マンツーマンレッスン
♡
夏休みなのに学校来ちゃった。と言うより、ほぼ強制的に来させられた。夏休み前の水泳の授業、記録会があったんだけど、10m泳ぐことも出来ず、小山先生との取り決めにより「10m泳げなかった奴は、8/20に学校のプールに来い。水泳の特別授業をする。風邪などで来れない時は仕方ない。」とあったので、私元気だから、カナヅチなのに、学校に来る事になっちゃった。うつだなぁ。
カナヅチなだけならまだいいよ。そんなへこまないから。でも、私が水着を着ると、男子からいやらしい視線を感じる。
私がカナヅチなの知ってて、普段平気で25m普通に泳げるのに、夏休み前の記録会で
「足つった!」
など嘘言って6~8mぐらいで止まって特別授業を受けに来る。そして女子達の水着姿をまじまじと見る!あぁ、下衆の極み!「最低」なんかよりももっとひどい言葉で罵ってやりたいけど、生憎うちの男子って、マゾヒストが多いのよね。「変態!」と言われちゃあ喜び、私の必殺パンチやビンタに倒れた後、なぜか良い顔するし、困ったねぇ。
とりあえず、胸を隠す仕草はしてるけど、相変わらず見てくるし!どしたらいいの!あー、どうして平熱なのよ、今日の私!
私達がプールサイドに腰を下ろして1分、小山先生がやっと来た。良かった。やっと私に目がいかなくなったわ。「疑惑付きの男子もいるが、10m泳げないのは、この歳になってまずい事だ。折角遊びに来た下級生につまらない思いさせてしまうぞ、一緒にプール行って泳ぐ時に。今日は何としても、9月中旬に行われる記録会に向け、ここにいる子全員泳げるようになるまで矯正してやる。女子4人には酷かもしれませんが、今日は一生懸命水に慣れ親しむつもりで練習に打ち込んでください。」
水に慣れろって言われても、怖いのよね、プールに入ると。特に足が着いてないところとか、その下に何かいるんじゃないかと思うと、怖い!あーやだなー。照りつく太陽が月に変わっちゃえばいいのに。
「あーそうそう。阪本さんは俺の代わりにいい先生を呼びました。その先生にしっかり教わってください。」
どゆこと?何で私だけ違う先生なの?もしかしてその先生って怖いのかな?「ヤル気あんのか!馬鹿野郎!」とかそれしか言わない人なのかな?どうしよう。そんなスパルタ教育の先生嫌だ!もー帰りたい…。
「小山先生!お待たせしました!」
「阪本さん、来ましたよ。俺が呼んだ先生です。今日の授業が終わる頃、きっと25m泳げるようになるだろう。良かったですね。阪本さん。」
えっ!?先生って、この人!?
○
「小山先生!お待たせしました!」
小山先生への挨拶もそこそこに小山先生の代わりに教える子を見てビックリ!つい声に出しちゃった。
「あ、あ、あきらちゃん!?」
「と、トモくんが私の先生!?」
あきらちゃんも驚いてる。だって、小山先生は一度も「阪本さんを教え込んでくれ。」って言ってないし、あきらちゃんも「たった今知ったわ!」としゃべり出しそうな顔してるし。
そんな僕らを横目に小山先生は
「それじゃ、阪本さんを頼んだぞ。俺は疑惑ばかりの男子と、一生懸命頑張る女子の泳ぎを見る。」
「無責任な先生」と一言で片付けられるならそう言いたいけど…。んっ?あっそうか!僕があきらちゃんをコーチングした方がはかどるだろうと、小山先生は判断したのか!
なるほどなるほどぉ~。
「ねぇ。厳しくしないでよ。私泣いちゃうから。」
「大丈夫だよ。ちっちゃい子に水泳教える時も、優しいお兄ちゃんになってるし。尚且つ皆泳げるようになってるんだよ。」
本当の事だ。だからと言って、あきらちゃんに子どもじみた言葉使って話す訳にはいかんがね。
「カナヅチなんだ。面倒かけるけど、大丈夫?」
「大丈夫よ。今に始まったことじゃないでしょ?」
「そうね。でも、克服できる?」
「モチロン!コツをつかめれば泳げるようになるよ!」
あきらちゃんの泳ぎは授業でも見た事ある。出だし良いのに、自然と足が沈んじゃうんだよなぁ。多分それも、カナヅチが影響してるのかも。
バディを組みながらの準備体操。いつもだと小山先生と気持ち悪くやってるところだが、あきらちゃんと組んでやると、いいね!すげー近くにあきらちゃんがいるよ!
いいぞ!体の筋という筋かいい感じにほぐれたね!って、男子らにガン見されてるし!ガン見というより、睨まれてるのか?
さて、入水だ。プールに入る前、手ですくった水を体にかけるんだけど、あきらちゃん、かける量が少ないよ。
「あー冷たい。温水の方が良いのになぁ。」
これ、何と言えばいいかな?何かさ、動作がちっちゃいね、あきらちゃん。イタズラしたくなっちゃった。自分ですくった水をかけるフリして、あきらちゃんに!
ザパーン!
