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トラブルメーカー

令嬢、令息、一般生が集う華陽学園。高度なセキュリティと専任警備隊の存在する治外法権的な学園。死神とあだ名された少女・比良坂夜見は唯一受験できた高校で穏やかな生活を夢見ていたが、九鬼雪久の言葉通りトラブルへと巻き込まれる。寮内の隣人・真田アヤメの受けた強姦未遂事件。否応なくまきこまれながら、夜見の周辺はあわただしく色を変えていく。知り合いが司令官の専任警備隊、曲者ぞろいの生徒会執行部。それぞれの思惑はいくばくかの齟齬を生みながら終幕へと向かう。

 俺の友人、比良坂夜見ひらさかよみは、見ていて飽きないほどトラブルに巻き込まれる。そのせいか、中学時代には<死神>の忌み名までついてしまった。もちろん、彼女は人を死に至らしめたことなどないけれど。

「なあ、ヒミ……ここ退屈じゃないか?」

「退屈万歳。だいたい、なんでお前がここにいるんだよ。ユキ」

「あれ?言ってなかった?華陽学園はうちの系列だぜ?」

 ヒミは頭を抱えてしまった。

「……九鬼財閥なんぞと関わりたくねぇってあれほどいったのに」

「まあまあ、そう嫌がるなよ」

「うるせぇ、このトラブルメーカー。だいたい、あたしに変な忌み名がついたのだって、もとはといえばお前んちのアホ執事のせいだろうが!!」

「アホって言うなよ。愛ゆえになんだからさ。識は俺のことさえなければ、とても有能な執事だぜ」

「何が愛ゆえにじゃボケが……だいたい、お前がヤクザの女なんかにひっかかるから……」

 ヒミは言いかけてもういいやっとなげやりにつぶやいた。

「なんだ?言いかけてやめるなよ」

 ヒミの顔がふっと曇る。ヤクザの女にひっかかったときのことを、俺はよく覚えてない。ただ、その件がきっかけで俺は識を手に入れた。そして、ヒミには忌み名がついた。

「ヒミ……俺……って!何!」

 いきなり鼻つまんで、ヒミはニヤリと笑う。

「ハッピーエンドだったんだから、余計なこと考えんじゃねぇよ。とりあえず、ここにいる間はあたしのことはほっとけ。いいな」

「えー無理だろ、それは」

「なんでだよ」

「クラスいっしょだもん」

 ヒミはがっくりと肩を落とした。


 そして入学から一週間。学園内に奇妙な噂が流れ始めた。比良坂夜見は、九鬼雪久のストーカーだと……。


(なぜそうなる……毎日かまってくるのはユキのほうだぞ……)


 夜見は苦虫をかみつぶす。雪久は男にも女にももてる。人を引き付けてやまない人間だ。ついでに、今は執事の有川識ありかわしきとラブラブだ。


(そりゃあもう、えげつないほどエロ可愛いとかいってたな。中谷先生は……あたしには単純に幸せそうだなと思えるだけなんだけど)


 その上、さらに厄介なことがある。

「お・は・よ・う。姫♡」

「おはようございます。小鳥遊先輩」

「いや~ん。なんで棒読みなのぉ」

「お願いですから、朝からひっつかないでください」

「もう、そんな他人行儀なこといっちゃいやん」

 そういいながら、腕をからめてくる超絶美少女こと小鳥遊妃奈子たかなしひなこは、この学園のアイドル的存在である。妃奈子とは小学生のころに一緒に誘拐された仲というか、なんというか……。


(ああ、視線が痛い。……なんかもう……転校したい…)


 しかし、夜見には転校できない事情があった。中学時代の数々のトラブルにより、学区内の高校にブラックリストがまわってしまい、受験拒否というありえない事態になっていた。その上、私立高校さえも……。唯一、受験が認められた華陽学園は、完全全寮制のセレブ学校。そのうえ、強固なセキュリティと学園専任の警備隊までいる始末。


(その警備隊司令官がまた厄介なんだよなぁ……)


