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巫覡退魔伝  作者: シュナじろう
序章 終幕と開幕
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第2話 始期を知らせる邂逅

 

 あずさとて、前世から引き継いだ能力とその経験から、力の扱いは十全であると自負している。

 だが、目の前の女性――いや。容姿からして十代後半の少女、といった方がいいか――は本当にその場へ唐突に現われた。


「…………あなた……誰……? いつの間にここに来たの……?」

「……驚かせてしまったようですね、申し訳ありません」


 さわりの良い丁寧な言葉で返されても、今のあずさには動じる余裕はない。今はとにかく、この事件を引き起こした犯人をどうにかしてやりたい、そんな感情で心を満たされているのだから。それゆえか普段のような品位のある口調ではなく、強制力のある荒々しい口調だ。

 しかし、少女はそれに気づいていながらあえて無視する様子でこう続けてきた。


「……妖気を感じますね。それも濃くて、悪質で、へばりつくような嫌な妖気…………」

「妖気……? それが、この不可解な火災を引き起こした力の正体?」


 警戒は解かずに気になったことを率直に聞き返す。

 妖気。確かに、聞き覚えのある言葉だった。

 前世だったか、その前だったか。それなりに前ではあるが、確かに『最近』聞いた覚えのある単語だ。実際問題、その時は『雪女』として生まれ、そして死亡したためよく覚えている。『呪い』で受け継ぐ能力はそれ以前の能力も含めた『前世の』能力全般なので、当然あずさも扱える。


 だが、その雪女としての感覚をして妖気を漠然としてしか感じ取れないということは、この世界における『妖気』はその時の世界における妖気とは全く別物なのだろうことがうかがえる。

 あずさにとって、少女の言う『妖気』は未知のものでしかない。


 それを知らない少女は当然ながら、驚いた顔をした。

 ただ、それも一瞬の出来事であり、次の瞬間にはおそらく素面に戻って、


「妖気を知らないのですか……? こんなに邪悪な妖気が渦巻いているというのに……霊力で身を守らなければ、それこそ発狂死していてもおかしくないはずなのに……」


 不思議ですね……そう言いながらあずさを見直し、見定めるように全身を見回したが。

 少女曰く、霊力を扱えるものならば少なからず、妖気やそれを扱う『妖怪』という存在を知っていてもおかしくはないのだという。

 だが、むろんそんなことはあずさにはわからない。そもそも、あずさは霊力という力自体、初耳なのだから。


 見定められるような視線をうっとうしく感じたあずさは自分が無事である理由をある程度ぼかしながらも素直に説明する。


「私が無事なのは……少し特殊な事情があって、魔法を使えるからだと思う」


 補足するなら、あずさを今守っているのはお手製のお守り――マジックアイテムである。あずさを守っているマジックアイテムは少しでも不幸を和らげようと苦心して作ったもので、ありとあらゆる悪質な力を弾く膜で所有者を覆う効果を有している。

 少女が言う妖気にあてられないのはそれがあるからと断言してよいかもしれない。

 さて。その少女はというと、あずさが口にした『魔法』という言葉に反応して、なにやらぼそぼそと憶測を立てている。

 どうやら、知り得る知識を総動員して、その『魔法』がなんなのかを解明しようとしているようだ。


「…………魔法、ですか……? 失礼ですが、それはいったい……。彼女たちのそれとはまた違った感じがしますし……まさか、コンピュータゲームなどでよく出てくるあの『魔法』ではないですよね」


 しかし、己の知るどの異能ともあずさの纏っているそれは合致しなかったのか、結局はあずさに問い返す形となってしまったようである。

 もっとも、あずさにとってその問いかけの内容は、正答そのものなのだが。


「……すごい。だてに巫女装束着てるわけじゃないんだ……まさか、一発で当てられるなんて」

「…………マジですか……」


 巫女の勘というのもバカにはならないものだ、と感心するあずさ。一方で、その単純な勘であててしまった巫女は、『まさかこれはないよなぁ』と思って言ったものがまさかの大正解だったらしく、開いた口がふさがらないようである。

 少女にしてみればよほど正気を疑うような話なのだろう。


「どうしかたの?」


 しかし、超能力者の一種であるサイコメトラーや妖怪の一種であるサトリのように、心を読むことができないあずさがそんな事情を予測できるわけもなく。怪訝な顔をして、大丈夫かと少女に話しかけた。

 少女ははっとして、話の続きを始めようと動き出す。


「あ。いえ、申し訳ありません。ですが……本当に、魔法を?」

「ええ。といっても、今は実際に自分で発動しているのではなくて、あらかじめ作っていたマジックアイテムを介して発動しているだけなのだけれど……」

「……? ……呪符、みたいなものでしょうか……」

「それがあらかじめ定めた通りの超常現象を引き起こすのであれば、おおむねそのような感じだと思う」

「はぁ……まぁ、あなたは魔法という特殊な力を扱えると。それはそれで納得しました……」

「そう……それはよかった」


 それで、結局のところ何者なのかは教えてもらえないの?

