2.吸血鬼のような少女
長い銀髪に雪のように白い肌をした、黒いゴスロリ風衣装を着込んだ謎の少女。
最初に出会った時は真紅に輝いていたはずの瞳は、今は青い色をしていた。
口元からのぞいていた牙は引っ込んでいるし、すごく長かった両手の爪も短くなっている。
両手が血まみれのままなのが気になるが……血はもう固まっているみたいだった。出血は止まっているわけか。
「その……手の怪我は大丈夫なのか?」
「平気。もう治ったから」
「そうか……」
自分からは何も語ろうとしない少女に困ってしまう。
とりあえず疑問に思った事を尋ねてみるか。
「どうやって部屋に入った?」
「窓が開いていたわ」
見るとなるほど、部屋の窓が全開になっている。不用心だな。
……って、ここは四階だぞ。いや、あのジャンプ力からすれば、四階の窓に取り付くぐらいわけないか。
「なぜ、ここに来た?」
「隠れるのによさそうな場所を探していたら、窓が開いているのが見えたから」
なるほど、そうなのか。じゃあ、俺の行き先を突き止めて先回りしたわけじゃないんだな。
「この近くに潜んでいたら、あなたがこの建物に入っていくのが見えて……」
「やっぱり俺の行き先に先回りしたんじゃないか!」
「他に行くところがなくて。しばらく匿って」
「匿えって……いきなりそんな事を言われてもな……」
俺は今日、引っ越し先に来たばかりなんだぞ。見ず知らずの人間を匿う余裕なんかあるわけないじゃないか。
「……あんた、名前は?」
「灰神レミア。あなたは?」
「俺は南部計司。計司様と呼んでくれてもいいぞ」
「南部計司……とても素敵な名前ね」
「そ、そうかな?」
「ええ。困っているかわいそうな少女を命懸けで助けてくれそうな……そんな名前のような気がする」
「今現在のあんたにとって都合よすぎる名前だなおい」
この女、無表情で淡々と呟くから冗談なのか本気なのか分かりづらいな……。
それにしてもどうしたものか。悪いやつらに狙われていて、他に行く所がないっていうのが本当なら、助けてやりたいとは思うが……。
「しかし、なんで狙われてるんだ? 何か理由があるんだろ?」
「それはたぶん、私の能力のせい」
「能力? じゃあ、もしかして……あんたは異能者なのか?」
コクンとうなずくレミアに、思わず身を乗り出してしまう。
さすがは異能者が集まる都市、早速異能者と遭遇してしまったぞ。普通の街じゃこうはいかない。
正確に言うとこのあたりは異能都市ではなくて、その手前にあるエリアだが……細かい事は気にしないでおこう。
どんな能力なんだろう? それが原因で狙われてるって事は、普通の能力じゃないんだろうな。
「そ、それってどんな……すごい能力なのか?」
「どうかな。たぶん、珍しい能力だと思う」
「レアな能力なのか。なあ、どんな能力なのか教えてくれよ」
「知りたい?」
「ああ、知りたい」
するとレミアは俺をジッと見つめ、淡々と呟いた。
「教えてあげてもいいけど……私の能力を知ってしまえば、あなたも無関係ではいられなくなる。その覚悟はある?」
「えっ? いや、そういう風に言われると……うーん、知らないでいた方がいいのか?」
「……今、気付いた。事情を説明して巻き込んでしまった方が私にとっては都合がいいという事に……そういうわけで教えてあげる」
「い、いや、待て! まだ心の準備が……!」
慌てる俺を見て、レミアは表情を和らげた。
「冗談よ。そこまで独善的な真似はできない」
「そ、そうか」
「それによく考えたら、私の能力を知ったぐらいで関係者になるというのは大げさかも。別に隠しているわけでもないし」
「えっ、そうなのか? なんか一気に希少性ってやつが薄れちまったな……」
ちょっとばかり落胆した俺に、レミアは淡々と語った。
「私の能力は『ヴァンパイア』。能力を発動させると、吸血鬼に近い能力を使えるようになるの」
「……それって、吸血鬼になるって事か?」
「吸血鬼そのものではないわ。あくまでもそれに近いというだけ」
「……」
こう見えても俺は異能力に関してはかなり詳しい方だ。
テレビやネット、書籍などで情報を収集しているし、これまでにも様々な能力者と出会っている。
異能ソムリエの検定試験を受ければ余裕で合格する自信があるぐらいだ。……そんな試験は存在しないけどな。
しかし、吸血鬼化する能力なんてのは見た事も聞いた事もない。
身体の形状を変化させる、変身系統の能力か? いや、それとも少し違うような……。
確かに珍しい能力だな。……というか、普通に吸血鬼なんじゃないのか?
