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トラブル発生

 何はともあれ、夜見が誰かと契約してないことを知って雪久も妃奈子も安心したようだった。

「二人は誰かと契約してるのか?」

 妃奈子は学年の一般生全部と微笑む。

「は?一人じゃなくて?」

「そう、私の学年には一般の女生徒が4人しかいないし、みんな頭がよくて向上心があるから選べなくて」

 妃奈子は楽しそうに話をする。

「特殊雇用にはね、家柄、成績で優先権があるの。たまたま私の成績が学年2位で女子では一番だったから一般生と面接して、ひとり選ぼうと思ったんだけど、決められなくて、女の子は全員、私と契約してもらったの」

「まあ、先輩なら相手も不服はなかったんじゃない?成績優秀でも一般生を見下して奴隷みたいに使うやついるからなぁ」

「そうなのよね。もう卒業した浮谷うきや先輩はひどかったもの。契約した一般生が勉強する暇もないほどあれこれこきつかって、使えなくなったら別の子と契約したり、契約料もほとんど踏み倒したって噂だし。三年当時は、誰も契約に応じなかったくらいの横暴ぶりだったから。当時の生徒会も一般生を浮谷先輩から保護するために、成績上位者に便宜上の契約をさせたってくらいだし」

「へぇ、どこにでもいるなぁ。支配欲の強いやつって」

 夜見は苦笑する。

「で、妃奈子は四人もはべらせてなにしてるのさ?」

「お茶会したり、いろんなお話したり、お勉強会したりいろいろよ。私、なかなか気の置けない友達ができないから、寂しかったの。今は彼女たちのおかげで寂しくないもの」

 夜見はなるほどと思った。妃奈子の容姿は女の子たちからは倦厭けんえんされやすい。劣等感を刺激されてしまうというか、畏怖さえも感じてしまうというのか、どうしてもきれいすぎて近寄りがたいのだろう。だから、なかなか友達という関係が作りにくかったのかと夜見は思う。

 誘拐事件の時は、ずっとうつむいて、私のせいで巻き込んでごめんなさいと繰り返し、びくびくしていたような子だったと記憶している。今はよく笑い、わざと夜見にまとわりついて楽しんでいる感はあるが、他人を不快にさせないよう気遣っているのは再会したときから感じていた。

「ユキはどうなんだ?」

「俺は今のところ、契約に興味ないから誰も雇ってないよ。ま、もともと特殊雇用ってのは、頭がいいのに家庭の事情で勉学に励めない人材を書生制度的にうちで育てるシステムだったらしいから。ようは、右腕とか参謀タイプをはやいうちに確保しようっていのがじいさんの考えだったらしいんだ」

「そっか。そりゃ、できあがった人間を育てるより手っ取り早いな。けど、妃奈子の話を聞くとその基本理念も歪んできてる感じじゃないか?」

「今は、親が手に負えない子供を預けてくるパターンも増えてるからな。金があれば、あるだけやりたい放題ってタイプも増えてるよ。親父はそういう奴でも、ここにいて何か学べば変わるもんだっていってるけどな」

 夜見は確かにそれにも一理あると思った。どの教師も個性的ではあるが、教えることに長けている。学問に興味がなくとも、教師陣の巧みな話術で授業は面白く、興味も持ちやすい。だが、ここの環境はあまり有効とも思えない気がする。


 環境がかわれば、発揮される能力も変わってくる。とは母の言葉だが、それはあくまでも命の危機的環境を示しているのであって、こういう隔離された場所で生活の質を落とすこともなく、大人の管理下という状況で、はたしてどれだけ広い視野をもてるものなのか。


 夜見としては、一般生にとってはカルチャーショック並みの衝撃はあるだろうが、贅沢に慣れた人間には単に不自由になったとしか感じられないような気もした。

「なんか不服そうだな。ヒミ」

「いや、別に。環境の影響ってのはあまり馬鹿はにできないからなと思っただけだ」

 そうかと雪久はつぶやく。

「それより、腹減ったぁ。とりあえず、着替えて食堂いくかぁ」

「あ、じゃあ、私もこっちで一緒に食べるわ」

「俺も~」

「何言ってんだよ。お前ら目立つんだから、自分たちの……」

 夜見はそういいかけて、いきなり壁に身を寄せた。雪久と妃奈子がどうしたのとたずねる前に、夜見は部屋を飛び出した。二人もあわてて後追うと、バンっという大きな音とともに隣の部屋の扉が内側へ吹っ飛ぶのが見えた。夜見がいきなりドアを蹴破って、隣室に突入していったのだ。雪久と妃奈子は戸惑いながらも後に続いて部屋に入った。中に入ると、床に男子生徒が一人のびていた。ベッドの上には、ふるえる少女をしっかり抱きしめて大丈夫とくりかえす夜見の背中があった。雪久はのびている男子生徒の状態をチェックした。


