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ジュニアスイミング全国大会


 いよいよ、待ちに待ったこの日が来たわ!8・11、ジュニアスイミング全国大会!!

 神奈川県を代表して男子100m自由形にトモくんが参戦してるのよ!この目でトモくんの勇姿、絶対に見届けなきゃ!


 この事を麻耶ちゃんに話したら「私もお供しますわ。楽しみですね。トモくん、全国の猛者にどこ迄食い下がる事ができるか、見ものですからね。」と言って、わざわざ私のために江藤家の8つあるうちの1つの寝室を用意してくれた。麻耶ちゃんも一緒に寝てくれる。これが2泊3日でしてもらえるものだから、麻耶ちゃん家はサービス精神旺盛ね。しかも朝食まで付くなんて、まるでホテルに泊まってるみたい!

 電車で移動するのかな、と思ったら、何とリムジンを用意してくれて、そのまま会場に向かった!一般庶民の私にとっては、もう麻耶ちゃんのサービスに何から何まで驚きっぱなしで、どれに触れたら良いか、気が気じゃなかったわ。


 私達が会場に着くと、そろそろトモくんが出る競技が始まろうとしていた。今日のトモくんは、男子100m自由形 予選1回目、勝ち上がれば予選2回目にも登場するわ。

 トモくんの出番を待ってる間

「お飲み物、何か取って来ましょうか?」

麻耶ちゃんが進んで動いた。

「私も何か…」

麻耶ちゃんに動いてばかりだと悪い気がしたので、私も席を立とうとした。

「いいえ、あきらちゃんはそのままでお願いします。」

 いいの…かな?でも、これが麻耶ちゃんのしたい事なら…

「分かった。あきらちゃん、オレンジジュースお願い!」

「かしこまりました。黒岩さん、ご同行お願いします。」

何だか、私が麻耶ちゃんより身分が上の人になった気分ね。ちょっと冷や汗かくわ。男子たちに見つかったら、大変な事になるわ。麻耶ちゃんの横でお供をしてるのが、執事(と呼ぶのかな?)の黒岩さんね。私の後ろにも執事にあたる方が一人いるのよ。黒瀬さんという方が。

「阪本様、失礼ですが、クラスメイトの松本様とはとのようなご関係でしょうか?」

「えーと、ね。学校で、私が頭痛になった時、治してくれたのよ。本当、心が優しくて、とってもいい人よ。」

大体本当の事だよ!私嘘ついてないから!

「さようですか。この歳にしてお嬢様を看護される、まさに紳士。この黒瀬、松本様に最大の敬意を込め「あっぱれ!」の言葉を送りたい!」よくわからないけど、黒瀬さんは、たとえ相手が年下であっても尊敬の念を忘れない、律儀な方なのね。


 あっ!トモくん出た!トモくんの登場に合わせて、横八小5年2組の面々が一斉にトモくんを応援しだした。小山先生もいるわ!赤崎先生まで来たの!?これは期待大ね!

 麻耶ちゃんも、何とか飲み物取りに戻ってこれた。若干時間がかかったのが気になるけど。

「第10組 4レーン 神奈川代表 5年生 松本智彦くん」

「ガンバレー!智彦!」

「トモくんファイトー!」

 いよいよね、トモくんの初全国戦!否が応でも、緊張するわね!全10人の選手紹介が終わると、各々スタートの準備に取りかかったわ。トモくん、どうなるかな?


On your mark.

Ready.

ポンっ!


「トモくん頑張れ~!」

 私も麻耶ちゃんも、トモくんに声援を送り続けた。



 会場の横浜国際プールには誰よりも早く着いた。ここが横浜国際プールか。全国大会は毎年会場が変わってる。たまたま今年は横浜開催とあって、移動にあまりお金がかからなかった。他県、北海道や沖縄からも来るわけだから、その子らの前で「僕は地元の人だよ」みたいな顔はできないけどね。


 いよいよ競技が始まる。ずっとF1を観てて思ったが、やっぱりスタートって一番緊張するね。けれど、なぜかその緊張が楽しく感じる自分もいた。

 さぁ!準備だ!10人の選手紹介が終わり、スタート台に立った。萎縮したり、緊張したりする必要はない。とにかく今まで練習したこと、それだけを頭に叩き込むだけで良い。あとは体がついて行けるか。


On your mark.

Ready.

ポンっ!


