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四章:天使の頬笑み(2)

 蒼白したままの少女を尻目に、ピエロは淡々と行動した。血塗れの両親の亡骸を抱え上げ、先に母親を、壁に打ち付けた釘に持ってきた紐を掛け、首を吊らせる形で吊り上げる。まるで、見せしめだと表現する化の様に。父親も同じく首を吊らせた。悲鳴を上げる事すら忘れ、只見ている事しかできないマリーは、小さな両手を握りしめ、その幼い手の平に爪が刺さる痛みすら感じず、絶望の淵へと追いやられている。狂った道化師は、幼い少女の心すら破壊する事を楽しんでいるのだ。相手が逃げないと確信して、拘束する事もせす、その場の空気と時間で行動する事すらできなくし、そして支配する。支配されたら最後

――もう、逃げられない。

「さて、時間だ……今、君のもっとも信頼すべき人の声を聞かせてあげるよ……」


 そして、あの電話が鳴った。ピエロの悪ふざけだったのかもしれない。しかし、本心だったとも取れる。何故ならマリーの両親を殺した理由が理由だから。

思わずベルカの名を叫ぶ事も計算して、あえて電話を全体に聞こえる様にし、マリーの声が拾えるように距離をとった。これはせめてもの優しさだったのかもしれない、だが、狂気に狂った人間がする事は、全て裏目に出る。現に、ベルカは深い悲しみと絶望を味わった。娘が殺されてしまうという恐怖は比類無きものだ。何故、あれ程までに人を馬鹿にし、最愛の人々を次々と手にかけたピエロが

――ふっ……ふふふ……僕の心は分からないだろうね……親愛なるマリア……貴方にも、僕の心は読めないだろ……笑える程……深い闇が口を開けているんだからね……。


【ひやははははは!】


 突然甲高い笑い声を上げると、手に持っていた電話を放り投げ、さも楽しげな笑みを浮かべて、恐怖に怯える少女へと偽りの笑みを近づけた。白塗りの肌は血で汚れ、口元は吊り上がり、目は狂気に血走り、そして脈は速く、静寂に包まれた暗い部屋に微かに響く。

【さて……どうしようか……。ベルカさんの声も聞いたはずだし……そろそろ……君も僕の……】

「いやっ!」

 マリーがピエロの言葉を制した。身体は震えているものの、その声は凛とし、はっきりとした意志を持っていた。ベルカの声を聞いた事で、彼女の中にある人間としての生きたいという思いが勇気を与え、自身の両親を殺した相手に対する強い憎しみが、叫ばせたのだ。

【……へぇ……流石はあの人の娘だね……。でも……逃げられるかな? この僕から……】

 ピエロは幼い少女の言葉に等臆する事は無く、そう言葉を紡ぎ、今にも泣き出しそうなマリーへと手を伸ばそうとした。その時だ。


「気狂いピエロ!」

 怒りと殺意を込めた渾身の叫び声が部屋中に木霊した。そして、それと同時に、耳を劈く銃声が響き。時間は、一瞬だけ止まる。動き出した時には、ピエロの呻き声と共に、勢いよく駆け寄る足音、マリーの驚いた悲鳴、そして、三人の乱れた息遣いだけが、空間を包んだ。駆け込んできた人物は足を撃たれ、倒れこんだピエロの元へと歩幅一歩分の処まで近づくと、頭上から銃口を向け、息を絶え絶えに荒げながら、威嚇を続けた。差し込む街灯の明かりが顔を照らしだす。

顔を確認するなり、幼い少女の緊張の糸は、それは簡単に切れた。そして、心から叫んだ。

「コール!」


「マリーちゃん! 怪我は無い? 歩けるなら俺の傍に! 早く!」

 銃口は倒れている相手から外さず叫び、マリーを自分の背後へと呼ぶと、次は尋問をすべく目を血走らせ、荒げた息遣いのまま言葉を発した。怒りを込め、狂気にも臆さない強い意志を込めて、気を張り詰め、支配されない様に力強く。しかし、この時――コールの肋骨には罅が入り、体中痣だらけで、意識が飛びかけている状況だった。


実は、この惨劇が起こる前、一人決意を固めた青年は。恐らく狙われるであろう幼い少女と、その両親の家を張り込んでいた。確証など無い。只、今までの事から推理すると、ピエロは必ず、ここに来る。自身が思いを寄せる人物の周りを付きまとい、苦しめ、痛めつける犯人を自身が、殺す。コールの心には、深い殺意が蠢いていた。冷静沈着で温厚だと言われる性格。だが、その心の奥底には、常に緊張で張り詰めた恐怖心と臆病な自分が隠れている、今もそうだ。常備している拳銃を眺め、肌に鉄の冷たさと重さを感じ、視線の先にある大きな扉をただ睨みつけた。

「俺が……守る」

 足が震え、口が渇き、言葉がまともに喉を通らない。腕に力が入らず、思わず逃げ出したい衝動に駆られたが。逃げる事は許されない。――覚悟はできてるんだろ?

