17.学園へ行こう
「うーん……」
朝、目覚めると、なんだか変だった。
部屋の中なのは間違いないが、いつもとは見えている景色が違うような……?
まず、寝ている位置が低い気がする。いつもはベッドの上なのに、もっと低い所にいる。
ベッドから落ちてしまったのか。俺ってそんなに寝相が悪かったっけ?
それなら床の上に寝ているのかというとそうではなく、柔らかい布団に包まれている。
床の上に敷いた布団にはレミアが寝ているはずで……あれ、これってまさか……。
「う、うーん……」
「!?」
仰向けに寝ている自分の右サイド、掛け布団から銀色の髪が出ているのを見て、俺は眠気が吹き飛んだ。
この頭はレミアだな。つまり俺は、彼女が寝ている布団に潜り込んだのか?
ヤ、ヤバい。これはいかんぞ。まったく記憶にないが、俺はとんでもない真似をしてしまったらしい。
だが、まだどうにかなる。レミアはまだ寝ているみたいだし、彼女が起きる前に布団から出るんだ。
うーん、うーん……くそ、なぜか身体が動かない。なんかすごく柔らかいのが布団の中で絡み付いてるみたいだが……これって、レミアがしがみついてるのか?
なんとか手足を動かそうと努力してみたのだが、ビクともしない。俺がうーうーうなっていると、右隣に寝ていたレミアが掛け布団を持ち上げ、ゆっくりと上半身を起こした。
「……」
「……」
寝ぼけた顔のレミアと目が合い、無言で見つめ合う。
レミアは銀色の長い髪をかき上げ、小さくあくびを漏らし、首をかしげた。
「……なぜ、計司が一緒に寝ているの……?」
「さ、さあ? なぜでしょうね……」
レミアは不思議そうに首をひねり、またあくびを漏らした。
「まあいいか……寝直そうっと……」
パタンと身体を倒し、俺の肩に顔を埋めて寝直そうとする。
俺は冷や汗をかき、レミアに呼び掛けた。
「いやいやいや! 起きようよ! というか、離れてくれ!」
「うるさいなあ……朝から騒がないで……」
レミアは寝起きが悪いらしく、俺が何度も呼び掛けるとやっと身体を起こしてくれた。
絡み付いていたレミアの手足が外れ、ようやく動けるようになり、慌てて起き上がる。
「ふわあ……なんなの、一体……」
「わ、悪い! 信じてもらえないかもしれないけどわざとじゃないんだ! 俺にも何がなんだか……ともかくごめん!」
土下座する勢いで謝罪すると、レミアはぼんやりした顔で俺を見つめ、ポツリと呟いた。
「……思い出した」
「えっ?」
「夜中に計司がベッドから落ちたの」
「そ、そうなのか?」
コクンとうなずき、レミアは言葉を続けた。
「すごい音がして、目が覚めて……見たら計司がベッドから落ちてて……起きるかと思ったのにそのまま寝続けていて……」
「マジすか。全然覚えてないな……」
「放っておいたら風邪を引くかもしれないと思って、布団の中に引きずり込んだの」
「お前の仕業かよ! いや、フォローしてくれたのはありがたいけどさ。間違いがあったらどうするんだ……」
「寝ている計司に身体中をまさぐられてしまったけど、気にしていないわ」
「まさぐ……!? じょ、冗談だよな?」
「……」
おい、そこで黙るなよ。頬を染めて目をそらすのはよせ。
恥じらいなんかどこかに置き忘れてきたみたいなレミアが恥ずかしがるような真似を俺はしたのか?
