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二章:死体人形(3)

 このままでは、殺されてしまう。他の被害者の様に、血を抜かれ、切り刻まれ、身体の一部を持っていかれる。いや、もっと酷いかもしれない。なんせ、自身はピエロを捜し、邪魔をした、言わば敵。あの手紙の通り

邪魔者と思っているなら、まず殺される事は逃れられない。足掻かなければ。抵抗しなければ。脂汗が額に滲む。ピエロとベルカの息遣いだけが部屋中に響き、体温が上昇するのを感じた。その瞬間、身体の感覚が戻ってくる。動かなければ、只その一心で、背後にいる殺人鬼の爪先をブーツのヒールで踏みつけ、同時に肘打ちを放った。

運良く肘打ちは相手の胸内に入り、怯ませ引き剥がす事に成功。腰に装備した拳銃を構え、殺意にも似た闘志を瞳に宿し睨みつける。


「答えろ、お前は何者だ。名前と年齢を答えろ」

 落ち着いて聴取できている。だが、緊張の余り額に滲む汗は止まらない。頬を伝い、首筋を流れる。しかし、銃口を向けられている本人はというと。依然として作られた満面の笑みだった。銃口を向けながら右手で明りを点け、相手の顔を見据えてみれば

その顔に絶句してしまう。ピエロは、18歳ぐらいの子供だったのだ。終いにはおどけたポーズをし始める始末。赤と白の顔、ブカブカの縦じまパンツ、無駄に大きな靴、三つ分けになった帽子。王道なピエロが、さも楽しそうに首を傾げ、質問に答える気など一切無いと舌を出した。

―― 一発。右足の脛を貫通。


「答えろ! お前は何者だ! 子供だからって容赦はしない、素直に答えろ!」

 一気に形勢が逆転。足を撃ち抜かれたピエロ、いや、少年は硬く冷たいフローリングに止めどなく血を流しながら倒れ込んだ。顔に描かれた偽物の笑顔が苦痛で歪み、その瞳はベルカの瞳に捉えられたまま逃れる事は無い。

少年は、撃たれるとは思っていなかったのだろう。まだ若い自分を、女の捜査官が撃つ筈がない。そう高を括っていたのかもしれない。それが、甘い考えだった。ベルカの心には、もはや慈悲と呼べる感情は一切ない。あるのは、怒りと憎しみだけだ。その気になれば射殺する事も躊躇はしない。それだけ、気狂いピエロは罪を重ねたのだ。

ベルカは、依然として質問に答えない少年に再度銃口を向ける。狙っているのは、左足の脛だ。引き金に指を掛けた。その瞬間。少年は、自白を始める。心が、恐怖に負けた。


「撃つな! 頼む、撃たないで!」

 表情が脅えている。

「答えれば撃たないわ。名前を言いなさい」

 銃口は下げない。これぐらいの恐怖では、この少年が今まで与えてきた恐怖とは比較できない程、軽すぎる。

「クリスチャン・グロッサ! 僕の名前はクリスチャン・グロッサです!」

「年齢は」

「18です! お願いですから、もう何もしませんから! 銃を向けないでください!」


 何故だろう。この少年からは、全く狂気を感じない。それどころから、哀れに見える。これが、本当にあの殺人鬼なのか。20人の少年少女を殺し、バラバラにした凶悪な人物が、銃口を向けられて脅えている

本心なのか。いや、演技の可能性もある。

「アンタ、本当に気狂いピエロなの?」

 思わず聞いてしまった。すると、思わぬ言葉が、帰ってきた。想像もしていなかった。絶望の返答が。


「僕は気狂いピエロです! でも……僕は人を殺していません! あいつがやったんです! あいつが!」


【汚れ血よ……森帰れ……。闇を掘る……辿り着く断頭台……。真紅の血に抱かれ寝むれば良い……

聖母マリアの膝の上……翼を持たぬ天使は首を抱く……。気狂いピエロの心には……愛すべき女神が……抱かれている】


 捉えられた少年は永遠とこの言葉を繰り返した。心が折れたのか、少年は自身の目玉を抉り出して、暫く「あいつ」と呼ばれる者の事を叫び続けた。少年の両親から、ベルカは、お前のせいで息子が壊れたと怒声を浴びせられ、上司に,無期限の停職を言い渡され、今はコールの家で書類を読んでいる。

あの後。色々あったのだ。

銃口を向けられ続けた少年は「あいつ」と叫んだ後に微動だにしなくなり。かと思えば連行する為に呼んだパトカーの中で、目玉を抉り出した。隣に座っていたベルカは少年の血を服に浴びながらも抑えつけ、結局その格好を上司に見られ停職処分を言い渡された。