 そう付け足したあずさの口調は、相変わらず刺々しい。だが、その中には警戒心のほか、苛立ちも含まれていることに少女は気づいた。

 思い返してみれば、少女はあずさの問いかけを完全無視して自分の用件だけ先に話してしまっていた。あずさが怒るのも無理ない話だ。


「重ね重ね申し訳ありません。私は……鈴森(すずもり)(ひとみ)と申します。退魔館という組織の神道式退魔課巫覡係に所属しています」

「退魔館……見た感じ巫女さんなのに神社に所属しているわけではないの?」

「一応、巫女も兼ねていますから普段は神社勤めですね。神道式退魔課巫覡係というのは神道式退魔術師のうち、巫覡としての力も兼ね備えた『巫覡退魔師』と呼ばれる人材が所属する部署のことですね。多くの神社は退魔館の巫覡科と提携を取っていて、本部や支部から派遣されるという形で私達巫覡退魔師はそれらの神社に所属しています。そして、近辺で霊的な事件が発生したり、本局や支局から要請があったときに私達が動く、といった感じになっています」


 本日はこの周辺で妖怪による大規模な放火が行われたため、こうして巫覡退魔師(巫覡としての側面も持つ退魔師のことを、そう呼ぶらしい)である彼女が派遣されてきたという。

 偵察の目的もあるが、これ以上の被害を増やさないためにも不意打ちを狙って認識疎外の術を使い、この現場に来たらしいが状況はすでに終息を迎えており。


「被害が出たここに来てみれば、すでに火は鎮火。主犯と思しき妖怪はその残滓を残して逃走してしまったようですし、あなたはあなたで特殊な力を扱えるようですが、それ以外は特に何の変哲もない普通の学生さん……これではお手上げですね。もう少しこのあたりを捜索してみますけど……成果は上げられそうにありませんね……」

「そう……。といわれても、あなたが主犯というわけじゃないのはわかったし、こっちとしてはもうどうでもいい。なんにせよ、わたしはわたしでできることをやるだけだし……」

「あなたにできること……? 失礼を承知の上でお聞きしますが、何をしようとしているのですか?」

「なにを、しようって……? そんなの決まっているじゃない。私は、その妖怪とやらにすべてを奪われたのよ?」


 聞くまでもないじゃない。そう言いながら、自嘲的に笑うあずさの顔は、本当にどこか自虐的だった。

 それもそのはず、彼女は復讐を考えていながらも、結局はこうなってしまうのか、と実際に自分の心に対し自傷行為をおこなっていたのだから。


 ――呪いで受け継ぐのは、能力と経験、記憶、思考傾向。その法則性がもたらす先が、これである。


 記憶がいくら継承されようとも、精神がリセットされてしまえば他人事でしかない。少々他人事というのには踏み入ったところまで移入してしまうのは仕方ないとしても、今回のようになってしまえば間違いなく悲観に暮れて、精神崩壊するか復讐の鬼となるか。心の闇を抱えることになりながらも、なんとか耐えて前を向くか。その三択のどれかを取らされてしまう。

 あずさとして生まれた『彼女』が選んだのは、まぎれもなく『復讐』であった。


 そのあずさの様子を見ただけで大体を察したのか、瞳と名乗った少女はどうにもやりきれなさそうな感情を全面的に出して、ため息をつく。


「……復讐、ですか。わかりやすくていいですね」


 あまりお勧めはできませんけど。

 そう遠い目をして呟く瞳を前に、感情的になったあずさも思わず戸惑う。瞳がその目に宿している感情は同情も含まれていたが、それ以上に含まれていたのが――悔恨と懊悩。

 この世界での生はまだ十六年と、それほど生きてきたわけではないが、だてに遠い前世から記憶を受け継ぎ続けているわけではない。人を見る目は十分ある。

 瞳のその目があずさと瞳自身を重ねてみていることは手に取るようにわかった。それはつまり、何を意味するのかというと。


「…………あなたも、同じ、なの……?」

「……? あぁ、はい、そうですね。私が退魔師になるきっかけとなったのも、親を妖怪に殺されたから、ですよ? まぁ、気持ちはわかりますし、人にもよるんでしょうけど…………あれは、正直気持ちのいいものではありませんでしたねぇ。少なくとも目的を果たした後は生きる気力をなくしましたよ。今もまだ……何のために生きているのか、わからないまま、惰性で生きているようなものです」

