3.二人の朝
翌朝。
俺が目を覚ました時には、既にレミアは起きていた。布団は片付けられ、床の上にはガラス製のローテーブルが置いてあった。
ベッドのすぐそばでレミアが着替えているのに気付き、眠気が吹き飛ぶ。
「!?」
レミアはゴスロリっぽい服を脱ぎ、白い肌をさらしていた。スリムだが出る所は出ていて、なんだか凝ったデザインの下着を身に着けている。
着替えのゴスロリ服を着て、ニーソックスをはいていく。……ゴスロリを脱いでゴスロリに着替えるのかよ。
同じような服を何着持ってるんだ? というか、いつの間に着替えなんか用意したんだ。
着替えを終えたところで俺が起きているのに気付いたらしく、レミアが声を掛けてくる。
「おはよう。よく眠れた?」
「あ、ああ、おはよう……」
朝からとんでもないものを見てしまった。ま、まあ、わざとじゃないんだし、俺に罪はないよな、うん。
「血走った目で私の着替えを見ていたようだけど……計司は変態なの?」
「気付いてたんなら言えよ! い、いや、見ようと思って見たわけじゃなくて、目が覚めたらたまたま目に入って……ほ、本当だぞ?」
「分かってる、偶然でしょ? そんなに慌てなくてもいいのに……」
「うっ……!」
すまし顔で呟くレミアに赤面してしまう。
俺をからかったのか。なんて女だ。
だが、すばらしいものを見せていただいたので勘弁してやろう。おかげで目が覚めたぜ。
「この部屋、何もないのね。飲み物や食べ物を買ってきたわ」
見ると、テーブルの上にコンビニのビニール袋があり、ペットボトル入りの飲料や弁当、サンドイッチなどが置いてあった。
レミアが買ってきたのか。変な女だと思ったが、意外と気が利くんだな。
「夜が明ける前に行ってきたの。昼間は出歩きたくないから」
「夜行性なのか。本当に吸血鬼みたいだな……」
ついでに着替えなんかも取ってきたらしい。どこから持ってきたのか知らないが、妙な連中に狙われてるのに外を歩き回っても平気なんだろうか。
「泊めてもらったお礼に、計司にも分けてあげる」
「おっ、悪いな。なんだ、お前って実はいいやつなのか? わがままでやりたい放題の性悪女かと思ってたぜ」
「……分けてあげるのはやめようかな」
「じょ、冗談だよ、冗談。いやー、レミアさんって見掛け通りの優しくていい人っすよね! 最初に会った時からそう思ってたっすよ!」
「そこまであからさまでわざとらしいお世辞を言われたのは初めてだわ……」
床の上に腰を下ろし、レミアが用意してくれた食料で朝食をとる。
俺は幕の内弁当を分けてもらい、レミアはなんか普通にツナサンドを食べている。……って事は、吸血鬼じゃないっていうのは本当なのか?
「計司は高校生なの?」
「まあな。都市にある学園に編入する事になってる。登校するのは明日からの予定だ」
今日は日曜日なので学園は休みだしな。手続きは済んでるから、後は学園へ行くだけだ。
「この都市に来たという事は、計司も異能者なの?」
レミアに尋ねられ、うっ、とうめく。
異能者が集まる都市だからな。そう考えるのは当然と言える。
コホンと咳払いをして、俺はレミアに告げた。
「いや。実はまだ、なんの能力も持っていないんだ」
「そうなの?」
「ああ。だが、この俺にはとんでもない潜在能力が眠っている! ……はずだ」
「根拠は?」
「ない! でも、そう確信している! 異能力の研究をしているこの都市なら、俺の能力を目覚めさせてくれるに違いないとな!」
「……」
レミアは不思議そうに小首をかしげ、デザートのプリンをスプーンですくって口に運び、うんうんとうなずいていた。
「割とおいしいわ、これ」
「おい、聞かなかったフリして流すなよ! 君も異能者なら分かるだろ? 俺の身体に眠る、すさまじい能力の波動みたいなものを感じないか?」
「ごめんなさい。全然感じないわ」
「そ、そうか。……そこは嘘でも、すごい何かを感じる、と言って欲しかったな……」
「私、正直なだけが取り柄だから」
すまし顔で呟き、プリンを味わうのに集中するレミア。ちょっとうれしそうな顔をしてるのがかわいい。甘い物が好きなのか。
しかし、残念だな。異能都市に住む優れた異能者なら俺の内に眠る能力になんらかの反応を示してくれるんじゃないかと期待したんだが……。
ひょっとするとレミアは鈍いのかもしれない。なんかボーッとしてるし、ありえる話だ。訊く相手を間違えちまったかな。
「……気のせいかな。すごく失礼な事を考えてない?」
「いや、全然? この吸血女、鈍いんじゃねーの、とか考えてないよ」
「計司にはプリンあげない」
「そんな! すごく鋭くて優しくて超絶かわいらしいレミア様、どうかお慈悲を!」
「……」
俺からプリンを取り上げようとしたレミアだったが、拝み倒してほめちぎるとどうにか許してくれた。
ふっ、チョロい女だぜ。この俺の巧みな話術にあっさり引っ掛かりやがって。
こう見えても俺は目的のためなら手段を選ばないし、プライドなんかいつでも捨て去る事ができるナイスガイなんだ。お世辞ぐらいいくらでも言ってやれるんだぜ?
「プリンのためにプライドを捨ててしまえるというのも人としてどうかと思うけど……」
「うるせえな。ほっといてくれ」
ボーッとしてるくせにツッコミは厳しいな。いいからプリンをくださいよ。
俺にプリンを渡しつつ、レミアが言う。
「明日から学園に行くのね。今日はどうするの?」
「街を見て回るつもりだ。そういうレミアはどうするんだ?」
「……昼間は出歩きたくないの」
さっきもそんな事を言ってたな。吸血鬼なら陽の光に弱いってのも分かるが……ちょっと試してみるか。
「暇なら、街を案内してくれよ。昼飯ぐらい奢るぜ」
「お昼を……それはとても魅力的な条件ね。どうしようかな……」
ブツブツと呟きながら、レミアは窓の方に目を向けた。
今日の天気はあまりよくないようで、空は曇っていた。お出かけ日和ではなさそうだ。
「この天気ならよさそう。いいわ、案内してあげる」
「おっ、いいのか? サンキュー」
曇りならいいのか。陽の光が弱いから問題ないって感じだな。……やっぱコイツ、吸血鬼なんじゃねえのか?
街に出るついでに十字架やニンニクを買っておいた方がいいかもしれない。レミアが一緒だと阻止されてしまいそうだが。
ともあれ、やっと異能都市ってやつを見学する事ができるわけだ。楽しみだな。