第9話 疑念を増長させる胎動
昼食までもう少し時間があるということで、改めて瞑想をすることになったあずさ。
だが、彼女と向かい合う形で正座する瞳の表情はとても固い。
その理由はもっぱらあずさの方にある。
「……はぁ。どうしてこうも異常な事態に見舞われるんでしょうか……」
「私が聞きたいくらいよ……」
「なにはともあれ、分かるのはただ一つ……その呪いの猶予期間がまたなくなりはじめた、ということだけですね……」
悩ましい表情でそういう瞳だが、それ以上に珍しく辛そうな雰囲気を出しているのがあずさだった。珍しくもそれは顔の表情にまで出てきている。
瞳が言うとおり、鎮めたはずの呪いが息を吹き返したかのように時々うずきだしているのだ。
「大丈夫なんですか?」
「耐えられないほどじゃ、ないからね……。あの火災の直前に比べれば、あってないようなもの」
「あってないようなもの、ですか……。正直、視ているこちらが引き込まれそうで怖い力を放っているのですが……。それにしても、昨日触れた時も思いましたがよくそのような呪いにかかって生きていられますよね……」
「……慣れては、いるから……」
「……慣れ? つまり、あなたは物心ついた時から、その……」
「うん……正確には違うけど、多分言っても信じてはもらえないと思うから……」
「鏑木様……本当に、あなたは……」
何を抱えているのですか。
その問いを待ち構えていたかのように、瞳の言い淀みながらの言葉に対しあずさが言葉を重ねる。
「本当にごめん……でも、今はこっちより、もう一つの問題に集中したいから……」
「………………あずさ、さん……。……はい、わかりました。確かにそれももっともですからね」
その言葉に冷水を浴びせられたような顔になり、一時的ながら感情的になってしまった表情をふっと元に戻した。
確かに、今は別に問題があるのは確かなのだから。
「それにしても……なんで一度弱まったはずの妖気が……」
そう。
一度、季節外れの行水をしてまで禊をおこなったというのに、それもきちんとした成果が上がったことを確認できたというのに。
どういうわけか、禊を行う前よりもさらに強い状態で、こちらも息を吹き返したのだ。
本来ならあと二、三回禊をすればOKサインが出せたというのに、ふりだしよりも手前のところまで逆戻りしてしまったという異常事態に見舞われているあずさだった。
「対処法としては継続的にあれを行うくらいしか見込めませんが…………根を絶たない限りはいたちごっこになりかねませんね」
「私もそう思う……」
「一番いいのは、あなたが復讐をあきらめること。その憎悪を忘れ去ってしまうことなんですけどね……」
「………………、」
そんなことできるはずがない。そう目で訴えるあずさからは殺気すら感じられる。
そんな目で見ないでくださいよ、と若干冷や汗を流しながら、瞳は話を続けた。
「本当にどうしたものか……先ほどの経凛々についても気になる事案がいくつかありますし、問題は山積みですね……」
「気になる、事案…………? もしかして、視線のこと?」
経凛々と戦ったことについて気になる事案はあずさにも一つは思い当たった。それは直前に気付いた、自分たちを見る視線の存在だ。
瞳が気づかなかったことから最初は気のせいかと思ったが、その直後に呪いがうずき、妖怪と戦闘になったことを考えると、明らかに因果関係があるだろう。
そしてもう一つ、あずさには気になったことがあった。
経凛々達がまとっていた、妖気とはまた異なる類のエネルギーを臭わせるナニカの存在感だ。
どこかで感じたことがあったような異能のエネルギーに思えたそれも、やはり気のせいではないはずだ。なにせ、接敵前と接敵後、二回も感じたのだから。
当人にとってはあまりうれしくはないことだが、呪いによって欲しくもなかった数々の力が役立っているのは事実で、その中のどれかが、それと似たものか、まったく同じものがそこには存在していた、と直感に語りかけてくる。
それがなんなのかはっきりしないほど微弱だったので、結局わからないままだったが、少なくともその数々の力の利用歴に由来する直感で、その『ナニカ』がこの一件にかかわっているのは確かだ、とあずさは判断している。
「それもそうなのですが、気になっている……というより、問題視しているのは時間と場所です」
「時間と、場所……?」
「はい。あなたと入ったあの雑木林の時もそうなのですが……普通、妖怪というのは昼に活動的になるのはほとんどないのです」
「……あぁ、言われてみれば。昼間に出てくる妖怪って言われても、イメージ沸かないなぁ」
