15.予期せぬ出会い
翌日の放課後も、俺は街の中心部を歩き回ってみた。
下手に目立ってもまずいので、聞き込みをして回るような真似はできない。
セイバーズの連中を見付けて、後を付け、行動範囲や仲間の人数を確認する。できればリーダー格のやつの顔と名前が分かるといいんだが……あせらず、少しずつ探っていこう。
それにしてもなかなか見付からないな。夜にならないと現れないのか? でも、夜中にウロウロしてたらレミアが心配するだろうし……。
「よろしくお願いしまーす」
街頭でビラを配っている人がいて、目の前に差し出されたビラをなんとなく受け取ってしまった。
歩きながら受け取ったビラを見てみて、ギョッとする。
『セイバーズ、メンバー募集中!』って……公共の場で堂々とメンバー募集のビラ配りしてるのかよ! もっとアンダーグラウンドな組織だと思ってたのに。
振り返ってビラを配っている連中を見てみる。ごく普通の、人畜無害そうな若い男女が数人で配っている。例の白いジャケットは着ていない。
あいつらもメンバーなのか? 広報担当とか、もしくはバイトなのかもしれないな。
ビラを配っている連中から少し離れ、改めてビラの内容に目を通してみる。
『正義のために活動してみませんか? 能力が低い人でも安心! 明るい仲間が待ってるよ!』……怪しいサークルの勧誘みたいだな。
『メンバーには格好いいジャケットとおしゃれなロッドが支給されるよ!』……なんだこの健全ぽいノリは。胡散臭いな。
連絡先は……電話番号とメールアドレスが記載されてる。住所はないな。
ここに電話するのは危険か? しかし、せっかくの手掛かりだしな。非通知で掛けてみるか。
「あのー、メンバー募集のビラを見て電話したんですが……」
待ち合わせ場所は街の中心から少し外れたところにある、小さな喫茶店だった。
やって来たのは、二〇代半ばぐらいの、明るい感じの女性。セイバーズの勧誘員らしい。
女性は終始笑顔で、セイバーズがいかにすばらしい組織なのかを熱く語ってくれた。
話を聞いた限りでは、悪い印象はなかった。レミアが狙われていなければ、誘われるままにメンバー入りしていたかもしれない。
「それじゃ、仮入団という事で……北部令司さんですね?」
「はい。よろしくお願いします」
仮入団届けの書類に記入するように言われたので、偽名とでたらめな住所を書いておいた。どうせ仲間になるつもりはないのでバレたらバレたで問題ない。
さて、これで俺はセイバーズの仮メンバーになったわけだ。正式なメンバーではないので格好いいジャケットやおしゃれなロッドは支給されないのが残念だが、代わりにピンバッジを渡された。
これを付けていればセイバーズの仲間として扱われるらしい。メンバーの方から声を掛けてくるかもな。
勧誘員の女性と別れ、喫茶店を後にする。外に出てみるといつの間にか日が暮れかかっていた。思ったよりも時間を食っちまったな。
人気のない裏通りをやや急ぎ足で歩く。早く帰らないとまたレミアに怒られてしまう。急がないと。
途中、脇道からフラリと人影が出てきた。
ダークグリーンの帽子とロングコートを着込んだ、見るからに怪しいやつだ。変質者かもしれないと思い、なるべく見ないようにして通りすぎようとすると……。
「……ちょっと待ってくれるかな」
「!?」
声を掛けられ、ギョッとする。
ツバの広い帽子を目深に被り、コートの襟を立てているため、顔は見えない。長い髪をしているのと、声からして女のようだが……。
あれ、前にどこかで……そうだ確か、都市に来たばかりの時に公園で見掛けたよな。鳩に餌をやっていた怪しいやつだ。
「君、セイバーズの勧誘員と会っていたね? 少し話をしたいのだが」
穏やかな口調で話し掛けられ、冷や汗をかく。
……俺がセイバーズの人間と会っていたのを知っているのか。どこかから見ていたのか?
見ていたとして、なぜそんな真似を……実に怪しいな。
「……なんの事か分からないな。急いでるんで、これで」
避けて行こうとすると、そいつはフフッと笑い、呟いた。
「そんなに警戒しないでくれ。話をしたいだけなんだ」
「……!」
女が帽子のツバに人差し指を当てて、少しだけ持ち上げてみせる。
ギラリと光る鋭い目が見えた瞬間、俺の背筋を冷たいものが走った。
コイツ、ヤバい……あの目は危険だ……!
