4: 相棒(神)
「『Paradigm Chronicle』シリーズは、SAGEマークⅢ時代からのファンで――」
「はぁ……」
俺に幻影を見せる神と称するこの美少女、なぜか昔話をしはじめる。
まぁ神だというのならそんなに昔の話でもないだろう。
SAGEマークⅢという家庭用ゲーム機が発売されたの、今から30年くらい前だけど。
「そして待望の『Paradigm Chronicle』最新作。それもオンラインゲーム。私は大いに歓喜した。必死こいて働いて溜めたお金で買って、サービス初日にプレイして、お布施とばかりに課金したのに……!」
神様がお布施とは、これ如何に。
なんというか突っ込みどころ満載の昔話だ。
神様が熱狂的なSAGEファンなところとか、見た目女の子の神様が『Paradigm Chronicle Online』で「✝クリス✝」なんていう寒気がする名前のキャラを作ったこととか、どうやって働いてるってなんだよとか、いやそもそもなんでゲームしてるのとか。
「そして最近出会った見目麗しいアリーシャちゃんが……こんな人間だとは思わんかったあああああああああ! うわあああああああん!!」
目の前で、地面を殴り続け子供の用に駄々をこねる女の子という珍しい光景を見ている。アニメではよく見るが、実際目で見るとなるとシュールなものだ。
まぁ、女の子であるだけマシか。
「あなたにこの気持ちがわかる!? この気持ちは、SAGEが『Dream Create』を最後に家庭用ゲーム機事業から撤退したとき以上の悲しみよ!」
「ごめん、サッパリわからない」
SAGEが家庭用ゲーム機を作っていたという事実をギリギリ知っている世代である俺にそんなことを言われてもねぇ……。
「私のアリーシャちゃんを返してええええええええええええ!」
「いやお前のじゃねぇよ!」
アリーシャは俺の(サブ)アカウントだ。
ネカマの俺から言わせてもらうと、女キャラである時点で疑うべきである。
というかネトゲプレイヤーは全員おっさんであるという前提でプレイした方が精神衛生的によろしい。
でないと、顔面を涙で濡らして俺の胸倉を掴んでくるこの女性のようになる。
……ネカマしてこいつを騙していた俺が言うのもおかしな話だが、何を必死にやっているんだろうか。
「こんな屈辱を受けたのは7000年生きてて初めてよ……!」
「あ、そう……」
やっぱりロリババ……あぁ、いや、意外と長く人類を管理してらっしゃるんですね。
「アリーシャちゃんが『風呂に入る』って言うから、ちょっと期待して神眼を使って覗き見たら……私の目に映ったのは見たくもない男の裸! この気持ちわかる!?」
「それはなんかごめん」
俺は悪くないが、なんかごめん。
「というわけで、神の名においてあなたを断罪します」
「えっ」
え、まさかそんな理由で断罪されるの?
てか覗き見されたの俺なんだけど。相手に相応の精神的ダメージは与えたけど被害者は俺だ。
「でも私は神でもありますわ。罪深き人間に対して断罪すると同時に、『赦し』を与えるのもまた仕事。死刑にはしない」
「ホッ……ならよかっ」
「無罪放免とも言ってないけれど」
そんな気はした。
「じゃあなにを?」
「とりあえず、その悪魔のような心を浄化する」
悪魔のような心を持つ人間はネカマになるらしい。
そしてそんな悪魔のような心にホイホイと釣られる神様もどうかしている。
「何か言ったかしら?」
「何も」
反論したら極刑が待っていそうなだけに、とりあえずは判決文を聞くことにしよう。抗議はその後だ。
「浄化を行うために、あなたを異世界に飛ばします」
「えっ、ちょっと待て」
「抗議反論は受け付けない! 異世界行って、女を装ってこの神たる私に近づき、私を騙したことをせいぜい後悔してくるのね!」
趣旨変わってるじゃねーか! 魂の浄化はどこ行ったし!
あと俺が近づいたんじゃなくてお前が勝手に近づいてきたんだよ! しかもさっき求婚ギリギリの行為までして!
しかし俺の心の訴えを無視して、こいつはどんどん話を進める。
「けど、私は先程も言ったように悪魔ではない。だからあなたが異世界に飛ばされても死なないくらいには、まぁ適当に調整してやるわ。それに仮にも愛しのアリーシャだもの」
「おいババアなんだ適当にって、もう少し真面目に仕事を――」
「あ、ごめん。そろそろ緊急クエの時間だからさっさと行ってくれないかしら?」
「ゲームする前に人の話を聞けえええええええええええ!」
俺がそう叫んだあと、白い空間がさらに白くなり神と称するそいつはいなくなった。
そして俺も、いつの間にか気を失っていた。
---
……変な夢見た。
起きて早々思ったことは、まずそれだ。
ったく、神と名乗るロリババアが現れたと思ったら「ネカマに騙されたから異世界に飛ばす」などとわけのわからないことを……。
「はぁ。ゲームやって気を取り直し…………て?」
俺が違和感に気付いたのは、その時だ。
その違和感は2つ。
1つ。なぜか部屋が明るい。というか部屋じゃなかった。知らない天井どころか天井すらないという事実。
目に映るのは草原と、湖。その畔にポツンと立つ欅の木の下で俺は寝ていたのである。
そしてもう1つの違和感は――
「あー、あーあー。あーー……ああああああああああああ!?」
慌てて俺は、目の前にある湖へと近寄る。あまりにも慌てていたから四つん這いのままで、である。
そして湖を覗き見る。その表面を、ねっとりと数十秒間見た。
「な、なんじゃこりゃあああああああああああああああああ!!」
水面に映っていたのはアリーシャちゃん。
昔やったRPGのキャラを真似て作り、俺のネカマアカウントとしてPCO世界を生きたアリーシャちゃんそっくりの容姿をした〝女の子〟が、驚愕と絶望の表情をしているところであった。