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一章:血抜きの魔(3)

車の助手席に座るや、ベルカは手に持っていたコートを後部座席に放り投げた。そして、慣れた手つきで前方のダッシュボードを開き、シート型のガムを取り出す。味はチェリー。ジェシーお気に入りのフレーバーで、この車に乗る時は必ず噛む物だ。

一枚口に含んで一息つくと、運転席に乗り込んだジェーシーの苦笑交じりな問い掛けが耳に入ってきた。聞いただけで、ジェーシーの顔が想像できる程、感情の籠った声。


「ベルカ、お前って、本当に気分屋だよな」

「どこが?」

「さっきまでデマとか言ってたくせに、今はこうして捜査に出てる」

「……。考えたのよ。こうして時間を潰してる間に、また一人、いかれ野郎に殺される子供がいたらって……」

「……」

「何で黙るの?」

「いや……確かにそうだなと思ってさ。今日も、出るかな。死体……」

「……さぁね」

 ジェシーはエンジンを駆けた。不意に、その指元に目をやる。真新しい指輪が、はめられていた。だるそうに助手席に深く座り、流れていく外の景色を眺めながら、話しの種を探してみるが。やはり――この事しか思い浮かばなかった。


「ねぇ、ジェシー。プロポーズしたのね、彼女に」


 ジェシーの彼女。名前はルイーナ・カッセル。小柄で大人しい性格の歯科助手。栗色の巻き毛と澄んだ青い瞳が印象的な可愛らしい女性だった。前に一度、ジェシーの紹介で夕食を共にし、その幼い見た目に驚愕した事を覚えている。

ジェシーの歳は26歳。彼女は、22歳だったはずだ。ふと思う。――なんでこんな事を考えてる?

「ああ。昨日な。オッケーしてくれたよ」

「そう、良かったじゃない」

「どうした? 急に」

「何でもない。只、指輪が目にはいっただけよ」

 ジェーシーとは7年の付き合いになる。ベルカは現在26歳。捜査官になった時期もまったく同じで、同い年という事もあってよく酒を飲んだりした。だが、ジェシーに女ができていらい、一緒に酒を飲む回数は着実に減り、今では一ヶ月に一度が良いくらいだ。

思えば、ジェシーとは捜査仲間で、そういった感情を抱いた事は一度もなかった。いうなれば、ベルカは生粋の仕事好き。男よりも仕事を取る。そんな女。

「ベルカ、お前は、男作らないのか?」

「なんで?」

「なんとなく」

「男なんて嫌いよ。私より弱い」

「っはは。お前が強すぎるんだよ」

「ふん……」。鼻で笑い、ベルカは深く座りなおして、目を閉じ、「寝るから、着いたら起こして」と短く口にすると、すぐさま深い眠りへと落ちていった。ベルカがこんな風に人前でだらしなくできるのは、ジェシー以外、いないのだ。


「お疲れさん。相棒」


殺人現場、スラム第21に到着した。このスラムは、通称「ジャングル」と呼ばれる不法地帯で、人が殆ど寄りつかない。つまり、殺しをするには最適の場所だ。

昨日まで死体の置かれていた場所には血の跡が残り、腐敗臭が漂っている。目を背けようと空を見上げているジェシーと相反して、ベルカは死体の置いてあった場所にしゃがみ、小さく十字をきると、空を見上げているジェシーの袖を引っ張って、近くにあるアパートに視線を向けた。人がいる場所は、あそこぐらいしかない。