あずさも妖怪といえば夜というイメージが定着しているために、その問題に気付いてこそいなかったものの、すとんと胸に落ちた。
「妖気の濃さというのは、時間にも密接な関係があります。そうですね……鏑木様は、丑の刻参りという儀式をご存知ですか?」
「ん。知ってる。理屈は確か……丑寅の方角が『鬼門』と呼ばれるからっていうのに関係してると思ったけど……」
「正解です。より具体的に説明すれば、陰陽道において、北東の方角と南西の方角は鬼門と裏鬼門と呼ばれています。これに転じて、丑の刻参りを行う時間とされる丑三つ時は『丑』――つまり、方角で言えば鬼門に限りなく近い位置にあるため成就しやすいという理屈が成り立っています」
「ふぅん……まぁ、その辺の細かい話は――」
「関係ありますから置いておかないでください」
「そうなんだ……うんちくかと思った……」
失礼ですね、真面目に話を聞いてくださいとジト目でにらむと、ごめんと短く話を追ってしまったことについて謝罪するあずさ。話を続けますよ、と瞳が傾注を促せば即座に頷いてこれに態度で答えを示す。
「さて、ここで例に挙げた丑の刻参りがそうであるように、『鬼門』と『裏鬼門』、そして『時間』……これらには、密接な関係があります」
「……まぁ、実際に子の刻、丑の刻って言う感じで、昔の日本は干支で時間を数えていたわけだしね……」
当然といえば当然か、と考えて、はたと気づく。いや、思い出すといった方が正しいか。
思い返すのはやはり、雪女として生まれた世界での記憶だ。
その世界でも当然、奇問や裏鬼門という概念は存在していた。そしてその時の『彼女』にとって、それはとても重要な存在だった。
なぜか――。
「妖怪たちが活動的になるのは、私達の業界では『裏鬼門』にあたる時間から、『鬼門』にあたる時間まで。『裏鬼門』にあたる時間を過ぎて以降、徐々に活発化するとされています。逆に、『鬼門』から『裏鬼門』までの時間は昼行性のモノを除き、徐々に鎮まる傾向にある、としています」
「んん……あれ? とすると、さっき経凛々が襲ってきた時間って……」
考えるそぶりをするものの、浮かんだ疑問の答え自体はすぐに見つかっている。
なにせ、あずさ自身ではないが、彼女も妖怪だった時期があったのだから。
「未と午の間……時間的には未二つ時から三つ時、といったところ……。裏鬼門の時間にも到達していない」
「はい。おっしゃる通りです。まして、妖怪とは対を成す力を扱う私たち退魔師が多く滞在する、この退魔館の間近でそれが起こった……。何かしらの異常事態が起きているか、その予兆であると考えてもおかしくはない状況です……」
「それで、どうするの?」
「いまはなんとも。相手がそのしっぽだけでも見せてくれているならともかく、今はそれすら見えていない状態なのですから」
動きたくとも動きようがない。悔しそうにそう断言する瞳。あずさも確かに今は待つしかできない状況か、と同意するしかない。
少なくとも、今のところ手がかりといえば視線と、一度は息をひそめたあずさの妖気が再び息を吹き返したこと。それくらいしかないのだから。
とりあえず、今は再び大きくなった妖気をそのままにしておくわけにもいかないので、瞳指導の下、昨日おこなってもあまりいい成果の上がらなかった瞑想を予定通り行うこととなった。
そして時間は跳び、妖怪魑魅魍魎が跋扈する夜となった。
時刻は午後八時。大体、妖怪たちの活動が、一般市民の界隈でも激化し始める時間帯だと瞳は言う。
夕食を取り終えたあずさと瞳はひとまず自室へと戻ってきたが、部屋へ入るなり瞳はあずさに部屋で控えているように指示して外出の身支度を整え始めた。
「どこかにお出かけ? こんな時間帯に?」
「こんな時間帯だからこそですよ。あんなことがありましたから」
あんなこと、といわれてあずさはあぁ、と納得の声を上げる。
ここは妖怪たちの襲撃などによって住居を失った人たちを一時的にでも保護するための施設である。故に中に住んでいる人は、自分もそうであるように、妖怪たちに対し過敏な反応を示す人が多い傾向にあるのだろう。
都市部に近い場所に位置するこの退魔館。その周辺にはあずさたちが行水をした自然豊かな土地もあるものの、少し足を動かせば都市部に入るのは簡単という、微妙な土地に退魔館は建っている。
だが。自然の中にあるならともかくそのような場所で、昼間、それも陰陽道に例えても一番妖怪とは縁遠い時間にあっても妖怪が、それも弱小な妖怪が現れるほどの異常な事態に見舞われたとなれば、夜にはそれ以上に危険な事件が起こってもおかしくはない。
それを見越してのことなのだろう。
