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25.激怒

 やがて会議室全体に広がっていた激しい炎が薄れてきて、騒いでいたセイバーズの連中は動きを止めた。

「な、なんだ、どうなって……火が消えていくぞ……?」

「お、おい、どこも燃えてないぞ! 部屋の外も無事だ!」

 皆が首をひねり、田中のやつが俺に目を向け、忌々しげに呟く。


「今のは全て幻か……貴様、幻影の能力者だったのか……!」

 俺はニヤリと笑い、田中に告げた。

「残念、ハズレ。これは俺の能力なんかじゃねえよ。助っ人に頼んどいたのさ」

「助っ人だと……」


 言うまでもなく、俺に幻影の能力なんかない。

 やったのは――朧幻燈おぼろげんとうだ。


 レミアがさらわれてすぐ、俺は幻燈に連絡を入れた。

 あいつならセイバーズの本部がどこにあるのか知っているんじゃないかと思って。

 予想通り、幻燈は本部の場所を知っていた。

 場所を聞いた上で、ついでに頼んでおいたのだ。

 本部に侵入しやすくしてやるから、その代わりに手助けをしてくれないか、と。


 幻燈はおそらく近くまで来ている。あいつには俺の合図で爆発の幻影を起こすように頼んでおいた。

 さっき押したのは電話の通話ボタンで、俺からのコールがその合図だったのだ。

 たぶんだが、爆発が起こる前に会議室の照明が点滅したのが幻影を見せるための下準備だったんじゃないかと思う。


 まあ、予想していたよりも爆発や火災が激しい上にリアルだったんで、もしかして本当に爆破したんじゃないかとあせったが……さすがは朧幻燈、いい仕事をしてくれた。

 脱出できそうにない場合に備えて、保険のつもりで頼んでおいたんだが、無駄にならなかったな。


 田中(仮名)の野郎はギリギリと歯噛みし、狂犬みたいな形相で俺をにらんでいた。

 騙されたのがよほど悔しかったみたいだな。ざまあみやがれ、アホが。

「き、貴様、よくもナメた真似を……!」

「そんなに怒るなよ、田中。お前が炎にビビッて『助けてえ、ママぁー!』って叫んでたのは秘密にしといてやるから」

「そ、そんな事は言っていない! ふざけるのも大概にしろ!」

 田中は真っ赤な顔で怒鳴り、俺をにらみ付けて呟いた。


「幻影で時間稼ぎをしているうちに逃げればいいものを……状況は何一つ変わっていないのを分かっているのか?」

 セイバーズの幹部達がズラリと並び、険しい目を向けてくる。

 俺は床の上に座り込んだままニヤニヤと笑い、軽い口調で連中に告げた。


「いいや、さっきまでとは大違いだぜ? なぜならこっちには……最強クラスの能力者がいるからな」


 そこで田中はハッとして、あたりを見回した。

「お、おい、灰神レミアはどこだ? まさか、あいつだけ逃がしたのか?」

「残念、またハズレ。察しが悪いね、あんた」

「な、なんだと……!」


 刹那、銀色の風が、ゴオッと室内を駆け抜けた。

 それは幹部の一人に襲い掛かり、一撃で吹き飛ばした。

 幹部の男は何が起こったのかも分からないまま宙を舞い、壁に激突し、白目を剥いて倒れ伏した。

 銀髪をなびかせて敵を瞬殺したのは、レミアだった。

 真紅の瞳を輝かせ、悠然とたたずむレミアを見て、セイバーズの連中はうろたえていた。


「なっ、吸血鬼が! 馬鹿な、血を抜いて動けなくしたはず……!」

「今まで色々とお世話になったわね。そのお礼をたっぷりしてあげるわ……」

