24.切り札
「それじゃ灰神レミアを返してもらおうか。嫌だと言っても力ずくで従わせるだけだけど、大人しく降参した方が利口だよ?」
田中のクソ野郎が呟き、ニヤッと笑う。
勝ち誇りやがって、むかつくな。
さぞかし愉快なんだろうな、俺みたいな間抜けを騙して、手玉にとってさ。
――だが、しかし。ちょっとばかり俺の事を甘く見すぎじゃないかね。
何もかも計算通りに行くと思ったら大間違いだぞ。
この俺をペテンにかけやがるとどうなるのか、今からそいつを教えてやる……!
「……なあ、田中(仮名)さんよ。俺がなんの用意もなく、たった一人でここに忍び込んだと思うか?」
「どういう意味かな? 何か奥の手でも隠していると?」
「ああ、そうだ。取って置きのやつを用意してある……!」
セイバーズの幹部達が現れた時点で、俺は右手を上着のポケットに入れていた。
ポケットの中で握り締めていた物を取り出してみせ、ニヤリと笑う。
田中は首をかしげ、呟いた。
「何かと思えばスマートフォンか。それで警察でも呼んだのかな?」
「いいや、そうじゃない。コイツを操作すると、ある仕掛けが作動するようになってる」
「仕掛け? なんだい、それは」
怪訝そうに首をひねった田中に、俺はニヤニヤしながら告げた。
「このビルのあちこちに、爆弾を仕掛けておいた。俺がスマホの画面を軽くタッチするだけで全ての爆弾が起爆する」
「な、なんだって……!」
爆弾と聞き、セイバーズの連中が顔色を変える。
しかし、田中は驚いた様子もなく、フッと笑って言った。
「ふふ、君は実に愉快な男だね。ここに爆弾を仕掛けたって? 特殊部隊の工作員にでもなったつもりなのかな?」
「なんだよ、信じないのか?」
「残念ながらね。ただの高校生に爆弾なんて用意できるわけがないし、仮に用意できたとして、ここで起爆してどうするんだい? 君達も一緒に吹き飛ぶよ」
「ビルを丸ごと一気に爆破するわけじゃないからな。なんとか脱出してみせるさ」
俺が真剣極まりない顔で言うと、田中は呆れたようにため息をついていた。
「で、なんだい? 爆破されたくなかったら見逃せって言うのかな? そんなハッタリが通用するとでも?」
「ハッタリだと思うか? 俺は本気だぜ……!」
あまりにも俺がマジなので、セイバーズの幹部達は戸惑った様子だった。
もしかすると本当に爆弾を仕掛けたんじゃ……と思っているようだ。
だが、田中は冷静そのものだった。
俺を鋭い眼差しで見据え、不敵な笑みを浮かべて呟く。
「いいさ、やってみなよ。本当に爆弾を仕掛けたというのなら、遠慮はいらない。派手に爆破してみせたらどうだい?」
「お、俺は本気だぞ! 本当にいいのか? どうなっても知らないぞ!」
「だから、やればいい。そら、どうした? さっさと爆発させてみろよ」
「くっ……!」
田中は俺がハッタリを言っていると決め付けているようだ。全然まったく、ビビッていない。
……まあ、そうだよな。冷静に考えればあいつの言う通り、爆弾なんか用意できるわけがない。
脅しても無駄か。だったら仕方ないな。
既に準備はできている。それじゃ……派手に頼むぜ。
「んじゃ、押すぞ。ポチッとな」
「!?」
スマホの画面を軽くタッチして、表示していたボタンを押す。
部屋の照明が何度か点滅し、セイバーズの連中はビクッと震えていた。ふふ、ビビッてるビビッてる……。
皆が息を呑み、室内は静まり返り、物音一つしなくなる。
やがてセイバーズの連中がため息をつき、田中が呟く。
「やれやれ、やっぱりハッタリじゃないか。その度胸は大したものだけど、やるならもっと現実味のある嘘を……」
そこで、どこか遠く、下の方の階からズズン、と鈍い音が響き、振動が伝わってきた。
皆がギョッとして身をすくませ、さらに階下からズズン、ズズンと音と振動が響き、次第に近付いてくる。
「なっ……ば、馬鹿な! まさか、これは……!」
田中が目を丸くして驚き、信じられないといった顔で俺を見つめる。
ふふふ、いい表情だ。その顔が見たかった。
俺はニヤリと笑い、低い声で呟いた。
「だから、マジだって言ったろ? 俺を追いつめた、お前が悪いんだ……!」
すぐ近くから爆発音が轟き、通路に面したドアが内側に向けて吹き飛んだ。
派手な爆発音が何度も鳴り響き、開いた出入り口から激しい炎が飛び込んできて、床や壁に燃え広がる。
あっと言う間に会議室は火の海になった。
セイバーズの連中は炎に包まれ、悲鳴を上げて逃げ惑っている。
「あ、あいつ、本当にやりやがった! 頭おかしいんじゃねえか!?」
「熱い、熱い! 誰か、助けてくれえ!」
「死にたくないよぉ! うわああああ!」
大騒ぎしている連中を眺めてニヤニヤと笑いつつ、俺は背中に乗せたレミアを降ろした。
レミアは不安そうな顔であたりを見回し、珍しくもうろたえていた。
「まさか、計司が爆弾なんか用意してるなんて……は、早く逃げましょう……!」
「いや、その必要はない」
「えっ? 何を言って……」
「それよりもやる事がある。レミア、能力を使え」
俺が冷静に告げると、レミアはオロオロしていた。
「この状況で何を……それに私は血を抜かれたせいで能力が……」
「少しは回復しただろ。がんばって能力を発動させろ。エナジードレインを使うんだ」
「エナジードレインを? でも、誰から……」
レミアはハッとして、俺を見つめた。
俺はうなずき、レミアに指示を出した。
「俺から体力を吸い取れ。自由に動けるようになるまで」
「そ、そんな……それじゃ計司が……」
「いいからやるんだ。この炎はそんなに続かない。消えちまう前に次の手を打っておかないと」
「炎が消える? どういう事?」
怪訝そうにしているレミアに、小声で説明する。
俺の話を聞いたレミアは、かなり驚いていた。
「いつの間にそんな事を……本当に奥の手を用意していたのね」
「当然だろ。俺は目的のために手段なんか選ばない。お前を助けるためなら、悪魔とだって手を組むのさ」
「計司……」
レミアが潤んだ瞳で見つめてきて、思わず目を泳がせる。
……ちょっと格好付けすぎたかな。ま、まあ、いいよなこのぐらい。
「分かったら早くしろ。そら、吸い取れ」
「うん。やってみる……」
右手を差し出すと、レミアは両手で俺の手を握り締めた。
まだ苦しそうにしながら、うんうんとうなり、瞳を真紅に染める。
「エナジー、ドレイン……!」
レミアが能力を発動させ、俺から体力を吸い取っていく。
おお、これは……意外とキツい……すごい勢いで体力が奪われていくのが分かる。これがエナジードレインか。
身体から力が抜けていき、強烈な疲労感が襲ってくる。頭までクラクラしてきた。
レミアの顔に精気が宿り、青白かった顔色が元に戻っていく。どうやら成功したみたいだな。
やがてレミアは俺から手を放した。ふらついて倒れそうになった俺を抱き留め、静かに呟く。
「おかげで完全に回復したわ。ありがとう」
「そ、そりゃよかったな……あとは任せたぜ……」
「ええ。計司からもらったこの力、無駄にはしない……!」
レミアは俺を床の上に座らせ、すっくと立ち上がった。




