第5話 生き続ける権力
耳をつんざくような射撃音があたりに響いている。
本部の地下にある射撃訓練場には本城竜彦一人だった。
そこは一本の通路が走り、
そして通路の片側に金網のドアが並んでいる。
1人に一箇所の個室になっており、個室と個室の間もまた金網で仕切られている。
そのため、隣の仲間と話しながら
射撃練習をするといった光景もしばしば見られた。
本城はちょうど真ん中に位置するスペースを使っていた。
射撃場だけならず署の中も静まり返っていた。
もうすでに深夜を過ぎているからだろう。
そんな中で彼は黙々と的を狙い続けた。
数十メートル先に設置された人型の白黒が同心円状に交互する的を狙う。
そのときの彼の顔は昼間の穏やかな顔つきとは打って変わって、
まるで獲物を狙うチーターのようだ。
そして、彼は引き金を引く。
銃声があたりに響き渡る。
弾丸となったチーターは獲物である的の中央を貫いた。
その的にはひとつしか穴が見られない。
それは、彼が一回しか打ち込んでいないわけでもなく、
ほかの球が外れたわけでもない。
すべての弾丸が同じ穴をくぐっているのだ。
もう数百発も打っている。
彼の額には汗がにじみ出ていた。
まだ、春先の涼しい陽気なのに。
さらに今は気温の下がる夜だ。
よほどの集中力を必要とするのだろう。
新しい弾を銀色の銃に込めた。
そして、また狙いを定める。
緊迫とした空気があたりを包む。
引き金を引いた。
的に二つ目の穴が開いた。
まるで、本城をあざ笑うかのように。
彼の頭の中で邪念が生じたのだ。
生じずにはいられないだろう。
田中聡の話では長官の郷原命が依頼者つまり主犯格なのだから。
しかも本城の観察によってもその時の田中の話し方は真実の口調だった。
それに間違いはない。
なにせ本城は今までこの洞察眼と銃の腕で今の階級までのし上がったのだ。
学校もいっていなかった彼が。
だから本当に郷原が主犯格であろう。
と言っても田中の証言のみで郷原を捕まえることはできない。
それに郷原が津田を殺さなければならない理由もわからない。
わかったとしても権力でもみ消される可能性も大いにある。
いろいろ思案していると通路から足音が聞こえた。
コツ、コツと高い音だ。
どうやらこちらに向かっているらしい。
足音がやんだ。
近くでとまったみたいだ。
隣の金網ドアが開く音がした。
隣に誰かが入ってきた。
「やぁ、本城君」
郷原命だ。
「どうも、こんばんわ」
郷原は少し笑みを見せて銃の整備に取り掛かった。
彼は今25歳だ。
彼が長官になったのは彼の父の病死によるためだ。
郷原武志の権力は本人が没してからも生き続けた。
そう、権力が彼を長官にしたのだ。
郷原は自分では長官らしく振舞っているらしいが、
まったく形にすらなっていない。
お偉いさんのボンボン息子丸出しだ。
彼がいまだに長官であるのも郷原武志の権力が生きているからだ。
整備を終えた郷原は言った。
「どうだい?本城君。賭け勝負でもしないかい?」
彼の手の内には黒く光る銃が頼りなく収まっていた。
銃は一流品なのに持ち主がこうだと
こんなにも変わるのだろうか、と本城は思った。
「いえ、結構です。もうギブアップです。今日はこれぐらいにしておきます」
微笑を交えながら郷原の気を操るように断った。
「そうか、そうか。お疲れさん」
今、話した限りだと人を殺す依頼をしたとは思えない。
いや、ただ罪悪感をこれっぽっちも感じていないからだろうか。
銃を握り足早に個室を出た。
通路を戻っていると、さっきまでいた個室から高笑いが聞こえた。
そして射撃の訓練をはじめたようだ。
ふと振り返ると的を狙って打ったようだが、
あたった形跡が見られない。
本城は思った。
そう、俺がさっき断ったのはどうやっても勝ってしまうからだよ。
あんたのご機嫌を損ねるといけないからな。
彼は微笑した。