第4話 話術
健介は本城の車に同乗し、ゴミゴミした都内の街を駆けていた。
彼の車は日本車で一般人が乗るようなこじんまりとした車だった。
彼は贅沢を好むほうの人ではないのだろう。
だから、先ほど見た豪華な部屋は彼の意思ではなく、
警察の側が仕立てたのだろう。
健介がいろいろ思いをめぐらせているうちに
都内で最も治安の悪いエリアを走っていた。
そろそろ着くぞ、本城はそう言った。
健介たちは本城が津田俊彦殺害の犯人と目星をつけた
津田の殺し屋仲間の自宅に向かっているのだった。
研修なので特別に容疑者に自宅での聴取を行うことになっていた。
名前は田中聡。
40半ばの中年男性だそうだ。
殺人の罪で過去1回逮捕されている。
そして、今まで出所以来、おとなしくしているようだ。
とはいっても、警察の目が届いていないだけかもしれない。
本城は道端に車を止めた。
もうこんな日本だ。路上駐車で云々言ってられないのだ。
本城は手ぶらで歩き出した。
健介はノートや筆記具の詰まった黒かばんを持っていた。
これまた高級皮のかばんだった。
どうやら田中聡はこのアパートの一階に住んでいるらしい。
築ウン十年のボロアパートだった。
家賃が安いという理由でしか選ぶ人はいないだろう、と健介は思った。
どのドアを見ても表札などかかっていなかった。
ワケあり人も大歓迎といったところなのだろう。
本城は上着の内ポケットから取り出した警察手帳を開き何かを確認した。
なにしろこのアパートは表札がないのでどれが誰の家だかわからない。
調べ上げた場所が彼の手帳に書かれていたのだろう。
ここだ、健介の顔を見て言った。
ドアの横にすえつけられたインターホンを押してみる。
するとドアが開き、小柄な男が現れた。
顔中がひげで埋め尽くされている、といっていいほどだった。
無言で彼は中に二人を招いた。
彼は招かれざる客を中に入れるような嫌悪の表情を振り向きざまに見せた。
実際にそうなのだろうが。
中は外観から想像できるよりはるかに狭く息苦しかった。
彼なりにかたずけたのだろうが、部屋はゴミゴミしていた。
3枚座布団がしかれ、その真ん中に丸テーブルがあった。
そのうちの二つに本城と健介は座った。
田中は湯飲みにお茶を注いできた。
そして、話は始まった。
「あなたは津田俊彦殺害の容疑者にあげられています」
本城が穏やかに始めた。
「俺は津田を殺してません」
田中はお茶をすすりながら言った。
健介はこのお茶を飲みたくなかった。
……なぜかはあえて言うまい。
「いいえ、物的証拠から見てあなたの犯行だということは確実です」
「だから、やってない」
本城はその時田中の目が泳ぐのを逃さなかった。
確実だ。殺ったのはこいつだ。
中条君、本城はそう言って、手を出した。
はっとしてかばんから一枚の書類を取り出した。
そして本城に渡り、田中の目に入った。
「た、逮捕状……」
驚きが田中の口からこぼれ出た。
「我々が困っているのはあなたを逮捕することではありません。あなたには津田を殺害する動機がない。
ここ数年、あなたと津田の間には関わりがない。したがって、あなたは誰かの依頼で殺したのではないか、と考えたのです。
殺し屋としてね」
田中は自分の殺しによほど自信を持っていて
失敗したことに恐怖を受けているのだろう、と健介は考えた。
「そうだ。俺はあいつに頼まれて殺ったんだ」
「あいつ?」
健介と本城が同時に聞いた。
「そう、郷原命だ。今の日本警察長官の」
「な、……」
健介は絶句した。
自分の属する警察のトップでもあろう者が殺人に手を染めるなんて。
そんなことありえない。
「わかった。その話は本当だろうな」
本城が言った。
健介はすかさず反論した。
「なぜわかるんです?こいつは口からでまかせ言ってるだけかもしれないですよ」
「先の会話でこの人の話し方を見させてもらったんだ。人にはそれぞれ感情をあらわすときの話し方というものがある。さっきの話し方は事実を言うときの話し方だった。ということで、俺に嘘をつくのはお勧めしないからな」
なんて洞察眼ときれる頭だろう、健介はあっけにとられた。