そう言えばやたらと寝心地がよかったような……くそ、何も覚えていないのが残念すぎ……じゃなくて、何をやってるんだ、俺は。事実なら最低すぎる。
「触られただけで、それ以上の事は何もなかったから、安心して」
「そ、そうか。それならよかったけど……え、ええと、その……ご、ごめん……」
「気にしないで。寝たふりをして触ってきたんじゃないかとか思ってないから」
「そ、そんな事はしていない! ほ、本当だぞ? 頼むから信じてくれ……!」
一応は信じてくれたのか、レミアはコクンとうなずいていた。
最悪の事態は回避できたようで、安堵する。故意に変な真似をしたんじゃないかと疑われてたら気まずすぎるよな。
「……シャワーを浴びてくるわ」
「あ、ああ。どうぞ」
「のぞかないでね」
「のぞかねえよ! ……もしかして俺の事、疑ってる?」
「信じているわ。だから裏切らないでね」
「明らかに警戒されてる! 違う、違うんだ……俺はそんな人間じゃないんだよ……」
頭を抱えた俺にクスッと笑い、レミアは浴室へと向かった。
シャワーを浴びた後、またバスタオル一枚の姿で出てきたけど……警戒してるのかしてないのか、よく分かんないな。
二人で朝食をとった後、不意にレミアが呟いた。
「今日は、学園に行くわ」
「えっ?」
予想外の言葉に面食らう。急に何を言い出すんだ。
「天気予報によると、今日は一日中、曇りらしいから。これなら問題はないわ」
「そ、そうか。いやでも、セイバーズに狙われてるのに、危なくないか?」
「能力が使える状態なら平気。たとえ襲われても返り討ちにしてやるわ」
確かに、レミアの能力は強い。天気が曇りで能力が使えるのなら危険はないのかもしれない。
でもなあ。まだセイバーズの件は片付いていないし、できれば部屋で大人しくしていて欲しいんだが……。
ふと気付くと、レミアがジッと見つめていた。何かを探るような目をしているような気がして、冷や汗をかく。
「な、何かな?」
「……計司は何かを隠している」
「えっ? な、なんの事だ?」
「私に黙って、何かしている。……ような気がする」
「き、気のせいだよ、気のせい。俺がレミアに隠し事なんかするわけないじゃないか」
「……」
しばらく俺の顔を見つめてから、レミアは視線をそらした。
「心配なので、学園に行くわ」
「えっ? 俺の事が心配だから登校する事にしたのか?」
「そうだけど。悪い?」
「い、いや、悪くはないけどさ……」
前々から思ってたけど、コイツって意外と心配性だよな。
普段は無愛想でマイペースなくせに……頑固で気が強いし、ちょっとからかっただけでつかみかかってくるし……変な女だよ、まったく。
その変な女を守るためにあれこれやっているわけだが……何も言わずにいたのはまずかったか。心配させるようじゃだめだよな。
「あ、あのさ。別に心配するような事なんかないから、安心して大人しく引きこもって……」
「……」
レミアは無言で立ち上がり、ゴスロリ服を手早く脱いでしまった。
下着姿をモロに見てしまい、俺はうろたえた。
「ちょ、おい、なんで脱ぐんだよ!? ふ、服を着ろ!」
「制服はどこにやったかしら? マンションから持ってきたはずなんだけど」
「知らねえよ! って、やっぱり学園に行くつもりか? 人の話なんか聞いちゃいねえな!」
「計司も探して。急がないと遅刻してしまうわ」
「い、いいから服を着ろ! 少しは恥じらいを持ちなさい!」
服を着ようとしないレミアに赤面しつつ、仕方なく彼女の荷物を探すのを手伝った。
どうにか制服一式を見付け、レミアはそれを身に着けていった。
「これを着るのも久しぶりだわ。変じゃない?」
「あ、ああ。よく似合ってるよ」
レミアの制服姿を見るのは初めてで、なんだか新鮮だった。
元が美人だし、プロポーションもいいので、何を着ても抜群に似合うな。
俺がジッと見ていると、レミアはちょっと恥ずかしそうにしていた。……そういうかわいい反応はよせ。リアクションに困るだろうが。
「それじゃ、行きましょうか」
「本当に行くのか? まだ出歩かない方が……」
「私が登校すると何か都合でも悪いの?」
「い、いや、そういうわけじゃないけどさ……」
レミアに押し切られ、二人で登校する事になってしまった。
大丈夫かな。とりあえず、レミアから目を離さないようにするか……。
学園までの道のりは特に問題なし。途中でセイバーズに襲われるような事もなく、無事にたどり着いた。
教室に入ると、やはりレミアは注目されていた。ずっと不登校だったんだから無理もないか。
俺がいつもの席に着くと、レミアが声を掛けてきた。
「奥に詰めて。隣に座るわ」
「あ、ああ。ここ、レミアの席だったのか?」
「違うわ。今日からここにする」
なんてマイペースなやつなんだと思ったが、隣にいてくれた方が見張るのには都合がいい。
座る位置を左にずらしてスペースを空け、右隣にレミアを座らせる。
するとすかさず、左隣に座る小波里奈が声を掛けてきた。
「おはよ。ねえねえ、灰神さんと一緒に来たの?」
「お、おはよう。いや、たまたま途中で一緒になってさ」
「ふーん。知り合いだっていうのは本当だったんだ。なんか意外な組み合わせだね」
里奈はニヤニヤしながら、意味ありげな眼差しで俺とレミアを見ていた。
別々に分かれて教室に入るべきだったか。失敗したな。
「灰神さん、久しぶり。私の事、覚えてる?」
「ええ。確か……こ……こめ……こみ……小波さん……?」
「あ、あはは、うろ覚えなんだ……私って印象薄いのかな……」
里奈とはあまり親しくないのか、レミアはかろうじて名前を覚えているという感じだった。
レミアのやつ、クラスじゃ浮いてる存在らしいしな。別に里奈の影が薄いってわけじゃないだろう。
「でも、どうして休んでたの? 風邪でも引いた?」
「……」
休んでいた理由を考えていなかったらしく、レミアは黙り込んでしまった。
訊いてはまずい事だと思ったのか、里奈がやや慌てて言う。
「あっ、別にいいよね、理由なんて。元気そうでよかったよ」
「……」
おい、何か言えよ。ほんと、コミュニケーション能力が欠落したやつだな。学園じゃいつもこんな感じなのか?