 スタート!僕はとにかく全力で泳いだ。一回戦だし、そんな全力で泳がなくったっていいのでは?と言われそうだが

「タイムアタックで上位にいなきゃ、次の戦いに進めないと思うと、せっかく全国まで上がった意味が無い。」

と僕は言い返す。コーチからも

「常にベストを尽くせ!1回戦から全力だ!」

と檄を飛ばされてる。

その檄に動かされたのか、50mのターンで、一瞬だけしか見えなかったが、僕がトップを泳いでるように見えた。あくまで見た目なので、なおも追撃の手は緩めなかった。ただ、感嘆の声が聞こえた。そんなに前を泳ぐ子が速いのかと思った。

壁にタッチし、100m泳ぎ切った。横を振り返ると、まだ泳いでる途中の子がいて驚いた。てことは、さっきの感嘆は、僕に対してだったのか。電光掲示板を見ると、2位に4秒以上の大差をつけてた。速いね!我ながらまた驚いた。


 続く予選2回目も、なるべく全力で泳いだ。探り探り泳いでるのもあるだろうけど、なぜがまた他と大差をつけて勝ち上がった。

 1回目も2回目も、大差をつけて勝ったが、あまり喜ぶことはなかった。明日以降、もっと強い敵も潜んでいるし、優勝候補、この全国大会に1年生から出て4連覇中の北島圭一くん(東京代表)とはまだ泳いでない。彼との対決、楽しみだが、正直恐ろしくもある。勝てるかどうかの心配もそうだが、何とか一矢報いる事ができるかという不安が大きかった。


 この後に女子の100m背泳ぎがある。うちのスイミングスクールの子が出場してる。仲野智美(さとみ)という、これまた僕と同じ学校に通う子が出てる。僕を呼ぶ時「せんぱーい!」と言うのが彼女の呼び方。正直、学校でそれ言われると、周りから青春ドラマで恋愛関係にいる男女と誤解されそうで困るのだが。

仲野も順当に今日の2レースで勝ち上がってみせた。


この後コーチと僕と仲野の3人が集まり、2日目の戦略などを話し合った。戦略と言ったって、「ベストを出せ!」と言う程度の話し合いなので、それほど長い時間話す事はなかった。ものの20分、ほとんどが質問会みたいな感じで会議が続いた。

「質問はもう無いか?」

「僕は大丈夫です。」

「私も先輩と同じです。」

「分かった。では解散。明日までしっかりと休息を取るんだぞ。」

「「はい!」」


 何とか勝ち上がったので、宿泊先のホテルに向かう足がどことなく軽かった。正直、スキップしながら帰りたかった。隣に仲野がいるから出来ないけどね。

「トモくーん!」

んっ?誰か呼んだか?声がする方を向くと…

「あっ、あきらちゃん!?」

思わず足を止めてしまった。



 えっ!?トモくん?まさかこんなところで会えるなんて!正門から、いい表情で出て来たわね。横にいる女の子は、確かこの間話してた、3年生の仲野智美ちゃんかな?あの子も笑顔ね。そういえば2人とも、いい泳ぎだったわ。1日目のトップタイムを出して、上々の滑り出しだったわ。


「トモくーん!」

あっ、気付いた。私がトモくんに寄って行くと、トモくんは驚いた様子で、歩みを止めてたわ。

「トモくん!お疲れ様!」

「あきらちゃん、来てたんだ!」

「もちろん来るわよ。麻耶ちゃんも一緒に来てくれたのよ。」

「えっ!?江藤さんも!?いやー、済まないねぇ。江藤さん。」

「麻耶ちゃんと、お呼びになられても構いませんわ。大切な友人のお願いですから、わたくし、精一杯応えました!」

「そうなんだ。いやーありがたいね。応援に来てくれる人がいるとね、仲野。」

「そうですね。私もお父さんやお母さん、それにクラスメイトが会場に来てくれたのを見ましたよ。嬉しかった。」

 何気ない普通のトーク。プールから上がると、2人とも普通の小学生なのよね。


「ところで、阪本さんは松本先輩とどんな関係ですか?」

「んっ?あぁ、クラスメイトで、いい友達だよ。ねっ?あきらちゃん。」

「うん。トモくん、優しいよ。私、実は男の人苦手なんだけど、トモくんだと何でも受け入れられちゃうのよね。」

「そうなんですか。松本先輩と阪本さん、あまりにも仲が良いので、私てっきり…夫婦かと…」

智美ちゃん!?何て事言ってるの?カップルとかならまだしも、夫婦って!余計ドキドキするじゃない!

「仲野!その呼び方やめろって!てか初めて言われたぞ、夫婦って。」

 あらら、トモくんの顔真っ赤にしてる。でも、智美ちゃんに悪意が無かった事はわかったわ。

 それにしてもこの後輩も、おっかないわね!あと、麻耶ちゃん、私達が恥じらう様が初々しく見えるのかわからないけど、さっきから微笑んでばかりよ!


