第四話 ラッキーが起きたので幽霊達の奴隷になる2
「ひーさんとのデートも久々だな!」
僕の隣には笑顔の幽霊が、ふわふわと浮きながら道案内をしている。
……やっぱり怖い。夜に人気のない道を、笑顔の幽霊と歩いていると思うとやっぱり怖い。
怖さを和らげようと楽しい事を考えようとすると、どうしてもさっきの光景しか浮かんでこない。
マコさんの白いパンツ……可愛かったな……。
僕は恐怖と邪な記憶の狭間を彷徨いながら、夜道を歩いていた。
「なぁ、ひーさん」
「ひぃぃぃぃぃ!」
突然声をかけられ、思わず悲鳴をあげてしまう。
「本当にひーさんはビビりだなぁ。私にくらいはいい加減に慣れなよ」
と、ミカちゃんは呆れたように言う。
「考え事をしていたから、つい……」
「そうそう! マコのパンツの事なんだけど」
……こいつめ! 僕が必死にその事を考えないようにしているのに、なんで今、そんな事を聞いてくるんだ。
健全な男の子の僕が、歩行不能状態になっても良いのか?
それとも、すっごい前かがみで歩く不審者になっても良いのか?
そんな僕の気持ちを少しも分かろうとしないこの幽霊は話を続ける。
「ああいう清楚なタイプって得だよな。シンプルな白いパンツなのに、なぜか可愛く思える」
……確かにマコさんには、いや、マコさんだからこそ似合ってた気がする。
「あたしも清楚系になろうかなぁ」
と、ミカちゃんは腕を組みながら呟いた。
ミカちゃんには無理だろうなとか思っていると、どうやら目的地に着いたようだ。
ミカちゃんに攫われて、僕が連れて来られた場所は小さな公園だった。
ベンチにちょこんと座っていたのは、上品な着物姿でいかにも優しそうなお婆さん……の幽霊だった。
お婆さんは、にこやかに微笑んでいる。
マコさんよりもさらに穏やかで、いかにも優しそうな雰囲気が滲み出ている。
こんなお婆さんの幽霊なら、きっと無理難題を押し付けられることもないだろう。僕は少しだけ安心した。
「この人……ってかこの幽霊はヨネさん。で、この人がビビりのひーさん」
ミカちゃんが僕の不名誉な紹介をすませると、ヨネさんは丁寧に頭を下げる。
「こんな寒い夜に、本当にありがとうございます」
「いえ、優しそうな幽霊さんで安心しました」
ヨネさんにはそう言ったが、できればさっさと済ませて帰りたい。
幽霊なんかと関わってないで早く帰りたい!
だって……怖いんだもん。
僕はさっそく本題に入る事にした。
「それでヨネさん。僕に頼みたい事って何なんですか?」
「はい。実は私、生前にへそくりを隠しておりまして……」
と、ヨネさんは困ったように眉を下げながら言った。
「へそくりですか?」
「はい。タンスの一番下の引き出しに、小さな箱を入れてあるのですが……それを主人に伝え忘れたまま死んでしまいまして……」
「この婆ちゃん、結構溜め込んでたんだってさ!」
ミカちゃんが横から口を挟む。
「恥ずかしいのですが……主人には内緒で、少しずつ貯めていたんです」
ヨネさんは恥ずかしそうに頬を染めた。
「それをあの人に伝えて欲しいんです。ご主人も喜ばれると思います。『タンスの一番下にへそくりがある』と、主人に伝えて頂けますか?」
「……それだけですか?」
「はい」
「それだけで良いんだよ! 簡単でしょ?」
と、ミカちゃんが僕の肩を叩いた。
……確かに簡単そうだ。インターホン越しに伝えて、信じてもらえなければ、手紙でも入れておけば良い。
タンスにヘソクリがあるんだよ!