「きゃっ!つめたーい!もぉ!トモくん!」仕返して来た!
ザパーン!ザパーン!
わぁっ!顔にかかった!悪かったって!ヤバいヤバい…、ゴーグルかけなきゃ。まだかけてくる!
あきらちゃん、顔は笑ってるけど、やってる事ひどいぜ。僕が始めたから言い返せねーけど。でも、可愛いね。子供みたいにはしゃいじゃって。あとちょっとで11歳になる僕が言うのもおかしいけど。
そうしてると小山先生が後ろから、笑いながら
「松本、遊びにきたんじゃねぇからな。」
ごもっとも。プールに全身つかる前に、結構派手に動いちゃったよ。あきらちゃん、息切れしてる。
6レーンある学校のプールのうち、一番右端の第1レーンが僕とあきらちゃんの為に設けられ、あとの5レーンは小山先生の指導のもと、男子6名、女子3名が泳いでる。それにしても、あきらちゃんのバタ足、どうしても沈んじゃうんだな。さぁ、どうやって解決しよう?
♡
また足が沈んじゃう。これじゃ、また特別授業を受け直すのかな、私。それに、なかなか泳ぎが上達しない。さすがのトモくんも、もうお手上げなのかな?
「あっ、分かった!」
えっ?どうしたの?トモくん。
「あきらちゃん、25mまでさ、ビート板使いながら手で水をかくのに意識してみて。僕はあきらちゃんの足首持ってるから。」
「えっ、何で?」
「理想のフォームは、水面と並行になって泳ぐ事なんだけど、あきらちゃんは5mしないうちに足が沈んじゃうでしょ。しばらくは僕が補助してあげるから、あきらちゃんは手の力や腕の力を使って泳いでみて。」
「わ、分かった。」
と、トモくんが私の足を持ってくれる!?そういや、トモくんが私の足を触った事って、今まで無かったわね。どうしよう、考えただけでもドキドキしてきた。
「あきらちゃん、足首持ち上げるよ。」
ひゃあっ!トモくん手が、私の足首をつかんでる!
「スタート。」
そのままじゃ泳ぎにく…くないよ!あれっ?意外とスイスイ進んでる!もう5m進んだ!
息苦しくなった…
「顔上げないと。」
そうだった、上げなきゃ。トモくんの手に意識し過ぎちゃった。
その後も手で水をかくことに集中したら、足元をトモくんがサポートしてくれたので、ある程度楽に25m泳ぎ切った。
「スゴいよ!今までここに到達した事なんて無かったんだから、進歩したね!」
えへへ…。トモくんに褒められた。何か、嬉しい。
今度は補助なしで泳いでみた。トモくんから教わったようにしよう。「水面と並行になるようなイメージで泳ぐと楽だよ。」
と言われ、足をできるだけ上の位置にして泳いだ。けれども、やっぱり足が沈んじゃう。
「大丈夫大丈夫!ちょっとずつ泳げてるよ!」
何度もくじけそうになっても、トモくん私を励ましてくれた。
「大丈夫だよ。コツをつかむまで大変なの誰だってそうだから。」
そうよね。まだまだ私はコツを掴みきれてないだけだから。10m地点に立つトモくんを見ながら思った。トモくん見てると、何だか頑張れそう。そして…
「おっ!足が浮いてる!完璧完璧!」
やっと理想のフォームに近い泳ぎが出来た。息継ぎもあまり顔を動かさないようになったわ。
トモくん、あれっ?トモくんどこ?慌てて顔を上げた。
あっ!溺れちゃった!助けて!助けて!トモくん!
○
あっ、あきらちゃん溺れてる!助けなきゃ!多分、僕が見えなくて、どこにいるんだろうと顔を上げた時に姿勢を崩したんだな。
急いであきらちゃんが溺れてる20m地点に向かった。水を少し飲んでるだろうし、とにかくあきらちゃんがパニックにならないよう落ち着いて行動した。
ようやく僕が助けると、しばらく苦悶の表情を浮かべてたが、目を開けて僕をみた途端、急に恥じらった様子だった。
「あっ、ありがと…」
「大丈夫?息整えようか。」
助けて水の中であきらちゃんをお姫様抱っこしてるのだが、さっきからあきらちゃんの息が顔にかかってるんだ。臭くないし、何の問題もないけどね。
急にあきらちゃんが笑みを浮かべた。どしたの?
「トモくん、私の脚に触れるの、初めてじゃない?」
そんなこと言っとる場合か!一歩間違えたら絶命してるところだったんだぞ!
んっ?あきらちゃんの足に触れた?足首ならさっきまでつかみながら補助してたな。それで、今僕が左手と左腕で支えてるのって、あきらちゃんの脚か!
かぁ~っ!本当だ!脚触った事なかったわ。でも、あきらちゃんはなぜか嬉しそうな顔してる。
すると、すぐそばで見てた女子のひとりが
「トモくんかっこいい!王子様みたい!」
と言ってきた。また冷やかしか!