 二限の体育は医者に運動を止められているということで見学なのだが、体調不良という理由で逃げた夜見は、雑木林を抜けて廃墟のようになっているガラスの温室に入った。幽霊の住む北東ウシトラの温室として有名なここには、まず、まっとうな生徒は近寄らない。

 セレブ学校にまっとうでない生徒がいるのかと思う人間も多いようだが、ここは一種の隔離施設みたいなものだ。素行不良で親が匙をなげた子供もいる。

セキュリティと専任警備隊は、その子供たちの管理監視も兼ねているのだ。

もちろん、この温室にも監視カメラが付いている。夜見はブレザーの上着を頭からかぶって、ぼろぼろのベンチに横になった。


(さて、今日は何分寝れるかなぁ……)


 夜見はするすると眠りに落ちていった。どのくらい眠っただろうか。少し暑さを感じて目を覚ますと腹の虫がなく。時計を見るとすでに昼休みも終わろうとしていた。いつもなら、10分もしないうちに久我とかいう若い警備員が不機嫌そうにやってくるのだが……。


 不意に人の気配を感じて夜見は、温室の入り口を見た。

「そんな嫌そうな顔しないでくださいよ。師匠」

 きっちりと黒いスーツを着込んだ長身の男が苦笑を浮かべる。

「警備隊司令官殿がじきじきに来るとはね……で?何の用だ。ひじり

 聖と呼ばれた男は、夜見の隣に腰かけて、とりあえず、お昼にしませんかとカツサンドと紅茶のペットボトルが入った袋を手渡した。夜見はいただきますといってカツサンドにかぶりつく。聖は不意を衝くように言った。

「夜中に走るのやめてくださいね。このままだと警備レベルあげなきゃならないんで」


(やっぱ、ばれてたか…)


 夜見はサンドイッチをかみしめながら、ふんふんと頷く。

「で?師匠はなぜ夜中にうちの隊員たちと鬼ごっこなんぞしてくださるんでしょうかね」

 聖の声が冷たく響く。夜見には、聖がかなりご立腹であることが察せられた。とりあえず、紅茶で口の中のものを胃に流し込む。

「……だってさぁ。体育は見学、喧嘩は御法度。ストレス発散のために、単純に走ってただけだし。あ、一応、気配は消しておいたよ。ただ、なんでかなぁ。あの久我だかいうのに見つかるっつうかぁ」

「彼は若輩ですが、かなり感は鋭いんです。感だけなら、本部のトップクラスにも食い込めるぐらいです」

「ふうん…そりゃまた、逸材。よかったじゃん」

「ええ、ですから、こんなところでつぶすわけにはいかないんですよ」

「なにそれ?あたしとなんか関係あるわけ?」

「そりゃあもう……久我はあなたを捕まえることに執着しちゃってますから。おかげで、隊長から警備レベルを上げてほしいと要請をだされましたよ。レベルを上げるということは、理事会にも事情を話さないわけにはいきませんし、このままだと、師匠のことを全員に周知徹底させる必要性もありますが」

 夜見はわかったよとため息とともに吐き出した。

「けどさぁ、あたしはどうやってストレス発散すりゃいいのよ?」

「それに関しては、いい案が一つあります」

 聖はにっこりと笑った。


 柚木司令の命令で俺はしばらく外回りの警備シフトから外された。そのかわり、17時から特殊訓練をすることになったのだが……。司令が連れてきたのは、ウサギの被り物をした黒ずくめの女だった。

「師匠、彼が久我誠一郎くがせいいちろうです。久我、この人は私の師匠です。見た目はかなりふざけてますけど、まあ、いろいろ事情がありましてね」

「えっと……久我です……」

『初音ミクで~す』

 ウサギは機械音の声でおちゃらけて言った。これが司令の師匠だなんて、なんの冗談だ。俺には司令の意図がまったくわからない。隊長の曾根崎さんは柚木司令のことをどこまでが冗談で本気なのか計り知れないところがあるとか言っていたことを思い出す。

