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闇。蝕む時。

【2037年? 春。ブラックダド】




 真紅の狩人と初めて交戦した日から3年後。今、季節とそして日付が替わろうとしている。

 導きの園に辿り着いた私は、部下と分かれ建物の影へ身を潜めた。やがて、ここを攻略する為に部下(家族)が園の連中と交戦をする。それまで5分、いやそれ以下かもしれない。


 ――視界の先で激しい爆風が起こる。想定より遥かに早い。時間にして12秒。


「用意はいいかい、王留おーる


【イエス。任セテ】


 己が契約した神器の精霊。皇器こうき『王留』で、しばし全ての時を支配、固定化する。彼の力でどれだけ時間を止めていられるか、多分に賭けの要素を含みながらも行動に移す。


「レディ、」


 私の呟きに煌きで以って王留は応えた。


【GO!】


 入口を囲う庭園の中、宙で動きを止める桜の若葉。頭上の星明かりのもと、虫をついばむ雀を前に、園の大地を駆け抜ける。木々の梢の下を、雛菊の花壇を飛び越え、園の入口先、


 ……踊り場を抜けた時、空気は熱を伴い動き始める。

 体内時計で10秒きっかり。――私は1つ目の賭けに勝利した。

 時間の概念が全く無いわけではないが、定まった時の流れを持たないこの園内では、やはり、己の身体こそが何よりも精確な時計となる。監視装置から外れた場で鏡のように磨かれたパネルを前にした。穏やかに息を吐き、無線にて部下へ命令を下す。


「30秒なんとしても生き残ってくれ。その後『フリーシーシステム』を展開、後に待機」


『了解!』


 フリーシーシステム。それは、己が家族、レッドボーイが“狩人”と交戦したことで入手したもの。紅狗フリーシーが時を止める際に出す影響波を模したものだ。私はこれに、ちょっとした仕事をしてもらう。