里奈は気にした様子もなく、のんきに笑っている。そのお気楽さをレミアに分けてやって欲しい。
「灰神さん、計司とはいつから知り合いなの?」
「……計司?」
黙っていたレミアがピクッと反応し、里奈を見つめる。
……あれ? なんか様子がおかしくないか?
「あなたは計司と親しいの?」
「えっ? まあ、それなりに……友達だよね?」
「そ、そうだな」
否定するのも変なので、うなずいておく。
レミアは俺をジッと見つめ、目を細めていた。にらまれているような気がするのは気のせいか?
「……計司は女の子と仲良くなるのが得意なのね」
「いや、別に得意じゃないぞ。何を言ってるんだ?」
「……」
まただんまりか。言いたい事があるんなら言えばいいのに。
そこで里奈が、声を潜めて俺の耳元に囁いてきた。
「ね、ねえ。まさかだけど、灰神さんと付き合ってたりする?」
「そんなんじゃないって。ただの知り合いだよ」
「ならいいけど……ただの知り合いって感じには見えないっていうか……灰神さん、すごい目でにらんでるんだけど」
「えっ?」
慌ててレミアの方を見てみると、レミアはサッと顔をそむけた。
なんなんだ、一体。俺が里奈と親しそうにしてるのが気に入らないのか? 変なやつだな。
里奈がニヤッと笑い、レミアに言う。
「ねえねえ、もしかして灰神さんも計司にゲームで負かされたりした?」
「ゲーム?」
「うん、そうそう。私は脱衣ルールで負けちゃって、服を二枚以上脱がされちゃう事になってるの」
「脱衣ルール……ほう……」
レミアが目を細め、真横から俺の顔をのぞき込んでくる。
まるで冷凍ビームでも照射しているような、冷えきった冷たい眼差しだ。
よせ、やめろ。そんな目で俺を見ないでくれ。顔の皮膚が凍り付いてしまいそうだ……。
「私には服を着ろと言うくせに、小波さんは脱がせようとしているのね……信じられない」
「ちょっと待って! 服を着ろって、つまり灰神さんは計司の前で脱いでるの?」
「……そんな恥ずかしい事、言えないわ」
思わせぶりな台詞を言うレミアに、里奈は頬を染め、目をまん丸にしていた。
……何これ、どうなってんの? 俺を糾弾する会でも始まったのか?
「どういう事よ、計司! 私には服を脱げ脱げ言っといて、既に灰神さんをひん剥いてるわけ? 鬼畜すぎ!」
「脱げとか言ってないし、レミアを脱がせたりしてねえよ! 人聞きの悪い事を言うな!」
「あっ、とぼけるんだ? 脱衣カウントを増やそうとしたくせに!」
「脱衣カウント……計司は小波さんを脱がせたくて仕方ないのね。私の裸なんかよりも興味があるんだ」
「灰神さんを裸にしてるの!? やっぱり鬼畜だ! 性欲の塊みたいな男ね!」
「お、お前ら……いい加減にしないと俺は泣くぞ……」
散々俺を非難し、レミアと里奈は共にニヤッと笑っていた。
コイツら、俺をいじめて面白がってるだけなんじゃ……後で覚えてろよ。




