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それぞれの思惑

 午前八時。校内に少しずつ生徒が増えていく。三階の奥まった重厚な扉の上には生徒会室と書かれていた。

 倉橋遼は、その重い扉をゆっくりと開くと、どこかの社長室のような立派な机と高級な革張りの椅子に楽しそうに微笑みながら三ノ宮英介がいた。

「おはようございます。会長」

「おは~」

 上機嫌だ。こういう時の三ノ宮は悪巧みしかしていないことを倉橋は知っている。昨日起きた強姦未遂の犯人は、生徒会がその身柄を確保し、書棚裏にある隠し通路から、地下の一室に運び込んで軟禁しているのだ。

「食事はどうしました?」

「たべてな~い」

「いえ、会長ではなく……」

 三ノ宮はチシャ猫のようにニヤニヤと笑い、エサはちゃんと与えたよと言った。

「それよりさ、昨日メールしといたおもちゃいつ届く?」

「今日の夕方には届く予定です」


(おもちゃねぇ……確かにおもちゃではあるが……)


 昨日のメールに添付されていたリストを思い出して、倉橋は頭痛を覚えた。謎の『大人のおもちゃセット』にえげつないタイトルのついたAV。それもゲイ向け。その他にも黒子の衣装などなど。発注方法、支払い、受け取り方法等については国家機密並みに厳重かつ慎重に執り行われるよう倉橋は手配した。誰にも知られてはいけない。絶対に!

 三ノ宮なら自分で用意できるものを、わざわざ倉橋に手配させているのは、万が一にもことが漏えいしたときの言い訳に利用するためだろう。あるいは、倉橋の苦虫を噛むような顔でも見たかったのか。三ノ宮と倉橋は小学部からの付き合いなので、お互いの性格はある程度わかっている。

 少なくとも倉橋は、三ノ宮の上品で端正な顔の裏には、極悪非道の鬼が住んでいることは百も承知だった。


「なあぁ、遼ぉ、おなかすいたよぉ」

「そうですか、それは大変ですね」

「……つめてぇのぉ」

 倉橋はぶつぶついう三ノ宮を相手にせず、自分の席についてパソコンを開く。どうせ、もうすぐ書記というなの雑用少女・相川一華あいかわいちかがやってくる。去年、校内にできた、プレコンビニがお気に入りだから、おにぎりだとかパンだとかすぐに買いに走ってくれるだろう。

「おはようございます!」

 タイミングよろしく、生徒会室に飛び込んできたのは、書記の相川だった。

「あら?会長、具合でも悪いのですか?」

「ううん、おなかすいてるだけだよ」

 三ノ宮はやさしく微笑む。

「じゃあ、私、何か買ってきます!何が食べたいですか?」

 相川はこまごまと三ノ宮の食べたいものを聞きだして、倉橋にも副会長は何かいりますかとたずねてくる。倉橋は相川の気遣いに礼をいい、必要ないことを告げた。

 相川はわかりましたと満面の笑みで部屋を後にした。

「ほんと、一華はかわいいよねぇ、誰かさんと違ってさぁ」

「そうですね。誰かさんと違って真っすぐで純粋で気配りのできるまっとうな人間ですよね」

「ふうん、誰だろうね、それ……ま、いっか。それにしても、コンビニ好きだよなぁ」

「それはそうでしょう。普通の生活を疑似体験できるんですから」

プレコンビニは、去年までの会長である長谷部夏也はせべなつやが導入させたシステムだ。理由は、一般生の日常感覚を麻痺させないためと、一人で買い物をしたことのない学生たちに一般的な物の値段や買い物のシステムを体験させるための施設が欲しいということだった。

 もちろん、プレとつくのには理由がある。普通のコンビニと違って、生徒は金銭を払うわけではない。酒やたばこも置いてない。商品には値札がついているし、レジもあるが買い物をする生徒は学生証をICカードリーダーにかざして商品とレシートを受け取るだけだ。リーダーを通したデータは、経理課に転送されプレコンビニの運営に反映される。一般生も金銭を回収されることはない。支払いをしているという感覚だけが疑似的に感知できるようなシステムになっている。自動販売機も同じ仕組みで校内に設置してある。