そんな事を言われれば、誰だって気になってタンスを調べてみるだろう。
「簡単じゃん!」
「でしょでしょ!」
ミカちゃんは両手を上げて、僕をやる気にさせようと元気に振舞っている。
そんなミカちゃんを見ながら少し考えてみる。こんな優しそうなお婆さんの旦那さんなら、話を聞いてくれる可能性は高い。それに怒られたとしても、相手は老人……絶対に僕の方が逃げ足で負ける事はないだろう……。
「わかりました。それくらいならお手伝いしますよ」
「ありがとうございます!」
ヨネさんは嬉しそうに手を合わせた。そして彼女は何でもないことのように付け加える。
「報酬は、私のパンツを見せれば良いのよね?」
「……え?」
今、この上品なお婆さんは何を言ったんだ?
僕は夜中の公園で考えてみる。
………………。
……とっても失礼なんだが、なぜだかヨネさんのパンツを全く見たいとは思わない。
「ほ、報酬は結構です! そんなの要りません!」
僕は全力で手を振って拒絶した。
「ばあちゃん、それはもう大丈夫になったんだ」
「そうなの?」
不思議そうに首を傾げるヨネさんに、ミカちゃんは胡坐をかいたままの姿勢でフワフワと近づいてくる。その顔は自信に溢れている。
「うん! 前払いで私が払っておいた!」
ミカちゃんの声が夜の公園に響き渡る。
「あらあら、それはミカちゃんに感謝しないといけないわね。私みたいなお婆ちゃんのパンツを見て喜ぶのかと、少し心配してたのよ」
ヨネさんはにっこりと微笑んだ。
「そんなの気にしなくて良いって!」
ミカちゃんは照れくさそうに手を振る。
「ミカちゃん、ありがとね」
「うひゃひゃひゃひゃ!」
丁寧にお辞儀をするヨネさんに、ミカちゃんの悪魔のような笑い声が降り注いでいる。
僕に報酬を前払いしたのは、あんたじゃないだろ! と叫びたかったが、怖くて幽霊にそんな事を言えない僕は黙っていた。
「よっし! そうと決まったら早速行こうぜ!」
ミカちゃんが拳を突き上げた。それを合図に、ヨネさんは静かに歩き出す。僕は溜息をつきながらも、幽霊達に付いていく事にした。
◇
ヨネさんに案内されて、辿り着いたのは古い日本家屋だった。
立派な庭は荒れ放題で、手入れがされていない。どことなく、家全体も湿った空気を纏っている。
「ここが私の家です。お願いできますか?」
「はい。任せてください」
僕は玄関に向かい、深呼吸をしてインターホンのボタンを押す。
ピンポ~ン♪
しばらく待つが、反応がない。
「……出ませんね。もう寝ているんじゃないですか?」
「引きこもってんだから当然じゃん!」
「え? 引きこもっている? どういう事?」
僕の問いを無視して、ミカちゃんはインターホンに手を伸ばす。
「もっと押せば、出てくるんじゃね?」
「いや、迷惑だって!」
僕の忠告を無視して、ミカちゃんが何度もインターホンを鳴らしている。
ピンポ~ン♪
ピンポ~ン♪
ピンポ~ン♪
ミカちゃんはとても楽しそうに、よそ様の家のインターフォンを連打している。
……なんて嬉しそうなんだ。
こんな怪談を聞いた事がある。
呼び鈴が鳴って、玄関に行くと誰も居ない。
その怪談話の犯人は全部こいつの仕業ではないのか?