電話を受け駆け込んできたコールは必死で頭を下げる始末。ベルカは、心の底から疲労を感じた。こんな事は、初めてだ。


「コール……もう謝らなくて良いから。私は大丈夫。ジェシーは来てないの?」

 気になっていた事を、項垂れて落ち込んでいるコールに聞いた。ジェーシーの姿が無い。

「ああ。そう言えばいませんね。電話はしたらしいですが」

 青年は項垂れたまま答え。頭を掻きながら、顔を上げた。その顔は、依然として悔しそうだ。


「エレン。ジェシーは? 電話したんでしょ」

「したわよ。でも……出ないの。さっきからずっとかけてるんだけど」


 ジェシーの消息が掴めない。ベルカの心に、嫌な苦みが広がる。コールは、ベルカのそんな表情を、逃さなかった。

――こういう時、惨劇は、続くものだ。


※ 二時間後。同期の捜査官、ジェシー・グレイハワードは死体で発見された。

背中に大きく、【36ドール】と彫られ、屈強だった腕は両腕切断されて腹の上で組まれて置いてあり。茶髪を真紅に染めら、眼球を両方とも抜き取られ発見されなかった。ジェシーの遺体の傍には、またあのふざけた封筒が置いてあり

内容を聞いたベルカは、悲鳴を上げるともつかない声で嗚咽を漏らして泣きじゃくった。その隣で、只見据える事しかできない新米刑事の青年は、何を思っただろう。目の前で、自身が守ると決めた、愛する女性が泣いている。別の男の為に、気丈に振る舞ってきた女性が泣いている。

掛けられる言葉など、見つかる筈がない。ベルカは今日、自身が想いを寄せた唯一の人物を失ったのだ。7年間伝える事のできなかった思いが、一気に弾けて消えていく。心には依然として苦みが広がり、後悔だけが脳裏を支配する。いくら泣いても、ジェシーは戻ってこない。失った命は、絶対に戻らない。


 コールの家。白い家具で統一された室内は清潔感溢れる空間。いかにもコールらしい部屋だ。そんな部屋のベッドで、失意のどん底に突き落とされた女は目を覚ました。目の周りは隈になり腫れて、身体は思う様に動かずに起き上がる事もできない。

あの後、ベルカはコールに連れられてこのマンションの一室に連れてこられた。コールが家に戻るのは危険だと判断して連れてきたのだ。帰りの道、まるで魂が抜け人形ようになったベルカを支えて、ふらふらと歩きながら、手紙の内容を思い出した。非常に残酷で、人の想いを踏み躙る、手紙の内容を。


【これでおあいこ。邪魔者は一人になっちゃったね。君が大切に想ってた男、最後までフィアンセを殺された悲しみを叫んでたよ。結局は僕に切れたけどね。僕の邪魔をしたらこうなる。

これで分かったでしょ。だったら邪魔をしないでください。あ、そうそう。男の人ね、君の名前を言ってたよ。ベルカには手を出すなって。優しいね。優しいから罪深いね。婚約者がいるのに、きっと君の事も好きだったんだ。でも

気持ちを言えずに、もう一人の女と結婚する事にした。愚かだね。言えば良いのに。君もだよ、言えば幸せになれたかもしれないのに。臆病者だね。また邪魔をするなら、僕はまた一人大切な人を貰う、今度は……返してあげません。僕が人形にして、傍に置きます。それじゃ、バイバイ~】


「お前なんかにジェシーの何が分かんのよ!」ベルカの心からの叫びが耳から離れない。人を完全に馬鹿にした手紙。絶望しない人間等いないだろう。愛する者を失う悲しみは計り知れない。コールもまた、同じだ。下手をすれば、ベルカも殺される可能性がある。何としても、それは避けなければならい。

あの日の様に、もう大切な者を守れづに失う訳に、いかないのだ。

 五年前。コールが17歳の時。不運にもコンビニ強盗と出くわし、一緒に歩いていた彼女が撃たれてしまった。その時、コールは恐怖で動けず、逃げていく犯人を見送り、彼女まで救う事ができなかった。目の前で胸のやや下を撃たれて吐血しながら苦しむ彼女の手を握るだけで何もできない自分に絶望し。彼女を失った後、彼女の父親に殴られて奥歯を折り、涙を流しながら謝ったあの日の夜。

少年は刑事になる事を心に誓った。犯人を捕まえる。そして償いさせる。その一心で頑張ってきた。そして今、また愛する者を失う可能性が出てきた。コールは、再度誓う。もう、愛する者は絶対に失わないと。


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