 それらの管理は九鬼財閥が経営する大型スーパーから人材が派遣されており、新人社員の研修先の一つとされていた。


 相川が出て行ってから数分もしないうちに、不機嫌そうな顔の男と眠そうな顔の女が生徒会室に入ってきた。

「佐久間がバカやったって?」

 不機嫌そうな顔の男は村雨信吾むらさめしんご。三年生で風紀委員長である。眠そうな顔の女は富永紅とみながべに。同じく三年で風紀委員長補佐である。

「シンちゃん、それぇ、うちのミス認めてるぅ……あー眠いぃ…」

 富永はあくびをしながら、カフェマシンにエスプレッソのカプセルを放り込む。

「完全にうちのミスだろう。で?やつは?」

 三ノ宮は人差し指を下に向けた。

「学校側にはなんて報告するつもりだ?いつまでも監禁はできないぞ」

「まあ、二・三日病欠ってことにしますよ。その間に、十分なお仕置きをする予定」

「おしおきって……被害者の方はどうしてるんだ?」

「そっちは柚木司令にまかせてあります。メンタルのケアは専門家じゃないと無理だし、学校専属の校医を使うわけにもいかないから。今回の事件は、まだ表にだせないし」

 富永は首をかしげながら、エスプレッソを舐める。

「もしかしてぇ……被害者の子の意志確認できてないぃ?」

「うん、そうなんですよ」

「保護者に連絡は?」

「それがですねぇ、彼女のホームはすでにないんです」

「どういうことだ?」

 三ノ宮は真田アヤメについての情報を開示した。

「後見人は?それぐらいはいるはずだぞ」

 その質問には倉橋が答えた。

「まだ、正式に決定していないんです。なので、彼女自身も後見人を知らない状態で……」

「ようするにぃ、本人のぉ意志確認がぁできるまではぁ、完全にぃ極秘ってことだよねぇ」

 富永はなるほどねぇと納得する。

「ようするに、被害者については警備隊にまるなげってことか」

「まるなげなんてひどいな、村雨さん。俺たちには俺たちにしかできないことがあるから、彼女を柚木司令に預けただけですよ。てーきざいてーきしょ~」

 三ノ宮はニヤニヤ笑う。村雨はさらに不機嫌な顔になる。

「岸崎のことか……」

「うーん、確実なぁ証拠がぁ……まだぁ、みつかんないのよねぇ」

 富永は緩い口調で、倉橋の開いていたパソコンに手を伸ばす。倉橋は席を譲ると、富永はありがとねぇと答えながら、席について猛烈な勢いでキーを叩いた。その場にいた全員が、パソコンの画面をのぞきこむ。

 富永が調べ上げた岸崎礼子の個人情報と【レディ】の情報が掲示される。そこから読み取れることは、二人に繋がりがあるように思われるが、同一人物として確定することはできない。