「阪本さん、江藤さん、私達が泊まるホテル行ってみます?たいしたもの置いてませんが。」

 この一言で私と麻耶ちゃんはトモくん達が泊まるホテルに向かった。私は、遠慮したかったけど、麻耶ちゃんが

「それはとっても楽しみですわね。私行きます!黒岩さん、黒瀬さん、ご同行お願いできますか?」

「「御嬢様の要求に、NOとは言えません。我々も同行致します。」」

こんな感じで、麻耶ちゃんも味方作っちゃったし、半ば仕方なくだけど、私も麻耶ちゃん達と一緒に行く事にした。反面、ちょっと楽しみなのは表に出さなかったけど。


 ホテルの中に入ると、空調が整ってる事もあり、思いのほか快適だった。過去に水泳の国際大会が、私たちが今日行った所で開催された時、現役のアスリートやコーチも太鼓判を押すほど評判が良かった。とトモくんから聞いた。

 部屋の中はというと、思ったよりこざっぱりしてるの感じだった。だけど、トモくんが寝るであろうベッドは一目でわかった。そのベッドの近くにある机の上に、赤と白のカラーリングが施されたF1カーのミニチュアが置いてある。

「あっ気付いた?あきらちゃん。あのF1カーはね、去年の日本GPで松元友彦選手が勝った時のマシンのミニチュアだよ。書いてあるでしょ?「1991 JAPANESE GP WINNER TOMOHIKO MATSUMOTO」って。」

 確かに、あまりF1詳しくないけど、トモくんとほぼ同じ名前の方が優勝した事は伝わったわ。

 トモくんのF1話は思ったより長くなかった。おおざっぱな話に終始してくれて、正直私としてもホッとした。ついていけなかったらどうしようかと不安になったけどね。


「トモくん、あきらちゃん、私と智美ちゃんはこれからお飲み物を取りに行って来ます。何か欲しいものありますか?」

「えっいいの?いやー、麻耶ちゃn…」

「いいの、麻耶ちゃんの好きにさせて。麻耶ちゃん、ああいう風に人の為に動くの好きだから。」

「そうなんだ。分かった。としたら、AQUA WATER(スポーツドリンク)お願い!」

「私は、オレンジジュースね!」

「かしこまりました。(メモとりながら)AQUA WATER(スポーツドリンク)とオレンジジュースですね。取ってまいります。智美ちゃん、一緒に行きましょう。黒岩さん、ご同行お願いします。黒瀬さんはこの部屋の外の見張り、お願いします。」

 麻耶ちゃん、仲野、執事さん2人が部屋の外にいる。という事は、今部屋の中にいるのは、私とトモくんだけ!?麻耶ちゃん、どういう事?もしかして、私とトモくんを残す為にわざとそうしたの?あー、罠にはめられた!

 いや、ちょっと待って。これって、私が前々からやりたいなと思った事をする、チャンスじゃないかな?となればもう、やるしかないわよね。


「あきらちゃん、オレンジジュース好きなの?」

「うん!さっき観戦中にも飲んだんだ。すっぱくて、甘いから、私ついつい飲んじゃうんだぁ。」

「確かに美味しいよね。それに、知ってる?オレンジにね、ビタミンCというのが入っててね、肌を良くする効果があるんだって。」

「そうなの!?あぁだから私、皆から「肌きれいね。」って言われるのかな?」

「きっとそう。」

 おぉ、トモくんからいい事聞いた!でも、オレンジジュースって、飲み過ぎるとカロリー摂っちゃうからちょっと太るのよね。気を付けないと。


 会話、止まっちゃった…。トモくん、私がこれからする事をされちゃったら、びっくりするかな?でも私はしたいなぁ。夏休みに入ってからなかなかトモくんに会えなかったから、会いたい思いと同時に、どうしてもアレをしたい気持ちも高まっちゃうのよね。

 うん!しよう!

「トモくん、ちょっと目を閉じてもらっていいかな?それで、私が「いいよ」と言うまで開けちゃダメよ。」



 目をつぶる?何するつもりなんだろう?まさかこの大事な大会期間中に、僕を殺すなんて事しないでしょうね?まぁ、出来ないと思うけど。

「目開けていい?」

「まーだだよ。」

 かくれんぼかよ。となると僕は、鬼役だな。それにしても目をつぶってから長い時間経つね。どうしたいんだろう?

