴される。
余りに薄い気配に、最初は違和感程度にしか思わなかった獣人達であったが、皆が皆一様に感じた違和感に危機感を覚えたのだ。
他の種族では、まず気が付かなかったであろう違和感。日中念入りに調査したことで、彼等はここがダンジョンであることを、看破していたのだ。
「うむ、明日は西に向けて移動で良いのぅ?」
「異議なしだ」
「外周組も了承する」
「他に何かあるかのぅ?」
「……勝手に出て行った、大バカ者がいる」
「あぁ、あの方―――」
「ッ」
この調子ならば、何事も無く朝を迎えられるかもしれない。
……その思いは、唐突に崩れ去る事になる。
最初に気が付いたのは誰だったか。
警戒、たった一瞬見せた仲間の異変に、周りの仲間たちが瞬時に反応する。一ヵ月の強行軍が、彼等の感覚を研ぎ澄まし、部族の垣根を超えた仲間意識と連携が、出来上がっていた。
「……どこだ?」
「あそこだ」
そして彼等は目にする、目に見えない何かを。何も感じない存在を。だが確かにそこに居る何者かを……
じっと、こちらのやり取りを見る、二つの丸い瞳を。
「ッ……ありゃぁ、何だ?」
「姿が見えねぇ……幻覚か精神魔法の類か?」
「いや、魔法の類ではない、恐らく見たままじゃろうのぅ。あれは、そうゆう者じゃ」
警戒する者たちの言葉を、森人の老人が、長い髭を摩りながら否定する。
(ふむ……貴方が、ここの責任者ですかな?)
「そうじゃのぅ、そう取って貰って問題ないぞい。お主は、このダンジョンの魔物かのぅ?」
(然り。まずは夜分遅く、突然の訪問を謝罪しよう)
空間から滲み出るように、朧気だった姿を現す。
「我はホロウ、この【世界樹の迷宮】に仕える者。此度は使者として参った」
優雅に一礼して見せる、ホロウと名乗る魔物。言動の端々に、知性と気品が伺えるその姿に、誰もが困惑する。
言葉を紡いだとしても、相手は魔物である。
他者を殺し、喰らい、災厄をまき散らす、この世に溢れる害悪。それが魔物。例外は居るとしても、彼等にとって、ホロウの態度は常識では考えられないモノだった。
そんな相手に、森人の老人は毅然として対応する。
「丁寧な対応、感謝する。それで、儂らに何の用かのぅ?」
「それでは、これより主様からの御言葉を伝える。有り難く拝聴すると良い」
ダンジョンにとって、部外者はエサでしかない。そんな相手に対して、話す理由は何だ?そもそも、ダンジョンマスターが接触を試みる事すら、理解の外だった。
警告? 脅迫? いったい何を言って来る?
警戒しながらも、相手の話に耳を傾ける。対するホロウは、相手の警戒など全く気にすることなく、話始める。
「『そちらの御仲間と思われる少女を保護しています。そちらにお返しするので、受け渡しの方法を提示して頂きたい』……との事だ」
「リリー!? リリーは無事なのか!?」
「ふむ、確か保護した獣人の名だな。当然だ、我らの主が保護したのだ、掠り傷一つ無いでしょう」
予想外の内容に、反射的に聞き返してしまう犬人の女性。
捜索に当たった者達の話では、既に歩けない程の怪我を負っていたのだ。生存は絶望的、既に諦めていた所に舞い込んだ話に、周りの者も動揺を隠せないでいた。
そんな中、さらに警戒を深める者が居た。それは外周組の一人、リリーの捜索に当たっていた者。
彼は、直接リリーの状態を見ており、さらにこのダンジョンの魔物に、逃げ出す原因になった化け物に直接会っている。とてもじゃ無いが、生きているとは思えなかったのだ。
その事も有って、この迷宮の使者を名乗る魔物は、偽りを語っている可能性を疑う。そもそも、ダンジョンが侵入者を保護する意味がない。
「……その言葉、嘘偽りは無いと、誓えるかのぅ?」
「当然であろう?」
探りを入れる意味も込めて、話をする森人の言葉に、何の迷いも無く答えるホロウ。
「……あぁ、我が直接見たわけでは無いが……、死んでいなければ、傷などどうとでもなるぞ。主の事だ、治さずに放置などまず無い」
「あぁ、そうかい。無事だって言うんなら、証拠を見せてくれないか?」
「証拠?」
「リリーを、ここまで連れて来てくれ、そうすれば信じる」
「ふむ、こちらまで送り届ける事を希望……ですな、少々待たれよ」
そう言い残し、ホロウは霧が晴れるかのように、掻き消えーーー
「そうそう、もう一つ聞いておくことが有ったのだ」
「「「うぉ!?」」」
―――ることなく、再度現れるホロウ。
「保護した獣人、リリーと言ったか、その者が何故このダンジョンの森の中に居たのか、理由を知りたいそうだ。聞いても答えないそうでな?」
顔を見合わせる獣人達であった。
―――
「なの~~~……」
「……」
「なの~~~……」
「……世界樹さん、何か御用でしょうか?」
話しかけて来る訳でもなく、こちらをじっと見てくる世界樹さん。
本当の体でない依り代だからか、目がエジプトの壁画みたいになっていて怖いのですがそれは……
「……」
「え? 何ですか?」
「……モフ」
モフ?