自身に言い聞かせるように繰り返し、歯を食い縛りながらゆっくりと目を閉じてみた。車の中は外気によって冷えきり、音は無く。自身の鼓動と、息遣いだけが、空間を支配し響いていた。目を開くと、闇の中にぽつぽつと浮いて見える街灯が妙に不気味に思え、気持ちを紛らわそうと、車を降りて煙草に火を点けた。

個人で勝手に決めた事を、愛する人は怒るだろうか。いや、下手をすれば殴られるかもしれない。少し、笑えた。くだらない事を話し、同じ恐怖を味わい、同じベッドで眠り、同じ秘密を共有する。自身が朝食を作り、目の前で新聞を読みながらトーストを齧る相手を眺め、電気も点けずに何かをする相手に苦笑し、一緒に酒を飲み。――何だ……全部ベルカさんの事だ。

 今考える事で少しでも温かみを感じる中心には、いつも彼女がいた。コールは自覚する。自身はベルカの事が好きなだけではない。愛している、と。そう、決意をより深くした時だった。

 後頭部にとてつもなく強い衝撃と、脳を貫くかの様な激痛がコールを襲った。一瞬の内に、意識が遠のく。遠のく意識の中で見たものは、二人の全く同じ顔をしたピエロと、その手に持たれた鉄パイプ。――そうか、襲われたのか、自分は。

「やれやれ……邪魔者はいつだっているもんだけど。こうもしつこいと厄介だな……」

「文句言うなよ、これもあのお方の命令なんだからさ……」

 甲高い声と、低い声が聞こえる。

 会話をしている二人のピエロの顔は歪んで見え、背中に感じる地面の冷たさと固さは徐々に薄れていき。向けられた不気味な二つの笑みが、怪しく月明かりで光っていた。襲われたという自覚が殆ど持てないまま、コールは地面に顔をつけ、全身を硬直させて、ただ、なすすべなくされるがままだった。――動け! 動け!

「あ、携帯は壊すなよ? 殺されるぜ……」

「分かってるって……」

身体を幾度となく蹴りつけられ、肋骨が悲鳴を上げた時、コールの意識は完全に落ち。そして、あの惨劇が起こったのだ。胸ポケットから携帯電話を抜き取られた事など気付かない。ただ、悔しさだけを感じ――チクショウ……。

意識が戻ったのはその数分後。凍える様な寒さで目が覚め、身体の激痛に顔を歪め、力を振り絞ってよろよろ立ち上がる。

二人のピエロは完全に意識が落ちたのを確認した後、忽然と姿を消していた。身体の激痛に耐えながら、見張っていた場所を慌てて確認し、足を引きずりながら駆け付けると。この地獄絵図だった。ピエロは、全て計算していたのだ……。何もかも。青年が来る事も、青年の心に弱さがある事も。

「なぜジェシーさんを殺した! 子供達ばかり狙ったのはなぜなんだ! 答えろ!」

【…………】

 足が震える。頭が痛い。身体が痛い。口内が切れて鉄の味がする。

「答えろ殺人鬼!」

【…………】

「なぜ……ベルカさんばかりをつけ狙う。答えろよ!」

――いくら問いただしても……答えない。それどころか。

【ははは……答えないよ! ほら! 殺したいんだろ? 殺しなよ……僕が憎くて仕方ないんだから……殺しなよ。殺せ! 殺せ!】

 完全に開き直り、何を言っても笑うだけのピエロは、ただ一身に一つの言葉を繰り返した――殺せ。

今まで自身が奪ってきた全ての命に償おうというのか。嫌、違う。狂気に支配され生きてきた喜劇の主人公が、そんな易々と死を覚悟するはずがない。コールが内心自問自答する形で思考を巡らせていると。ピエロはその表情を下から見据えながら更に続けた【腰ぬけが……撃てば良いのに……これでまた、始めから……。】意味の分からない言葉だった。不気味に笑い。コールが意味を問いただそうとしたが、ピエロは、やはり易々と死ぬ気は、無かったようで。

 一瞬の出来事だった。

「コール!」

 マリーの叫び声と共にボロボロのスーツの襟足を引かれた瞬間。とてつもない破裂音と共に窓ガラスを割って三つの薬莢が撃ち込まれた。部屋は瞬く間に白い煙に包まれ、それと同時に強い眠気と頭痛に襲われた。催眠ガスが撃ち込まれたのだ。マリーはコールの腕にしがみついて、そのまま意識を失ったが。大人の身体には少し効きが弱いらしく、マリーの事を気にしつつもコールはピエロから目を逸らすまいとふらつく身体で目を凝らした。しかし……。もうそこにはピエロの姿は無く。目に映ったのは、三人の全く同じピエロと、抱えられるピエロが、不敵に笑っている顔だった。


「待て! 逃げるな……」

後を追おうと足に力を込めるも、催眠ガスの効果で身体は次第にコントロールできなくなり、とうとう、自身も意識を失った。薄れていく意識の中で、一つだけ考えた事がある――あの声……まさか……。


※その後、駆け付けた捜査員達は壮絶な光景を見て絶句した。捜査員は全員気狂いピエロの捜査をしてきた仲間達だ。幾度となく同じ様に残酷な形で祀り上げられた死体を見てきた。しかしこれは、余りの異質さと、死体を包み込むかの様にして蔓延した血の臭いに嘔吐する者までいる程、まさしく惨劇の後だった。白い壁に吊し上げられた何とも残酷な遺体を見るなり悲鳴を上げる者。目を背ける者、怒りのあまり壁を殴る者。反応はどれも、苦しみが滲んでいた。

捜査班達によって、ボロボロで埃塗れになった少女と青年は発見され保護されたが、まるで死体に見守られているかの様に床に倒れていた二人は、なんとも苦しそうな顔をして、マリーに至っては酷く呻いていた。思わず、一人が呟く

「この子、一生背負って行くんだろうな……この日の事。まだこんなに小さいのに」

「おい! やめろ……思っていても口には出すな。辛いだけだろう」

「あ……すまん」


 惨劇から二日後。

 二人の入院している病室に入室する許可が下りた。真っ先に駆け込んだのは、目を腫らし、声を嗄らした、ボサボサ頭の女――ベルカ。



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