吸血鬼なんているわけない、と言えばそれまでの話だが、じゃあ吸血鬼化する異能力ならありえるのかというと、前例がないだけに判断が付かない。
再び、両腕を十字に組んで構えてみる。レミアは俺をジッと見つめ、かすかに眉根を寄せた。
「今は能力発動中じゃないし。それにそんなポーズを取っても効かないわ」
「ほ、本当だろうな。いきなり襲い掛かってきて、俺の首筋にガブッと牙を突き立てるんじゃ……」
「そんな事しません。心配しないでも血を吸うわけじゃないから」
だったらいいが……吸血鬼化するのに血を吸わないとか言われても安心できないぞ。
レミアはため息をつき、ポツリと呟いた。
「私を狙っている連中も、そんな風に勘違いしているみたいなの。お前は邪悪な能力者だから粛清するとか言われて……」
「一方的に決め付けられたのか。そいつらに何かしたわけじゃないんだろ?」
「……最初に遭遇した時、いきなり因縁を付けてきたから、叩きのめしてやったけど」
「それだ! それが原因だろ! 狙われる理由がちゃんとあるじゃないか!」
「でも、あれは正当防衛だし……私は悪くないわ」
不満そうに呟き、レミアは目をそらしていた。
事情は大体分かった。どうもタチの悪い連中に絡まれてるみたいだな。
そういう事なら助けてやるか。レミアが言っている事が全て事実なのかどうか分からないが、見た感じ、そんなに悪い人間には見えないし。
レミアがかなりかわいい美人だからじゃないぞ。こう見えても割と人を見る目はあるつもりなんだ。
「匿ってやってもいいけどさ。それはそれで問題があるよな」
「問題?」
「見ての通り、ここには一部屋しかないわけだし。女の子を泊めるっていうのは……まずいだろ?」
「お構いなく。あとで着替えとかは自分で用意するから」
「い、いや、そういう事じゃなくてね? 男と女が一つの部屋で寝泊まりするっていうのは色々と問題が……」
俺は極めて常識的な意見を述べたつもりなのだが、レミアはキョトンとしていた。
「私の事は気にしないで。空気だとでも思ってくれればいい」
「そんな簡単に割り切れるかよ! ほ、ほら、ベッドだって一つしかないし……」
するとレミアは押し入れを開け、中身を確認してから、俺に告げた。
「予備の布団があったわ。私はこれでいい」
「おう、そりゃよかった。いや、でもなあ……」
「……泊めてやるんだから宿泊料は身体で払え、とでも言いたいの?」
「ち、違う違う! そんな事考えてないから! ほ、本当だぞ?」
そんなエロ展開なんか全然まったく思い付きもしなかった……わけじゃないが、初対面の女にそんな要求ができるほど図太い神経はしていない。勘弁してくれ。
うろたえる俺を見て、レミアはクスッと笑った。……もしかして俺をからかったのか?
「計司は真面目そうだから、変な真似はしないでしょう。信用してるわ」
「そりゃどうも。つか、いきなり呼び捨てかよ。いいけどさ」
「何かされそうになったら能力を発動するので覚悟して」
「それのどこが信用してるんだよ! めっちゃ警戒してるじゃねえか!」
コイツ、やっぱり追い出してやろうか。しかし、今さらそういうわけにも……ああくそ、引っ越してきたばかりなのに面倒な事になっちまったな。
まあ、これだけ美人のかわいい子が同室ってのも悪くない気はするが……いきなり吸血鬼になってかぶりついてきたりしないだろうな。そこがちょっと不安だ。
俺があれこれ悩んでいる間に、レミアは押し入れから予備の布団を引っ張り出して、床の上に敷いてしまった。
泊まる気満々だな。なんてマイペースなやつなんだ。
「逃げ回って疲れたし、もう休ませてもらうわ」
「いいけどさ。寝る前に、手に付いた血を洗っとけよ」
コクリとうなずき、洗面所を探しに行ったレミアを見送り、俺はため息をついた。
初日からこれじゃ先が思いやられる……妙な事にならなきゃいいが……。
「……ところでモミモミについてだけれど」
「しつこいわ! そこまで引っ張るほどのネタじゃねえだろ!」