回り始めた歯車
「ありす、一緒に遊ぼう!!」
窓辺でぼうっとしていると、いきなりパジャマ(チェシャ猫から借りた)の袖をちょんちょんと引っ張られた。
声のした方へ顔を向けると、ルキの綺麗な目があった。
その手には、トランプの箱が握られている。
「いいわよ。・・・そうね、ババ抜きでもする?」
「うん。ババ抜き大好き!!ありがと、ありす。」
「どういたしまして。」
はしゃぐルキの可愛い姿に、自然と私も笑みを誘われる。
うん。やっぱり子供といると心がなごむよ。
ベットの上にのってトランプをきるルキをみて、やっぱり年相応のこどもなんだなぁ、と思ったりもする。
ここ数日で、ルキの扱いにも慣れて、いまでは本当の姉弟見たいに仲が良くなった。
・・・それはいいとして。
最近、チェシャ猫の様子がおかしい。
ルキも「おかしいなぁ、お兄ちゃん普段は滅多に家を開けることがないのに。」と言っているのに、朝起きれば、テーブルの上に手紙が残っているだけで、本人の影はないし
帰ってきたと思えば疲れきった顔をしていたり、・・・泣きそうな顔をしていたり・・・・
それで、声をかければ「なんでもないよ。アリスぼくのこと心配してくれたの?」とか言って平気そうに笑っているし。
とにかく、なにからなにまでおかしいのだ。
「ねぇ、ありす。もうカード切り終わったよ。はやくしよーよ。」
気付くと、ルキがふくれっ面で私の顔をのぞいていた。
「あぁ、ごめんルキ。ちょっと考え事しててさ。ババ抜きしよっか。」
そう言って笑うと、今度は打って変わって、ルキの顔が心配そうに曇った。
「・・・ありす。だいじょうぶ?お兄ちゃんのことでしょ。」
「・・・あ、まぁ、ね。でも大丈夫。そんな大したことじゃないから。ルキが心配することないよ。
それより、ババ抜きしよう、ね?」
「・・・うん。分かった。じゃぁ、ありすから先引いて。」
数瞬の沈黙のうちルキの表情がいつもの明るいものにもどる。
私はそっと胸をなでおろした。
・・・はぁ、良かった。
ルキにはただでさえ、その兄が心配をかけているのに、これ以上私自身のことでこの子に心配をかけたくない。
子供には、いつでも罪はないもんね。
ほんとに、あのバカ猫、自分のこんな小さな弟にまで心配かけてどうするのよ。情け無い。
ルキとババ抜きをしながら、おもわずそうぼやきたくなったそのとき。
がたん。
「・・・ねぇ、ありす。もしかして、お兄ちゃんじゃないかな、ぼく見てくるね!!」
突然聞こえた小屋のドアが開く音にルキが慌てて飛び出す。
チェシャ猫?どうしたんだろう。今日はここ最近になく早い。
怪訝に思いながら、先ほどまで私の頭を悩ませていた人物が姿を現すのを待っていると
この小屋に辿り着く前、森に入る前に聞いた懐かしい重なった声が聞こえた。
『アリス~、いるの?』
それに続くように現れた二つのそっくりな人間たちに、私は目を丸くした。
「ディー、ダム。なんでここにいるのよ?チェシャ猫は?」
『うしろにいるよ。』
「ただいま、アリス。途中でトゥーイードルと会ったから一緒に帰ってきた。」
そう言いながら、双子の言うとおりチェシャ猫が入ってきたけど、なんていうか雰囲気が・・・どんよりとしている。
「ねぇ、チェシャ猫。あんた、どうしたの?なんか負のオーラが出てるんだけど。リスト・・・」
「アリス。それ以上言わないで、十分わかっているから。この双子、扱いチョー疲れるー。」
語尾を伸ばしながら、ベットにばふっとダイブするチェシャ猫の姿はそれなりにむかつくものがあったけど、私はちょっとだけ倒れているそいつに同情した。
あぁ、やっぱり。
そりゃ、この双子の悪魔の相手していたら疲れるわよね。私でさえ、最初会ったときいらっとしたもの。
・・・にしても、やっぱりリストラされたサラリーマン、ていう表現はどの世界の人間にも辛いわけだ。
なんか変なこと分かっちゃったよ。
『アリス』
「うん?」
『ハートの城に帰ろう。』
「絶対いや。」
もうあの城には戻らないと決めたんだ。
もうあんな思いもしたくないし、ほかの人が私のせいで嫌な思いをするのも耐えられない。
意地を張っている私をみて、ダムたちは整った眉をひそめて困ったような顔をした。
『アリス。帽子屋もいまはアリスにひどいことを言ったことをちゃんと反省してるよ。
・・・それにアリスが帰ってきてくれないと沢山の人が死ぬことになるんだ。』
「・・・どういうこと?」
私のせいで人が死ぬ?
それも沢山の?
『いま、城に町の人たちが押し掛けてきて、アリスを見せろって言ってる。
白兎が説得して、ちゃんとアリスをお披露目するってことで収まったけど、もしアリスが帰ってこなかったら、それこそ、その人たちはまた城に押し掛けてくるだろ?その時は城の体面をまもる為にその人たちを殺すことになるんだよ。だからお願い、アリス帰ってきてよ。』
・・・・なんで、そんな。
この世界に来てから自分という存在が他人の重しにしかなっていない気がする。
それが嫌で城を飛びだしたのに、結局どこにいっても結果は同じなの?
