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第五話

 なぜ、こんなところにいるのだろう。

 陽の高い今は、翔太の家の屋根で寝ているはずなのに。

 アップテンポの曲が流れるデパートの電化製品コーナー。

「お、これいいな。小さいし、持ち運びラクそう。キミはどう思う?」

「何でもいいわ。早く終わらせてくれる?」

 色とりどりのヘッドホンを見ながら、輝音かぐねは小さく欠伸をした。

「あれ? もしかして眠いの?」

「……誰のせいだと思っているのよ……」

 彼女にとっては、どのヘッドホンも同じにしか見えない。重低音も、高音質も、超軽量も、彼女には何がどう違うのか分からなかった。

「お子ちゃまだなぁ。まだ十時だぜ?」

「私たちにとっては、もう十時でしょ」

 はぁ、とため息を吐く。

 自分という付き添いの、何と無意味なことか。

 ついてきた意味はあるのか。

 どれでもいいから、早く選んで、さっさと買って、とっとと帰りたい。

「そうだ。キミはどれがいいと思う? せっかくだし、キミが選んでくれたものを買って行こうかな」

「はぁ?」

 何を言い出すのかと思えば。

 さも、いいことを思いついたという満面の笑顔で紅刻あかときは、彼女の背中を押した。

「選ぶって、どれも一緒じゃない」

「いいから、いいから」

 輝音は再度ため息を吐く。

 だから、どれも一緒だと言っているのに。

 改めてヘッドホンに目を向ける。

 大きなヘッドホン、コンパクトなイヤホン。色も白や黒などのモノトーンから、赤や青、黄色などのカラフルなものまであった。

 その中の一つに、彼女は目を止める。

「私が選んだものを買うの?」

 紅刻が「そのつもりだよ」と答えたのを確認して、彼女はそれを手に取った。いくつか色のバリエーションはあったが、そこから赤と黒のものを選ぶ。

「だったら、これにしなさい」

 そのヘッドホンは、純羽(しろはね)が壊したヘッドホンより大きく重量がある。

 宣伝には、「音漏れしたくない人のための!」と書かれている。

 もちろん、彼女が目をつけたのは、百パーセントそれが理由だ。

「…………何よ。文句があるならはっきり言いなさい」

「……うーん、そうだなぁ」

 彼女の手から商品を取り、ディスプレイされている同じヘッドホンを見る。

「もちろん、これにするよ」

 にっこり、と笑う紅刻をみてホッとした。だが。

「どんなにデザインがダサくても、せっかくキミが選んでくれたんだもんね」

 ピシッと、彼女の表情が固まる。

 確かに、彼の持っていたヘッドホンほどデザイン性はない。

 けれど、自分はデザインではなく性能で選んだのだ。そんな風に言っては、まるで自分にセンスがないみたいではないか。

「さ、これを持って帰ろう」

 商品を持ったまま外へ出ようとする紅刻を、彼女は無言でレジへ引っ張った。

 触れればそれも見えなくなるが、機械は反応する。最近はどの店でも防犯ブザーがつきものだ。誰も通っていないはずなのに防犯ブザーが鳴る。出てしまえば関係ないだろうが、関係ないからといってやっていいというわけではない。

 当然のように帰ろうとしたところを見て、いつものことなのだろう。その度に慌てて店員が駆けつけるが、そこには誰もおらず、防犯カメラにも映っていない、という事態が目に浮かぶようだ。

 人に見えるように意識して姿を現し、二人はレジへ向かった。

 営業スマイルを浮かべた女性店員が商品を受け取り、レジの液晶画面に値段が打ち出される。それなりに値の張るものだが、彼は特に気にした様子もない。

 彼女たちが通う学校は、通うだけで人間たちが使う「お金」が貰えるのだ。それを目当てに通う妖も少なくない。

 ちゃんと持っているのだから、お金を払って買えばいいのに。

 金額を読み上げた店員の前に、彼はおもむろに財布からお金を取り出し、トレーの上にそれを乗せ――ようとした。が、彼女は彼の太い手首を掴んでそれを止めた。

「いかがしました?」

 訝しそうに彼女に声を掛ける店員に、彼女はあえて微笑んで見せる。それに彼が一瞬眉を寄せたのには誰も気がつかなかった。

「いえ……おいくらでしたか?」

 店員が笑顔でもう一度金額を読み上げ、彼女は財布を取り出してお金を支払う。

 外へ出ると、突き抜けるような晴天が出迎えてくれた。夏のジリジリとした太陽が恨めしい。朝は人間の、夜は妖の時間とはよく言ったものだ。

「まさか、買ってくれるなんて思わなかったな」

「あなた、偽物を出そうとしたでしょう?」

「正解。よく分かったね」

 分からないわけがない。

 彼はポケットから先ほど出したお金を取り出し、はらはらと落としていく。風に靡くおさつが、瞬きの間に木の葉に変わった。

「そんなにお金を使いたくないの?」

「そうじゃないけどさ。こういうのって、本当に必要なときのために残しておいた方がいいじゃん? 少なくとも、必要ないときに使っても仕方ないよ。これだって、使わなくても手に入れられるんだし」

