第3話 微笑
日本警察東京本部の地下駐車場に乗り入れる真新しい外車があった。
まだ、新米ドライバー感がみえみえの危なっかしい運転だ。
中から車に似つかわしくない人物が出てきた。
中条健介だ。
仕立て上げのスーツに身を包み、髪をジェルで整えてある。
少し頼りない印象をかもし出している。
今日は本城竜彦のもとでの研修があるので身なりは万全にしてあった。
健介はエレベーターに乗り、指定された場所に向かった。
34階で降りた。
健介の乗ったエレベーターは30階以上にのみつながるものだったので、
一回止まっただけで34階にたどり着くことができた。
本部は35階建てのビルだ。
つまり34階に部屋をもつということは、
ほぼ長官に匹敵する力を持つということである。
エレベーターから伸びる廊下を歩いていくと観音開きのドアにあたった。
ドアの上にある札には「本城 竜彦」とか書かれていた。
札になっている木も最高級品と見える。
健介はノックをした。
「どうぞ」
若い声だが重みのある声が中から聞こえた。
しつれいします、そう言ってから健介は部屋に入った。
床には足音を完全に吸収してしまうほどの絨毯が敷かれ、
壁には賞状や絵画がかけられ、
壁に据えてある棚には立てやトロフィーが置かれている。
部屋から本城竜彦の力を感じられた。
部屋の一面はガラス張りになり、
ガラスに背を向けて置かれた机と椅子の一式に本城は収まっていた。
「中条君だね。座って、座って」
来客用に備え付けられた彼の机の前にある椅子を指して言った。
健介は部屋にも驚いたが、彼の気さくさのほうにも驚いた。
よく考えると自分とそう歳は変わらないのだから当然なのかもしれない。
しつれいします、またそう言って椅子に腰掛けた。
そのまま、まどろんでしまいそうなほど心地のよい椅子だった。
「今回はよろしく」
本城は黒い目を輝かせ、微笑をたたえて言った。
「はい、こちらこそよろしくお願いします。本城刑事と事件をともにできて光栄です」
事件は起こらないほうがいいんだけどね、
また、微笑をたたえてそう言った。
その微笑にはなにか引き付けるものがあった。
彼が上位刑事なのもそれの助けもあるに違いないと健介は思った。
「さぁ、今回取り扱う事件はこれだ」
本城は一枚の紙を掲げて言った。
紙の上部には「津田俊彦殺害」と書かれていた。
健介のほうにも前々から伝わっていた。
都内に住む津田俊彦という男が何者かによって殺害されたのだそうだ。
津田俊彦は裏の世界では殺し屋をやっていたらしい。
犯人は未だつかまっていない。
捜査本部を立ち上げて捜査するほどのものでもないので、
皮肉なことにこの研修にはぴったりだということで
本城と健介で捜査することになったのだ。
健介の父が健介には秘密で頼んだらしい。
警察も大手の社長には頭が下がらないのでやむをえなく受けたのだった。
「それで、聞き込みとかからはじめるんでしょうか?」
健介は胸を躍らせて聞いた。
「それはテレビの見すぎだよ。もうある程度目星はつけてあるんだ」
彼の話し方にはまったくの刺がない。
自分の考え方を否定されたにもかかわらず、
一切の嫌悪感を抱かなかった、いや、抱けなかった。
彼は、話術にも秀でているようだった。
「誰なんですか?それは」
「津田俊彦の殺し屋仲間だよ。今日は本人に会ってみて裏づけをはかる」
「じゃあ、本城刑事の洞察眼や話術による誘導が見れるんですね」
「ハハ……、そんなもの噂だよ。あまり期待しないでくれよ」
また、微笑と和やかな語り口。
健介は本城のとりこになっていた。
本城は立ち上がり言った。
「では、行こうか」