6: パラダイム
どこから湧いてきたのかわからない、これが愛の力(物理)とでも言うのかという剛力によって押し倒された俺は満足に抵抗できなかった。
体のあちこちを触られまくり、貞操も何もない身体にされてしまったのである。
聖域は守れたが、それ以外は守れていない。
……まぁ、ここはポジティブに考えよう。
逆に考えるんだ。初めての相手が男じゃなく見た目美少女だったことを喜ぶんだ。
精神男のままで男に貞操奪われては色々死にたくなる。
俺はホモじゃない。
「で、今の状況説明してくれるよな?」
「んもう、アリーシャったら雰囲気がないわよ……まぁいいわ」
ウットリな目で不満を口にするユミル。
中身男でも問題ないのか、と事を致している時に聞いたが、
『性格が男かどうかなんて、些細な問題ですわ。それに心は体に引っ張られるものですから、次第に私好みにしてあげます。まずは口調から……!』
ということらしい。
人の間では、それは「精神汚染」とか「洗脳」と言うのではないだろうか。
もしくは若紫を俺の嫁に計画。いや、あれは一応合意の上だったっけ。
せめて心だけは男を維持しよう。そう誓う俺である。
いちゃついて離れないユミルを適当にあしらいつつ、彼女に説明を促す。
「ここは、MMORPG『Paradigm Chronicle Online』を模した【パラダイム】という世界。剣と魔法とSFの、ニホンジンが好きそうな世界よ」
「ていうことは、地名とか地形とかMOBはゲーム時代と同じ?」
「全く同じ、ではありませんね。私は基となる世界を創造し、人々に知恵を与えた後は時々介入するくらいに控えて、あとは勝手にさせてますもの」
例えるなら、文明シミュレーションゲームと言ったところだろうか。
地形や科学・魔法法則、生物・種族等はPCO準拠だが、それ以外、例えば歴史や文明文化の発達はこの世界の住人に任せている。
だから『Paradigm Chronicle』シリーズに似ているけど、でもちょっと違う世界が出来上がる。ということだ。
「まぁ、何もかも知っていると言うのは面白みに欠けますでしょう?」
「確かに」
でも同じストーリーをなぞるだけじゃ、ただのデータ引継ぎ2週目だ。
プログラムに干渉でき、かつ重度のPCO廃人である彼女のレベルが俺と同じ75なのも、たぶんそこらへんが理由なのだろう。
「それに、ひとつひとつの魂や町を管理・設定するなんて面倒極まりますからね!」
「それは言わなくていい。すごいよくわかるけど」
本当に、純粋に〝アリーシャ〟と旅したいと思っていたのだろうか。
神と言うのも不思議な奴だ。
「まぁ、古来より人間は良いことを言いました。Usus magister est optimus.……『経験は最良の教師である』とね。説明するより実践といきましょうか、アリーシャ?」
逆らえない雰囲気を醸し出しながら、手を差し出して俺を誘うユミル。
後光相まって、なんとも神々しい光景だろうか。
……いやまぁ、神なのだけど。
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初期位置は湖の畔で、周りには森がある場所。
RPGならセーブポイントが置かれていそうだが、残念ながらそんな便利機能はない。
「あぁそれと、リスボンは出来ませんわよ? 蘇生魔法はありますけれど」
「ここはポルトガルだったのか……。と、テンプレネタはいいとして」
「え? リスボンではありませんの?」
「本気でそう思ってたのか……」
リスポンとリスボンでは月とスッボンくらい違うのに。
世界はポケた女神様に創られ管理されていた、と知ったら前世の人たちはどう思っただろうか。
「それより、デスペナはあるのか?」
「無論、あります。命を粗末にされてまかり間違ってアリーシャに死なれては困りますから」
要は緩いデスゲーム、ということなのだろうか。
まぁ、死んだら死ぬのは地球でもパラダイムでも同じと考えれば、そう理不尽というわけでもない。デスペナだけで済む分、パラダイムの方がマシだ。
そうやって色々なことを確認しながら、森へと入っていくとゲーム時代に見慣れた敵性MOBが目に映る。
ラグビーボール程の大きさで、ドリルのような針を持つ蜂のような蠅のような蟲型モンスター。
名前や特性、裏設定まで熟知しているが、さっき操作説明書から教わったステータスウィンドウを使って一応確認。
対象を直接触らずとも、指を空中で動かすことによってウィンドウが開く。
『ヴェスピン(Lv.1)
分類:原生魔生物
種族:膜翅族
HP:228/228
PP:10/10 』
「なんとまぁ因果なことで。PCOチュートリアルの敵と一緒じゃないか」
ヴェスピンは、見た目通り巨大な蜂型モンスター。
プレイヤーに戦い方、状態異常、アイテムの使用法をわかりやすく教えてくれる――ための標的として現れる。
「まぁ、そのように設定しましたから」
「……お、おう」
そういやコイツが創ったんだっけこの世界。敵性MOBの配置まで決めたのか?
「ご安心くださいまし。私が決めたのは、この『チュートリアルの森』だけですわ」
「チュートリアルの森っていう名前なのかここ……」
ここまで頑張って世界作ったなら、もうちょっとマシな名前つけて欲しい。森だってそう思ってるはずだ。
「そんなことどうでもいいじゃありませんか。それよりもチュートリアルを進めましょう」
「んま、それはユミルの言う通りか。考える前にこの世界に慣れるとしよう」