7.学園へ
「計司。お風呂、お先」
「おう……むおっ!」
街の見学を終えた俺達は、廃ビルにしか見えないおんぼろアパート、『ロイヤルグランド紅葉』に戻ってきていた。
夕飯の後、浴室に行って入浴を済ませたレミアがリビングに戻ってきて、俺は目を丸くした。
レミアのやつ、身体にバスタオルを巻いただけの姿で出てきやがった。頭にもタオルを巻いていて、ホコホコと湯気を立てている。
固まっている俺を無視するようにして、自分の部屋から持ち込んだ荷物をゴソゴソと漁り、替えの下着を用意している。
そういうのは隠せよ。他に部屋はないとは言え、洗面所で着替えるとかできるだろ。何を考えているんだ。
「計司もお風呂に入ってきたら? それとも……私が着替えるのを見学するつもり?」
「ふ、風呂に入ってくる! 俺がいない所で着替えろよ!」
「了解」
自分の着替えを大慌てで用意し、俺は浴室へ避難した。
なんなんだ、あの女は……恥じらいとか、警戒心とかないのか? 少しは男の目を気にしろよな。
部屋の中じゃスカート丈が短いゴスロリ服でゴロゴロしてやがるし。太股が見えてるだけでもこっちはドキッとしてるんだぞ。短いスカートヒラヒラさせるなっての。
適当に入浴を済ませ、パジャマに着替えてリビングに戻る。
レミアは寝間着に着替えていて、テーブルを片付け、布団を敷いていた。フリフリした淡いブルーのネグリジェみたいなやつを着ている。
すごく似合ってるしかわいいが、青少年には目の毒だ。もうちょっと大人しめのデザインのパジャマでも着てくれないかな。
「計司は明日から学校へ行くのね」
「あ、ああ、そうだよ。レミアは行かないのか?」
「昼間は外に出たくないの。私を狙っている連中がいなくなるまではお休みにするわ」
そう言えば、まだその問題が残ってたな。
詳しい事情は聞いていないが、レミアを付け狙っている妙な集団が存在しているのは間違いないようだ。
「今日は歩き回って疲れたわ。お休みなさい」
「ああ。お休み」
さっさと寝てしまったレミアを見て、ため息をつく。
俺も今日は色々あって疲れたな。少し早いが寝ちまうか。
深夜。何かの物音が聞こえ、俺は目を覚ました。
眠い目をこすりつつ、ベッドの上で身を起こす。
見るとゴスロリ服に着替えたレミアが、窓を開けて外に出ようとしていた。その瞳は真紅に染まり、妖しく輝いている。
「……こんな時間にどこへ行くんだ?」
「月が綺麗だから。ちょっと夜の散歩に……」
「そうか。気を付けてな」
「ええ。それじゃ」
コクンとうなずき、レミアは窓から外へ飛び出していった。
俺は彼女を見送ってから、ベッドの上で横になった。
夜の散歩か。さすがは吸血鬼の能力者、夜行性なんだな。
あいつが夜の街で何をしているのか気になるが……まあ、そのうちに話してくれるだろ。
翌朝、俺が目を覚ますと、レミアはまだ寝ていた。
無事に戻ってきたようで、ほっとする。ちょっと心配していたんだが、大丈夫だったみたいだな。
昨日、買っておいたサンドイッチとコーヒーで朝食を済ませ、出掛ける準備をする。
今日から、都市にある学園に通わなければならない。俺は一応、高校生なので。
レミアも学生だと聞いたが、昨日言っていた通り、休むつもりなのか。スヤスヤと寝ている。
俺は学校に行かなきゃなんないのに、コイツは部屋で寝てすごすのか……なんか腹立つな。顔に落書きでもしてやろうか。
ジッと見ていると、閉じていたレミアの瞼がパカッと開いた。ギョッとした俺を青い瞳で見つめ、呟く。
「……学園に行くの?」
「あ、ああ。今から出るとこだよ」
「いってらっしゃい。留守の間、部屋の守りは任せて」
自宅警備員にでもなったつもりか。理由があるとは言え、これじゃ引きこもりじゃないか。
昼間は外に出たがらないのは、やはり能力の関係なんだろうな。陽の光が当たると能力が使えないとか、そんなとこだろう。
まだリアル吸血鬼の線が消えていないが……違うという本人の言葉を信じよう。俺には確かめようがないし。
とりあえず、今はそっとしておくか。詳しい事情が分かるまでは手の打ちようがない。
「そんなに私の顔をジッと見つめて……さてはいってらっしゃいのキスをして欲しいの?」
「アホか! そんなもん期待してねえよ!」
クスッと笑うレミアに、ぐぬぬとうなる。
またからかいやがったな。そういう態度だと布団ごと窓から放り出すぞ。
すまし顔のレミアに舌打ちしつつ、俺は部屋を後にした。
俺が通う事になった学園は、都市の中心部に近い場所にあった。
校名はひねりも何もなく、エリュシオン中央学園という。異能都市では最大規模の学園なのだそうだ。
広大な敷地に、真新しい校舎が建ち並んでいる。なんでも幼年部から高等部まであるそうで、かなりの数の生徒がいるらしい。
そして、ここに通う生徒の大半は異能者だ。研究機関と提携していて、普通の学習だけでなく、能力についての訓練や開発も行っているという。
俺は普通に編入希望の書類を送り、審査をパスした。エリュシオンⅢでは都市が完成した数年前からずっと住民を募集していて、たとえ異能者ではなくとも経歴などに問題がなければ誰でも移住する事ができるし、学校にも通えるんだ。
特別待遇の異能者でもなんでもないので、学費や生活費は普通に必要だけどな。しかし、ここは異能都市だ。いくつかの条件をクリアすれば金銭的な面で苦労する事はないようにシステムが構築されている。
都市全体を管理・統括するのは都市管理機構という組織で、都市の運営には公的機関のみならず民間の様々な企業が絡んでいる。そういった都市中枢部の管理下にはいくつもの研究機関が存在し、異能者の研究、開発に取り組んでいる。
ぶっちゃけてしまうと『異能都市で生活する』という事自体が大規模な実験に参加する事になるのだ。データの収集に協力するという条件を呑めば、学費の免除や生活費の支給などを受けられる事になっている。
要するに俺も学費免除の学生であると同時に、実験に参加する被験者の一人ってわけだ。
異能力を持っていないのに移住を希望する人間は珍しいらしい。何しろ異能者が集まる異能都市なのだから、そこで生活するのには危険が伴う。仕事の関係で仕方なくというような事情でもない限り、なんの能力もない人間はここに住もうなどとは考えないのが普通なんだろう。
俺は違う。何せ俺は、これまでずっと眠らせていた、真の能力を目覚めさせる予定なので。
赤の他人が聞けば、なんの根拠もなしにそんな事を言うのはおかしいと思うかもしれないが……実を言うと一応の根拠はあったりするんだよな。
――異能都市に住む全ての住民よ、異能者どもよ、震えるがいい、怯えるがいい……! 誰も見た事のない、脅威的な異能力がもうすぐ発現するのだ!
