三章:赤い花(4)
時は過ぎ、時刻は10時。何をする訳でもなく、公園をふらふらと歩いたり、ベンチに腰掛けて話しをしたり。唯過ぎるまま、のんびりと時を過ごした。日差しは強くとも冬の風は身体に沁みる。ワンピースの上から薄いカーディガンを着ているだけのマリーは、少し寒そうに両手を擦り合わせて息を吹きかけていた。その姿を、隣で心配そうに見据えているコールの表情は穏やかで、父親のそれに似ていると、内心静かに思ってみる。
しかし、マリーは流石私の娘だ。
「大丈夫?」
「大丈夫。もうコール、しつこいよ」
「心配なんだよ」
大人ぶった口調で言い返してくる少女に、コールは苦笑するしかなかった。優しい性格故に子供の扱いは不得意なのだろう。それはものの見事に、6歳の少女にあしらわられている。
「子供扱いしないで。私は大丈夫」
自身と似た様な言葉を口にする娘。傍にいなくても、子供とは勝手に親に似てくるのだろうか。娘の後ろ姿を眺めながら、ふと考えた。これが最後なのだ。その小さな背中を眺め、悲しみと疎ましさを感じるのは。何故だろう、無意識の内に涙腺が緩む。覚悟とは、実に脆いものだ。いや、自身が弱いだけなのか。
「マリー。あまりコールを苛めないで」
「ベルカおばちゃん、だってコールがしつこいから」
「ベルカで良いの。私はおばちゃんって歳でもないわ。呼ぶなら、ベルカ」
「でも……ママが。そう呼びなさいって」
「……良いから。ほら、呼んでみて」
「……ベルカ」
「よし、良い子」
頭を撫でてやる。そうすると嬉しそうな笑みが帰ってくるから。
二人のやり取りを眺め、すっかり蚊帳の外のコールは、依然として苦笑していた。その裏では、人の心を細かく察知する頭の良いコールが無理やり笑っているベルカの心を読み取ろうと必死に動いている。つくづく、優しい性格だ。
更に時は進み、12時。公園には子供連れが目立ち始め、昼食を広げて楽しそうに話しているのどかな光景が増えてきた。考えてみれば、こうやって三人で歩いている光景はどのように見えているのだろう。一度離婚して子連れの女と、まだ歳若い旦那。そうにしか見えないかもしれない。思わず、笑ってしまった。
昼食を考えながら歩いていると、その時は突然やってきた。マリーが、親に言われて帰らなければならないのだ。昼の12時。本当ならまだまだ時間がある。親が、邪魔をした。別れの最後の大事な日を。親の特権で邪魔をしたのだ。こんな理不尽な事が、許されて良いのか。心に、何とも言えない苦みが広がる。
「ごめんなさい。次の土曜日また会えるよね」
もう会えない。
「今度はお昼ご飯を食べながら話そうよ」
計画なんて立てても。無駄だ。
言葉が喉を通らない。隣で困った顔をしているコールが、マリーと自身を見比べている。どうして良いのか、分からないのだ。
「マリー……」
「ん?」
「また会える。次の土曜日は無理だけど、きっと、いつか」
「いつか?」
「そう。いつか」
嘘をついた。最後の最後で、しょうもない嘘を。自身が、憎い。覚悟を決めていたのにも関わらず言えなかった。逆に悲しい思いをさせる事を言ってしまった。なんと愚かなのだ。心の中で何度となく叫んだ――この弱虫が!
別れを告げ、公園の入り口でマリーと別れた後。車に向かう道のりで、声を殺して泣いた。終わった。その思いだけが心を支配し、飲み込んでいく。これで娘との全てが終わったのだ。