「………………」

「なによりも、それはあなたが本当に望んでいることなのですか? もう一度考えようとは思えませんか?」

「…………。何が言いたいのかは、わかってる。でも……理屈じゃやっても意味がないってわかってても……、感情で……こんなことした奴のこと、許せないから…………」

「そう、ですか……。その気持ちは、やはり痛いほどにわかります。ですが、私が言うことに変わりはありません。復讐なんて、かたき討ちなんて、やってはいけないと思います」


 同じでしたから。そしてその先にあるものを、知ってしまいましたから。

 悲痛な顔をしてそう言ってくる瞳を見て、かなわないなぁ、と心の中でか細く囁くしかない。

 あずさとて、なんども『記憶の中』では経験したことなのだ。

 だが、本人が言った通り、例え『記憶の中』では何度も経験済みとはいえ、実際に自分が似たような事態に陥ると、どうしてもそれの現実味が足りなかったというべきか。

 目の前の惨状を見て、何も思わないでいるなど、彼女にはできるはずもない。なにより、『勇者』としての、『ヒトにとって害悪となる魔的存在』に対する敵対心が、そうさせてしまうのだから。


 妖怪と聞いて、すぐに敵対心や復讐心を抱いてしまうのは、あずさのそういった『本質』によるものなのだから、致し方がないとしか言いようがない。


 それで話は打ち切りだと言わんばかりに瞳から無理やり視線を外し、さっさと自宅があった場所に戻っていまだに自身を拒んでいる結界に手を添える。

 この結界に含まれる『妖気』なる力をキーに、探索魔法を発動するためだ。得体は知れなくとも、直接触れればそれがなんなのかは大まかにわかる。

 手に電流が走るような痛みを感じ、先ほどと同じくあずさの侵入を拒もうとする。

 だが、吹き飛ばされない。その身を包む魔法障壁は先ほど結界に弾かれた時とはけた違いの魔力が込められており、それがある程度あずさに対する結界の拒絶を打ち消しているのが原因だ。

 結界に弾かれないために、連続して激しい痛みに襲われるあずさ。しかし、そこには一切のためらいも感じられず、ただいつもの感情に乏しい顔しかない。


 ――そんなあずさに歩み寄る人が、ここに一人。

 いわずもがな、それはあずさの挙動を見ていた巫女、瞳だ。


「…………なッ!? ちょっ、危険です、手を……っ!?」


 瞳も結界には気づいていたのか、しかしその結界に手を添えることまでは考えていなかったようで、素面で何も考えていないかのようにそうしているあずさを止めに入ろうと駆け寄ろうとする。

 が、次の瞬間、あずさの空いている方の手にはいつの間にか神々しい片手用直剣が出現しており、瞳に突き付けられていた。シンプルながらも荘厳な装飾のその剣はまさしく『聖剣』にふさわしい雰囲気を放っており、瞳に対してそっぽを向いているあずさの手によく馴染んでおり、主の手先となりきっていた。

 自分の方を向いていないにもかかわらず、適切なタイミングと角度でけん制してくるその動きを見て、瞳は額から汗を流し、あまつさえ意識してか否か、ゴクリと喉を鳴らした。


 ――一歩どころではない。あと数センチメートルでも前に出ていれば間違いなく喉に突き刺さって絶命していたことだろう。


 剣を握ったあずさの有無を言わせない雰囲気に呑まれ、瞳は黙ってみていることしかできなくなった。

 実際問題、あずさは剣を介して物理の魔法を多重に展開しており、瞳がもう一歩足を踏み出していれば即座に発動していた。殺意を孕んだそれは間違いなく、脅迫ではなく『警告』だ。


「危険? この程度の拒絶でそんなに騒ぐなんて、少し大げさよ。大体、目の前に仇敵の手掛かりが転がっているのよ? 命の危険があるわけでもないのに、指が一本いくかいかないかくらいの危険で止まるものですか。それから、邪魔はしないでもらえるかしら」