反射的に上着のポケットに手を突っ込み、そこに入れてあったアパートの鍵を握り締める。
金属製のキーが指に食い込み、痛みを感じる。これで防げれば……。
「……ほう。面白いな、君は……」
コートの女が呟き、目を細める。女が発している威圧感のようなものに当てられ、俺は動けなかった。
「私が目を見せただけで、どんな能力者なのか悟ったな? ポケットに入っている何かを握り締め、痛覚を刺激する事で能力を防ごうとしたわけか。こいつは驚いた……」
「……何者だよ、あんた。俺をどうするつもりだ」
すると女はフフッと笑い、落ち着いた口調で答えた。
「私の名は、朧幻燈……お察しの通り、幻影を操る能力者さ」
「朧、幻燈だと……!」
その名には聞き覚えがあるぞ。確か、全国各地で事件を起こしている危険な異能者じゃなかったか?
正体不明、神出鬼没の異能者。テロリストグループのリーダーという噂もある。
まさかそんな大物がいきなり現れるとは……ここが異能者の集まる都市だっていうのを思い知らされた気がする。
「私の名を知っているようだね。光栄だよ」
「あんたは有名人だからな。悪い意味で」
「そんなに構えないでくれ。君に能力を使うつもりはない。セイバーズについて、話を聞かせて欲しいだけなんだ」
「……」
実に怪しい。こんな危険人物の言う事なんか信用できるわけがない。
ただ、セイバーズについて探っているような言い方をしているのが気になるな。
上手くやれば、何か聞き出せるかも。かなり危険な相手だが……。
「……セイバーズの何を知りたいんだ?」
「そうだな。特に興味があるのは活動内容かな?」
「正義と平和を守る、すばらしい組織だって聞いたけど。具体的な活動内容はまだ分からないな」
「おや、そうなのか。新入りに詳しい話はしないわけだな。なるほど……」
特に残念そうな様子もなく、朧幻燈は呟いていた。
俺から有益な情報を得られるとは思っていなかったって事か? 試しに尋ねてみただけって感じだな。
「……セイバーズに何かあるのか?」
「さて、どうかな。それを調べているのだが……セイバーズの賛同者に訊くだけ無駄だったかな?」
「俺は賛同者なんかじゃない。むしろ逆だ」
「ほう? どういう事かな」
興味を示した様子の幻燈に、慎重に言葉を選びながら説明する。
「俺の知り合いが、あいつらに狙われてるんだ。なんとか知り合いを助けてやりたくて、セイバーズの事を調べてるんだよ」
「ふむ。筋は通っているが……よくできた作り話にも聞こえるな」
「別に信じてくれなくてもいい。俺は俺で勝手にやらせてもらう。あんたの目的がなんなのか知らないが、できれば俺の邪魔はしないでくれ」
「……」
少しだけ考える素振りを見せてから、朧幻燈は俺に告げた。
「一つ訊きたい。君の知り合いというのは異能者か?」
「ああ、そうだ」
「ふむ、なるほど。そうすると……君と私の目的は同じなのかもしれないな」
「どういう事だ?」
「セイバーズは過剰な正義を振りかざす組織として恐れられていると聞く。それだけならまだしも、どうも彼らが『悪』だと断じる対象には偏りがあるらしいのだ」
「偏り?」
「都市側の能力研究に非協力的な者や、レアな能力を持つ者ばかりが彼らの被害にあっている。君の知り合いもこのどちらかに当てはまるのではないかな?」
「……!」
レミアの能力『ヴァンパイア』はかなりレアな能力だ。本人も珍しい能力だと言っていたし。
吸血鬼化する能力だから邪悪だと決め付けられているのかと思っていたが……レアな能力だから狙われているのだとすると、まるで事情が違ってくるぞ。
それに能力の研究に非協力的な者が狙われてるって……事実なら、セイバーズは……公的な機関と繋がりがあるのか?
