26.脱出
「……で、どうする。このクソ野郎は殺しとくか?」
「人殺しはよくないわ。これだけひどい目にあえば少しは反省するでしょう」
「じゃあ、丸裸にしてそのへんの通りに転がしとくぐらいで許してやるか」
「そ、それはさすがに……もう許してあげましょうよ」
被害者なのに、レミアは田中を許すと言う。
なんて優しいんだ。女神かコイツ。吸血鬼のくせに。
しかし、この腐れ外道どもを野放しにしとくとまた何か仕掛けてくるんじゃないか。
命までは奪わないにしても、社会的に抹殺するぐらいはしておいた方が……。
「後始末なら、任せてもらおう」
「うわっ、びっくりした! 急に現れるなよ……」
掛けられた声にギョッとして振り向くと、ダークグリーンの帽子とコートに身を包んだ人物が立っていた。
いつの間にか会議室に入ってきていたそいつは、朧幻燈だった。
俺の反応を見た幻燈は愉快そうに含み笑いを漏らし、呟いた。
「君のおかげでセイバーズの本部に侵入する事ができた。彼らが正義の名の下に行ってきた不正行為の証拠も入手できたし、それらを公開すればセイバーズはお終いだ。もう君達が狙われる事もないだろう」
「そりゃ助かる。あんたに任せていいんだな?」
「ああ。君達の事は表に出ないよう配慮しよう。私なりのサービスだ」
えらく気前がいいな。もっと危ないやつだと思ってたんだが。意外といいやつだったのか?
「私は異能者の同胞に仇なす者を許さない。その逆に、異能者の味方をしてくれる者には協力を惜しまない。君は無能力者のようだが、異能者の敵に回らない限りは味方をすると約束しよう」
「そうすか。はあ、俺も異能者の仲間入りしたいよな……」
「いずれ能力に目覚める事もあるかもしれないよ。希望は捨てない事だ」
どこかで誰かに同じ事を言われたような……あれ、誰だっけ?
確か、学園で検査を受けた時に……なぜか顔を思い出せないぞ。
「なあ、あんた。もしかして……」
「余計な詮索はしない事だよ、南部計司君。その方が長生きできるぞ」
「……」
やっぱコイツ、怖いわ。あまり深く関わらないようにしよう……。
「そろそろ引き上げた方がいいぞ。外で君の友人達が派手に暴れてくれたおかげで、警察が来ている」
「げっ、マジかよ。んじゃ、さっさと脱出するか」
「私も失礼させてもらう。また会おう、南部計司君。かわいい彼女と仲良くな」
「なっ……か、彼女じゃねーし! からかうなよ!」
「ははは、ではさらばだ」
ヒラヒラと手を振り、朧幻燈は会議室から出て行った。
思わず赤面してしまいつつ、俺は黙っているレミアに告げた。
「それじゃ、俺達も行こうぜ。警察にあれこれ聞かれたら面倒だ」
「ええ。……照れてるの、計司。顔が赤いわ」
「照れてねーよ! ほら、さっさと行くぞ!」
クスッと笑うレミアから顔をそむけ、俺は彼女をうながして会議室を出た。
俺とレミアがビルから出てみると、ビル前の通りには十数台のパトカーや警察車両が詰め掛けてきていて、物々しい雰囲気だった。
騒ぎの中心には覇王城真姫がいて、武装した警官隊に取り囲まれていた。
『君は完全に包囲されている! 抵抗はやめて大人しく投降しなさい!』
「ふははは、上等だ、国家権力の犬どもめ! 大人しくさせられるものならやってみろ! 私は誰の挑戦でも受けてやるぞぉ!」
拡声器で投降を呼びかける警官に対し、真姫は徹底抗戦の構えを取っていた。
ゲラゲラ笑いながらパトカーを吹き飛ばし、爆発、炎上させるその姿は、もはや破壊神か何かが乗り移ったようにしか見えない。
まさに暴君、タイラントだな……って、何をしてるんだ、あいつは?
華燐と里奈は乱闘の輪から離れていて、呆然と立ち尽くしていた。
二人に近付き、声を掛けてみる。
「おい、どうなってるんだ?」
「見ての通りよ。あの女、警察が来ても暴れ続けてさ。なんか変なスイッチが入っちゃったみたいで、私達が声を掛けても聞く耳持たずって感じで……」
「ヤバくなったら逃げろって言っといたのに……もう無茶苦茶だな」
真姫が大暴れしてくれているおかげで、警官達は俺達の存在に気付いていなかった。というか、それどころじゃないって感じだ。
セイバーズの連中はそこら中に倒れていて、無事なやつは一人も残っていないようだ。
俺とレミアの姿を見て、華燐が怪訝そうに言う。
「灰神さんを助けに行ったのよね? なんであんたが救助されたみたいな感じになってんの?」
「うるせえ。色々あったんだよ」
エナジードレインで体力を吸い取られたせいで、俺は歩くのもやっとの状態だった。
レミアに肩を貸してもらい、ここまで連れてきてもらったわけだが……みっともない姿を見られちまったな。
真姫は笑い声を上げ続け、警官隊を相手にして暴れるのに夢中の様子。
もはや俺達の事など頭にはないみたいだ。
あっ、取り押さえようとした警官を殴り飛ばしたぞ。
ああっ、警官隊が発砲した! 真姫には効いてないみたいだが……。
「……帰るか」
「そうね。灰神さんを救出できたんならもう用はないし」
「えっ、でも、覇王城さんはどうするの?」
里奈が問い掛けてきたが、俺と華燐は首を横に振った。
「あれはもう、俺達の手には負えないよ。暴れ疲れたら家に帰るんじゃないか?」
「警察に捕まるようなヤツじゃなさそうだしね。他人の振りしといた方がいいわ」
「さ、さっきまで一緒に戦ってた仲間なのに……ちょっと冷たすぎない?」
里奈は納得いかない様子だったが、だったらお前が真姫を止めてこいと言うと、思い切り引きつっていた。
「それは……ちょっと無理かな……」
「だろ? 巻き込まれる前に引き上げようぜ。覇王城には後でお菓子でもあげておこう。それできっと納得してくれるさ」
「幼児じゃないんだから。ほんと、計司って怖い物知らずだよね」
二人に礼を言って別れ、俺とレミアはその場から静かに退散した。
真姫はまだ暴れ続けていて、派手な破壊音と爆発音が夜の街に何度も轟いていたが、俺達は振り返らなかった。