何かもう焦っちゃって、あきらちゃんをお姫様抱っこしたまま、声をかけてきた女子に体ごと向けた。声の主は小野絵美裡ちゃんだった。
「溺れてたんだよ。あきらちゃん。」
「ピンチになったカノジョさんを助けるなんて、またカッコいいんだから!」
「や、やだなー。絵美裡ちゃんったら。トモくんからしたら当然の事よ。」
「あきらちゃんまで照れちゃって。あーあ、私もトモくんみたいな彼氏欲しいなぁ。」
そう言って向こう側のプールサイドにに戻った。当てつけかいっ!
「よーし皆!昼飯だ!給食のおばさんに無理言ったが、一人一つずつカレーを食べさせてもらえる事になったぞ!お代わりできねぇのが残念だろうが、この後も2時間泳ぐからな!腹一杯じゃ吐いてしまうから、よく噛んで食えよ!」
プールサイドでカレーを食うのか。何か変な感じだが、美味いね。
♡
昼食を摂りながら、午前にあったことを思い出してた。ずっとカナヅチだと思ってたけど、それはただの思い過ごしで、コツさえつかめれば、私だって泳げるようになることが分かった。もちろん、全部トモくんのおかげよ。
それにしても、溺れた時は危なかったなぁ。トモくんいなかったから、不安になった隙をつかれて、顔を上げたら、一瞬でパニックぶれちゃったわね。
そんな私を、トモくんは必死になって助けてくれた。お姫様抱っこされた時、何だか、また夢見心地だったの、今も覚えてる。脚も抱えてもらって…って私とトモくん、あの時密着してたんじゃない!?どうしよう。思い出しただけで恥ずかしくなった!
「んっ?どうした?あきらちゃん。顔真っ赤だよ。」
「えっ、あっ、えっとね、トモくん、助けてくれてありがとね。私をお姫様抱っこした時、トモくんと私、体が密着してたなぁと思って、ね。」
「あの時か、もう必死だったから、あきらちゃんと僕の体がひっついてるとか、全く気にならなかったけど、今思い出したら、かなり恥ずかしいな。」
そう、よね。もしもあの時、トモくんに抱きかかえられてるのを意識してたら…夏休み前に保健室で、偶然とはいえ抱きしめられた時のように嬉し泣きした、あの時みたいになったのかな。
「ねぇ、ちょっと体が冷えてきたから、身を寄せてもいいかな?」
「えっ?う、うん。いいよ…」
トモくん、戸惑ってるみたいだけど、私とトモくんの仲だもん。いいよね。
ピタッ
あっ、やっぱり、トモくんのあの感触だ。それに、何だか緊張してるのかな?トモくん。こんな身近にトモくんといると、トモくんの鼓動が聞こえてきて、何だか私まで緊張してきちゃった。でも、不思議ね。ずっとこのままでいたいような…
「よーし!授業再開だ!各自準備運動をしてくれ!」
え"っ!もう休み時間終わり!?もう午後1時回ってたんだ!もぉー、何か知らないけどいじわるー!もっとこの時間を長くさせてよー!
まぁ、何を言っても時間は止まらないので、泣く泣く練習を始めることになった私とトモくん。
トモくんのアドバイスを聞き、コツをやっとつかめた私は、午後でやっと25m泳げるようになり、徐々にだけど、泳ぐたびに上手くなっていた。するとトモくんは
「僕も泳いでいい?」
と一声。
そして、私が見たのは…
「すごーい!背泳ぎしてる!」
こんなトモくん見たことないわ!まるで智美ちゃんを見てるみたい!カッコいいなぁ。その後も、平泳ぎ、バタフライと、色んな泳ぎ方で私の目を釘付けにした。そうしてる間、私は小休止をとってたんだけどね。
「あきらちゃん、午前より泳ぎ上手くなったわね。」絵美裡ちゃんが話してきた。
「そうね、トモくんが私のために懸命に教えてくれて、もうトモくんには頭が上がらないわね。」
「あら、残念ね。頭が上がらなくなったら、お口にキスできなくなっちゃうわよ。あつーいディープキスも一生できないまま…」
「も、もぉ、やめてー!想像しちゃったじゃない!」
絵美裡ちゃん、こういう男女関係にはロマンを持つのよね。困った子だわ。
「3時だ!各自プールから上がれ!」
終わっちゃった。授業始まる前は早く帰りたい一心だったのに、楽しかったわ。だって、トモくんがわざわざ私のために水泳教えてくれたんだもの。
7月始め、保健室でトモくんと出会って、クラスメイトからからかわれたけど、お腹や脚を触られたけど、それでも、それでも…
「トモくんと友達になれてよかったー!」
「なっ、どうしたの?あきらちゃん。ちょっと嬉しいけど、照れるよ。」
「トモくん、今日一日ありがと。何から何まで、トモくんにお世話になりっぱなしで。でも、嬉しい。トモくんが参加してなかったら、多分今日の私は、落ち込んだまま家に帰ってるところだったわ」
「そ、そうなんだ。あきらちゃんにそう言われると、来て教えた甲斐があったわ。」
右手を頭の後ろにまわす仕草、典型的な照れた時の行動もどこか可愛げがあるわ。
でも、それも含めて、また一段とトモくんが好きになっちゃいそう。もし、トモくんから告白されたら…どうしよう。