 僕が考えられるのって、目をつぶったまま、右手の指の1本を口にくわえたり、甘噛みしたりするんじゃないかと思うんだが。はたまた僕の人差し指を貸して、自分のへそをなぞり出すんじゃないでしょうね。何するのかな…


チュッ


 えええっ!?今「チュッ」て音した?何か、右頬がやけに湿っぽいぞ。聞いても聞かなくても、答えはたぶんアレで正しいんだと思うが、聞いてみよう。

「あきらちゃん、目開けていい?」

「いいわよ。」

 すぐ目を開けて、あきらちゃんを見た。

「あきらちゃん、今何したの?」

「どうしても教えて欲しい?私としては、教えたくないんだけどなぁ。だって、恥ずかしいから。」

気持ちは分からなくもないが、そうはさせんぞ。ちょっと揺さぶりをかけてみよう。

「気になっちゃうから教えて!でなきゃ、明日集中力乱して、負けちゃうかもしれないから。」

「ええっ!わぁやだやだやだ!トモくん決勝に残って欲しいもん!」

「じゃあ、教えて。」

「…分かった。もぉ、強引なんだから。」

 あれっ?恥じらい方が何か変。大人びてるというか、前に見たセクシーな感じがする。左手で軽くこぶしを作り、それを口元に置いてるし、伏し目になりながら、ちょっとだけ体をくねらせてる。どこかで見た子役の演技なんかより、すげぇリアリティだなぁ。もちろん、あきらちゃんは演技なんかじゃないけどね。


「私…トモくんのほっぺに……キス…しちゃった。えへへ…」

 なななな…何ですと!?あっ、だから、頬が湿っぽいなぁと思ったんだ!うぉー。何か、不思議な気分だわ。どの表情になればいいんだろう。嬉しいような、恥ずかしいような、ちょっと背徳感があって、ちょっと切なくなるような、そんな感情が入れ替わりで来るから、どんな顔したらいいか分からなくなるなぁ。

「あ、ありがと…。明日以降も頑張れそう…。」

「ど、どうも。明日も、頑張ってね。」

 こうなるよね。お互いドキドキしちゃうから、言葉続かないよね。あきらちゃんの唇、やっぱりいいね。潤ってると言うか、柔らかいし。また一瞬しか確かめられなかったけど、こんなにうっとりさせるキスなんて、滅多にないかも…。


「黒瀬さん、御苦労様でした。只今戻りました。」

「只今戻りました!」

 えっ!余韻に浸ってられねーのか?麻耶ちゃんと仲野が戻ってきた!わぁーどどどと…どうしよう!って、あきらちゃん切り替えはやっ!

「お帰りー。麻耶ちゃん、智美ちゃん。」

「飲み物、ありがとね。」

 しっかし、今の…キスは、ドキドキしたなぁ。麻耶ちゃんから貰ったAQUA WATER、気がついたら早くも半分飲んじゃった。

「どうかされました?トモくん?」

「先輩、そんなに早く飲んじゃうと、あまり良い水分補給が出来なくなりますよ。」

 そりゃ気になるよなぁ、麻耶ちゃんも仲野も。

「大丈夫だよ。何でもない。普通に話してただけだよね?あきらちゃん?」

「そ、そう。あの、トモくんの机にあるF1カーの話とか聞いたの。マニアックだったけど、ちょっと面白かったよ。」

 なるほど、うまくつじつま合わせたね、あきらちゃん。絶対に「トモくんのほっぺにキスしたんだ。」なんて言えないもんね。まぁ、僕も言えないけど。


 何だかんだで、6時半まで僕ら4人と執事さん2名はホテルで色々と話し込んだ。名残惜しかったけど、また明日もあるから、その時までお楽しみに!と言ってあきらちゃんと麻耶ちゃんを送り出した。

 リムジン乗って帰るのか。麻耶ちゃんらしいなぁ。ああいう風にあきらちゃんをもてなすとはね。


 翌日も、予選3回目に出場。昨日の「勝利の女神様のキス」が効いたのか、ここでも大差をつけて次に進めた。ただ、昨日と比べて周りも強くなってるから、差は少ないけどね。

 次は準々決勝、と思ったら、棄権選手が多かった事から、この準々決勝は取り止めて、準決勝が始まることになった。

 ここで僕の隣に、優勝候補の北島くんが泳ぐことになった。前々から見てたけど、速いんだよなぁ、彼。最低でも、彼のしっぽでも見える位置でゴールしたいな、と思ったが、北島くんとのつばぜり合いになっちゃった。