『時間は一時間でいいんだよな?聖』

「ええ、まあ、久我を壊さない程度でお願いしますね」

『はいはい、加減はするよ。たぶんねぇ~』

 ふざけたウサギだ。なんだかむかつくと思った瞬間、強い衝撃に膝をつく。

『油断禁物。殺す気で来ないと死ぬぞ~』

 第二撃はかろうじてかわす。こいつ、気配が感じられない。

『お、ほんとに感がいいのなぁ』

 ぬるい口調とは裏腹に、攻撃の手はゆるむこともない。俺はぎりぎりでかわすことしかできず、攻撃する機会がつかめない。どうにかして、攻撃しないと……そう思った瞬間、ウサギはすっと俺のそばから離れた。


「どうしたんですか?」

『うーん…ちょっと手加減が難しいなぁ。聖、手錠ある?』

「ええ、ありますけど」

 ウサギは司令にむかって両手を差し出す。司令は何もいわずに、手錠をかけた。ウサギは手錠の頑丈さを確かめるように何度か腕を引き離したり、くっつけたりした。

『カーボンかぁ。うん、よし!』

 ウサギは跳躍と同時に体をねじって横殴りに蹴りを入れてきた。とっさに腕でガードするが、腕がしびれるほどの衝撃を食らう。

『反応はよし。でもなぁ~』

 ウサギはぬるい口調で攻撃を緩めない。俺はとっさにやつの足首を摑まえたが、その足を支点に逆足が俺の頭に襲い掛かる。よけると同時に手をはなしたが。


(化け物かよ……)


 嫌な汗が背中をつたう。結局、一時間後、俺は奴に一撃も食らわせることもできず、情けなくも倒れこんだ。ウサギは手錠を外して、そばにしゃがみ込む。声を出そうにも、息をするのが精いっぱいの俺にウサギは言った。

『久々に楽しかったよ。明日は少し力のそらし方を教えてやっからさ。今日はしっかりやすめよ~』

 それだけ言うと、ウサギはさっさと姿を消した。俺は司令の手を借りて自室にもどった。




 華陽学園には受験して入学した生徒を一般生という風習がある。実は制服が微妙に違うのだ。左肩に学園を象徴する花のエンブレムがないのが一般生である。夜見も一般生だ。雪久や妃奈子が寝起きしている白亜の王宮のような寮とは違い、いたってシンプルな外観の寮に住んでいる。中身は1kアパートと言った感じの個室だから、独り暮らしをしている感じがあって夜見は気に入っていた。共同スペースとして、一階に談話室と食堂、大浴場がついている。

 雪久たちの寮は共同スペースを挟んで男女にわかれているが、こちらは特に男女別ということはない。だから夜見の部屋の右隣は二年の男子生徒が、左隣は同じ一年の女生徒が住んでいた。


 金曜日の夕方、いつものように久我と手合せして寮に戻ってくると、部屋の前で雪久と妃奈子が眉間にしわをよせて立っていた。

「どうした?ふたりして……」

 二人は夜見の問いには答えないので、夜見は部屋のカギを開けて二人を部屋にあげた。とりあえず、インスタントコーヒーをいれてガラステーブルに置く。


(なんか、不機嫌そうだな……)


「で?二人してなに?」

「何じゃないでしょ。姫」

「そうだよ。ヒミ」

 二人は声をそろえて「誰と契約した!!」と言った。

「は?契約?何の話だよ?全然わからん」

 夜見には唐突な話でわけがわからない。雪久と妃奈子の表情が、少し間抜けた顔になる。

「え?もしかして姫は、特殊雇用のことしらないの?」

「なにそれ?」

 ますます二人は困惑した表情になる。

「だから、同性の一般生と契約して課題手伝わせたり、部屋の模様替えとかの雑用させたりとかして……一種の校内バイトみたいなものなんだけど、お前、知らないの?」

 夜見は知らないと答えた。そんな話は入学案内にも書いてなかった気がするが……。

「それって、この学園の特殊ルールなのか?あたしは別に誰とも契約してないけど…」

「じゃあ、お前は体育の時間なにしてんだ。放課後だって図書館にもいないじゃないか」

「それに、姫は私がまとわりついても嫌がらないし……それはそれでうれしいけれど……」

 夜見はコーヒーをすする。微妙に説明が難しいが、相手は雪久と妃奈子だ。夜見の家のことは知っているし、雪久に至っては夜見が一般生でこの学園に入らなければならなかった事情もだいたい知っている。