分かれて聴取をするには二人共同意見で即決だった。確かに、二人で分かれた方が早い。ただし――。


「ジェシー、いい。くれぐれも弱みを見せない事、つけこまれるから」

「分かってる。何年やってると思ってんだ?」

「分かってるなら良いけど。あ、あと一つ。殺されそうになったら、撃ちなさい」

「なっ、何言ってんだベルカ、それは」

「ここはジャングル。簡単に、殺される」

「……」


 そう。ここは無法地帯。暴力、恐喝、強盗、何でもあり。警察ですら見捨てた土地。殺人鬼は其処を選んだ。今までも、そうだった。

人の寄りつかない場所に、子供の遺体を置いて行く。しかも、どの遺体もどれも悲惨な程滅茶苦茶にされ、血を全て抜かれたあげく、必ず眼球を右目だけ抜いて。まるで、母親が言う気狂いピエロみたいだと一人の刑事が口にし。それ以来、この事件の犯人は――気狂いピエロ。と呼ばれる様になった。

ベルカも幼い頃、よく母に言われた事を覚えている。気狂いピエロは全身の血を抜く悪魔だと。幼い頃はそれが怖くて仕方がなかった。この殺人鬼が、ピエロの格好をしているのかは定かではないが、目撃者がこぞってピエロだと言うので、捜査ではピエロを捜している。

当てもない人物を探す事の嫌気がさすのも、分かるだろう。

 分かれて暫くたった。だが、情報は無し。また眉間に皺が寄る「また……スカ」

 ジェシーと合流する為に上の階に向かう。

 

 途端に――パンッ!

高い銃声が耳を貫く。そして……。「待て!」っと、ジェシーの叫び声が階段中にこだました。



「あいつがくる! あいつが殺しにくる! 逃げないと! 逃げないと殺される!」


 絶え絶えの息使いで、男の声が階段中に響き、階段を勢いよく駆け下りてくるのも分かる。ベルカは常備していた小型の拳銃を構え、男が姿を現すのを待った。

銃を構え、身構えた瞬間。

 パンッ!――二発目の銃声が耳を貫いた。

男が、転がり落ちてくる。そして、背中を壁に打ち付け、止まると、その視線は、ベルカの視線とぶつかった。男は右足を撃ち抜かれ、銃創から止めどなく赤黒い血を流しながら、必死で立ちあがろうとして、左足を、ベルカに撃ち抜かれた。

しかし、男は苦痛の表情も浮かべず、一言「お前だ。あいつはお前を求めてる、もううすぐ食われる」と、意味の分からない言葉を並べ、不敵に笑うと「ひゃはははは!」と狂ったように笑い出し

「私が食われる? 馬鹿な事言わないで。それに、あいつって誰なの。答えなさい」

「食われる! お前はあいつの人形の一部になるんだ!」

「余計な事は言わないで! あいつって誰なの!」

 こめかみに銃口を突き付け、脅してみるが、男は口を割らず、一行として不敵に笑うばかりだった。まるでベルカの表情を楽しんでいるかのように表情を伺い、そして最後は

――舌を噛んで自害した。

 ジェシーが降りてきて、その光景を目の当たりにするや、「あいつって、誰なんだ……」と、小さく呟いた。どうやら階段を降りながら話しが聞こえていたようだ。

あいつという言葉に呆然としているベルカの背中にそっと手を置いて、次の行動を促す。男の情報を調べる為に財布などを取り出し、中に入ってる免許証でもカードでも情報になる物は全て調べる。が、この男は何も持っていなかった。

肩を落とし、頭を悩ませながら車に戻った二人は、どちらからともなく溜息を吐き。そして。


「私を狙ってるんですって。馬鹿らしい」

「心配するなよ。俺がいる」

「期待はしないわ。自分の身は自分で守る」

「……はいはい」


 姿の見えない殺人鬼。そして、男が口にしたあいつ。もしかすると同じ奴かもしれない。だが何故、男は逃げだそうとし、自害したのか。また一つ、調べなければならない事が増えた。

不意に、流れていく景色に目を向けてみる。廃墟に近い建物が過ぎていく。鼻に残った男の血の臭いが嫌で、眉間に皺を寄せながら、広い公園の中心を見据えてみると、笑いながら遊ぶ子供達の中心に、大道芸人であろう、風船と飴の入った籠を持った。

赤鼻のピエロが、不気味な作り物の笑顔を浮かべていた。


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