 それで、壁にタッチして電光掲示板を見たら、僕と北島くん同タイムだった!北島くんの方をを見たら

「マジか。俺全力出して智彦と同タイムか。」

と悔しそうに呟いてるのが聞こえた。


 もしかして、あきらちゃんのキス、本当に効いちゃったのかな?だとしたら、またやって欲しいよ。勝てそうだから。でもさすがに2回続けてはしてもらえないか。

 期待しつつ、現実を見ながら正門を出たが、今日は会えなかった。その代わり、フロントに着いたら

「松本様、お手紙を預かっております。」

とホテルマンから1通の手紙を渡された。

そこには

「決勝進出おめでとう!今日のトモくんまた一段とカッコ良かったよ!明日の決勝、頑張ってね!結果はどうあれ、トモくんが全力出してくれたら、私はそれでいいのよ。 阪本あきらより」

もう1枚

「決勝進出おめでとうございます。私達は今日もトモくんの力強い泳ぎを拝見いたしました。思わず惚れ惚れしてしまいそうな力強い泳ぎは、私達の目に未だに焼きついております。明日もその力強い泳ぎで私達、そして会場に詰め掛けた皆様に感動を与えてくださいませ。それでは長文失礼しました。ご健闘をお祈りします。 江藤麻耶」


 ちょーうれしー!こういうお手紙って、形にも残るし、色んなパワーを貰えるんだよなぁ。

「松本先輩、ご飯一緒に食べませんか?」

「あぁ、行こうか。」

「先輩、目がうるんでませんか?何か嫌なことでも?」

「いや、さっキあくびしテタ。」

「んっ?嘘ですよね、先輩?嘘つくとどうしても言葉や見た感じが不自然になるんでるよね、先輩は。」

「わかったよ!本当のこと言うから!昨日ホテルに来た2人、覚えてる?」

「阪本さんと麻耶お姉ちゃんですね?」

「うん。あの2人から手紙もらったんだ。短い文だったけど、感動しちゃって。」

「涙もろいんですか?先輩は。」

「どうだろう?太平洋戦争中の兄妹の様子を描いたアニメを見ても、僕だけ泣かなかったしなぁ。」

 仲野、最近僕を弄んでないか?多分、あきらちゃんと会ったあたりで僕を見る目が変わっただろうなぁ。

 少しばかり余計なこと考えつつも、僕と仲野は、ホテルの食堂へと向かった。よく食って、よく寝て、エネルギーしっかり蓄えて、また明日頑張るぞ!



 今日は最終日よ!昨日は優勝候補と互角に渡り合える泳ぎを見せてくれたんだから、もしかしたら、トモくんの初出場日本一もあるかも!でも結果はたとえ振るわなくたっていいの。一生懸命泳ぐトモくんを見れたら、私はそれで大満足よ!トモくん、頑張ってね!


「えー、皆さん集合しましたね。今日はうちのクラスから松本智彦が、決勝に進出してます。ここにいる全員の応援で、松本を勝たせてあげたいと思い、俺は皆さんを呼びました。夏休み中にもかかわらず、ありがとう!」

 今日は5年2組が全員集まってトモくんの応援に駆けつけたの。小山先生がトモくんの決勝進出を聞きつけ、クラス中に連絡を送ったんだけど、前からもう会場に来てる子いたわよ。まぁ、先生は見えてなかっただけなのかもね。というわけで私は今「松本智彦 応援団」と化した5年2組の集団にいるわ。私の隣には麻耶ちゃんもいるわよ。

「あきらちゃん、楽しみですね!」

「うん!トモくんがうちのクラス、横八小、神奈川県を代表して出てるんだもん!そわそわしてきた!」


 スタートに向けて選手紹介が終わったあと、各選手スタート台に立ったわ。さぁ!決勝よ!トモくんは4レーン、優勝候補の北島さんは5レーンから、直接対決ね!どうしよう。さっきからドキドキが止まらない。トモくん、出来れば勝って欲しいなぁ。


On your mark.

Ready.

ポンっ!


「頑張れー!智彦!」

「イケイケ!トモくん!」

 スタートと同時に、クラス中が一斉にトモくんに声援を送った。私も精一杯の声援を送った。ちょっとのどが痛かったけど、とにかくトモくん活躍して欲しかったから、無我夢中で応援したわ!


50mのターンに入った。あっ!トモくんちょっと遅れてる!全体の6番手!でもここからラストスパートよ!トモくん!頑張れ頑張れ!

 トモくん追い上げて来た!徐々に北島さんとの差を詰めてる!頑張ってあとちょっとでゴールよ!


 フィニッシュ!したけど、トモくん優勝出来なかった…

「あっ!でも3位だ!」

山田(和也)くんの声に反応して、電光掲示板を見た。あっ本当だわ!


