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第二話

「……こうして、天の羽衣を着たかぐや姫は天に帰って行った。そのときに彼女が詠んだ和歌(うた)が――――」

 薄いフレームの眼鏡を掛けた、取り立てて何の特徴もない教師が、かの有名な『竹取物語』の解説をする。

 正直、輝音にはあまり興味のない話だった。学校に通っている連中も、学校生活は楽しみたいが、勉強は楽しみたくない、というのが本音だろう。

 それでも、こうして何も言わず授業を受けているのにも理由がある。

 この教師は、山の神の眷属なのだ。通称『山神先生』。複数人おり、学校の教師は養護教諭に至るまで全員がこの『山神先生』の名で通っている。皆一様に同じ顔をしているが、担当する教科によって性格はそれぞれ違う。記憶を共有しているらしく、誰に声を掛けても大抵話が通じるのでありがたい。

 彼らは山の神の目であり、耳であり、口である。

 山の神は神力の強い神であるためにその存在が大きく、不用意に姿を現せば他の妖や人間に影響を与えてしまう。そのために、自分の手足となる眷属を使うのだ。

 ちなみに、教師をするためにわざわざ教員免許を取得したり、山神先生たちに眼鏡とスーツの着用を義務付けるなど形から入る性格らしい。

 知識の全てはもちろん、人間界で得たもののようだ。普通の人間に混じって授業を受けたり、逆に授業をしてみたり、歴史に関してはそのまま見てきたことでもあるとか。山神先生が言うには、あの有名な合戦に参加し、かの有名な偉人たちとは戦友であるらしい。

 眷属を通しているとはいえ、彼らの主人である本体の山の神はそれなりに人間界を満喫しているようだ。

 そんな山の神の眷属だが、彼らはいわば山の神の分身。そして、分身とはいえ相当な力を持っている。下手に逆らえばどうなるか分からない。温和で争いを嫌う神なため殺されることはないだろうが、それなりに恐ろしい目には遭うだろう。人間の世界では肩書きが重要視されるようだが、妖の世界では力がものをいう。

 学校生活は楽しみたいが、勉強は楽しみたくない。けれど、怖い思いをするのはもっと嫌だ。

 この単純な思考回路が、生徒である妖たちの中にあった。

 もちろん、そんな恐怖とは無縁の妖もいるが。

 輝音の視線の先にいる、紅刻あかときがその一人だ。学校屈指のこの問題児は、机に足を乗せ、だらしなく椅子に座り、大ぶりなヘッドホンからは大音量の音楽が漏れている。

 どんな神経をしていればこんな態度ができるのか。輝音かぐねは不思議に思うが、別に知りたいとも思わなかった。知りたくもないが、漏れる音楽が気になって授業に集中できない。話半分にしか聞いていない授業ではあるが、音漏れしている音楽が耳障りで仕方がなかった。

 本来ならば教師が注意するべきところだが、この学校は変なところで生徒の自主性を重んじ、こうした全ての問題を生徒間で解決するようにさせていた。職務怠慢もいいところである。授業など形でしかないのだから、当然なのかもしれないが。

 教師があてにならない以上、面倒ではあるが、いい加減に何か言ってやろうか、と口を開きかけたとき、ひやりとした空気が肌を撫でる。

 紅刻の真後ろの席に座る、息を呑むほど美しい、白銀の髪の女生徒。彼女は、薄紅色の下唇を白く細い指でなぞり、その指にふぅっと軽く息を吹きかける。真白の吐息が、紅刻の無骨なヘッドホンを襲った。

 キィン、と突如音を立てて凍ったヘッドホンに驚く紅刻。しかし、畳み掛けるように彼女がパチンと指を鳴らすと、それを合図にヘッドホンは砕け、見るも無惨な姿へ変わってしまった。



