5.ゲーム
しばらく歩いていくと、大きな交差点に差し掛かった。
交差点の角でガードレールに腰掛けて暇そうにしている少女を見掛け、目を細める。
ショートヘアの小柄な少女だ。デニムベストにデニムミニという出で立ちで、活動的というか、少年みたいな感じ。
かなりかわいいので、思わず目を止めてしまった。短いスカートからのぞくスラリとした長い脚が目を引く。
俺の視線に気付いたのか、少女と目が合ってしまった。
……生足をガン見していたと思われたのだとしたらまずい。気付かないフリをして通り過ぎよう。
「ねえ、ちょっと。今、私の事、見てたよね?」
声を掛けられ、ドキッとする。ここは否定しておくか。
「み、見てない。気のせいだ」
「えー、嘘だよ。すっごくジロジロ見てたでしょ。前屈みになって私の脚をさ」
「そ、そんなには見てないし。チラッとしか……」
「やっぱり見てるじゃない」
「うっ……!」
思わず認めてしまい、冷や汗をかく。
……痴漢扱いされたくなきゃ慰謝料払えとでも言うつもりか? 冗談じゃねえぞ。
少女はガードレールの上から飛び降りて、俺の前に立った。ニコッと笑い、話し掛けてくる。
「ねえねえ、暇? 暇ならちょっと遊ばない?」
「なっ……」
これってあれか、風俗的なやつの客引きか? まだ午前中なのにいいのかこういう事して。
「いや、俺は未成年だし、金もないし……アダルトな遊びに興味がないと言えば嘘になるが……悪いけど他を当たってくれ」
「な、なんか勘違いしてない? そういうんじゃなくて、ゲームで遊ばないかって言ってんの」
「ゲーム? 風俗じゃないのか」
「違うってば! やらしいなー」
なんだ、違うのか。怪しい店に連れ込まれたあげく、怖いお兄さん達に取り囲まれて身ぐるみ剥がされるんじゃないかと思って冷や汗かいたぜ。
しかし、見ず知らずの人間相手にゲームで遊ばないかって……変な女だな。
「ほら、あれ。あれで勝負しようよ」
「?」
少女が指でさした方を見てみると、歩道の先、一五メートルぐらい離れた場所に、街路樹に括り付けられた丸い的があった。
射的でもやるのかと思いきや、少女が丸い小さなゴムボールを差し出してくる。
「ここからあの的を狙って投げるの。真ん中の円に近い方が勝ち。どう、やらない?」
「……」
ボールはピンポン球サイズ、的の大きさは直径三〇センチぐらいか? この距離から投げて的に命中させるのって、かなりの投球能力が必要なんじゃないか。
この女、すごいピッチャーなのか? それでこんな勝負を……。
いや、待て。ここは異能者が集まる異能都市だぞ。そうすると、ピッチャーよりも可能性が高そうなのは……。
そういう事か。コイツにはこの距離でもボールを的に当てる事が可能な能力があるんだな。
「手本を見せてもらおうか。お先にどうぞ」
「うん、いいよ。負けた方が缶ジュース奢りね」
やっぱり賭けるのかよ。まあ、缶ジュースぐらいならいいか。
それよりもこの女の異能力を見せてもらわないと。どんな能力なんだ?
「んじゃまあ、軽く……やりますかね」
「?」
少女は左手の人差し指と親指でつまんだボールを前方に突き出して構え、一五メートル先にある的に狙いを付けた。
そして右手の人差し指の先をボールにピタッと当て、叫ぶ。
「発射!」
「!?」
ボールを投げたりはしなかった。狙いを付けて指先を当てただけだ。
なのにボールはすごい勢いで飛んでいった。ボシューッと白い煙を噴射しながら、ミサイルみたいに。
ボールが的の中心からわずかに外れた位置に当たり、少女は悔しそうにしていた。
「ああん、惜しい! ちょっぴり狙いが甘かったかな」
……今のがコイツの能力か。物体を打ち出す能力なのか?
ボールを自在に操れる能力ってわけじゃなさそうだ。そういう意味ではフェアなのかもな。
「さ、次はそっちの番だよ。自信ないなら練習させてあげようか?」
どうがんばっても俺に勝ち目はないと思っているのか、少女が軽い口調で言う。
確かに、あの距離の的に一発で当てるのは俺には無理だ。ボールを操る能力もないし、勝ち目はなさそうだな。
……まともに勝負するなら、だが。
「じゃあ、やるぞ。ほいっ、と」
「!?」
俺がボールを下手投げで軽く投げたのを見て、少女は目を丸くした。
ボールは的に届くどころか、二、三メートル先で地面に落下し、バウンドしながら転がっていく。
「何それ。勝てそうにないから勝負を捨てたの? つまんないの」
「いや、捨ててなんかいないぞ?」
「えっ?」
歩道を転がっていくボールを追いかけていき、的の近くまで来た所で拾い上げる。
的からの距離が一メートルもない位置に立ち、慎重に狙いを付けてボールを投げ、的のど真ん中に命中させる。
ボールを拾い、少女の所まで戻り、俺は告げた。
「見たか? 俺の勝ちだな」
「は、はあ? 途中で拾ったから二度投げじゃないの! あんなの誰でも当たるでしょ! 反則だよ!」
顔色を変えて抗議してきたミニスカ女にフッ、と笑ってみせ、極めて冷静に、落ち着いた口調で言う。
「お前は『ここから投げて的に当てる』と言っただろ。二回に分けて投げちゃだめとは言わなかったじゃないか。どこが反則なんだ?」
「うわっ、汚い! そんなの常識で考えれば分かるでしょ!」
「異能力使って打ち出すのは反則じゃないのか? そっちは投げてすらいないだろ」
「うっ!? 痛いとこ突くね……」
少女は悔しそうに歯噛みしていたが、やがてあきらめたようにため息をついた。
「はあ、仕方ないや。私の負けでいいよ……」
「当然だ。それじゃ約束通り、服を脱いでもらおうか」
「いつ脱衣ルールになったの!? 缶ジュースでしょ!」
頬を赤くして否定する少女に苦笑し、俺は告げた。
「暇つぶしになったし、報酬はまた今度でいい。服一枚分貸しな」
「いや、だから脱衣ルールじゃないよね? ジュース奢るから貸しとかなしにしようよ」
「それじゃ面白くないからいらない。俺に負けた事を噛みしめつつ、次も負けたら服を二枚脱がされるという恐怖に怯えて暮らすがいい」
「やだよ、そんなの! 性格悪すぎ!」
冗談なのに、少女は真っ赤な顔で怒っていた。
表情がコロコロ変わって面白いな。からかい甲斐のあるやつだ。
軽く手を振って去ろうとすると、少女が問い掛けてきた。
「ねえ、名前は?」
「地獄谷鬼五郎。悪い、嘘だ。怒るな。南部計司といいます」
「私は小波里奈。今度会ったら絶対に負かしてやるからね。覚えてなよ、地獄谷鬼五郎」
「南部計司だ。そっちこそ服一枚分貸しなのを忘れるなよ、ミニスカ女」
「服じゃなくてジュースだってば! ちゃんと名前覚えてよ!」
必死に訴えてくる小波なんとかさんに手を振り、俺はその場を後にした。
異能者に出会えて、ようやく異能都市に来た実感が湧いてきた。さて、他にも能力を披露してくれるやつはいないかな。