「昼間も言った通り、退魔館のすぐ近くで、特別昼行性ともいえない弱小な妖怪が現れた。昼間でそれだったなら、妖怪たちが活発に動き出すこの時間、退魔館の建物に迫ってきてもおかしくはないですからね」
一応、この支部には対妖怪用の結界が展開されているため、害意のある妖怪は弾かれるか、中に入れても弱体化してすぐに逃げ去ってしまうようになっているというが、今回のことがあって警戒を強めるべき、という判断がなされ、見回りの増員と館内における警備の増強が行われたのだという。
「まぁ、私はこの階の巡回を定期的に行うだけですけど、用心に越したことはないですからね」
「……私も、備えておくべき?」
「大丈夫ですよ。感知用の呪符を要所に張っておいたので、何かあればそこにすぐに駆けつけられるようになっていますから」
「そう…………」
望みは復讐だが、少なくとも自らの身を守るすべを持たない今はまだその時ではないからと、当初よりは大分消極的な考えを持つようになったあずさだが、それでも戦う前の緊張感は拭い去ることができていない。
やはり、呪いが疼くのだ。
行水から戻ってきたときほどではないものの、これまでにも何かしらのささいな厄介ごとが訪れる直前になれば、その前兆であるかのように疼いてきた。
今回もそれと同じ程度の疼きだ。おそらくは、なにかが起こると考えていいだろう。
定刻なので巡回に行ってまいります、と短く告げ、部屋から出ていく瞳を見送ると、あずさは瞳から貰い受けた呪符やお守り、その他術の触媒として一般的な品物を使って、新しいマジックアイテムの製作に乗り出した。
なんとかして、少しでも早く妖気への防護策を見出さなくてはという思いがあるからである。
無論、戸締りはきちんとしてある。
(ここを……こうして、ここをこうする……)
魔法理力を用いたマジックアイテムの構築は、割と難しい作業である。
あずさがあずさではなく、『彼女達』の原初である『勇者』だったころ、魔王を打ち倒し呪いを受け、その後の生活で必要に駆られて身に付けた力だったが、受け継いでいる記憶からするに、マジックアイテム呼べるようなものを作れるまで相当な苦労をしたようだ。
結局、最終的に満足な効果を発揮するものができたのは地球に帰還してからのことだったという記憶があるが。
(うん……? この場所は……こっちのほうが効力は上がるかな……)
今あずさが作っているマジックアイテムは、その時の経験をもとにしたもので、彼女が現在認知している時点ではおそらくこの世界の誰もが再現できないだろう製法だ。
もっとも、巫覡退魔師などそれらしい力を持つ彼ら彼女らであれば、霊能力で再現できてしまってもおかしくはないだろうが。魔法理力でも妖怪たちにある程度太刀打ちできる理由も、そのあたりの互換性にあると言っていいだろう。
そしていくらか時間が経ったのち、マジックアイテムができたのだろう。ふっと触媒となりうる物品から意識を外し、満足のいくマジックアイテムが出来上がったと、形こそ変わりないとはいえ群青色から紅色に変化した勾玉の髪飾りの出来栄えをながめる。
そんな彼女に、奇襲を仕掛け、もとい突然話しかける一人の女性が。
「今のはなにをしていたのですか?」
「ひゃっ!? だ、誰……って、あなたは……」
「こんばんは、さっきぶりですね」
奇襲を仕掛けた女性とは瞳の先輩であり上司でもあるという巫覡退魔師こと葵衣だった。
昼間もこんなことがあったような、と軽い既視感に苛まれるが、この人の性格なのだろうと割り切って早々に諦めることにした。
でないときりがなさそうだとあずさの直感がそう告げている。
「また、あなたはいきなり……」
「またとは失礼ですね。今回も、きちんと呼び鈴は鳴らしましたよ?」
「今回は私も施錠を確認したはずなんだけど?」
「何とも予想のつかない、得体のしれない力を感じれば警戒するのは当たり前でしょう? 特に今は油断できませんからね」
「……あくまで正当性はあると」
「不満があるならばこれを」
そう言って、部屋に無断で突入してきた巫覡退魔師――葵衣が懐から取り出したのは、どうやらこの保護施設の約款のようである。
この部分をご覧くださいといわれてみてみればなるほど、『異能の力が感じられ、これが不審なものと判断された場合には、施設警備にあたっている退魔師またはこれに準ずる人員が確認のため部屋に入ることができる』とあった。
おそらくは何かしらの手段により、鍵を開錠したのだろう。
「はぁ……たちが悪い……」
「よく言わるのですが……どの辺がたち悪いのでしょう。皆目見当がつきません」
「…………もういいや。それで、一応ここは大丈夫なんだけど?」