―――――パチン
そう思った瞬間、頭の中で何かがはじけた音がした。
「・・・・ふざけないで。私はこの世界に来たくて来たわけじゃない。
そんな人の命だって背負いたくて背負ったんじゃないわ。
なんでわたしなの?いいかげんにしてよ!!。この世界のこともわからないし、
あなたたちのこともホントに信用していいのか分からない。こんなの・・・理不尽すぎる!!」
口から飛び出した言葉は、自分でも驚くほど冷たくて、残酷で、でも・・・とめられなくて。
涙があとからあとから出てくる。
ダムとディーを見ると、子供のようなかなしい顔をしている。
ルキに至っては、目がうるうるしていていまにも泣きそうだ。
自分の言葉が彼らをキズつけるのは目に見えて明らかだけど、それでもそれは止まらない。
「あなたたちだって私が『アリス』だから来たんでしょう。
私は『アリス』じゃなくてアリスよ!!勝手に私という存在を殺さないで!!」
『・・・アリス・・・ぼくたちは――――。』
「ごめん、トゥ―イ―ドル、ちょっと外出ててくれる?」
気まずい静寂ののち、口を開きかけたダムたちの言葉を、先ほどまでベットで黙っていたチェシャ猫が毒気を抜かれるほど、場にそぐわない笑顔でそっと遮る。
『でも・・・・』
それでも、そろって不満そうな顔をする双子たちにチェシャ猫はさらに言葉を重ねた。
「ちょっと、アリスと話したいことがあるんだ。それに最近ルキと遊んでやれなかったから
トゥ―イ―ドル、ちょっと外で遊んでやってよ。」
『・・・分かったよ。だけど、終わったらすぐにぼくらをよんでよ?じゃぁ、ルキ、いこうか。』
「あ、うん。・・・わかった。」
穏やかだけど、取り付く島もない言葉に、二人は、しぶしぶルキを連れて出ていく。
がたん、と小屋の扉が閉まる音が響いた後、立ち上がったチェシャ猫を見ると先ほどの鷹揚な笑顔の代わりに、いつも見ないほどに、真剣な顔をしていた。
「アリス。これから大事な話をしたいんだけど、そのまえに、さっきのは言いすぎだと思うけど?」
ひやりと心臓をわしづかみにされる感覚。
わかってる・・・そんなの。
でも、自分で心の中で思っているのと、直接突き付けられるのは、どうしても違う。
後者のほうがだいぶ辛い。
・・・我慢できなかった。
きっと、さっき頭の中ではじけたのは、ここにきてから無意識にためられてきた暗い感情。
それが、隠しきれなくなったんだ・・・。
「わかってるわ・・・。じぶんでも思ってたもの。でも、止められなかったの。
・・・ねぇ、チェシャ猫、私をなじってよ、つきはなしてよ!!なんで、こんなに優しくしてくれるの?
もう、何もかもわからないのよ!」
止まりかけた涙がまた堰を切ったように流れ出す。
そんな私を見つめるチェシャ猫の表情は涙でぼやけて分からないけど、
ただひとつ、体を貫くような冷たい声が聞こえた。
「アリス。ぼくは君をなじらないし、突き放したりしないけど、いまのアリスは大嫌いだよ。」
「・・・・っ!!」
背筋が凍りつく瞬間、一気に涙が引っ込んだ目でチェシャ猫を見ると、感情の抜け落ちた能面のような空っぽの顔をしていた。
そして、二の句の告げない私を数秒、無感情な目で見つめたあと、不意に彼の表情にいつもの毒気を抜かれるような笑みがもどり、突然、ふわり、といつの日か嗅いだことのある、あの花のようなにおいが香る。
「だからさ、アリス。いつもの勝気なアリスに戻ってよ。泣いてるキミを見るのは大嫌いだよ。」
チェシャ猫に抱きしめられながら、私はその甘い香りを胸いっぱいに吸い込みながら、また子供のように泣きじゃくった。
「あぁ、もう、アリス、泣いたキミは嫌いだって言ったのに、ほらほら、涙ふいてよ。わらって?ね?」
そう言って覗き込んでくるチェシャ猫の顔がホントに途方もなく困っている子供のようで、思わず噴き出しってしまったけど、それを見たチェシャ猫も笑ってくれたから、先ほどまで、あんなに荒んでいた心が、ふっと、少しだけ浮上する。
「アリス、ずっとそうやって笑っていた方がいいよ。」
突然、目の前に現れた世界は、かなしくて暗くて、孤独で、寂しいことばかりだけど、それでも、ほんの少し優しい心に触れるだけで、萎えた心が立ち直った気がする。
・・・・次会った時はほんの少しだけ、こいつに優しくしてあげよう。
いまなら、あの赤い城にも、怖がりながら、後ろを向きながらだけど、また足を向けることができるかもしれないから。
「・・・ねぇ、チェシャ猫。私、ハートの城に戻ろうと思うの。だから、さっき言っていた大事なことをさき教えて?」
チェシャ猫のからだを引き離しながら呟いた言葉は頼りなくて小さかったけど、それでもチェシャ猫はいつものようにけらけらと笑ってくれた。
「アリス。それでこそ、君らしい。」
真実を知る前に彼が言ってくれた言葉はきっと私の背中をいつでも押してくれる。
一度動き出した歯車はもう止まったりしない。
たとえこれから見る世界がどんなに残酷なことでも・・・
その時は何となくだけど、そう確信できたんだ。
今回は少し長くさせて頂きました。
これがちょうど15話目のなので、つぎから番外編を始めたいなと思っています。
どうか、活動報告の『番外編アンケート』という題の話を見てもらって皆様の意見を聞かせてもらえたらと思っています。
ではではまた。(T_T)/~~~