 レミアは静かに呟き、再び一迅の風となって室内を駆け抜けた。

 俺から体力を吸い取り、回復したレミアは本来の力を取り戻していた。

 床や壁、天井を足場にして縦横無尽に室内を跳び回り、次々と敵を薙ぎ倒していく。

 セイバーズの連中は顔色を変え、慌てて応戦しようとしたが、残像すら残さずに高速で移動するレミアの動きに付いていけず、能力を使う暇もなく倒されていく。

 無論、俺にもレミアの動きは全然見えない。すごいっすね、レミアさん。


「く、くそ、こうなったら俺の炎で……ぐあっ!」

「いや、俺が凍り付かせて……ぎゃあ!」

「おのれ、だったら俺の電撃で……ぐはっ!」

「ふっ、私の念動力で動きを止めて……ああっ、速すぎて捉えられない……きゃああ!」

 幹部だけあって色んな能力持ちがそろってたみたいだな。レミアに当てる事もできずに倒されてるけど。

 さすがというか、回復したレミアは圧倒的な強さだった。

 人間の動きを超越したスピードで移動し、重い一撃を叩き込み、幹部達を仕留めていく。

 覇王城真姫ぐらいの能力者でないとレミアの相手は務まらない。

 そして、真姫を潰し役として利用していたという事はつまり、セイバーズにはあいつ並みの能力者はいないわけだ。

 田中の話を聞いた時、それに気付いた俺は、レミアを回復させさえすればコイツらを倒せると踏んだんだが……大当たりだったな。


 一〇人ほどいた幹部は一人残らず倒され、床の上に転がった。

 残ったのは、眼鏡を掛けたリーダーの男のみ。

 田中(仮名)はギリギリと歯噛みをして、怒りに震えていた。

 幹部達を片付けたレミアは動きを止め、田中と向き合った。真紅の瞳を妖しく輝かせ、静かに呟く。


「あなたがリーダーだったわね。なぜ、私を狙ったの?」

「……君は非常にレアな能力者だ。そういうサンプルを欲しがっている組織が存在するって事さ」

「そこに売り飛ばすつもりだったという事? 要するに……お金のため?」

「まあ、簡単に言うとそういう事になるかな。……それだけというわけではないんだがね」

 何か含みのある言い方だな。他にも理由があるのか?


 レミアは目を細めて田中を見据え、低い声で呟いた。

「二度とこんな真似ができないようにしてやる……覚悟はいい?」

「ふっ、言うじゃないか。君にできるかな……」

 部下を全員倒されてしまったというのに、田中はなぜか余裕の態度だった。


 虚勢を張っているのか? いや、あれは……何か隠している手があると見た。

 そう言えば、あいつも何かの能力を持っているはずだよな。

 しかし、レミアに対抗できるような能力があるとは思えないんだが……強力な武器でも隠し持っているのか?


「レミア、気を付けろ! 何かあるぞ!」

 俺が注意すると、レミアはコクンとうなずき、隙のない構えを取った。

「とりあえず、両腕を折ってやる」

「ふふ、怖いな……お手柔らかに頼むよ」


 床を蹴り、レミアは電光石火のすばやさで移動し、瞬間的に間合いを詰めた。

 田中の左腕を取り、軽くひねってへし折ろうとする。

 だが……。

「!?」

 レミアがハッとした表情を浮かべ、慌てて飛び退き、田中から離れる。


「ど、どうした?」

「分からない。でも、なぜか力が入らなかった……」

 田中は自分の左腕を持ち上げてみせてダメージがないのを示し、ニヤッと笑った。

 能力発動中のレミアはかなりの怪力のはず。

 なのに腕を折る事ができないとは……やつの能力か?