 そう言って彼は、ビニール袋に入れられたヘッドホンを示す。

 姿さえ見られなければ、咎められることはない。そもそも、妖の存在を認めない人間の世界において、彼らの犯罪が裁かれることはない。

「それに、人間がオレたちの世界をかえりみないのに、オレたちが人間の世界のルールを守る必要はないでしょ?」

「どうして、人間が私たちの世界を顧みないと思うの?」

「そりゃあ……」

 言いながら、紅刻は喫茶店に入る。それに輝音も続いた。もちろん、姿は見えるようにしてある。見えなければ、店員は何も運んできてくれないのだから当然ではあるが。

「最近は、どこもかしこも住みにくくなったってぼやいてるヤツ、結構いるよ? キミの仲間も、昔に比べて数が減ってきてるし。それってつまり、そういうことだろ?」

 付喪神つくもがみは、長年愛されたことで魂を得る妖。その数が減っているということは、物の価値が人間の中で下がっているということだ。

「だから何? それは私たちの都合であって、人間が困ることでもないのだから、当然でしょう。それに、人間は私たちの存在を知らないのよ? 存在しないものに気を遣うなんて、そんなの無理だわ」

 セットで頼んだコーヒーとショートケーキが運ばれ、彼女は香ばしい香りを放つそれを一口飲む。コーヒーの苦さが、彼女の眠気を吹き飛ばした。今日は授業をサボって、どこかで寝ていた方がいいかもしれない。

「随分と、人間の肩を持つんだね? そんなに彼らが好きかい?」

 同じコーヒーを飲みながら、彼の瞳が怪しく光る。口は弧を描いて笑んでいるのに、目元は少しも笑っていない。

「何を言っているの? 好きではないわ。大嫌いよ、人間なんて」

 嫌いだ、大嫌いだ。自分は人間が嫌いだ。

 何年も、何十年も、何百年も、彼女はそう自分に言い聞かせていた。

「買い物にはつき合ったわ。もう帰るわよ」

 ガタッと輝音は乱暴に席を立ち、伝票を持ってレジへ向かった。

 これ以上この話を続けるのはよくないと思った。自分の知りたくないものを暴かれてしまいそうな気がして。

 振り返ると、自分の残した食べかけのショートケーキを、彼が手を伸ばしてそのケーキをフォークで刺していた。

「まだ食べていたの?」

「残すのはもったいない、だろ?」

 口元についた白いクリームを舐める姿は、見る者が見れば色っぽいと感じるのだろう。

 その仕草に、輝音も一瞬見惚れてしまう。

 本当に、顔だけはいいのよね。

 社交的というのかどうか分からないが、学校内でも顔が広いようだ。少し危ない雰囲気が女性の心を惹きつけるようで、かなりモテるのだと聞いたこともある。

 容姿の整った妖は珍しくない。彼女自身、人目を引く容姿であることは自覚しているが、妖の世界では凡庸だ。正直、彼がなぜここまで自分にこだわるのか理解できなかった。

「食べたのならいいでしょ。今からでも寝たいのよ」

 時間を確認すると、時計は十六時を過ぎていた。

 本当なら、朝の間眠って、十八時くらいから起き出して自由に時間を過ごし、二十四時に学校へ行き、普通より短い学校の授業を受けて、朝の六時に帰る。学校へ通う妖の大まかな一日の予定はこんなものだ。彼女には風紀委員の仕事があるから、二十三時には学校へ行っているし、寝ている時間も他の妖より長いが。

「そう? ま、オレとしては満足だよ。デートも充分楽しめたし」

 自分は楽しくなかった。そう言ってやろうと思ったが、本当に嬉しそうに語る彼の顔を見ていると、何も言えなかった。

 彼の気持ちに応えられないことへの、罪悪感。

 こんなものを感じる義理はない。なぜなら、気持ちに応えられない原因は、紅刻にあるのだから。

 そこで、ふと疑問に思う。

 それがなければ、自分は彼の気持ちに応えるのか?

 そんなとりとめのないことを考えていると、紅刻は輝音の手から伝票を奪った。

「ここは奢るよ。つき合ってくれたお礼」

 しかし、レジで財布を出した彼の手を彼女が再び止めることになったのは、言うまでもない。

次回、舞台は再び学校へ。

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