そう思ってしまうほど、楽しそうに連打していた。
すると、ここの住人もさすがに怒ったのか、中から荒々しい足音が近づいてくる。
しばらくすると玄関の明かりがついた。
「うるさい! 誰じゃ!」
ガラガラと音を立て、両開きの引き戸の片方が勢いよく開くと、そこに立っていたのは鋭い目つきの白髪の老人だった。
質素な着物を纏った、痩せこけた身体の老人。
そして何より、その目には怒りの感情がむき出しになっている。
「こんな時間に何の用じゃ!」
逃げる準備を始めつつ、その問いに答える。
「あ、あの、ヨネさんから伝言を預かって来ました」
「……ヨネじゃと?」
じいさんの目が僅かに揺れる。しかしすぐに鋭い目に戻り、僕をじっくりと観察している。
「……ヨネがどうした?」
「……その……ヨネさんがタンスにへそくりを隠していたそうで……居間のタンスの一番下の引き出しに、小さな箱があるそうです」
「………………」
不精に伸びている白い髭を触りながら、じいさんの表情が凍りつく。
そして次の瞬間、じいさんの顔が怒りに染まった。
「貴様……」
「え?」
「お前が流行りの詐欺師か! ヨネの名をだしてワシを騙そうとしてもそうはいかんぞ!」
「ち、違います! 本当なんです!」
僕は両手を振りながら弁明した。しかし怒りは収まらないようで、深い皺の刻まれた顔が赤く染まっていく。
「ヨネがそのような卑しい真似をするはずがない! ワシとヨネは何でも話し合ってきた! へそくりなど隠す必要などなかったわ!」
「でも、本当にヨネさんが、そう言ってるんです」
「ヨネが言っているだと? 黙れ! ヨネを愚弄した罪、許さんぞ! 貴様! そこで待っておれ!」
そういうと、爺さんは家の中へ戻って行ってしまった。
「あの爺さん。ヨネさんにベタ惚れだな」
ミカちゃんがくすくす笑う
「もう良い歳なのに……恥ずかしいわ」
玄関から少し離れた所で、ミカちゃんとヨネさんが談笑をしている。
「今は、そんな話をしてる場合じゃないですって。凄く怒ってましたよ? 全然信じてませんでしたよ? もう帰った方が良いと思います。って言うか、伝える事は伝えたので僕は帰りますね」
あの爺さんが戻ってくる前に帰りたい僕は、やる事は終わったと伝え帰る準備を始める。
そんな僕を見ながら、ミカちゃんは腕を組んで考え込んでいる。
「いや、あれは伝わってないと思う。ひーさんの話を全然聞いてなかったもん!」
「もう、本当に頑固なんだから……」
ヨネさんは相変わらず、にこにこと笑っているだけだ。
そんな話をしていると、後ろからガラガラと引き戸を開ける音がする。
「お! 戻ってきたぞ! ひーさん頑張れ!」
帰るタイミングを逃し、玄関の方に向きなおすと、爺さんは日本刀を手に取って戻ってきていた。
「貴様! ワシが成敗してくれるわ!」
「ひぃぃぃぃぃ!」
「おお! 日本刀だ!」と、ミカちゃんが目を輝かせる。
「主人は剣道の有段者なんですよ」
ヨネさんが誇らしげにそう言っている。
「確かに、すげ~強そうだ」
「ちょっと! そんな事言ってないで助けて!」
尻もちをつきながら顔だけを後ろに向け、幽霊の二人に助けを求める。
「貴様! なにを意味の解らん事を言ってるのだ」
玄関を見れば、爺さんが日本刀を構え僕に詰め寄ってくる。
「ぼ、僕を切ったら捕まっちゃいますよ!」
「ワシには失うものなんてもうないぞ! いや、こんな時間にやって来た怪しい奴を成敗した事で褒められるかもしれんな。婆さんを侮辱した貴様など切られて当然じゃ!」
じいさんは不敵に笑い、刀を構え直した。
刃が月明かりを反射してギラリと光る。
「ひぃぃぃぃぃ! 待って待って待って! 本当なんです! 本当にヨネさんが!」
「まだそんな世迷い事をぬかすか!」
じいさんが刀を振り上げる。
本気だ……この人本気で斬りかかってくる。
僕は慌てて後ずさろうとするが、後ろにはミカちゃんとヨネさんが居てこれ以上下がれない。
……終わった……僕はこんな所で死ぬのかと思いながら、キラリと光る日本刀をじっと見つめる事しか出来ずにいた。
つづく