「別人だとしたらぁ、【レディ】はたいしたハッカーじゃないよぉ。そのうちぃ、千尋ちゃんがぁ報告くれるとおもうからぁ」

まっててねぇと眠そうに微笑んだ。

そこへ、相川が戻ってきた。なぜか袋を二つもっている。

「あ、おはようございます!村雨先輩、富永先輩」

 二人はおはようとあいさつを返す。相川はおにぎりの入った袋を三ノ宮にわたし、もう一つの袋を開けて富永に見せた。

「新作スイーツでてたので、いかがですか?」

「一華ちゃんはぁ、ほんとにきがきくねぇ。このチョコレートのやつぅもらっていいぃ?」

「はい、もちろん!」

 相川はそう答えて、ガトーショコラを富永にわたし、お茶を入れ始めた。村雨はちらりと、相川の背中に視線をむけ、小声で三ノ宮に尋ねた。

「今回、動くのは?」

「俺たちだけですよ。他の委員には昨日のうちに箝口令つきで事件のあらましと、通常業務のお願いに風紀委員のフォローも頼んでおきましたから、大丈夫」

「相川もメンバーなのか?」

 三ノ宮は少し考えて、彼女は自覚なしで感がいいからなぁとつぶやく。村雨は小さくため息をついて、なにやら納得したらしい。



『私は間違いを犯した』

『なんのことですの?お母様』

『お前を引き取ったことよ』

『どういう……意味ですの?』

『もっと慎重になるべきだったのです。お前は結衣子の娘ではなかったのに……養子になどしていまった。これは私の間違いです』

『……だったら、なんなのよ!今更、そんなこと!』

『そう、今更です。お前の歪んだ心を私はどうすることもできない。だから、今後の生活は保障します。岸崎姓を名乗ることも許します。けれど、これ以上のしりぬぐいはしない。他人をもてあそびたいならそうしなさい。愚かな行為は必ず、自らにかえります。これが始まりだと思って、少しでもまっとうな人間になることを祈っています』


 岸崎礼子は、はっと目を覚ました。冷たい岸崎史華きしざきふみかの目が心臓を刺し貫いた、あの瞬間の夢。

「なにが…」


(何がまっとうな人間よ!勝手に勘違いしてあたしを引き取ったくせに!!)


 地獄のような施設暮らし。そこから這い上がるチャンスだった。なのに、礼儀作法や勉強という鎖でつなぎなおされただけだった。自由などない。ただ、権力と金が手に入っただけ。ならば、飼い主の目を盗んで他人をもてあそんで何が悪い。

 名門のミッション系女子中学に入ってから、周りの少女たちを巧みに操った。世間知らずのお嬢様たち。微笑みと優しい言葉を素直に信じ込んでいく姿は、滑稽だった。そしておとなしくて、心底神様を信じているような少女を苛め抜いた。自分の手を汚さずに、人の劣等感や弱みに付け込んで操って……。

 

 結局、誰もが退屈をまぎらわせたくて仕方がなかったにすぎない。自分の中に人をおろしめたいという欲求、窮屈なお嬢様ぐらし、そのターゲットにうってつけだった彼女。そして、自分たちも彼女と同じように、礼子にとってただの憂さ晴らしの道具でしかなかった。

 金でハッカーを雇い、変態たちに生徒を売りとばすことも快感だった。だが、それはすべて義母の耳に入っていた。その結果が、あの冷たい目。そして、この華陽学園への入学。

 

 礼子のはらわたはにえくりかえった。ならば、学園の劣等生をあおって、どんな恵まれた人間にも愚かで醜い心がそなわっていることを証明してやろう。学園の名誉も岸崎の名も徹底的に貶めてやる。

 礼子は子飼いのハッカーに生徒たちの情報を集めさせた。思った通り、家を追い出されるようなバカはいくらでもいた。そういう人間を思い通りに動かして何も知らない幸せなやつらをずたずたにしてやろうと思った。

 そんなときに真田アヤメを見つけた。一般生で施設育ち。さぞ、劣等感にまみれているだろうと思ったのに!帰る場所を失ってさえ、彼女は毅然としていた。嘘の慰めの言葉に心底感謝している顔で微笑んだ。だからこそ、その顔から笑顔を奪ってやりたくなった。


 礼子はベッドから出て、身支度を整える。口もとには歪ん笑みが浮かんでいた。今頃、アヤメは心と体にひどい傷を負っていることだろう。女をよくしていた佐久間をたぶらかして、金を払えば一般生が相手をしてくれるようはからってやると言ったら、彼はアヤメの口座にいとも簡単に金を振り込んだ。アヤメはおそらく今日は学校を休むだろう。そこへ、何も知らないふりをして、心配顔でたずねていけばどんな顔をするだろう。あのおひとよしのことだ。礼子の言葉を信じて、佐久間の言葉が事実であることなど考えないだろう。


(多少の疑念はもったとしても……)


 いくらでも丸め込んでやろうと礼子は思った。たっぷりの同情と慰めで、アヤメの味方は自分だけだと思い込ませてやる。そして、彼女の醜聞をじわじわとひろめて追いつめてやろう。

 

 礼子は完全に裏切られたと知った時の、あのおとなしい少女の愕然とした顔を思い出した。神を信じながら、自殺を図ったあの少女の絶望したあの顔。命が助かっても、礼子のことは一言も他言できなかった哀れな犠牲者。誰もが人を裏切ることを知ればいい。他人など所詮、憂さ晴らしのためのおもちゃだと礼子は、冷たく微笑んだ。


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