「なら……これはどう?」

 再びレミアは突進し、今度は田中の右腕をつかんだ。

 真紅の瞳を輝かせ、呟く。

「エナジードレイン……!」

 だが、田中は薄く笑みを浮かべたままだった。

 レミアは飛び退き、自分の手を見つめて首をひねった。

「吸い取れない……これは一体……?」

 エナジードレインも通用しないのか? どうなってるんだ……。


 すると田中が、眼鏡のブリッジを指で押さえながら、愉快そうに呟いた。

「驚いたかい? 伊達にセイバーズのリーダーなんかやっていないんだよ。滅多に見せないんだが、これが僕の能力なのさ」

「……どういう事?」

 怪訝そうにしたレミアにニヤリと笑ってみせ、田中が告げる。


「僕の能力は、スキルキャンセラ―……あらゆる異能の力を無効にする事ができる。言わば、異能者の天敵なのさ……!」

「なっ……なんですって」

 これにはさしものレミアも驚いたらしく、愕然としていた。

 俺もびっくりだ。よりによってあの野郎が無効化能力者だったとは……なんてこったい。

 悪党のくせにまるで主人公みたいな能力を持ちやがって……その能力を俺に寄越せ! 右手の分だけでもいいから。


「異能の力では僕は倒せない。さあ、どうする? 能力抜きでどれだけの力が出せるのかな、吸血鬼さん。ふふふ……!」

「くっ……!」

 愉快そうに笑う田中に、レミアが悔しげにうなる。

 能力抜きのレミアは、俺の力でも簡単に取り押さえられるぐらい非力な少女だ。

 いくら攻撃しても田中には通用しないだろう。

 レミアでは、田中を倒せない。

 できればあいつ自身の手で敵の黒幕を退治させてやりたかったんだが……仕方ないな。


 そこで俺は腰を上げ、勝ち誇っている田中に近付いていった。

「おい、田中(仮名)……」

「んっ、なんだい? 今度は君が相手か? 悪いけど、どんな能力を使おうと、僕には通用しないよ」

「ああ、そうかい……!」

 レミアに体力を吸われたせいでフラフラするが……コイツを殴るぐらいの力は残ってるぞ。

 倒れ込む勢いで拳を振るい、全力で田中の顔面をぶん殴ってやる。


「おぐうっ!?」

 田中はグルン、と勢いよく回転し、バランスを崩して床の上に倒れた。

 慌てて身を起こし、殴られた頬を押さえながら信じられないといった顔を俺に向けてくる。


「ば、馬鹿な、ありえない……僕に異能力は通じないはず……どんな能力だろうと無効化して……」

「いや、異能とか使ってねーし。つか、使いたくても使えないし」

「えっ……? も、もしかして、君……能力がないのか? ただの一般人?」

「……!」


 おいおいおい……この野郎、今、なんて言いやがった?

 能力がない? ただの一般人って言ったのか? この俺に向かって……。

 そいつはちょっと、聞き捨てならねえな……いくら温厚な俺でもさすがにキレちまうぜ……。


 ムカッときた俺は、床の上に尻餅を付いた田中に近付き、フルスイングで拳を振るい、全体重を掛けた渾身の一撃をやつの顔に叩き込んだ。

「一般人、言うなあ!」

「げはあっ!」

 血反吐をぶちまけながら吹き飛ぶ田中(仮名)。眼鏡が割れ、鼻が折れ、顔面がグチャグチャだ。


 このクソ野郎が……人が一番気にしてる事をサラッと言いやがって……!

 誰かが落としたのか、セイバーズの標準装備であるロッドが足元に転がっていた。

 それを拾い、とどめを刺すべく倒れた田中に近付く。


「おりゃあ、死ねや田中(仮名)ぃぃぃ!」

 俺がロッドを振り上げた瞬間、レミアが飛び付いてきて、俺を羽交い締めにした。

「け、計司、落ち着いて。こんなやつのためにあなたが手を汚す事はないわ」

「ええい、放せ、レミア! このエリート気取りの偽名野郎に無能力者の怒りをぶち込んでやるんだ! 悪いかよ、無能力で! ちょっと能力が使えるからって偉そうにしやがって! なんの能力もない一般人の力、思い知れやあああああ!」

「お、落ち着いて。どうどうどう……」


 能力発動中のレミアに取り押さえられ、俺は身動きが取れなくなった。

 これが異能者と一般人の力の差か……思いきり背中におっぱい当たってるぜ、チクショウ。気持ち良すぎて力が入らねえや……。

 仕方なくロッドを捨て、身体の力を抜く。レミアはほっと息をつき、俺から手を放してくれた。


 ……今、気付いたんだが、あいつの無効化能力って自分に触れた者にだけ作用するんじゃないのか?

 だったらレミアにも倒せたよな。離れた所から石でも投げ付けてやればいいんだし。

 つまり、俺が手を下す必要は特になかったわけか?

 レミアに任せておけばよかったのに、手柄を横取りしたみたいな感じに……。


 ま、まあ、いいよな、別に。

 むかつく野郎をぶん殴ってやれたんだから、よしとしとこう……。


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