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第九話

 陽が落ちていくのと同時に、屋台は冷たい電球に明かりを灯し始めていた。人ごみは歩きにくく、長らく履いていなかった下駄では思うように進めない。

「邪魔だな。歩きにくいし、こいつら全員殺しちゃおうかな」

「そんなことでいちいち殺さないで」

 溜め息を吐く輝音と、「冗談だよ」と笑う紅刻。二人は浴衣を着て歩いていた。

 普段から着ている制服や私服は、全て妖力を使って作っている。二人が着ている浴衣も同じだ。中には、わざわざ金を支払って店で買う妖もいるが。

 紅刻の浴衣は赤と紫、それに金糸をあしらった粋なデザイン。それに引きかえ輝音の浴衣は、紺のグラデーション一色。そこに花などの模様は一切なし。

「もったいないなぁ。せっかくの浴衣なのに」

「……………」

 祭りなのだから浴衣を着よう、と言うから合わせてやったのだ。たまたま通りかかった女性の浴衣をそのまま写しとったつもりだった。女性の着ていた浴衣には、確かに大輪の花が咲いていたが、彼女の実力ではそこまで再現することができなかったのだ。

「つき合ってあげているのだから、文句言わないでよ」

「別に文句なんか言ってないさ。その浴衣、キミによく似合ってる」

 今さら言われても世辞にしか聞こえないのだが。

 そんな彼女の心中を知らず、彼は続けた。

「でもさ、浴衣なんだし、髪も上げたら?」

 不意に立ち止まった紅刻の視線の先には、シルバーアクセサリーを売る出店があった。祭りに合わせているのか、デザインは和風なものを揃えてある。

「必要ないでしょう? 困っていないのだし」

「まぁまぁ……コレとか似合うんじゃない?」

 彼が手に取った髪留めには、シンプルな細工が施されていた。花をあしらい、華美すぎないように装飾を抑えてある。そういうところは、輝音の好みとも合っていた。

 しかし、それを買うのかというと話は別だ。

 だが、それを差し出した紅刻は懐から財布を取り出した。

「ちょっと……っ」

 また偽物で支払おうというのかと思ったが、それは杞憂だった。彼が取り出した金は間違いなく本物だったからだ。

 呆気にとられる輝音に、紅刻は「まいど」という出店の店主に支払いを済ませ、にっこりと笑みを浮かべる。

「偽物なんて使うわけないだろ? キミが身に着ける物なんだから」

「使わなくても手に入れられる物には、使わないのではなかったの?」

「そうだけど。でも、そんな風に手に入れた物なんて、キミは受け取ってくれないだろ?」

 その通りだけど。

 彼は彼女の髪を軽く梳いて、長い髪を束ね、先ほど買った髪留めで結い上げる。

「ほら、よく似合う」

「……そう。ありがと」

 顔が熱いのは、屋台の熱気にやられているせいだ。

 だから、髪留め一つで喜んでいるのも、祭りの雰囲気に当てられているせい。

「じゃ、他のところもまわろうよ」

 力強い手に引かれ、思わずつんのめりそう(・・・・・・・)になったのを寸でのところで踏みとどまり、後について行く。

 りんご飴、やきそば、たこ焼き。射的に輪投げ、金魚すくい。目につく屋台を片端からまわった。人ごみを器用に分け、かき氷や綿あめを平らげていく。

 人の多さと満腹の腹で身体が疲れを訴えてきた頃、視界の端に見知った人影を見つけた。

「翔太」

 無意識に声をかけると、呼ばれた少年が振り返る。それに合わせて、翔太の切り揃えられた黒髪が揺れた。

「輝音ねぇちゃん!」

 翔太は顔に満面の笑みを浮かべ、小走りに走りながら輝音に飛びついた。

「あなた、一人なの?」

 きょろきょろと辺りを見渡すが、保護者らしき姿が見えない。

「母さんたちとはぐれちゃったんだ」

 なるほど、と輝音は納得する。

「ちょっとさぁ、オレの輝音に気安く触らないでくれる?」

 べりっと、紅刻が翔太を剥がし、ぺいっと投げ飛ばしたのを見て、輝音は眉を寄せた。

「翔太に乱暴しないで」

「はいはい」

 両手を上げておどけて見せる彼を一睨みし、輝音は「大丈夫?」と、こけた翔太に手を貸した。

「ダレだよおまえ!」

 紅刻を視認し、誰何(すいか)の声を上げた翔太に対し、呼ばれた本人は軽く目を瞬かせる。

「へぇ、すごいね。オレのことも見えるんだ?」

「ちょっと、翔太の前でそういう発言は控えてくれる? この子は私たちが妖だって知らないのよ」

 小声で責めるが、堪えた様子はまったくない。

「バラしちゃえばいいじゃん。楽になるよ?」

「妖のことを知れば、それだけ狙われやすくなる。あなただって分かっているでしょう?」

 知ることは縁になる。妖はそれを利用することに長けていた。見えればそれだけ見られるし、知ればその分知られる。だから、彼女は妖の存在を少年に教えないようにしていた。幸い、翔太に渡した彼女の鈴が、少年の力を抑えてくれている。目が合ってしまえば紅刻のように見えてしまうが、注意しなければ少年に妖は見えない。