(気を失っているだけか……)


 夜見のあの勢いから考えて、無傷でただ気を失っているだけというのは幸だろう。妃奈子の方は、部屋の中にあったブランケットを手にして少女に羽織らせた。白いブラウスは無残に引きちぎられ、上半身はあらわになっている。顔には殴られたあざがあった。手首も拘束さてていたようで、赤くうっ血している。


(強姦……未遂ってことかしら)


 幸といえるかどうか、難しいところだけどと妃奈子は思った。夜見は少女を抱え上げて言った。

「彼女は一旦あたしの部屋でやすませるから、目が覚めるまでそばにいてくれる?」

「もちろんよ」

 妃奈子はうなずく。医者を、とは言わなかったところをみるとレイプキッドは必要ないらしい。夜見は部屋を出ていくときに、警備がくると雪久に言った。雪久はわかったと答える。このまま、この男を警備に引き渡すわけにはいかないだろう。被害者の少女が彼を訴えるという意志は、まだ確認できていない。雪久は携帯をとりだした。

「緊急だ。すぐにつなげ」


 雪久が電話を終えたころ、黒ずくめの警備員が二人とんできた。

「なにごとですか!」

 強姦未遂だと雪久は静かに言った。一人は上の指示を仰ぐように状況の報告をしている。もう一人は、のびている男子生徒の状態を確認し、携帯端末で生徒の氏名等を確認していた。


 そこに、もう一人やってきた。彼は低い落ち着いた声で言う。

「生徒会執行部副会長の倉橋遼たかはしりょうです。この件については生徒会でお預かりしたい。司令殿には会長が直に話をしている最中です。九鬼君、申し訳ないがそれを生徒会室まで運ぶ手伝いをしてくれないか」

「かまいませんが、えらく行動が早いですね」

「ま、こちらにもいろいろ事情があるということだよ。こういうことを未然にふせげなかったことは執行部の落ち度だ」

「そうですか……一応、理事長には連絡してあります。被害者が告訴の意志を示せば全力で支援するとのことでした」

 倉橋はそれでかまわないというようにうなずく。警備隊の方も、執行部に従うよう指示があったようだったが、現場の状況を記録する必要があるので了承してほしいと言ってきた。倉橋は了承はするが条件があると答える。

「女生徒の部屋ですから、女性隊員に記録とりをお願いしたい」

「ええ、それは配慮するよう指示がでています」

「では、あとはよろしくおねがいします」

倉橋は雪久に手を借りて、男子生徒を生徒会室へ運んだ。



 入学式の日から、自分がこんなすごい学校にいていいのかという疑問がつきまとっていたが、あたしに帰る家はない。園長の強い勧めで、華陽学園を受験だけはしたけれど、まさか受かるとも思っていなかった。


『おめでとう。アヤメ。夢への第一歩だよ』


 園長は心から祝福してくれた。あたしの夢。それは、家庭の事情で施設で育つ子供たちが夢を見失わないですむ場所を創ること。あたし自身は、生まれてすぐに捨てられて、死ぬ一歩手前で助けられた命だった。五歳まで育った施設は経営状態の悪化で閉園し、その後は引き取られた『さなぎの家』という孤児院で育った。小さい子たちはいろんな夢を園長やスタッフに話す。おとぎ話のような壮大な夢や希望を誰もバカにしないで大事に大事に聞いてくれた人たち。世の中の扱いが理不尽で不公平なことを知る年頃の兄や姉たちは、少しさびしそうに、それでも小さなあたしたちの話を聞いてくれた。親のいない不安や不満を考えないでいいように、誰もがやさしかった。あたしにとっては、大事な家。けれど、その家はもうない。


 あたしが華陽学園に入学してまもなく、放火されて全焼し、園長の死によってスタッフも子供たちもばらばらになってしまったから。事情を知らせてくれたのは園長の死をみとった斉藤樹さいとういつきという人だった。彼は『さなぎの家』から、養子として引き取られてからも、よく園長を訪ねてきていた人だった。