「体育の時間はさぼって居眠り。放課後は遊んでるだけだけど?」

 二人は怪訝ケゲンそうな顔をする。それは仕方がないことだ。敷地が広いとはいえ、セキュリティに専任警備がいる学校で、その目を盗んで授業をまるまるサボれるはずはない。

「ちょっと、なにそれ。ちゃんと説明しなさい。私だって姫と遊びたいのに!」

「いや、そういう問題じゃないよ。先輩。セキュリティと警備に問題があるってことだし、第一こいつの遊ぶってやつは基本的に体術系だよ」

 夜見はあははっと困ったように笑う。

「ま、警備に知り合いがいてさ、サボるの免除してもらって交換条件で放課後、武術指導をね」

 なんだそれっと雪久が怒る。

「お前ねぇ、一応、表向き運動は医者にとめられてるってことになってんだぞ。バレたらどうすんだっ……ていうか、なんだってそんなことしてんだよ」

「まあ、怒るなよ。わかった、わかった。ちゃんと説明するから」

 夜見はしかたなく、今までの経緯を説明した。説明を聞いた二人の反応はそれぞれだった。妃奈子は目を輝かせて素敵とつぶやく。雪久は気の毒にと苦笑した。気の毒なのは夜見ではなく相手をさせられている久我に対しての同情だ。

「そういえば、私が姫と一緒にさらわれた時、すぐに発見されたけれど、あれはいったいどういう理由だったのかしら?」

「あれ?先輩、ヒミの家のこと知らないの?」

「どこかの大手企業ということは知っているけれど、それ以上はわからないというか、誘拐されたときからあの子はどこの子って誰に聞いても教えてもらえなかったのよ。とりあえず、何とか名前はききだせたんだけど。素性を調べることをきつくいいわたされたわ。それが今年の一般生の情報あつめてたら、比良坂夜見ってあるじゃない。こんな珍しい名前、この世に二人といるとは思えなくて、個人的に調べたのに出身中学と数々の武勇伝しかわからなかったの。まあ、姫に会えたから家柄なんてどうでもいいのだけど。この騒動とお家のことと何か関係があるの?」

 夜見は苦笑した。別に家のことを隠しているわけではないが、一般生という立場上、普通の家庭の子ということにしておいたほうがいいというだけだ。

「関係はあんまりないよ。むしろ、中学時代のトラブルがあだになって、この学園以外受験できなかったていうだけさ。まあ、聖は個人的な知り合いだし。久我はなかなかいいセンスしてるし。おかげさまで充実した毎日だよ。誘拐のときのあれは、あたしに発信器と盗聴器ついてたんだよ。だからうちの連中がすぐにみつけて世の中的には何もなかったことになってるよ」

「姫ってば私より箱入りだったの?」

「まさかぁ、あたしがパーティなんて退屈な場所でおとなしくしてないことくらい親は知ってるし、誰にどんな暴言吐くかわかんないから、戒めにつけられてただけだよ」

「ヒミってそんな小さいころからトラブルメーカーだったんだ」

 雪久は腹をかかえて笑った。

「なるほど、だから私はあのときすぐに助けてもらえたのね。……というか、どうして私、年上だったのかしら。同じ学年なら絶対特殊雇用してたのにぃ。ねぇ、九鬼君。特殊雇用の範囲拡大してくれない?」

「先輩……それは俺じゃ無理ですよ。ここのシステム知ってるでしょ。基本的に生徒会が主導権にぎってるんだから」

 それはわかってるんだけどと妃奈子はちょっと難しい顔をした。


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