「それは確認できましたから大丈夫ですよ。まぁ、できたらでいいので、何をしていたのか教えてもらえないかなぁ、とは思っていますが」
「生まれつきの力。魔法理力って呼んでる」
「……やけにあっさりと教えてくれましたね」
「黙っているほどのことでもないから。それに、あなたには使えない」
魔法理力を扱うにはそれに適合した魔力が必要だ。魔力があっても、それが魔法理力というフォーマットに適さないものであれば使えない。そして、その潜在許容量や一日当たりの増加は個人によって異なる。それにここは地球であって、魔法理力の使い方を学んだ異世界ではない。
『あずさ達』の原初である勇者が召喚された異世界では、生物であればその魔法理力に使われる魔力が多かれ少なかれ必ず存在していた。しかし、あずさの周辺で知り得る限り、絶対量を問わずとも魔力を持つ人は皆無だったので、おそらくはあずさ以外に適性者はいないか、いたとしてもごくごく限られた人しか使えないだろうと考えている。
葵衣にしてもその例にこぼれてはいない。魔力許容量そのものを持っておらず、魔力というエネルギーは作られていない。魔力そのものに対する適性がない証拠だろう。
異世界や前世の記憶云々をぼかし、それらのことを説明すると、葵衣は興味深いといわんばかりにふんふんとうなずいた。
「あっさりいう割にそこは断言しますね。でも……その口ぶりだと他に使えるような人はいると……? それといったいどんな力なんでしょう……」
「いるかもわからない。だからその問いには答えられない。それと、この力は汎用性が高い。おおよそ本人ができると思っている限り、使う魔力にもよるけどできないことはない」
「それさらっと言っていますが、その力を持ていること自体、いろいろな意味で凄いことですよね?」
「…………わかるの?」
驚くこともなく、むしろどこか感心するようにそう評価する葵衣に対し、短くそう問いかけるあずさ。
自慢や誇張しているのではない。そのとてつもなく凄い力の裏に孕んでいる危険。それも含めて分かっているのかと問いかけているのである。
言い方こそきつくはないものの、悪い言い方をすれば『お前に何がわかる』と言っているのと同じである。が、『わかっているのか』と聞いてみたくなってしまうほど、葵衣のその表情には『すべて』に対する関心の意が表れていた。
実際、彼女はそれをわきまえてあずさに感心していたようだ。
「うーん……少なくとも、私はわかっているつもりですよ? 強い力には必ずそれ相応の代償やリスクってものが付きまとうものですからね。特に今のあなたにとっては……妖気に呑まれたりしたら、それこそとんでもない事態になりかねません」
「ん……とても大変。でも、今は少なくとも、鈴森さんが見ていてくれてるから」
言いたいこととは違う言葉が返ってきたものの、確かにそれもその通りなのでとりあえずは肯定しておくあずさ。
しかしながら、あずさにとってつらいのはそのことではなく、その力があくまでも『呪い』の副産物的なものでしかないからだ。
つまり、何をどうしようともそれらの『チカラ』では呪いに打ち勝てない。そして、『呪い』は彼女自身の経験を糧に成長し、新たに身に付けた力に対しても『耐性』を持ってしまう。
ゆえに、どれだけ足掻こうとも最終的には新しい力を得てもそのイニシアチブは『呪い』に持っていかれてしまうのが実情である。
もっとも、瞳が言うには『呪い』の根源は魔王の魂の断片らしいのだが、それに直接語りかけるなどという行為をすれば、耐性がどうのという以前の問題になるかも知れない、という淡い期待は抱いているあずさだったが。
「……そう、ですね。私も、彼女のことは信頼していますし、信用もしております」
「へぇ。……上司って聞いた。それに先輩とも。もしかして、その、鈴森さんが妖怪になりかけてた……って時に、助けたのは……?」
「あ……はい、そうですが……わかりましたか?」
てへ、と明らかに歳不相応な仕草で照れる葵衣を流し見て、何となくだがイラついたのでジト目で葵衣を睨みつける。
そうして改めて見つめてみれば、彼女はどことなくほんわかとしたような雰囲気を纏っていた。
どことなく戦闘とは程遠いイメージしかわかず、瞳が言っていたような、自意識を喪失して暴れまわっていた半妖を食い止めたというその史実とは結び付けられそうにない。
「……本当のことを言えば、あなたにはもう少し、心を開いてほしいと思っています。私は……もう、瞳みたいな娘を増やしたくはないですから……」
「…………? あぁ、鈴森さんの、過去のこと……彼女も言ってたっけ、自分とそっくりだのなんのって」