 彼は言った。

『先生はみんなの心配をしていたよ。アヤメのことも。さなぎの家はなくなってしまったけど、先生は僕たちの心の中にいつもいることを忘れないで。きっと、夢をかなえるんだよ』

 あたしは泣きながら、電話口ではいと答えた。


 そんなときだった。岸崎礼子に特殊雇用の話を持ちかけられたのは……。品のいいやさしい微笑みで、特殊雇用について丁寧に説明してくれた。要は、彼女の勉強に必要な資料や簡単な雑用をするというバイトの話だった。学園内では、必要なものはすべて無料だが、卒業後のことを考えるとバイトをしたいという思いはあった。だから、あたしは彼女と契約した。契約金として十万があたしの口座に振り込まれ、あとは毎月、月末にバイト料として五万が支払われるということだった。礼子は特殊雇用を福祉や将来の社員に対する心構えを育てるための一種の学びだと思うと言っていた。最初は、戸惑いながらも打ち明けたあたしの生い立ちを聞いて、驚きイキドオってくれた。あたしの夢も叶うように手伝いたいとも言ってくれた。いつも穏やかな笑顔で、昼食を一緒に食べたり、勉強したり、だんだんとあたしの寂しさは心の底にしずんでいき、夢に向かっいていく勇気がわいてきたのだ。だから、あたしは彼女を信じた。

 頼まれたことは、迅速に行い、ありがとうと言われるたびにうれしくなった。

彼女が男性の友人があたしとお茶をしたいから、部屋に招いてほしいと言ったとき、何の疑問も持たずに承諾した。大したおもてなしもできないけれど、生活部で提供されている紅茶の中からウバを選び、クッキーの材料をもらって、甘すぎないクッキーを焼いた。


(それが……)


「施設育ちのくせに抵抗してんじゃねぇよ」

 冷たく刺さる言葉。礼子に金を払いあたしを買ったという男は、容赦なくあたしを殴りつけ、両手をベッドに括り付けた。


(こんなのは嫌だ。怖い)


あたしは必死で礼子がそんなことするはずないと思った。いや、思おうとした。必死に抵抗しようとしても、あまりのショックに体は震えるばかり。


(やめて!嫌だ!)


 その声が声として出ていたのか定かじゃない。ただ、気が付いたらあたしを抱きしめて大丈夫だと何度もいう優しい声が聞こえて、意識が飛んだ。


 うっすらと目を開けると、見慣れた天井がみえる。なのに、何か違和感があった。頬が冷たくてヒリヒリする。手で触れると何かが貼ってあった。ようやくそこで目が覚めた。思わず、飛び起きるとベッドの側に誰かがいる。

「大丈夫?」

 心配そうにそういったのは、たしかタカナシという二年生だ。とてもきれいな人で、隣のクラスの背の高い女の子とよくいるのを見かけた。

「あの……ここ……」

「ここはあなたのお部屋の隣よ。比良坂夜見ひらさかよみの部屋。それより、震えてるわ。寒い?どこか痛む?」

「いえ……大丈夫です」

 声が震える。記憶が一気に戻ってきて、あれが夢でないことを頬の痛みが教えていた。

「ああ、自己紹介がまだだったわね。ごめんなさい。私は小鳥遊妃奈子です。二年生よ。小鳥が遊ぶと書いてたかなし。変わった名前でしょ」

「あ、あたしは……アヤメ。真田アヤメです……」

 小鳥遊先輩は、アヤメちゃんねとにこりと笑った。

「のどは乾いてない?お茶かお水、もってきましょうか?」

 あたしは首を横に振った。

「じゃあ、お風呂使う?」

 遠慮がちにそういわれて、あたしは泣きながらうなずいた。あの男に触られたすべての場所がけがらわしくて気持ち悪かったのだ。小鳥遊先輩は、いたわるようにあたしの手をとって、バスルームに連れて行ってくれた。

「お部屋から、勝手に着替えをもってきてるから。足りないものがあったら言ってね」

 そういって大きな紙袋とバスタオルを置いて出て行った。服を脱ごうとして、ようやく自分のものでない柔らかなパジャマを着ていることに気が付いた。サイズが大きくて裾を少し折り曲げてある。


『大丈夫だ。もう大丈夫だよ』


 あの時の声が聞こえたような気がして涙がぼたぼたと落ちる。それを拭いながら、あたしはお風呂を使った。




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