 通信の電源を落とす。後30秒でけりをつけなければならない。

 目の前、映し出される己の外的容姿を確認、私は改めて実感した。忙しくも満足そうにパネルの中で“誰か”が微笑んでいる。

 機敏に館内へ歩を進め、目的である一室のセキュリティパスに手のひらを掲げる。本人認証端末に己の瞳を映しこむ。


『網膜、指紋情報をルーク・バンデット本人と確認しました。どうぞ』


 ……嘆息。思わず呆れてしまう。

 ビンセット・シュガー。ノアの主導者だった男から奪った技術に。

 開け放つ扉の先から生活臭が吐き出される。目的たる室内へ私は慎重に、かつ大胆に歩を進める。

 一歩。入り口から更に一歩。闇に誘われるよう歩む。隅に在る木製のベッドへ近づいていく。ベッドには夢の深淵へ誘われている白髪初老の男。

 それに近づく己の姿もまた、初老のもの。


 自分達2人に共通するものは、紛う事無く――全て、だ。

 深く眠るルークと同じ顔で私はその袂に立った。残り20秒。

 懐から小ビンを取り出し蓋を外す。その中身を細い針へと吸い込ませる。残り14秒。


「……すまない、ね」


 深く眠るルークの腕を取り、その血流に緑の原色を注ぎ込む。

 ――不自然な躍動でルークの身体がビクリと強張る。その後、激しい痙攣、言葉無き呻きを発する。

 部屋に設置された時計の秒針がルークの最期を静かにカウントしていた。

 枕元の灯りそこで輝く鏡に、眼球を見開くルークとは別にもう1人。誰の眼からも間違えようの無い、ルーク・バンデットの柔和で優しげな笑みが映えている。




※※※




 それは数刻前の事。



 落ちる夕日を頬に映すガールと並んで、私は支配した海辺に立っていた。


「ダド。また空なんか見てるの? ダドってそんなに夕焼けが好きだったわけ?」


 ガールの言葉に笑って応える。

 彼女の肩へそっと手を置き、情けなくも覇気の無い表情を浮かべてしまった。


 思い出していたのはかつての時間、幾つもの郷愁。

 母に買ってもらった値引きされた玩具。

 兄と争い奪いあった夕食の残り。

 あの日家族と並んで見上げた、黄昏の陽に落ちて行く崩れるようなぼやけた赤だ。




 ブラックダド。

 私の少年時代はお世辞にも豊かなものとはいえなかった。

 母が裏仕事で稼いできたお金で買ったラジコンカーを兄弟で譲り合い、夢中で遊んだ。……父というものは私の記憶には無い。

 私は生きる為に、生活を少しでも豊かにする為に、高い学歴を求めた。

 日が瞬いている間は、働き本を片手に学び、夜は強張った腕を持ち上げ、再び働いた。

 私の記憶には、ただ文字の羅列と呆れる程流した汗の感覚だけが刻まれている。

 そして、……母の、兄の、妹の貧しいながらも幸せな笑顔を覚えている……。

 そんな私はある意味報われたのか。国の援助で大学へ通った。数年後、恩師の薦めで1つの孤島の管理を任された。

 私は、父親という存在に物心ついた頃から憧れていた。私はその孤島で恋に落ち、1人の娘を授かることになる。


 “シュークレン・バッハ”。今は無き私の父親としての名だ。


 私は父として、妻、“沙羅・バッハ”、栗色の髪が愛おしい、“マァサ・バッハ”と共に穏やかな日々を過ごした。

 竿を片手に叫んだ。


『大物だよ! 沙羅! マァサ!』


 大地を耕し、


『いい出来だね、今日は野菜サラダでいいかな! どうだい!』


 苦笑する妻と、乳を求める娘を見つめて笑った。

 それはたった3人の大きな世界。私の望んだ、父の幸せだった。


 ――しかし、神は私が幸せになることを許さなかった。

 本土に残した母達家族は、卑しい隣人の手によってこの世を去った。土地の権利が原因だったらしい。

 ――愛する妻と愛娘は、私の誕生日を祝うため出掛けた先、孤島から海を渡る最中に消息を絶った。それは一国家が隠匿するほどの異常気象による為と云われている。

 当時の私には詳細を知る術が無かった。全て、故郷たる本土の政治家によってもみ消されていたからだ。そしてそれがその本土による政治的な策略、隣国の要人、その暗殺が目的で起こったことだと知ったのはその数年後の事だ……。


