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第十五話

 空が白み始めた。夜明けだ。太陽が昇り、空は段々と青く澄んでいく。

 それなのに、ここの空気は次第に重くなっていた。明るくなっているはずなのに、ここはどんどん暗くなっていく。

 輝音(かぐね)は祭りの日に立ち寄った、廃れた神社を訪れた。それは、彼女の手の中にある蜘蛛の糸に宿った妖気を辿ってきた結果だ。

 鳥居は澱んだ朱色、狛犬の像には(ひび)が走り、神社の壁板はところどころ腐っていた。その周囲を囲むのは鬱蒼と生い茂る森。

 あの夜には気づかなかったが、かなり不気味な場所だ。正直、こんなことでもなければ近づきたくない。

 彼女は手に刀を召喚した。手ぶらなのは何となく心細かったからだ。刀の心得はないし、戦ったことももちろんない。それでも、何もないよりはマシだろう。

 鳥居をくぐる。まばらに散らばる砂利を踏む音が、やけに響いた。

 ――――ちりん

 そのとき。

「――――――ぁっ」

 首筋に鋭い痛み。手から刀が離れた。意識が飛びそうになるのを必死で耐える。平衡感覚を失い、身体が傾いだ。ドサッと冷たい石のはめ込まれた地面に彼女の細い身体が倒れた。

「う……」

 意識が途切れる。暗闇の中で、誰かが近づいてくる足音が聞こえた。



「ん……」

 薄闇。揺らめく蝋燭(ろうそく)の炎が照らしているような、不規則な明かりが室内を照らしている。首を巡らせてみると、木造の壁が周りを囲んでいる。おそらく、神社の中だろう。

 腕がだるい。自分の状況を確認してみる。腕、足には白い糸。背中には蜘蛛の巣が張ってある。

 これは――――。

「目が覚めたかい?」

 低い声と共に、薄明かりの向こうから、赤茶色の髪を揺らしながら紅刻(あかとき)が姿を現した。口にはいつもの胡散臭い笑みが張りついている。

「一人で来るだろうとは思っていたけど、ほんとにそう来るなんて。キミのそういうバカ正直なところ、好きだなぁ」

「バカなのはあなたの方よ、紅刻」

 自分の置かれた状況を気にもせず、輝音は彼を睨みつけた。

「キミの言いたいことはそれじゃないよね?」

 そうだ。自分がここに来た目的。

 苦しむ翔太の姿が脳裏に蘇る。

「翔太たちの呪いを解きなさい」

「ん?」

「はぐらかさないで。あなたのやったことだって分かっているのよ。わざわざ私の鈴を奪って人間を山に誘い込むなんて、自分が何をやったか自覚ある? あの山には野生の妖だっている。下手をしたら死んでいたかもしれないわ」

 ひと息にまくし立て、輝音は浅く肩で息を繰り返した。

 それに対して、紅刻の笑みが酷薄なものに変わる。

「だから?」

 ゾクッと背筋に嫌なものが走る。顔立ちが整っているせいか、その笑みはゾッとするほど綺麗なものだった。

「分かっててやったんだよ」

 言いながら、彼はどこからか大量の鈴を取り出す。シャラシャラと音を立てながら、その鈴は金色の輝きを放ち、木の床の上に山を作った。

「前から気に入らなかったんだ。この鈴はキミの力を使って作り出された、キミの一部。それをオレじゃないただの人間が持ってる。殺したいのをいつも我慢してたんだぜ? せっかくだから、奪ったついでにあの山に放り込んでやったのさ」

 一人も死ななかったのは残念だなぁ。そう言って紅刻は肩を下げる。

「そんな、ことで……?」

「そんなことなんて酷いな。オレにとっては大事なことさ」

「人間を殺そうとすることが⁉」

 腹が立った。下らない理由で命を奪おうとする紅刻に。

 握りしめた手が震え、指の先が白くなる。

「そんなに怒らないでよ。可愛い顔が台無しだぜ? オレはキミの怒った顔も好きだけど」

 何か言おうと口を開きかけて、彼女は止めた。無意味だと思ったからだ。これ以上何を言っても、この男は反省もしないし、自分の認識を改めることもしない。

 輝音は心を落ち着け、静かに言葉を紡いだ。

「翔太たちの呪いを解いて」

「あぁ、あれ?」

 いちいち彼の言動に反応してしまう。それを彼女は内心でやり過ごした。

「まぁ、あれはキミをここに誘うためにかけた呪いだけど、ただで解いてあげるのはイヤだなぁ」

 それより、と彼は後ろ手に持っていた刀を見せる。シャランと鈴の音が鳴った。

「それ……私の……」

「そう。これはキミだよ」

 付喪神の本体は、付喪神本人と同義。壊れされれば付喪神は死ぬ。

 ギリ、と彼女は奥歯を噛みしめた。

「大丈夫。壊したりしないよ」

 信用できない、と心の中で毒づく。

「これ、何か分かる?」

 さらに、紅刻は手のひらに収まるサイズの鏡を取り出す。それがただの鏡でないことはすぐに分かった。

「……魔鏡(まきょう)

「そう。依代となるキミの本体の刀と、魔鏡。オレのやりたいこと、分かる?」

 分からない。

 だが、無意識に視線を落としたことで、木目の床板に描かれた陣に気づいた。奇妙な図形と文字が描かれた呪術陣。

「まさか……っ」

「やっと気づいたみたいだね。そう。オレはキミをここから出すつもりはない。ここに縛りつける」

 にっと紅刻の笑みが深くなった。

「そのためにキミにはその妖の身体を捨ててもらうよ」

 呪術陣……魔鏡、依代……。

「……(かみ)()ろし」

 呻くように、彼女はその儀式の名を口にした。


このゴールデンウィーク中に、できるだけ進めたいと考えています。

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