 平穏という名の静けさを取り戻した教室では、何の滞りもなく授業が進められ、かぐや姫は無事に月へ帰り、帝は不死の薬を富士の火口へと捨てた。

 皆が思い思いに過ごす放課後。さっさと帰ってしまう者もいれば、いつまでも学校に残る者もいる。学校に残る生徒の大半は、町に家がなく、学校で寝起きしている生徒たちだ。

 輝音が帰り支度をしていると、他人の机だというのにお構いなく腰をかける紅刻が話しかけてきた。彼女は町に家があるわけではないが、学校には住んでいない。

「あーあ。これ、最新のヘッドホンだったのにさ。結構高かったんだぜ?」

 破壊されたヘッドホンだったものを見ながら、彼はさして惜しくもなさそうに呟く。

「私に言ったってどうにもならないわよ」

「慰めてくれないの?」

 慰めたって、ヘッドホンは戻らないだろうに。

 頬杖をついて見上げてくる紅刻を無視することを決めると、タイミング良く可愛らしい少女の声が割って入った。

「う、ウソはいけないのです、紅刻くん! そのヘッドホン、一円も払ってないじゃないですか!」

 やや舌足らずな少女の身長は低く、小学生に混じっていても違和感はないだろう。肩の下で切り揃えられ、内側にカールした茶色の髪を揺らしながらトコトコとやって来た。

「さすが、サトリのサトコちゃん。何でもお見通しだね」

 少女の言葉を、紅刻はあっさり肯定する。

 身体を起こした彼の身長は、立っている少女よりもわずかに高い。その身長差を誇示するような動作に怯みながらも口を開いた。

「わたしの名前は、サトコじゃなくて(よみ)です! わざと間違えるのは止めて下さい!」

「いいじゃん、サトコの方が分かりやすくて。なぁ? サトリのサトコちゃん?」

 詠は(さとり)という名の妖で、相手の心を読むことができる。ちなみにできるのはそれだけで、人間にとっても心を読まれる以上の害はない。

「だいたい、見えない人間の方が悪いんだぜ?」

「見えなければ何をしても許されるわけじゃありません!」

「じゃあ、返してくる? もう壊れてるけど。大きくてかさばるし、もう少し軽くてコンパクトなヤツに変えたかったんだよね」

 にやりと面白そうに詠に目をやる紅刻に、新たに冷ややかな声音が掛けられた。

「では、それも同じ末路を辿らせて差し上げますわ。わたくしの可愛い輝音の憂いを晴らせるのなら、ヘッドホンの一つや二つ、安いものではなくて?」

 完全に傍観者、というより傍聴者になりきっていた輝音は、突然後ろから抱きすくめられ、ひんやりと冷たい彼女の体温にゾッとした。首だけ振り返ると、先ほどの銀色の髪の女子生徒が、美しくも艶やかに微笑んでいる。細い身体に不釣り合いな豊満な胸が背中に押し当てられ、(いささ)か苦しかった。

 そんな彼女に、笑みを湛えたまま紅刻の瞳が剣呑に煌めく。

「あんま見せつけんなよ、雪女ちゃん。殺したくなっちゃうぜ?」

「あらあら、物騒ですこと。そういうお誘いなら、喜んで受けますわ」

 雪女。これほどメジャーな妖も珍しいだろう。吹雪の晩に現れ、出会った人間を凍らせてしまう、など怪談話には事欠かないが、総じて美しい外見をしていると言われる。

 笑顔で殺気を放つ二人に、ほとんど生徒の残っていない教室の空気がピリピリと震えた。

「紅刻くん、純羽(しろはね)ちゃん! 二人とも、ケンカはダメですよ!!」

「まぁ、詠ったら、これはケンカではありませんのよ?」

 クスクスと上品に笑いながら、胸元や腰を撫で回す純羽に、輝音はうんざりとため息を吐いた。

「……純羽、寒いわ。そろそろ離して」

「あら、つれない。そんなあなたも素敵ですわ」

 耳元で囁く彼女の冷たい息を最後に、輝音はようやく震えるような寒さから解放される。同じ冷たいでも、夜風の冷たさと純羽の放つ冷たさは大違いなのだ。

「キミもフラレたの? 可哀想に」

「あなたと一緒にしないでくれます? 凍らせますわよ」

「へぇ? 是非やってもらおうかな? できるならね」

 ビュゥ、と純羽の周りを凍えるような白い風が取り囲み、教室の空気が塗り替えられる。同時に、紅刻からは濃密な妖気が立ち昇った。

「オレ、結構強いから、簡単にやられないでね?」

「ご心配なく。あなたに遅れを取るほど弱くはありませんから」

「黒いのです、怖いのです、ドロドロです……輝音ちゃん、二人を止めて下さい」

 二人の心を読んだ詠が、助けを求めて輝音の服の裾を引いた。

 本当に、いい加減にしてほしい。

 そんなことを思いながら、詠の手をやんわりと退ける。

「……私、帰るから。後は勝手にやってくれる?」

 荷物を鞄に詰め終わった輝音ほ、殺気立つ紅刻と純羽、不安げな表情の詠を残して立ち上がった。

「では、途中までご一緒しますわ」

 コロリと、一秒前とは違う爽やかな笑顔を見せる彼女の変わり身の早さは、いつものことだった。輝音はそのことには触れず、ぶっきらぼうに口を開く。

「好きにしなさい」

 そう言い置いて、輝音は黒い髪を揺らしながら、暗い廊下へ足を踏み出した。


新たなキャラクター投入!

名前が安直なのはご愛嬌、というこで。

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