「えらくきな臭い話だな……それが事実だとして、あんたの目的はなんだ?」
「私は、異能者の味方だ。異能者に害をなす者の存在を許しはしない。もしもセイバーズが異能者の同胞を裏切るような真似をしているのなら……彼らとは違う、私なりの『正義』を行使させてもらう」
口調は穏やかだったが、その言葉には強い意志が込められているように感じた。
要するに、もしもセイバーズが異能者の敵なら潰す、って事か。
なんておっかない女なんだ……コイツに比べれば覇王城真姫やレミアがかわいく思えてしまう。
「しかし、被害者に偏りがあるというだけで、彼らが同胞を裏切っているという証拠はない。それで探りを入れているわけだが……まさか私と似たような目的で彼らに接触している人間が引っ掛かるとはな」
「なんの情報も持ってなくて悪かったな。あんたにしてみればハズレを引いちまったわけか」
「いや、そうでもない。君は実に面白い男だ。ある意味、大当たりだったのかもな」
幻燈は愉快そうに笑い、俺に告げた。
「この私の名を知り、恐怖を感じていながら、怯えた様子をまったく見せない。幻影に対抗する方法を即座に取ってみせたところから考えて、かなりの場数を踏んでいるようだな。一体、何者なのか……」
「た、たまたまだよ、たまたま。買い被らないでくれ」
表面上は平静を装いつつ、俺は冷や汗をかきまくりだった。
異能者と揉めたのは一度や二度じゃないし、場数を踏んでいるのは確かだ。
だが、それは俺の地元が異能者だらけのド田舎で、住民の誰かと揉める事イコール異能者と揉める事になるからであって、経験豊富な戦士とかじゃない。
揉めた相手の中には幻影を操る能力者もいたので、直感的にコイツの能力の見当が付いたわけだが……。
評価してくれるのはいいが、危険だから消す、とか言われたら最悪だ。安全である事をアピールしとこう。
「君の名は? ぜひ聞きたい」
「……南部計司」
また偽名を使おうかと思ったが、やめた。バレたら消されかねない。
「南部計司か。覚えておこう。セイバーズについて、何か分かったら連絡をくれ」
幻燈はそう言って、名刺らしき物を投げて寄越した。携帯電話の番号しか記されていないそれを受け取り、うなずいておく。
「また会おう、南部計司君。互いにとってよい結果になるといいな」
「……そうだな」
「ああ、そうそう」
「?」
「幻影への対処法は悪くないが、私の能力はその程度では防げない、と教えておこうか」
「なっ……!」
幻燈が腕を振るうと、その身体が紅蓮の炎に包まれた。
目を丸くした俺の前で、炎は弾けるようにして消え、同時に幻燈の姿も消えてなくなってしまった。
今のは幻覚なのか? いつ能力を発動させたのかすら分からなかったぞ。恐ろしい女だな……。
「驚いたかい?」
「うわっ! な、なんだ、まだいたのかよ」
真後ろから声を掛けられ、ギョッとする。朧幻燈は俺の背後に立ち、含み笑いを漏らしていた。
「幻影使いにとって最も楽しい瞬間、それは相手が驚くところを見た時なのだよ。これだけはやめられないね」
「趣味が悪いな。まあ、俺も他人を引っ掛けるのは割と好きだけど……」
「だろう? 君なら分かってくれると思ったよ。なんとなくだが、君からは私と同じ匂いがするような気がしたんでね」
「……」
喜んでいいのか、リアクションに困るな。
さてはコイツ、性格悪いな? しかもかなりひねくれていて、平然と嘘をつく人間と見た。友達にはなりたくないタイプだな。
……なぜか自分の事を非難してるみたいで嫌な気分に……いや、俺はそこまでひねくれてないよな、うん。
「では、今度こそさらばだ。健闘を祈っているよ」
「あ、ああ。どうも」
俺に別れを告げ、幻燈は普通に歩いて去っていった。
あれがあの朧幻燈か……とんでもないのと知り合っちまったな。
今のところ、敵じゃなさそうなのが救いか。あいつがセイバーズを潰してくれれば手間が省けるんだが……そう都合よくは行かないか。
アパートに戻った時にはもう真っ暗で、案の定、レミアに怒られてしまった。
「遅い。一体、何をしていたの」
「あー、実は逆ナンされてさ。美人のお姉さんに絡まれちゃって参ったよ」
「嘘を言いなさい。どこにそんな物好きがいるというの」
「いや、ほんとだって。しかも続けて二人に迫られてさ。参った参った」
「……」
「あ、あれ、レミアさん? いきなり抱き付いてきたりして大胆な……ちょっ、痛い! やめろよせ、折れる折れる! ひいいいい!」
どこで覚えたのか、卍固めを仕掛けてきたレミアに身体中の間接をミシミシ言わされ、俺は悲鳴を上げた。
「い、痛い痛い! こ、この野郎、それ以上やるとおっぱい揉むぞ! モミモミするぞ! いいのか?」
「やれば? この状態でどうやって胸に触れるのか、やってみせて」
「う、ううーっ! む、無理ですごめんなさい! お許しを!」
「許さない」
「ぎゃあああああ!」
レミアは部屋にこもってばかりで暇なのでプロレス技を覚えてみたらしい。
どうせ覚えるんならもっと女の子っぽいかわいい事にしてくれよ……まったく、どうしようもない引きこもり女だな。
「何か言った? 次は腕ひしぎ十字固めを試してあげましょうか。それともロメロスペシャルの方がいい?」
「え、遠慮します……寝てる時、顔に落書きしてやろうか、コイツ……」
「両方やってあげるわ」
「ひいいいい……!」
あれだな。女とプロレスやるのって、もっと楽しいもんだと思ってたんだけど、俺の勘違いだったみたいだな。
多種多様なプロレス技の実験台にされてしまい、俺は上げたくもない悲鳴を上げ続けるはめになったのだった。
おかげで身体のコリがほぐれたよ、チクショウ。ちょっとだけ気持ち良かったのは黙っておこう……。