「……自分一人だけ、モフってた」
「あ˝」
リリーさんの事ですか、見ていたんですね。
気が付いたら乱入してくると思っていましたから、世界樹さんの事をまったく気にしていなかった。
ですが、あれは丸洗いと治療をしたのであって、モフった訳ではないと言いたい。最後のブラッシングだって、本人が一人でやっていましたし。
「なのののの˝~~~!!」
納得してくれそうにないですね~、どうしたもんか。
そもそも、なんで世界樹さんは参加して来ようとしなかったんですかね?
「……情報収集の邪魔、しないほうがいいと思ったなの」
あらまぁ、良い子。逆に拗らせると面倒な事になりますね。よし、ここはリリーさんにでも犠牲になってもらいましょうか。
それ以上に、そろそろ着せ替え人形状態から解放してあげませんと、可哀想ですからね。
……毛繕いは、他人がやってはイケなかったんでしたっけ。その時は、しっかり拒絶してもらいましょう。そうすれば、俺がモフっていた訳では無い事の証明にもなります。理由ありきならば、拒絶されてもトラウマにはならないでしょう。
「行くなの! 今すぐ行くなの! モフモフが、モッフモフがわた―――」
「主、戻りましたぞ」
そして、狙ったかのようなタイミングで戻ってくるホロウさん。
その姿を見て、世界樹さんが驚愕と絶望に満ちた顔をする。伝言の内容も知っていましたかね?
「ご報告致します。先方は獣人の娘、リリー嬢の早期搬送を希望されております」
「ナノゴッフゥ!?」
「早期ですか?」
「なんでも、信用できないとのとこでして……」
まぁ、こっちは魔物ですからね~、信用云々は無いか~。
そして世界樹さん、血反吐吐くほどショックですか。その体、血なんて流れていなでしょうに、芸が細い。
「了解しました。早速リリーさんのところに行きましょうかね……そう言えば、もう一つの方はどうでしたか?」
「リリー嬢が森の中に居た理由ですな、薬草を探しに侵入した様ですぞ。何でも御婆様が倒れたとか」
「薬草?」
ここには、新種の植物が山ほどありますけど、見分けが付くのでしょうか?
<鑑定>だって、レベルが一定以上でないと自分が知らない事までは分かりませんし。
……そもそも子供とはいえ、たった一人の為に捜索隊が組まれる上、信用できないダンジョンに居ると言うのに、その帰還を素直に希望する?
罠や洗脳、偽物の侵入も有り得る。そんなリスクを冒してまで、勝手に行動した者を迎え入れる?
思い返してみれば、怪我以外は、問題は見られませんでしたし、一ヵ月も逃げ続けていた割には、健康そのものでした。
……リリーさんって、結構重要な立場だったりします? 例えば、特殊なスキル持ちだったり、高レベルの<鑑定>持ちだったりして。
迷宮主のメモ帳:魔力焼け
高濃度、高圧力の魔力に曝されることで発症する。
本来体内から体外へと放出される魔力か逆流し、体内に魔力が侵入して来る事で、肉体を維持している魔力、酷い場合は物質が崩壊する。
皮膚の様に浅い部位では、火傷のような症状を表し、体内など深い部位の場合、内臓が機能不全を引き起こし、最悪死に至る。
侵入して来る以上の圧力で、大概に魔力を放出すれば、発症には至らない。
一般人が、強力な魔物が住む僻地の最奥に行く位、上記のような環境は稀である為、滅多に発症しない。




