茜先輩=恐怖
気まずい…。すごく気まずい。何が気まずいかって?この状況だよっ!私は今、廃校舎の例の部屋にいる。部屋には私の他にもう一人いる…。それが九先輩ならいいのだ。あの人となら、なんだかんだで話が弾むし、結構楽しい。超常現象科学部のもう一人の男子部員、新井 竜二先輩でもいいだろう。部室で一応、簡単な自己紹介をしたので名前は知っている。新井先輩は明るくて、感じのいい印象だった。しかし、必要なものを取りに行く、そう言って九先輩と新井先輩は部室へ向かった。つまり、必然的に私と超常現象科学部、唯一の女子部員、伊集院 茜先輩がこの場に残ることになった。
しかし、この茜先輩…。喋りかけても、全く相手にしてくれないのだ。さっきから何度話しかけても、適当な返事しか返してくれない。挙句の果てにはこれだ。
「あの…、茜先輩は、どんな食べ物が好きなんですか?」
「えぇ、そうね。」
「…。」
えぇ、そうね。ってなんですか!?質問の答えになってませんけど!?しかし、私はどうしても茜先輩にお近づきになりたかった。何故かって?聞きますか?それを聞いちゃいますか?
私は椅子に座って本を読んでいる茜先輩をチラリと見る。美しかった。女である私が見ても、全身鳥肌が立つほど美しい。しかし、その美しさからは生を感じない。もちろん私は死体など見たことないが、茜先輩のその真っ白、というより、青白い肌は、まるで死人の様だった。茜先輩の「死」の美しさに、私は思わず、ゴクリと唾をのむ。
不意に茜先輩は顔を上げた。黒く、長い髪の隙間から、これまた黒い瞳が私の姿を捉える。私は思わず目をそらした。
「何か御用?」
「えっ!?」
「私を見てたでしょう? 何か御用?」
「あっ、いやっ、そのっ、きっ、綺麗だな…、と思いまして…。」
全く興味がないのか、それを聞いた茜先輩は本に視線を戻す。そして私は、いらない言葉を最後に付け足してしまった。
「でも、綺麗な肌だけど、まるで死人みた…。」
「えっ?」
「あっ、いや、なんでもありません! すみません!」
私は急いで頭を下げる。
「死人? 私が死んでいると言いたいの!?」
「い、いえっ! 違います違います違います!」
物静かな茜先輩。しかし、私の不謹慎な一言が気に障ったらしい。椅子から立ち上がり、ものすごい剣幕で私に迫る。茜先輩の前進に合わせ、私は後退するも、あっという間に、壁に追い込まれてしまった。身長150cmの私に対して、茜先輩の身長は170前後。前に立たれるだけでも迫力がある。
「あなたにとって、それは軽い言葉かもしれない。だけど! 私にとってはどんな蔑みの言葉よりも、重い意味を持っているの!」
「すみませんっ…。ごめんなさいっ…。」
「あなたは…。」
「す、ヒック、すみませんっ! グスッ…、す、すみま…。」
「ちょ、ちょっと、なんで泣いてるのよ! 泣くほど怒ってないでしょ!? 私はただ…。」
「ウ、グスッ、すみません。グス…、ごめんなさい…。」
「ちょっと! 泣くことないじゃない!」
私は両手で顔を覆い、その場に座り込んでしまった。身長差が20cm以上ある茜先輩に迫られるのは、ものすごく怖く、つい泣き出してしまったのだ。
「お、おいっ! 茜! 何泣かせてんだよ!? …大丈夫か?」
そう言って、私の元に駆けつけて来たのは、九先輩だった。
「私は何もしてないわ! 彼女が不謹慎な発言をしたから怒っただけよ!」
「お前に怒られたらそりゃ泣いちゃうだろ。俺達だって泣いちゃうぜ。」
九先輩と共に帰ってきた新井先輩は、そう言って茜先輩の肩を叩く。
「奈央はなんて言ったんだ?」
九先輩は茜先輩の顔を見て、尋ねた。
「綺麗だけど…。」
「綺麗? 綺麗って言われて怒ったのか?」
「話は最後まで聞きなさい。竜二! 綺麗な肌だけど、死人の様。彼女は私にそう言ったのよ!」
九先輩と新井先輩の顔が曇る。そりゃあ禁句だ。という新井先輩の声が漏れた。死人、その言葉は茜先輩にとって何か意味のある言葉のようだ。
「お前の気持ちはわかるよ、茜。だけど奈央は何も知らなかったんだ。しょうがないだろ? 泣くほど追い詰めることはないんじゃないか?」
九先輩は茜先輩の前に立つ。その顔には少し怒りの表情が見えた。身長はそれほど差はないが、茜先輩の方が1、2cm高い。それでも、九先輩の独特の雰囲気は、他を圧倒する。勝気な茜先輩でさえ、九先輩の怒りの表情に、声が震えていた。
「た、たとえ知らなかったとしても、ふ、不謹慎よ。常識のある人間は言わないわ。」
「確かにな…。だけどお前を初めて見る人間なら、誰でも死を連想するさ。お前のその肌は、死者の肌だ。」
「おっ、おいっ! 悠馬! 言い過ぎだぞ!」
茜先輩の目が潤い始める。それでも九先輩を睨み続ける。
「何よ…。悠馬は、悠馬だけは私の味方だと思っていたのに…。悠馬だけは、私の肌の色も受け入れて…。」
「謝れ! 茜、お前が悪い! 奈央はお前の肌を褒めようと思っただけだ。」
「九先輩! 違うんです! 私が不謹慎なこと…。私が悪いんです!」
「もういいわよ! 悠馬なんて…、大っ嫌い!」
茜先輩の頬を涙が伝う。それを見た九先輩は突然奇声をあげる。
「ひょえぇぇぇぇぇぇ!」
そして急に態度を変える。
「茜! ごめん! 言いすぎた! 俺だ! 全部俺が悪い! 茜は悪くない! だから泣かないで!? ね!?」
「もう嫌い! 近寄らないで!」
「茜ぇぇぇぇ~~。そんな事言うなよぉぉぉ~~~~~。愛してる! 愛してるから!」
「近寄らないでよ! あっち行って!」
そう言いつつも、茜先輩の顔には笑顔が戻っている。さすが九先輩、超常現象科学部部長だ。その気になれば部員を一瞬で笑顔にできるのか…。しかし、それよりも私が気になったのは、やはり先輩達が妙に茜先輩の肌の色に、敏感に反応する事だ。確かに、茜先輩の肌の色は一度気にして見てしまうと、かなり異常だ。青白い。まるで全身に血管が浮き出ている様なのだ。もしかしたら、何か秘密があるのかもしれない。
とにもかくにも、私と茜先輩はお互いに謝罪し、問題は解決した。そしていよいよ、私が三日前の再現を行い、九先輩が神隠しの謎を解く!