「……………………あなたは、一体……」

「私……? 別に何者でもいいでしょう? あなたの仕事に差し支えがあるわけでもないでしょうに」

「…………、」


 感情というものを一切欠いたその目で見つめられ、瞳はやはり何も言えない様子だ。

 なによりあずさが何者でもいい云々は現状下ではほぼ事実だったし、先ほど瞳が『これ以上の成果は上がりそうにない』という言が真実だと仮定すれば、本当にこの結界からなにかを引き出すことができるかもしれないのだから。

 だが、その目にはそれ以外に、なにかを探るような懐疑的な色も含まれていたのも確かだった。

 作業に半ば集中しているあずさは、それに気づくことはできなかったが。


「……鏑木あずさよ」


 ただ、視線そのものには気づいていたのだろう。

 相変わらず、結界から手を放そうとはしないものの、ポツリ、と自分の名を瞳に名乗り出した。


 え、と急に名乗られ、瞳は若干混乱するも、それが自己紹介であると気付くのにそう時間はかからなかった。


「私は鏑木あずさ。それ以外の何者でもないし、それ以外の何を名乗るつもりもない」


 それはつまり、それ以上語るつもりはないという答えでもあり。聖剣を手放していないどころか、まだ瞳に突き付けたままの状態で無感情のままのそれは、やはりまぎれもなく、『これ以上は何も聞くな』という警告だ。

 それを察したのだろう。瞳は話の流れを変えるためにも、そのいきなりの自己紹介には無理矢理にでも食いついて見せた。


「鏑木、様……ですか……。ご丁寧にありがとうございます。……それで、その……なにか、わかりそう、でしたか?」

「……まぁ、よろしくしてもしなくても、どちらでも構わないけど……。探知についてはちょうど今終わったわ」

「って、はやっ!? い、いくらなんでも早すぎるでしょう……」

「ほかに比較対象がいないから何とも言えないけれど……私にとっては普通ね。まぁ、これだけじゃさすがに現在地を探知することはできなかったけど」


 そうは言いつつも、視線は何かを見据えるかのように一点を見つめていた。

 その視線に宿る力の強さから、その入手した何かしらの情報はきわめて有力なものだ、と瞳は直感で感じ取ったのか、その内容を問い詰めにかかる。

 あずさとしても、その道の専門家がいるといないのとでははっきりと効率に差が出てくるだろうと考え、あわよくば連れて行く方向でその詳細を話し出す。

 どうやら、打算的な思考がだだ漏れになっているのを瞳は無視する方向で考えたようで、苦笑しながらそれを聞き入れていたが。


「……すいません、少し呆然としてしまいました。そちらの手を拝借してもよろしいでしょうか?」

「…………? いいけど」


 気になるであろう探知の結果を聞く前にそんなことを聞いてくるなど、一体何をするつもりかと思いながら結界にあてていた方の手を差し出せば、それは治療のためだった。

 瞳は懐から一枚の紙――呪符を取り出すとあずさの手にかざし、何やら言霊を唱えた。

 とたん、呪符とあずさの手がほのかな光を帯び、まるで逆再生するかのように結界に触れて続けていたことでただれた手が治ってゆく。

 その光景にほぅ、と驚きの意を含めた吐息を吐くと、ありがと、と短く謝礼を済ませる。


「それで、探知の方はいかがでしたか?」

「何かしらの不可解な力……妖気、でよかったかな。周囲を漂うそれの中から、この結界と同じ波長の合うそれを探し出すことには成功したわ。あとはそれを追っていけばいいだけ」

「すごいですね。そんなことが可能だなんて……私たちの常識じゃ、考えられません」

「そう……それはいいアドバンテージを得たわ。で、どうするの? 私は一人でも大丈夫なんだけど」


 ただし。あくまでもそうなればいい、という程度の考えだったようで、高望みはしていなかったらしいが。

 だから誘い文句も、本当に他意はなく一人で行くことになっても問題はない、という意味合いで。そうなったのだが。

 瞳にはそうは聞こえなかったようで、かなり高圧的に切り返してきた。


「ご挨拶ですね。少なくとも私はあなたより妖怪の生態については詳しいんですよ? それに、初戦闘(・・・)のあなたよりはましなつもりです。死なれても困りますからついていきます。なにより、私もこの火災の調査と首班の討伐のために派遣されましたので。関連があると見れるなら、いかないわけにはいきませんからね」


 じゃあ、行きましょうか。

 そう言うこともなく、あずさは見据えた視線の先へ、一歩踏み出した。

 まるで糠に釘ね。遅れて歩き出した瞳のそのつぶやきを聞いて、放っておいてと心の中でぶっきらぼうに言いかえしたのは、別の話だろう。

 


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