その歴史的瞬間に立ち会える事を光栄に思うがいいぞ! フフフ、フハハハハハハハハハ……!
職員室で編入の確認を済ませた俺は、担任に連れられ、高等部二年の教室へ向かった。
さすがに緊張してきたな。転入生への挨拶とか言って、異能力で攻撃されたらどうしよう。
担任の後に続き、教室に入る。教卓の傍らに立たされ、俺は自己紹介をした。
「南部計司です。よろしくお願いします」
軽く会釈をして、教室を見回す。室内はかなり広く、横長の机に複数の人間が座るようになっていて、大勢の生徒がいる。男女比は半々ぐらいか。
いかにも異能者、って感じのやつはいないな。みんな制服を着てるし、普通の高校生にしか見えない。
「あーっ! あ、あんたは……!」
そこで一人の生徒が立ち上がり、大声を張り上げた。
見るとそいつは赤い髪をした少女で、険しい顔で俺をにらんでいた。
おいおい、嘘だろ。あいつは昨日、公園で絡んできた炎使いの女じゃないか。
「や、やあ。どうも」
「どうもじゃないわよ! 昨日はよくもやってくれたわね! 昨夜は悔しくて眠れなかったんだから!」
怒りをあらわにして叫ぶ少女に、教室がざわめく。
あいつは確か、炎条華燐だったっけ? よりによって同じ学園の同じクラスになるとは……最悪だな。
そうすると、レミアも同じクラスなわけか。あいつとはクラスメイトだと言っていたし。
「はいはい、静かに。炎条さん、お座り!」
「お、お座りって。先生、犬扱いしないでください!」
「いいから座りなさい。南部君、空いている席に座って」
「あっ、はい」
担任はのんびりした感じの女性教諭だった。やんわりと注意され、炎条華燐は不満そうにしながら腰を下ろした。
すごい目でにらんでくる華燐から顔をそむけ、空いている席を探す。
「ここ、空いてるよ」
「ああ、どうも……」
声を掛けてきた人物に目を向け、ギョッとする。
そいつはショートヘアの、快活そうな少女だった。昨日、交差点でおかしなゲームを仕掛けてきたミニスカ女だ。
まさか、コイツまで同じクラスだったとは……これはもしかすると何者かの陰謀なんじゃないのか?
俺の潜在能力が覚醒するのを恐れた何者かが、俺を監視、あるいは抹殺するために用意した異能者達を俺の行き先に待機させ、偶然を装って接触させてきたのでは……?
……というのはさすがに考えすぎか。何者かって誰だよって話だ。二人が同じクラスなのは本当にただの偶然なんだろうな。
仕方なく隣に座ると、ミニスカ女はヘラヘラと笑いながら話し掛けてきた。
「また会ったね、地獄谷鬼五郎。転入生だったんだ」
「南部計司だ。ミニスカ女」
「小波里奈だってば! ミニスカートしか覚えてないの?」
「今日もミニスカじゃないか。よほど脚に自信があるんだな」
「これは制服だし! ちゃんと名前も覚えてよ」
制服のスカートを押さえ、里奈が抗議してくる。反応が素直で面白いな。どこかの引きこもり吸血鬼にも見習って欲しいもんだ。
「ねえ、華燐ちゃんと知り合いなの?」
「ああ、昨日、偶然知り合ってな。勝負するはめになっちゃって」
「華燐ちゃんとも? どんだけ勝負好きなのよー」
「あいつとは命の取り合いをしたんだが」
「命の取り合い? またまた、冗談ばっかりー」
本気にしていないのか、里奈はのんきに笑っていた。
確かに、マジで命の取り合いしたわけじゃないけどな。向こうはどう思ってるのか知らないが。
チラッと見てみると、炎条華燐は険しい顔で俺をにらんでいた。
完全にロックオンされてるな……早めに謝っておいた方がよさそうだ。