「ねぇちゃん?」

 いつまでも小声で言い争う二人に訝しげな視線を向けられ、輝音は膝を折った。

「ごめんなさい。両親を探しているのかしら?」

「……うん」

 浴衣の袖をぎゅっと握られ、翔太は顔を俯かせる。

 そんな少年の頭を優しく撫で、彼女は空いた手を浴衣の袖の中に一度入れ、再び出す。

 その手には、ちりん、と軽やかな音を立てる鈴が握られていた。

 わずかに眉を寄せる紅刻を無視し、彼女は少年の手を引いた。

「行きましょう」

 ちりん、ちりんと鈴が示す方へ。輝音と翔太、紅刻は二人から少し距離を取り、三人は人ごみをかき分けながら、翔太の両親の元へ向かう。

 その間、紅刻は一言も言葉を発することをしなかったことに、輝音は気づかなかった。



 鈴のおかげで、翔太の両親を見つけるのにそう時間は掛からなかった。

 親子の再会を陰で見守りながら、輝音は口元を綻ばせる。

 翔太の両親は、一目で血の繋がりが分かるほどによく似ている。目元や口元、朗らかで柔らかな雰囲気。

 この人たちは、あの頃と少しも変わらない。

 自分を祀っていた神社の宮司も、無能な自分を庇ってくれる、とても優しい人間だった。

 それを思い出し、彼女はぐっと自分の腕を握りしめる。

「あの子どもの親と話してこなくてよかったの?」

「必要性を感じないわ。関わる人間は少ない方がいいでしょう?」

「あの子どもはいいのに?」

 意味ありげな紅刻の目が、輝音を見据える。

 心の内を見透かすように。

 この目は、苦手だ。

 誤魔化すことを許さない。

 彼女は目を逸らして彼の視線から逃れる。

「関係ないでしょ」

 翔太。あの少年は似ていた。神であった時代に、自分を視認した、宮司の少年に。

 生まれて初めて言葉を交わした人間に。

 年齢は違うし、姿も形も別人だけれど、それでも似ていた。

 だから、輝音は翔太を放っておけないし、必要以上に干渉してしまう。

「今何時?」

 気まずい沈黙を破って、人ごみから声が聞こえた。

「あー……十九時前」

「いけない! もうすぐ花火が始まっちゃう!」

 急がなければ、とその声に触発されたように、人ごみが動き始めた。

 より花火がよく見える位置へ行こうとする人間に、もみくちゃにされる。それから庇うように、紅刻は彼女を抱きしめた。

「何こいつら? 殺してほしいわけ?」

 やめろ、と声を上げたいが、紅刻の身体に密着しているせいで口が動かせない。

 力強い腕の中は体温が触れ合っているせいで熱かった。そんな彼の胸から、心臓の音が聞こえる。トクトクと時に不規則に脈を打つそれは、紛れもなく紅刻から聞こえる音だ。

 ……少し、早い。

 もぞもぞ、と顔を上に動かしてみる。苛立たしげ、というよりは不愉快そうに眉をひそめている。人間に押しやられていることに不満を感じているのだろう。自分の思うようにならないことに苛立ちを感じるのが紅刻という男だ。常に自分の思い通りにならないと気がすまない性格をしている。基本、自分が楽しければそれでいいのだ。

「……大丈夫?」

 気づかわしげに尋ねられる。思いのほか近づいた顔に、輝音はとっさに顔を伏せて頷いた。

 意味が分からない。

 どうして自分の身体は熱くなっているのだろう。

 どうして自分は、恥ずかしいと思ってしまったのだろう。

 どうして――……?

 分からない。でも、きっとこれは、祭りのせいだ。

 雰囲気に当てられているだけ。

 周りの雰囲気に、あおられているだけ。

 それだけだ。

 紅刻の腕の中で心地よさを感じているのも。

 それだけだ。

 何度も何度も繰り返し、彼女はそう自分に言い聞かせた。


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