第十四話
夜が明けきらない空の下で、まだ冷たい風が銀色の髪をはためかせる。
「行ってはダメ。考え直しなさい。あなた、今度こそ殺されますわよ」
純羽の足元には、詠が悲しげな表情でこちらを見ていた。
「純羽ちゃんの言う通りなのです! これは罠なのです! 紅刻くんは、輝音ちゃんの優しさを利用して……」
震える声で、少女も純羽に続く。
だが、そんなことは百も承知だった。
「そうかも、しれないわね……」
儚げに微笑んだ輝音に、純羽が息を呑む。
「輝音、あなた、まさか……」
「輝音ちゃん!」
「分かっているわ。でも、止められるのは私しかいないの。翔太を……彼らを助けるためには、私が行くしかないのよ」
「行く必要なんてないわ‼」
まるで悲鳴のように純羽が叫んだが、輝音はそれに背を向けた。
「言ったでしょう? 人間がどれだけ死のうと、世界に与える影響なんて微々たるものだって。そんなもののためにあなたが命を落とす必要なんて……あの男に殺される必要なんてないでしょう⁉ どれだけ永遠に近い命を持っていても、失えばわたくしたちだって死にますのよ⁉ わたくしたちは不死ではないの‼」
しゃくりあげる純羽の表情は、見なくても分かった。大粒の涙が頬を伝って落ちていくのが見えるようだった。
「……お願い、行かないで……」
顔を覆ったのか、声がくぐもる。彼女の悲しみが、遠い日の人間たちの嘆きに重なった。
「私が死んだら、あなたたちが泣いてくれるのね。でも、彼らが死んでも、きっとたくさんの人間が泣くわ。私たちと同じ。世界は泣いてはくれないけれど、やっぱり悲しむ人はたくさんいるのよ。あなたが私の命を尊んでくれるように、彼らの命もまた尊いものだわ。そこに違いなんてない」
少しだけ振り返ると、そこにはやはり、涙で目を腫らした純羽と、立ち尽くす詠がいた。
「……ありがとう」
笑ってみせた。最期になるかもしれないと思うと、目頭が熱くなったが、それでも涙は流れなかった。
胸の底から、柔らかな温もりが込み上げてきた。
輝音は屋根を飛び下り、蜘蛛の糸から妖気を辿って駆け出した。
遠ざかる翔太の家を振り返らず、彼女は必死で走った。
死ぬことに未練はない。残して逝くことに罪悪感もない。
死を悲しむ者がいるのは、愛されていた証拠だと思うから。
死に対する恐れもない。
自分が死ぬことで彼らは救われる。
それ以上に気になることがあった。
紅刻。
あの男は自分を待っているのだろう。
ならば。
彼は今、どんな気持ちで待っているのだろうか?