正直言えば、だからどうした、というのがあずさの言い分なのだが、はたから見ればやはり見てはいられないのだろうか、と思う。
そして、これだけははっきりとしておかねばならない。
「でも、一つ言わせてもらいたい。私は心を閉ざしてなんかいない。人と話すのが苦手なだけなの」
「……というと?」
「……なんというか……今さらだけど、もう少しほかの人とコミュニケーションとるようにしとけばよかった……」
近寄りがたい人というイメージを作るつもりが、気づけば本当にその通りになってしまっていたという事実に、あらためてため息をつく。
昨日はまだ気持ちの整理もついてなかったために、その時点から近くにいた瞳には余計に心を閉ざしているような印象を持たせてしまっていたのだろうが、一晩寝れば気持ちもいくらかは落ち着いてくる。
周りはともかく、閉ざしていた心を開いたのではなく、そもそも心を閉ざしたわけでもない。
単純に気持ちの整理がついただけなのだ。
だから、保護施設に世話になり始めて以降、あずさにとって一人目の来客者となった葵衣にそっけない対応をしてしまったことについて、自責の念を持っていた。
そして瞳が言っていたように、あまりのショックに心を閉ざしていた、かのように捉えられてしまっていたのを実際に目の当たりにしてしまい、別の意味でショックを受けてしまう。
あぁ、これまでの自分を殴ってやりたい、と。
しかしその辺の事情を知らない葵衣にとっては、わけもわからず落ち込んだようにしか見えず、首をかしげるしかない。
どう声をかけるべきか数瞬言葉を選ぶ素振りを見せた後、若干ぎこちない言葉遣いであずさに恐る恐る語りかけた。
「えぇ、と……つまり、なんといいしょうか……昼間やけにそっけなかったのは……あれは、素からしてそうだったのですか?」
「…………うん。まぁ、素からっていうか……あまり他の人と接点を作らないようにしてたのもあって、人を寄せ付けないように振る舞ってたんだけど……」
「ああ……気が付いたらそれがいたについていたと……。しかしなんで……って、その力があれば当然ですね……」
普通ではない力、それもあずさの持つ汎用性の高い力は認知されればたちどころに注目の的となるだろう。
あずさのそれは少し過激な考えだが、なるほど目立たないように行動するのは一つの手段かもしれない、と一つうなずく葵衣。
「すると、あれですか……あなたはもしかしなくても、誰とも自分で敷いた一線を越えた付き合いはしたくない、と」
「……心の中を読んだみたいな言い方をどうもありがとう」
繰り返しにはなるが実際のところ、葵衣に対しても気のおける知り合い程度の間柄にはなりたいと思っていたところだ。
コミュニケーション力の不足でそれどころではなくなってしまった昼間だったが、今回は相手が言葉のキャッチボールを継続させられるような話題を振ってくれたおかげで、割と長く会話が成り立っている。
もとより近寄りがたくそっけないキャラを作っていただけであり、話すこと自体は苦痛に思っていないため、自分の持ちネタに合致する話さえ振られれば問題なく話せるのだ。
――持ちネタがない話だと、あっという間に昼間のようなそっけない終わり方になってしまう上、肝心の持ちネタがものすごく特異な物しかないというのがその悩ましさの種なのだが。
「う~ん……確かに、振り返ってみれば今回は自然と話が組み上がっていたような気がしますが……」
「ん。私も話してて楽しくはあった。私にとっては結構貴重な体験」
「うわぁ……何気に悲惨ですよそれ……もっと流行りを知った方がよろしいかと」
「うん。かなり大きい悩みの種」
もともと今のキャラ作りも、呪いのことがなければする必要がなかったことだ。だが、確実に不幸になる呪いとわかっていたからこそ、幸せになるその道をとることを拒んでしまった。
ありていに言えば自業自得な話なのだが、だからといってそれに手を伸ばせるほど、あずさの精神もまた強くはなかったのだ。
結果的に、仇討ちを強く誓う程度には壊れかけてしまったが。
「ま、あなたは若いのですから、十分お悩みくだ、さい!」
「あぅっ!? 痛い……」
「あ、申し訳ありません。強く打ち過ぎました……。では、私はこれくらいでお暇するとしますか」
「ん。今度はもう少し穏やかに入って来てくれるとありがたい」
「かしこまりました。あなたももう少し周りに気を配れるようにしてください。でないと、不審者にも対応が遅れます。では、私は戻りますから、何かあったらすぐに警備室に駆け込むようにしてください」
「わかった……」
当たり前のことをいさめられ、頭が上がらない人だと思いながら葵衣を見送るあずさだった。




