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第三話

毎週土日での更新を心掛けるつもりが、さっそく一日遅れてしまいました。

申し訳ありません。

 夜の冷たい風に輝音の髪が靡く。なのに、彼女の髪に結わえられた鈴は全く音色を奏でない。それもそのはず。彼女の鈴は必要なときにだけ鳴るのだ。

 例えば、彼女に害意を持つ者が近づいたとき。例えば、彼女の望まない人物が近づいたとき。

 淡い緑色の外壁と暗い茶色の屋根。それなりに広い庭には、夏の花や夏野菜など季節に合った植物が彩り、この家の住人のセンスの良さが窺える。

 しかし今はそれも、薄暗い夜の中では華やかさの欠片も演出してはくれない。

 彼女は屋根に腰を掛けたまま、膝を抱える。

 山の端が白み始め、夜明けが訪れようとする景色を見ながら、輝音(かぐね)は眠気に目を細めた。

 ……この町も、様変わりした。

 この町に来たのは、今から二年前。二百年ほど離れていたが、彼女はもともとこの町に住んでいた。今、輝音が座っている、この場所に。

 付喪神(つくもがみ)。それが輝音の正体。

 道具が作られて百年経つと魂を得る、と言われる。それが付喪神だ。正確に言うなら、人間によって作られ、人間によって生み出され、人間の願いにより妖から神になった。妖でありながら神であり、神でありながら妖である、中途半端な存在。

 小さな神社だった。神格化され、祀られていた。それが嫌になって逃げ出した。そのまま無為に時間を過ごして、いつの間にか二百年が経ち、町に戻ってみると。


 ――――神社など、そこには存在しなかった。


 ぼんやりしているだけで時間が過ぎていく。そのことが実にありがたかった。

 薄暗かった空は段々と青く澄み渡り、彼女のいる家の玄関が開かれ、「いってきまーす」と幼い少年の元気な声が聞こえた。

 それに合わせて、輝音は地面へ飛び降りると、低い玄関アプローチから少年が出て来る。

 切り揃えられた前髪の下、大きな瞳が、常人には見えないはずの輝音を捉えた。

 そして。

「輝音ねぇちゃん、おはよう!」

「……おはよう」

 無邪気に駆け寄る少年に、彼女は小さく応じた。

 少年の名は翔太。この家の一人息子であり、かつて彼女が祀られていた神社の宮司をしていた人間の末裔だった。

 それもどういうわけか、この少年は彼女たち人間ではない者を見て捉えるだけの霊力の持っている。

「そうだ、ねぇちゃん。これ。母さんが焼いてくれたんだ」

 小さな身体には些か大きな黒いランドセルを下ろした翔太は、そこから小さな袋を取り出した。中身は、教科書に押されて砕けたクッキー。

「…………」

「………………ありがとう」

 クッキーの無惨な姿に落ち込む少年の手から、彼女はクッキーの袋を受け取る。

 翔太と会うのは、朝のこの時間だけ。普通の人間とは逆の生活をしている彼女は、眠りに就く前に、翔太を学校まで送り届ける。

 パクパク、と程よく甘い粉クッキーを二人で食べていると、少年は彼女を見上げて口を開いた。

「ねぇちゃん、そろそろ教えてよ。ねぇちゃんは、どこの学校に通ってるの?」

「ろくでもない学校よ。変な奴しかいないわ」

 翔太は、彼女が妖であるのとを知らない。自分を小学校へ送った後は、自身も学校へ行っているものだと思っているのだった。

 そんな少年に、山の中にある妖だらけの学校へ通っていると言えるはずもない。そもそも、不用意に怖がらせないよう、彼女は意図的に正体を隠しているのだ。

「早く大人になりたいなぁ。そしたらぼくが、ねぇちゃんを守ってあげるのに」

「何それ?」

 少年の可愛い発言に目をパチクリとさせた輝音は、そのまま声を立てて笑った。

 こんなに笑ったのはどれくらいぶりだっただろう。

 ひとしきり笑って、彼女は目尻の涙を軽く拭い、自分よりもずっと低い少年に目を向ける。

「あなたに守ってもらうほど、弱くはないわ」

 むぅ、と膨れる翔太を遅刻しないように促し、二人は余裕を持って少年の手から通う小学校の校門の近くまで着いた。

 彼女が送るのはここまで。

 あまり人目につくと、自分が翔太以外に見えていないことがばれてしまう。普通の人間によって見えるように顕現することも可能だが、ただでさえ目立つこの外見で、人間の印象に残るのは避けたかった。

「翔太。アレ、持ってる?」

「うん。ねぇちゃんにもらった、ぼくの宝物だもん」

 アレ、と言われて、少年は右手首につけた鈴を見せた。

 ちりん、と音が鳴ることはない。歩いている間も、少しの音を奏でることをしなかった。

 輝音の鈴と、同じように。

「言われた通り、ずっとつけてるよ。お風呂のときも、寝るときも。これ持ってるとね、いつも輝音ねぇちゃんと一緒にいるような気がするんだ」

 不思議だよね、とはにかんだように笑う翔太に、彼女は「そう」と曖昧に返事をしながら微笑ましげに優しく笑む。

 一緒に、か……。

 それもそうかもしれない。少年の持っている鈴は、彼女の力を宿した輝音の分身だ。

「じゃあ、いってきます。また明日」

「……いってらっしゃい」

 鈴を持っているなら、大丈夫。翔太が山に入ることはない。なぜならあの鈴は、持ち主を災いとなるものから遠ざけるお守りだから。神聖な神の力とはいえ、持ち主に害となるなら災いだ。

 本来なら学校に持っていっていいものではないだろうが、あの鈴は普通の人間には視認できない。幸いと言っていいのか分からないが、翔太自身もまだそのことを不思議に思っている様子はない。

 そこへ、鳴らないはずの彼女の髪に結われた鈴が、ちりんと音を立てた。

 一瞬遅れて殺気を感じた輝音が、近くの一軒家の屋根を見上げると、赤い髪を揺らす長身の青年と目が合う。

 口元に笑みを浮かべる彼の目は全く笑っておらず、彼女は今すぐにでも逃げ出したい衝動に駆られながらも、真っ直ぐその青年を見据えた。


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