1.キタジマケイイチ トウキョウ

2.シミズヒロアキ ホッカイドウ

3.マツモトトモヒコ カナガワ

(以下略)


と書いてあるわ!やったやった!3位だ!優勝じゃなかったけど、素敵!トモくんよく頑張った!すごいなぁ。どうしよう、感動のあまり泣きそう。

「あきらちゃん。はい、これどうぞ。」

麻耶ちゃんがハンカチを差し出してくれた。

「ありがと…。」

あー、トモくんスゴかった!目に浮かべた涙を拭きながら、トモくんが北島さんとがっちり握手するシーンを眺めた。戦いの後の友情、素晴らしいわ。


 午後になると、今度は智美ちゃんの背泳ぎ 決勝が始まった。トモくんの出番が終わったから、すっかり5年2組はローテンションね。でも、私と麻耶ちゃん、あの子知ってるから、何だか応援したくなるわね。向かい側の小さな団体が賑やかね。もしかして、向こうもクラスメイトを集めて応援に駆けつけたのかな?うちらと同じ発想ね。


 レースがスタートした!先頭を競る集団の中に智美ちゃんいるわ!おぉ、ちょっとだけリードした!智美ちゃん、そんなに体大きくないけど、フォームがきれいね。体がよく伸びてるように見えるわ。50mのターン。おっ!智美ちゃんトップよ!依然フォームは崩れてないわね。まだ一歩前進してる!このまま、どうかこのまま、トップでゴールして!…

 フィニッシュ!結果は…


1.ナカノサトミ カナガワ

2.イイジマメグミ イシカワ

3.ナカムラミホ アイチ

(以下略)


 やったー!今度はうちの学校から日本一が出たわ!私と麻耶ちゃんだけ大喜びしてたら、かなちゃんが

「およっ?ここにも3年生がいる。」

 この声と共に皆に笑われた。

「違うって!かなちゃん!」

そして私が恥じらいながらツッコむ。

「3年生で私の知ってる子が勝ったのよ!」

「そうです。仲野智美さんがその子ですわ。」

珍しく麻耶ちゃんも乗っかった。少し冷や汗をかいてるようにも見える。

「もしかして、トモくんの紹介?」

「う…うん。トモくんに教えてもらったし、会話もしたのよ。」

「私は、もう「麻耶お姉ちゃん」と呼んでくれましたわ。」

「すっごい!麻耶ちゃん!もう仲良しじゃん!」

そうね。だって、一緒に飲み物買ってきたの、私知ってるわ。…

って、あーやだやだ!その間の私の出来事思い出しちゃったじゃない!その時のこと、何があったって話すものですか!絶対言わない!


 全競技が終了して、30分が経った後、表彰式が始まった。それぞれの競技でトップ3に入った子達が入場した。智美ちゃんは金メダルと金のトロフィー、トモくんは銅メダルを獲得した。首からぶら下がる、トモくん獲った銅メダル、何だか、オリンピックで見るよりもずっと輝いて見えるわ。その時私、頭の中でトモくんからメダルをもらったシーンを、も…妄想しちゃった。


(あきらの妄想)

「あきらちゃん、銅メダルだけど、あげるよ。」

 銅メダルを私の首元に飾った!?

「えっ!いいの?トモくんがせっかく頑張って獲ったのに。」

「いいの。僕の感謝の気持ちだから、受け取ってくれるかな?」

「わ、分かった。トモくんがどうしてもって言うのなら、受け取るわ。」

「それにあきらちゃん、あの時の…キス、効いたかも。本当にありがと…。」

「そ…そんな、私は何も…」

「してくれたんだ。僕が最大の力を発揮できるような、おまじないなんかよりもすごいこと、あきらちゃんは僕にしたんだ。だから、今度はあきらちゃんが、目をつぶってくれるかな?」

「えっ!?何するの?」

「ヒミツ。言っちゃったら、お楽しみじゃなくなるでしょ?」

「わ、分かった。」

 どこにキスするんだろう?いや、キスと決まってるわけじゃないし、何だろう?


ぴたっ


 えっ?ちょちょ…ちょっと!両頬触って、え、でもちょっと?もしかして、もしかして、し、しちゃうの!?そこに?

 わ、私、初めて、なのよ!どうしよう!トモくんの顔が、トモくんの唇が、私の唇に近づいてくるわ!ファーストキス、私の好きな人に奪われるのね!

 ずっと、ドキドキしっぱなしだよ。ああっ、トモくん、トモくん…


「…ちゃん!?あきらちゃん!?」

 っあっ。あれっ?トモくんは?それにまだ、キスされてないわよ?