 全てはひび割れた過去。

 私が取り戻したかったのは、在りし日の家族の姿、ささやかな幸せだけだった。

 ――その数年後。私は本土と海洋利権を巡って争い、孤島に住む人々の生活を賭けて論争をしていた。その頃だ、3人の子供たちを養子にしたのは。


 それは全て海辺で拾われたという身元不明の子供たち。

 長い髪が印象的だった黒髪の女の子と、

 痩せっぽちで生意気、それでも生きることに必死だった赤髪の男の子。

 そして、あの子に良く似た栗色の髪、円らな瞳の女の子だった。


 沈む夕陽を横目に見ながら私は栗色の髪の少女へ話しかけた。


『私はキミの本当の父ではないけれど、ガール、私のことを“ダド”とでも呼んではくれないかい?』


と。

 栗色の髪の少女は首を傾げていた。不思議そうに瞳を瞬かせていた。


「『ガール』。それって、あたしの名前?」


『キミ』。その意味で使った単語を、彼女は自分の新しい名前だと喜んでいたのだ。予想外の反応だった。

 脇で見守る赤髪の男の子が、


「なら俺は『ボーイ』?」


 首を傾げつつも私へ問いかける。

 少女と少年の横で、最後に残った黒髪の少女が悩んでいた。


「わ、私は、……、」


 亡き妻に似た黒髪の少女へ私は半ば冗談でこう話しかけた。


「なら、君は『マム』! なんてどうだい。……やはりおかしいかな?」


 笑う私を前に、黒髪の少女は身を縮こませ頬を染めていた。


 ――その日、私に新しい家族が出来た。血は繋がっていないけれど守るべきものが出来た。気が狂いそうなほど嬉しかった! 全てが満たされた想いがした。

 その夜。海辺に佇む私たち4人の前へ、大地を震わせやって来たものが在った。自らを『王留』と名乗る獅子。一振りの刃へ姿を変える、意思持つ力だ。


 それが、“最も強き意志もつ者へ力もたらすもの”皇器『王留』と、私、『ダド』の出会いだった。




 それから私は己の新しい家族の為にどんなことでも行った。家族を守る為に。自分の故郷たる本土を貧しい民を味方につけて奪い取った。守るために奪った。

 もう、二度と失いたく無かった。

 他人は信じなかった。ことごとく利用した。新しい家族の才能で多額の財と、新しい国が産まれていった。

 新しい国でも私は『ダド』と名乗った。そして国民を自分の家族と位置づけた。

 幾多の国を奪い幾万の人を騙した。奪い取った国で、そこに住む多くの家族を前にした。新しい家族、彼らの死もまた幾度も目にした。彼らの為に色々なものを殺めた。ただ彼らには幸せになって貰いたい。それだけだった。

 しかし誰も、私を『父』とは呼ばない。微笑みかけることはなかった。

 それでも私は家族の為に、大きな家を守る為に、隣人を貶め続けた。




 ――もはや私に名前など無い。残ったのはダドという呼称だけだ。

 3人の家族と出会って数年。家族の数は、今や数十億にまで膨れ上がっている。

 私は赤い海を見下ろし大事な娘に語りかける。

 今は居ない我が子、彼女ではないけれど、それでも何も持たない私の前であの日娘になってくれた少女へ私は言った。


「……こんな父で良かったのかな? 私はキミ達を幸せに出来たのだろうか……、」


 落ち往く日を見下ろして娘が答えてくれる。私の前では必ず髪の色を元に戻してくれている、金に変わってしまった髪を私の前では必ず元の栗色に戻してくれる、そんな彼女が言ってくれた。


「い~んじゃない? ど~でも。少なくともガールはね、毎日が、ダドと一緒の毎日が、……楽しいよ。」




※※※




 暗闇に包まれる部屋の中で数刻前に見た海を思い出す。私はそっと目を伏せる。

 もうすぐ全ては、全ての世界は己の『家族』へと替わる。私がたった1人の、……“父親”に成れるのだ。

 冷静に時間を計り、刻限。カウントを0とする。私は手の中のスイッチを押しつぶした。フリーシーシステムの展開に合わせ、送り込んだ家族へしかけた爆薬を起動させる。


 ルークの屍を隠し、私は事の経過を“自室”で待った。


「ルーク! こんなところに!」


 ……園の人間が駆け込んでくる。

 目の前の男の情報を整理する。

 マイク・ミーシャ、35歳。ルークのもっとも信頼する男。親族はない。一時(いっとき)前、夕食の鯖の味噌煮を喜ぶ。


「ホームホルダーがしかけてきた。しかし、だ。交戦中、彼女、彼女が来てくれたんだよ!」


 彼、マイク・ミーシャは興奮を露に、フリーシーの力を感知したことを私に告げた。


「全滅した奴らの中に将の一人、2034年におけるレッドボーイの片腕を発見した。フリーシーの剣、『ゲイボルグ』の太刀痕も確認できた。間違いない!」


 彼は「これでホームホルダーも終わりだ!」「付け入る口実が出来た!」と、私の腕を取り矢継ぎ早に捲くし立てる。


「これで、あの時代も平穏な世界に変わる!」


私を前に、嬉しそうに瞳を閉じる。私も心からの笑顔を見せる。


 小さな生餌と大きな疑似餌、喰らい付く可能性として“大物”ならどちらに喰らい付くか?

 結果として、私は釣り上げた。判断すべきはそれだけ。




 闇夜の一室でマイクと二人、私は喜び笑いあった。お互いの肩を叩きあい心底幸せな笑みを浮かべて。



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