エピローグ。
【☆2015年、春☆ 柊なゆた】
春の日の夜。数日後に高校入学を控えた私は母親に頼まれていたゴミ捨てに暗い夜道を歩き出した。
昨夜、押入れから引っ張り出した絵日記。幼い頃、リボンのお姉ちゃんから貰った1冊の絵本。それに描かれた出逢いを、自分と同じ名前の主人公が交わした素敵な出逢いを夢みて、湯船で火照った体をそのままに星の下へと足を進めた。
手に取った絵日記には、
1人の女の子と、彼女に出会った幾つもの人々のお話が描かれている。友情や、愛や、正義、そんな人間の感情が織り成す時空を超えた絆、そして“家族”のお話。
『なゆた』。自分と同じ名前の少女が送った、短い春の日の、でも花火のような華やかな物語だ。
空には眩い星空が広がっている。
日が巡り新しい時間が始まった。私はこの新しく始まった世界で星の下を駆けていた。
タヌキ色のコートを羽織り躓きそうになりながらも走る。
何故だろう。――この胸が高鳴る。鼓動が胸を圧迫する。
空では烏がのん気に鳴いていた。黒い子猫が自分の足へ甘えすがっていた。
私は街灯の光射すそのゴミ捨て場へ1歩、確かめるように近づいていく。
「なゆちゃ~~ん。お母さん、アルバイト終わったよぉ~~♪ 一緒に帰りましょう~~♪」
後方から、新聞配達の仕事を終えた母がぱたぱたと駆け寄ってくる。
「――何で雪姉が付き合わないといけないんだ? あのちびに?」
「そのちびを最後まで止めたのは誰よ? 『僕のところに居ろ! いつか僕が親父以上になるから! それ以前にあんな女より僕の方がいいだろ?』だっけ?」
「て、てめぇが何でそれを知ってるんだよっ!」
ゴミ捨て場前の公園で私と同い年くらいの男女が口喧嘩追いかけあっている。お母さんは「かわいいねぇ。」って頬に手を添え見惚れていた。公園の2人に未練を残す母の手を引き、あらためてゴミ捨て場を前にした。
【拾ってください】
私の体より二回りは大きい青の容器の下へそんなプレートが立て掛けられている。
微かに声が聞こえる。鳴き声があるならお友達となる子は1匹ではなく複数の可能性の方が高い。私は新しい出会いに胸を高鳴らせ、その蓋へ手を掛けた。
「猫と出るか。犬と出るか?」
私の腕が蒼い扉を開け放つ。
「お出でませっ!」
そこから覗いたものに、目を奪われた。手から絵日記を取り落とす。
《四月○日。晴れ》
《今日、なゆちゃんはゴミ捨て場で なんと、とんでもないお宝を発見したのだ!
それはね! ――》
ゴミ箱の中で、可愛い犬耳を付けた女の子と、長い黒髪の女性が私を見ていた。
「ボクを、」
「私のこと、」
「「拾ってくだしゃいますか?」」
私の足は震えていた。この出会いを、
「モカちゃん?」
私は幼い頃から待っていた。
「雪、……さん?」
この出逢いに全てが始まる前から、……憧れていた。
――私は“あの”春の日の全てを覚えていた!
私たちの前で絵日記のタイトルが輝いている。
《柊なゆたと、マァサの日々》
泣き出す私とモカちゃん、雪さん、3人全てを認め包みこむように、
――絵日記の中の笑顔たちは星空に微笑んでいた。
【犬っ子モカと、ナユタの日々・完】