「あきらちゃん、表彰式おわりましたわ。それに、どうかされましたか?お熱が出ているようですが。」

「麻耶ちゃん、きっとあきらちゃんはね、妄想してたんだと思うよ。よく思い出してごらんよ。目を閉じて、唇をちょっととがらせてたでしょ?」

「あっ!キス!?もしかして、想像でどなたかとキスされてたのですか?」

「それで、どこにされたの?唇とか?唇とか?」

だぁー!恥ずかしい!麻耶ちゃんもかなちゃんも、何で盛り上がってるのよ!そうして何か沸き立つものを抑えられなくなった私は、プール中に響く声で叫んだ。

「…っ、…っ、そこまで追求しなくったっていいでしょー!!」



「そこまで追求しなくったっていいでしょー!!」


 プププっ。な、何だ今の叫び声。てか、誰が叫んだが、一瞬で分かってしまった。

「先輩、今の声デカかったですね。もしかして、阪本さんですか?」

「でしょうね。僕もあきらちゃんだと思うよ。」

 丁度更衣室を出て、仲野とばったり会った時に、あきらちゃんの魂のシャウトを聞いた。もう、場内にいる観客や、僕ら出場者は帰ったのにね。北島くんとも

「また来年な!次は勝つぞ!」

「あぁ、俺負けねぇからな!」

と言葉を交わして帰って、今、北島くんは東京に戻った頃かな?

それにしても、あきらちゃんに何があったんだろう?不思議だ。


 そうして、仲野と正門を出た。仲野の首からぶら下がる金メダル、一度でいいから飾ってみたいねぇ。そう言ったって多分仲野は「何か盗られそうなので、渡しません。」と言われそうだ。僕にはあり得ない話だがな。人のもの盗るなんて。

 僕のは銅だ。いい色じゃないけど、初めての全国大会でこの結果は、優勝したぐらい嬉しいね。


パーン!


 うえっ!何だ?クラッカーの音か?僕と仲野がびっくりしてると、目の前に手書きの横断幕があった。そこには


5-2 松本先輩 3-1 智美ちゃん

全国大会 第3位&優勝 おめでとう!


と書かれてあった。ほとんどが仲野のクラスメイトが作って掲げてるが、僕から見て右端にも(山田)和也や剛史、森嶋さんも持っていた。しかも、両クラスともほぼ全員が揃ってるので、僕と仲野の前には約70人の人だかりがいる。多分、うちのクラスの連中は仲野のクラスの案に便乗したな。いい言葉に変えると、協力してあげたんだろうね。

「麻耶お姉ちゃーん!」

「智美ちゃーん!おめでとうございます!煌びやかな金メダルですわね。」

「はい!麻耶お姉ちゃんも持ってみますか?」

「ありがとう。わぁ、思ったよりも重いのですね。まぁ…」


チュッ(麻耶がメダルにキスする音)


「あら、ごめんなさい。どうしてもやりたくなっちゃって…」

「いいですよ。麻耶お姉ちゃん。」

 こっちはこっちで微笑ましいシーンだ。また1人、お友達ができて良かったな、麻耶ちゃん。適度に麻耶お姉ちゃんに甘えてやりなよ、仲野。


 あれっ?あきらちゃんがいない。どこ行ったんだろう?5年2組は皆揃ってると思ったら、1人いなかったんだ。

黒髪ロングの女の子なら6人はいるけど、その上に赤いフレームのメガネをかけた子となると、あきらちゃんしかいない。そのあきらちゃんが、僕の視界には見えないのだが、まさか奥で引っ込んでたりしてないでしょうね。不安になったので、あきらちゃんについてかなちゃんに聞いてみた。

「ねぇ、かなちゃん。あきらちゃん見当たらないんだけど。」

「あきらちゃんね、まだ観客席にいるわ。「ちょっと、1人にさせて。」って言ってた。それで、私らもあきらちゃんの言うとおりにしたの。妙に恥ずかしがってたわ。」

 何でだ?僕、あきらちゃんに何か気に障る事したっけ?とにかく今の話であきらちゃんは観客席にいることはわかった。

「ちょっと行ってくる。」

「連れ戻して来なさいよ!カレシさん!」

「そのあだ名やめい!」

またかなちゃんからそう呼ばれたよ。参ったなぁ。


 あきらちゃん、どうしたんだろう?「1人でいたい。」って言い出して。観客席に着くと、やっぱり、あきらちゃんが1人たたずんでいた。あきらちゃん、僕の姿を一瞬見たけど、すぐに、誰も泳いでないプールに視線を戻した。

