第十四話 ~Side 純羽
「純羽ちゃん! 何やってるですか! 早く輝音ちゃんを止めるのです‼」
立っているだけの力すら失くした純羽は、屋根に座り込んでいた。そんな彼女の細い肩を、詠は大きく揺する。
「……無理ですわ」
先ほどまでの気迫はどこにもない。あるのは、己の無力さだけだった。
「覚であるあなたなら分かっているでしょう? あの子は自ら望んで行ったのよ。……そう、あの子と同じ。同じ目をしていた」
そこに込められた意味はまったく違う。
自分を嫌いだと言った妹の瞳には、目に見えて分かる激情が渦巻いていた。しかしそこには、何者も阻むことを許さない強い意志が宿っていたのだ。微笑んだ輝音の瞳にあったものと同じ、強い意志が。
「どれだけ言葉を尽くしたところで、輝音は戻らない。わたくしは結局、あのときと何も変わらない、何も守れない……」
どうして、自分はこんなに無力なのだろう。
次は負けない。そう思っていたはずなのに。
あの男に輝音は渡さないと誓ったはずなのに。
また、繰り返すのか?
あの日の絶望を。
けれど、あの瞳を見たら、何もできなかった。
「しっかりするです!」
パンッ、と小さく音が鳴った。遅れて、両頬に軽い痛みを感じる。両頬を挟むように、少女の小さな手が添えられた。
「まだ何も決まってないのです! 輝音ちゃんだってまだ生きているのです! 全然死んでないのです!」
そう、まだ死んでいない。
これから死ぬのだ。
「違うのです!」
彼女の考えを読んで詠はそれを否定した。
「紅刻くんは輝音ちゃんのことが好きなのです。好きで好きでしょうがないから、ちょっと間違ってしまったのです。輝音ちゃんはそれを正しに行ったのです」
死ぬわ。そんなことをしたら。
だって、彼は狂ったのだもの。
二人の間に何があったのか。
それは知っていた。見れば分かる。
詠は教えてくれなかったが、輝音の雰囲気が変わったのを見て確信した。
あの祭りの日の愚かな自分を殺してしまいたいほどに後悔した。
輝音に対する愛で狂いかけていたあの男は、彼女の身体を手に入れて、本当に狂ってしまったのだ。
「紅刻くんは気づくはずなのです。自分がしていることの間違いに。だって、紅刻くんは輝音ちゃんが好きなのですから」
信じられない。
信じられる要素がどこにもない。
相手があの男でなければ、まだ信じられたかもしれないが。
相手はあの男なのだ。
「信じるのですよ。紅刻くんを信じられないのなら、輝音ちゃんを信じるのです。輝音ちゃんなら、きっと紅刻くんの間違いを正して、ちゃんと帰って来るですよ」
にっこり、と詠は確信に満ちた顔で笑った。
この少女は、こんなにも強かっただろうか。
まるで陽だまりのような暖かさに包まれながら、純羽はぼんやりと考えた。
信じられない。
過去の忌まわしい記憶がそれを許してくれない。
けれど、ほんの少しだけ。
自分が傷つかなくてすむくらいの、ほんの一欠けらだけ。
信じてみるのも、悪くないかもしれない。
だから。
「……純羽……」
勇気を。
自分の名となった、妹の名。
それを口にした彼女の声は、切なる祈りに似ていた。
物語も大詰め。乗りに乗って、一日で3話も書きました。自分でもびっくりです。