「なっ、なぁに。どうしたの?」

あまり機嫌良くないなぁ。

「僕、何か気に障ることしたかなぁ?全然身に覚えないんだけど。」

「違うのよ。1人妄想してたら、急に恥ずかしくなっちゃって。それが一部のクラスメイトにもちょっと漏れたのよ。きっとクラスの男子に小馬鹿にされると思ったから、皆といたくないなと思ったのよ。」

「そっか。あきらちゃんなりにそう思ったんだね。」

「うん…」

「その妄想の内容、詳しく聞いてみたいところだけど、あきらちゃんに恥をかかす訳にいかないから、追及しないよ。」

「うん…。私的にはそうしてもらった方が助かる。」

だろうね。あきらちゃんの為には、そうした方がいいのかも。

 しかし、あきらちゃんを見てて思ったんだが、何だか落ち込んでるように見えるね。元気付けるもの、何かあれば…

「コレ」大事にとっておきたかったけど、あきらちゃんに渡そう。


 そうして僕はそっと、あきらちゃんの背後に近づいた。そうして、あきらちゃんの首元に「コレ」を飾った。

「えっ?何々?」

急な出来事に驚くあきらちゃん。僕があきらちゃんに飾った「コレ」を見て、さらに驚いた。

「これって、銅メダル!?」

「うん。あげるよ。金じゃなくてごめんな。」

「いや、いいけど。えっ?だって、トモくんが頑張って獲った、貴重なメダルじゃない。もったいないよ。」

 あきらちゃんは困惑するだろうけど、僕の思いは変わらないよ。

「本当はさ、家に飾ってずっと眺めてたいんだけど、本当にあげるべき人にあげたいな、と思ったから。」

「そのあげるべき人って、私?」

「うん。僕のことを3日間も応援してくれたからね。」

「それなら麻耶ちゃんだってそうよ。3日間来てたクラスメイトだって他にもいるわよ。」

「もう一つ理由があるんだ。誰よりも熱心に、サポートしてくれたから。」

「わ、私、トモくんのことサポートしてたかな?」

「してた。大会初日が終わって、宿泊先の部屋の中で2人っきりになった時…。その時にあきらちゃんが僕にしてくれたことがそうだよ。」

 今でも覚えてる。右頬の柔らかく、潤った感触。間違いなく、あきらちゃんの唇が、僕の右頬に触れた、あの瞬間が頭の中をよぎった。

「で、でもあの時だって一瞬だし、ア、アレがサポートと呼べるのかな…?」

「最高だったよ。多分、あのキスがなかったら、メダルは貰えなかったと思うんだ。」

「そう…」

 しばらく沈黙が続いた。その間、あきらちゃんは銅メダルを強く握りしめた。そしてせきを切ったように

「わかったわ、トモくん。私、トモくんから貰ったこのメダル、大事に保管する!」

「ありがとね。やっぱりこのメダルは、あきらちゃんがかけると、もっと輝いて見えるね。」

「も、もぉ、私をおだてたって、何も出ませんよー。」

 お互い笑みがこぼれた。あきらちゃんと2人っきりでいる時間、何だか楽しいなぁ。


「そろそろ、皆のとこに戻ろうか?」

「うん!あっ、トモくん。できたらでいいんだけど、手つないで行きたいな。」

「いいよ。行こうか。」

 こうしてあきらちゃんと手をつないで正門に向かった。大丈夫かな?銅メダルぶら下げてる上に、僕と手をつないで出て来たら、余計に男子からからかわれるよ。こんな事言ったら、雰囲気ぶち壊しそうだから言わなかったけどね。


「皆、戻ってきたよ!」

「お待たせー!」

とここまでは僕とあきらちゃんも和やかだったんだけど…剛史の野郎!

「よっ!小学生にして夫婦!」

 ななな…、何言ってるんだ!!めっちゃくちゃ恥ずかしかった僕とあきらちゃんは、声を揃えたようにこう叫んだ。

「だからそういうんじゃねーって!」

「だからそんなんじゃないわよ!」

 あっ、きっと仲野言ったろ!「夫婦みたいに仲が良い」みたいな事を!

「仲野ぉ!5年2組に何吹き込んだ!」

「私は何も吹き込んでませんよ。麻耶お姉ちゃん、そうですよね?」

「えぇ。剛史くんが思ってた事、そのままおっしゃっただけですわ。」

だとしても恥ずかしいわ!

 こうして恥ずかしがる僕とあきらちゃんを、クラスは楽しげにしてる。僕は、まぁ、恥ずかしい反面、ちょっと面白いのもあるから「もうやめてくれ!」と言わないね。きっと。

 あきらちゃんはというと、たまに舌をちょこっと出す仕草をしてるし、あきらちゃんなりに楽しんでるんだろうな。

 まぁいいか。

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